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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第55章 解けなかった暗号(2017年6月21日火曜)
358/487

347手目 暗礁

 図書館の一室で、私たちは緊急ミーティング。

 リモート会議用のアプリで、ばんくんたちと連絡をとった。

 磐くんの第一声は、

《全然ダメだった》

 という敗戦報告。

 太宰だざいくんは、

《人力で確認はしてないんだよね? じつは正解が出てるって可能性は?》

 とたずねた。

《そりゃなくはないが、よっぽど変な答えだと思うぜ。俺と松平まつだいらで作ったフィルタリングに、問題があるとは思えない。もしかすると、部外者が読んでも理解できない文章かもしれない》

 そうか、と太宰くんは嘆息した。

《この方面が行き詰まると、かなり厳しいんだけど……ほかのひとの意見は?》

 しばらくは、だれも発言しなかった。

 私はちょっと気になってることがあって、手を挙げた。

「太宰くんの考えを、根本から否定しちゃうことになるんだけど……この件、もう手を引かない?」

 太宰くんは、とくに驚いたようすもなかった。

 だれか言い出すかな、と予期していたようだ。

 とはいえ、理由は訊いてきた。

《どうして?》

宗像むなかたさんたちが聖生のえるJrじゃないっていうのは、私と火村ほむらさんが言い出したことなんだけど……最近、やっぱり聖生のえるJrな気がしてきたの。お金は宗像さんたちが相続してるんじゃないかな……と……」

裏見うらみさんたちの推理は、すごく説得力があったよ》

 あのときは、私も自信があった。

 本物の聖生のえるは、海外でなにかを調達する役。

 宗像さんたちのお父さんは、国内で資金を調達する役。

 だから別人のはずだった。

 けど、暗号解読がうまくいってないあたりから、私の意見は変わり始めていた。

「ここまでの推理って、憶測に憶測を重ねてない? 説得力うんぬんなら、磐くんの暗号解読の話も、すごく説得力があったわ。でも、それがうまくいってない。つまり、合理的に考えるだけじゃ、真相にたどりつけないのかも」

 ここで、磐くんがわりこんだ。

《俺も、全体を見直す必要があると思うな。例えば、のえるがチーム名だったら、どうする? 3人とものえるってことになる。だったら宗像むなかたも、のえるJrだよな。あと、これは俺が以前から言ってることだが、聖生ひじりなまをのえるって読んでいいのかどうか、確定してない。セイントバースとかホーリーバースだったら、どうする?》

 太宰くんは、1分ほど沈黙した。

 じぶんのプロジェクトが否定されて困っている──というよりも、この先どうすればいいのか、ほんとうに迷っているように見えた。

《……松平と大谷おおたにさんの意見は?》

 ふたりの回答は、私と同じだった。

 最後に火村さんだけが残った。

 火村さんは腕組みをして、カメラの向こうで真剣に考え込んでいた。

《火村さん、どう?》

 火村さんは、さらに10秒ほど黙った。

《……あたしは、最初の推理が正しいと思ってる。聖生のえるは手紙の送り主で、宗像のパパは聖生のえるじゃない。証明はできないけど、全体として一番しっくりくるから》

《具体的な根拠はある? それとも直感?》

《このまえのフレッシュ将棋で、宗像に会ったの。周囲に詮索されてイライラしてる、っていう気配はなかった。これだけ騒ぎになってるんだし、宗像本人も、まわりが疑惑の目を向けてきてることに、気付いてると思うのよね。怯えたりイラだったりしてないなら、無実イノセントだと思う》

《肝がすわってるだけの可能性は?》

《あいつはどっちかっていうと繊細よ》

 火村さんのプロファイリングに、私は内心同意した。

 お姉さんにビンタされて号泣した件とか、けっこう精神的にもろい感じはする。

 いずれにせよ、探偵団の内部で意見がばらけてしまった。

 そのあとのディスカッションでも、歩み寄りはなし。

 私と松平と大谷さんは、もうプロジェクト自体中止、という立場。3人の推理は一周して、宗像姉弟が聖生のえるJr。N資金は相続されちゃってるわけだから、これ以上の調査はプライバシー侵害、と。

 磐くんは、見直しは必要だけど、調査自体は続ける、という立場。

 火村さんは、宗像姉弟は聖生のえるJrじゃない、という意見にこだわった。この探偵ごっこは危ないんじゃないか、という点で、私たちに近くはあるんだけど、中止しろとまでは言わなかった。

 問題は、太宰くんの判断になった。

 太宰くんが中止を宣言すれば、そのまま解散になるだろう。

 だけど──

《僕の意見としては、まだ調べてみる価値があると思う》

 そうよね、お父さんの因縁もあるし、太宰くんひとりでも調べそう。

 その深刻さは、この場のみんなが理解しているつもりではあった。

 同情とか憐憫とかじゃなくて、純粋にひとの気持ちとして、そうだと思う。

 磐くんは、

《ま、俺は手伝うぜ。暗号が解けないのは癪だしな》

 と言った。

 うーん、バラバラになりそう。

 重苦しい雰囲気が流れる。

 それを破ったのは、火村さんだった。

《だけど、ヒントがもうないでしょ》

 太宰くんは、だいぶためらうような調子で、あいまいな動作をした。

《なにかあるの?》

《切り札のようなもの……はある》

 火村さんは、眉をひそめた。

《切り札?》

《だけどこれはジョーカーだ》

 ジョーカー。その言い回しに、不穏な空気がただよった。

 松平は、

《違法なことか?》

 とたずねた。

《いや、違法じゃない……でも、このカードはほんとうにどう動くかわからない》

 磐くんは、しびれを切らしたのか、

《もったいぶらずに言えよ。あるいは、言いたくないなら撤回しろ》

 とうながした。

 太宰くんは、ちょっと考えさせて欲しいと言って、たっぷり3分も考えた。

 そして、こうつぶやいた。

《ジョーカーは……氷室ひむろだ》

 私たちは視線をかわした。

 磐くんは、

《なんだ、それなら蕎麦屋で話しただろ》

 と、大したことがないかのような反応。

 ところが、火村さんは持ち前の察しのよさから、

《まさか、あのとき話さなかった情報があるんじゃないでしょうね?》

 と指摘した。

《ある……もうしわけないと思ってるけど、あそこでは話せなかった》

《いったいなに? けっきょく氷室が聖生のえるだってオチ?》

《いや、そうじゃない……氷室は、聖生のえるの暗号を、独自に調べていると思う》

 あまりにも唐突な推理。

 火村さんは、ロジックをたずねた。

《じつはね、みんなよりも先に、何人か声をかけてあった》

 火村さんは、

《ハァ~、そんなことだろうと思ったわ。もうちょっと選びようがありそうだもの》

 と愚痴った。

 うーん、都ノみやこのに偏ってるあたりとか、私もうすうす変な感じはしていた。

 とはいえ、余り物だと言われると、なんだか釈然としない。

 案の定、磐くんは、

《チェッ、俺は氷室の補欠ってわけか》

 と、おもしろくなさそうだった。

《一軍二軍を設けたつもりはない。僕にそんな人望や能力はないし。ただ……真実にたどりつける可能性を考慮したかった》

《ようするにスキルだろ》

 ふてくされた磐くんの言葉を、太宰くんは強く打ち消した。

聖生のえるとの距離感だ》

 距離感? 私たちは、その言葉の意味を計りかねた。

 火村さんは、

《距離感ってなに? 聖生のえるがだれかわかんない以上、だれが近いのか遠いのかも、わかんないでしょ?》

 とつっこみを入れた。

 太宰くんは弁明を始めた。

《ひとつは、今回の聖生のえるの再登場を、マジメにとらえているかどうか。僕が一番信頼している又吉またよしは、残念だけど、これが薄かった。こういう事件に興味がないみたいだ。もうひとつは、聖生のえるに関して事前情報を持っていそうかどうか》

 火村さんは、

《なるほどね、今のこのメンバーは、聖生のえると関わりがそこそこあったメンツだわ。でも、都ノより先に声をかけるあいてなんて、いたの? それとも、風切かざぎりに声かけして、断られたとか?》

 と、カマをかけた。

《情報を持っていると思われる人物は、3人いた》

《だれ?》

《前会長と、速水はやみ先輩と、氷室》

 3人の名前があがって、さっきと話がつながった。

 氷室くんに声をかけた理由が、わかったからだ。

 でも、この3人が聖生のえるとどう関わっているのか、それはわからなかった。

 火村さんも当然に、

《それぞれどう関係しているか、言える?》

 と、深入りした。

《暗礁に乗り上げた以上、話すしかないね。僕の初手がおかしかったのか、みんなに判断して欲しいし……まず、前会長は、大学将棋連合に伝わっている裏話を、知っている気配があった》

 大谷さんが口をひらく。

「現会長を選ぶとき、不審な行動がありました」

 太宰くんはうなずいた。

《あの茶番は、聖生のえるのあぶりだしだったと思ってる。だけど、遠回しにこの話を持ち掛けてみて、全部かわされた。共闘はムリと判断して、すぐに速水先輩と氷室に移った。そのとき……》

 太宰くんは、一瞬間をおいた。

 そして、次に発せられた言葉は、私たちを驚愕させた。

《ふたりは、聖生のえるの正体を知っている……そう感じた》

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