344手目 受けの真相
2五歩、3四金、3五歩、2七歩成、同飛、8七銀、3四歩。
攻め合いに突入。
生河くんも、うまく食らいついている。
ギャラリーは評価がわかれた。
火村さんは、
「後手がいいんじゃない? 先手は7八と5九の角が死んでるし」
と言って、後手持ち。
来栖さんは、
「後手玉は薄いので、怖いところがあると思います。まだ互角なのでは?」
と、そこまで良くないという判断。
志邨さんはブレスレットをチャラっと鳴らして、考え込んでしまった。
難解と考えているようだ。
私は……うーん、どうだろう、パッと見、火村さんが正しそうなのよね。
自陣角2枚は、どちらも敵陣に利いていない。
そんなに働いてないんじゃないかなあ。
後手が薄いのは、もちろん気になる。いざというとき、すぐ寄りそう。
だから、受け間違えないことが重要だ。
生河くんは残り5分から1分使って、6七歩成とした。
同玉、7八銀不成、同金。
パシッ
これは予想できた──けど、いいのかどうか、いまいちわからない。
5八桂、2七角成の瞬間に、なにかありそうだからだ。
先手は飛車を渡しても、すぐには寄らない。
志邨さんはここで、ようやく口をひらいた。
「金銀1枚の攻防だと思います。飛車を取られたあと、先手は4五桂と跳ねて、3三銀からの寄せを狙えます。4一玉、4二銀成、同玉に1五角と飛び出して、先手優勢です」
【参考図】
そんないい手があるのか。角が一気に復活してしまう。
志邨さんは解説を続けた。
「後手には、いくつか対応が考えられます。まず、4五桂に同馬と切って、先手の攻めを遅らせる選択。これはけっこうアリです。次に、6六歩、同銀、6七飛と打って、5七に1枚使わせる選択。以下、5七金、4九飛成で、次の3三銀がそこまで痛くありません」
火村さんは、ふむふむとうなずいて、
「先手はどこかで、1枚調達しないといけないわね。6四歩?」
とたずねた。
「そうですね……あるいは、1五角をもうちょっと活かして……」
ピッ
吉良くん、1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
5八桂、2七角成、4五桂、4七飛。
志邨さんの予想と、わずかに違う変化へ。
5七金、4九飛成、3三銀、同桂、同歩成、同金、同桂成、同玉。
吉良くんは角を飛び出さずに、桂馬を打ちなおした。
「4五桂ッ!」
そっちか……どうなの? よくわからなくなってきた。
火村さんは、
「今のところ、1五角あったでしょ」
と指摘した。
私は、
「1五角に3二玉と下がられたとき、4五桂が入らないんじゃない?」
と答えた。
「あ、そっか、王手にならないわけね」
ただ、1五角と単に出るほうが厳しい、という可能性もあった。
生河くんも最後の1分を消費。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
2二玉、6四歩、5九龍、3三金、2一玉、6三歩成。
うわぁ、ほんとに金銀1枚の勝負になった。
先手が角を渡したのもすごいけど、後手が銀を渡したのもすごい。
とはいえ、後手には採算があった。7八龍だ。
7八龍に同玉は、8九角で詰んでしまう。6六玉と上に逃げてどうか。
ほかのメンバーも、その順を読んでいた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
生河くんは3二歩と受けた。
これには東日本陣営、悲鳴を上げかける。
来栖さんは、
「ね、ネット中継だと、評価値が下がりそうな手ですね」
とコメントした。
た、たしかに、そんな感じがする。
じっさいにそうかどうかはわからないけど、観戦の勘というものがある。
吉良くんも、にわかに前傾した。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
3四歩。攻めを継続。
生河くんはここで7八龍と切った。
6六玉、6八龍左、6七歩、7七龍左、6五玉。
6段目まで追い込んでから、3三歩と手をもどす。
同歩成に4一金。守勢に。
3二銀、同金、同と、同玉、3三歩、2一玉、4四歩。
2手スキ。放置なら4三歩成~3二歩成~2二金まで。
火村さんは、
「先手、さすがに詰めろがかからない?」
と言った。
ありそう……かな。
7六龍で王手してもいいわけだし。
だけど、生河くんはこの順を選択しなかった。
4四同歩、同金、3一歩で、また受けた。
2四歩……は遅すぎるか。3二歩成、同歩、3三歩だと? 続かない?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
吉良くんは、6六金と受けた。
あ、これは──会場内の雰囲気が変わる。劣勢を認めた手だ。
生河くんは、攻めに転じた。
5一香、5三と、7三銀、6四金、9七角、5五銀。
吉良くんも、決め手を与えない指し方をしている。金銀が密集してきた。
生河くんは3五銀で、とにかく包囲を目指す。
5四玉、5三香、4三玉、4一金、5三桂成、5一桂、3四玉。
王様がとんでもない位置へ移動。
ごちゃごちゃした盤面とはうらはらに、場内の空気は決着気味になってきた。
もう先手は入玉できない。後手は寄らない。
吉良くんも背筋がもどり、頭に手をあてて盤を見ていた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
生河くんは3六馬で、王様の背後をロックした。
あとは頓死しないようにするだけ。
2四香、同銀、同玉、2三歩。
吉良くんはお茶を飲み、50秒まで反省して、頭を下げた。
「負けました」
「ありがとうございました」
やったーッ! 3-2で大逆転。
とはいえ将棋なので、ここから胴上げが始まるわけもなく。
みんなちょっと興奮を抑えて、感想戦を待った。
吉良くんは悔しそうな顔で、しばらく腕組みをしていた。
「……1五角と出たほうがよかったか?」
【検討図】
ギャラリーのあいだでも、話題になった局面だ。
吉良くんは、
「1五角、3二玉に、どうしたらいいのか、よくわからなかった。こっちは詰めろだ」
と、対局中の心境を語った。
あ、詰めろなのか。深くは検討しなかったけど、やっぱり4五桂は入らないのね。
でも、ほんとに詰むの? ……5五の金を動かせばいい感じ? 6九龍、6八金、7八龍、6六玉、5四桂、同金と浮かせて、6八龍引、同銀、6五銀、同玉、7三桂、5五玉に6五金までだ。ほかにも、いろんな詰み筋がありそう。
生河くんは、
「1五角、3二玉に8八歩と受けられて、むずかしいかな、と思った……」
と、小声で返した。
吉良くんは、
「先に3三歩、4一玉、8八歩は? 3三歩は、決めないほうがいいか?」
と確認を入れた。
生河くんは、対局中の気迫が全然なくなっていた。
困ったような表情で、
「微妙……かな……」
とだけ返した。
吉良くんはそれ以上追及しなかったし、ギャラリーの1年生もとくに反応はなし。
人見知りな件は、全国大会クラスならみんな知ってるっぽい。
橋爪くんだけ、ちょっとじれったそうにしているくらい。
吉良くんは、
「3三歩、4一玉、8八歩、6六歩、同桂、8五桂と、先に8八歩、6六歩、同桂、8五桂、3三歩、4一玉なら、変わらないか」
と、合流する順を示した。
生河くんは、
「そうだね……6六歩に同銀とは取れないし……」
と言ってから、急に、
「僕は3二歩が悪かった……かな……」
と、話題を転じた。
【検討図】
ギャラリーが悲鳴をあげかけたところだ。
本人も良くなかったと思っているっぽい。
吉良くんは、
「なんで7八龍じゃなかったんだ? 同玉とできなかったぜ?」
とたずねた。
「7八龍、6六玉、6八龍左、6七歩、7七龍左、6五玉、7六龍、5四玉のとき、先手玉は詰まないと思ったんだよね……だから、受けないといけないんだけど……そこで3二歩は2四歩、3三歩、2三歩成がまた詰めろで、なんか変かな、と思って……」
【検討図】
んー……思考が追いつかない。
吉良くんも、しばらく考えた。
「……さすがに俺が悪くないか? 下手したら詰むぞ?」
「あ、そうかも……でも入玉されたら困るし……」
「いや、入玉はダメだ。点数がぜんぜん足りてない」
そうよね、大駒を全部取られてるんだから、持将棋は先手負けだ。
ところが、生河くんは、えッという表情で、
「持将棋ありなの……?」
とたずねた。
吉良くんは眉をひそめて、
「24点法だろ?」
と返した。
私も首をかしげた。
最初に一ノ瀬さんが説明して……ん? 説明されてないかも。
私は火村さんに、
「生河くんのMINEに、今回のルール送った?」
と確認を入れた。
火村さんは、眉間にしわをよせて、苦しそうな表情をした。
「と、トマトジュースの飲み過ぎで、記憶が……」
こらーッ! どういうことですか。
と思いきや、志邨さんによると、
「デイナビから送られてきたメールに、添付ファイルありましたよ。そもそも持将棋のない将棋とか、ありえないんで」
とのこと。
生河くんはあせって、
「あ、うん、そうだね、持将棋ありなら7八龍だった……ごめん」
と、謝った。
「いや、べつに謝らなくていい……角を打ったあたりから、俺が悪かったな。9五歩で潰れてるとは思わないんだが、受けがよくなかった」
ここで一ノ瀬さんは、腕時計を見た。
「予定の終了時刻となりました。名残惜しいですが、おひらきとしましょう。交流企画ですので、表彰などはありませんが、東日本チーム、おめでとうございます。西日本チームのかたがたも、すばらしい内容の将棋だったと思います。このあと個別にインタビューをさせていただきますので、しばらくお待ちください。それでは、おつかれさまでした」
場所:デイナビ主催 第2回東西対抗フレッシュ大学将棋 大将戦
先手:吉良 義伸
後手:生河 ノア
戦型:居飛車力戦形
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲2五歩 △3三角
▲4八銀 △3二銀 ▲3六歩 △8四歩 ▲7七角 △5二金右
▲6八玉 △4三銀 ▲3七銀 △3二金 ▲5八金右 △5四歩
▲4六銀 △8五歩 ▲7八銀 △6二銀 ▲3五歩 △4二金右
▲7九玉 △7四歩 ▲2六飛 △4五歩 ▲同 銀 △8六歩
▲同 歩 △3五歩 ▲6六歩 △4一玉 ▲6七金 △3一玉
▲4六歩 △7三桂 ▲3四歩 △2二角 ▲1六歩 △6四歩
▲9六歩 △9四歩 ▲5六銀 △5五歩 ▲4七銀 △6三銀
▲4五歩 △3四銀 ▲2四歩 △3三角 ▲2三歩成 △同 金
▲3六歩 △2五歩 ▲2八飛 △3二玉 ▲3五歩 △同 銀
▲3六歩 △2四銀 ▲3七桂 △4三歩 ▲4六銀 △8五歩
▲同 歩 △9五歩 ▲2六歩 △8五桂 ▲5九角 △6五歩
▲2五歩 △6六歩 ▲同 金 △8八歩 ▲7七桂 △2七歩
▲2四歩 △同 金 ▲2七飛 △5六歩 ▲4四歩 △同 角
▲5五銀打 △2六歩 ▲2八飛 △5五角 ▲同 金 △8九歩成
▲6八玉 △7七桂成 ▲同 銀 △6六歩 ▲5六歩 △9九と
▲6七歩 △8九飛成 ▲7八角 △9八龍 ▲2五歩 △3四金
▲3五歩 △2七歩成 ▲同 飛 △8七銀 ▲3四歩 △6七歩成
▲同 玉 △7八銀不成▲同 金 △4九角 ▲5八桂 △2七角成
▲4五桂 △4七飛 ▲5七金 △4九飛成 ▲3三銀 △同 桂
▲同歩成 △同 金 ▲同桂成 △同 玉 ▲4五桂 △2二玉
▲6四歩 △5九龍 ▲3三金 △2一玉 ▲6三歩成 △3二歩
▲3四歩 △7八龍 ▲6六玉 △6八龍引 ▲6七歩 △7七龍左
▲6五玉 △3三歩 ▲同歩成 △4一金 ▲3二銀 △同 金
▲同 と △同 玉 ▲3三歩 △2一玉 ▲4四歩 △同 歩
▲同 金 △3一歩 ▲6六金 △5一香 ▲5三と △7三銀
▲6四金 △9七角 ▲5五銀 △3五銀 ▲5四玉 △5三香
▲4三玉 △4一金 ▲5三桂成 △5一桂 ▲3四玉 △3六馬
▲2四香 △同 銀 ▲同 玉 △2三歩
ま172手で生河の勝ち