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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第54章 デゼニーランド(2017年6月16日金曜)
354/487

344手目 受けの真相

 2五歩、3四金、3五歩、2七歩成、同飛、8七銀、3四歩。


挿絵(By みてみん)


 攻め合いに突入。

 生河いがわくんも、うまく食らいついている。

 ギャラリーは評価がわかれた。

 火村ほむらさんは、

「後手がいいんじゃない? 先手は7八と5九の角が死んでるし」

 と言って、後手持ち。

 来栖くるすさんは、

「後手玉は薄いので、怖いところがあると思います。まだ互角なのでは?」

 と、そこまで良くないという判断。

 志邨しむらさんはブレスレットをチャラっと鳴らして、考え込んでしまった。

 難解と考えているようだ。

 私は……うーん、どうだろう、パッと見、火村さんが正しそうなのよね。

 自陣角2枚は、どちらも敵陣に利いていない。

 そんなに働いてないんじゃないかなあ。

 後手が薄いのは、もちろん気になる。いざというとき、すぐ寄りそう。

 だから、受け間違えないことが重要だ。

 生河くんは残り5分から1分使って、6七歩成とした。

 同玉、7八銀不成、同金。

 

 パシッ


挿絵(By みてみん)


 これは予想できた──けど、いいのかどうか、いまいちわからない。

 5八桂、2七角成の瞬間に、なにかありそうだからだ。

 先手は飛車を渡しても、すぐには寄らない。

 志邨さんはここで、ようやく口をひらいた。

「金銀1枚の攻防だと思います。飛車を取られたあと、先手は4五桂と跳ねて、3三銀からの寄せを狙えます。4一玉、4二銀成、同玉に1五角と飛び出して、先手優勢です」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 そんないい手があるのか。角が一気に復活してしまう。

 志邨さんは解説を続けた。

「後手には、いくつか対応が考えられます。まず、4五桂に同馬と切って、先手の攻めを遅らせる選択。これはけっこうアリです。次に、6六歩、同銀、6七飛と打って、5七に1枚使わせる選択。以下、5七金、4九飛成で、次の3三銀がそこまで痛くありません」

 火村さんは、ふむふむとうなずいて、

「先手はどこかで、1枚調達しないといけないわね。6四歩?」

 とたずねた。

「そうですね……あるいは、1五角をもうちょっと活かして……」


 ピッ


 吉良きらくん、1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 5八桂、2七角成、4五桂、4七飛。

 志邨さんの予想と、わずかに違う変化へ。

 5七金、4九飛成、3三銀、同桂、同歩成、同金、同桂成、同玉。

 吉良くんは角を飛び出さずに、桂馬を打ちなおした。

「4五桂ッ!」


挿絵(By みてみん)


 そっちか……どうなの? よくわからなくなってきた。

 火村さんは、

「今のところ、1五角あったでしょ」

 と指摘した。

 私は、

「1五角に3二玉と下がられたとき、4五桂が入らないんじゃない?」

 と答えた。

「あ、そっか、王手にならないわけね」

 ただ、1五角と単に出るほうが厳しい、という可能性もあった。

 生河くんも最後の1分を消費。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 2二玉、6四歩、5九龍、3三金、2一玉、6三歩成。


挿絵(By みてみん)


 うわぁ、ほんとに金銀1枚の勝負になった。

 先手が角を渡したのもすごいけど、後手が銀を渡したのもすごい。

 とはいえ、後手には採算があった。7八龍だ。

 7八龍に同玉は、8九角で詰んでしまう。6六玉と上に逃げてどうか。

 ほかのメンバーも、その順を読んでいた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 生河くんは3二歩と受けた。

 これには東日本陣営、悲鳴を上げかける。

 来栖さんは、

「ね、ネット中継だと、評価値が下がりそうな手ですね」

 とコメントした。

 た、たしかに、そんな感じがする。

 じっさいにそうかどうかはわからないけど、観戦の勘というものがある。

 吉良くんも、にわかに前傾した。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 3四歩。攻めを継続。

 生河くんはここで7八龍と切った。

 6六玉、6八龍左、6七歩、7七龍左、6五玉。

 6段目まで追い込んでから、3三歩と手をもどす。

 同歩成に4一金。守勢に。

 3二銀、同金、同と、同玉、3三歩、2一玉、4四歩。


挿絵(By みてみん)


 2手スキ。放置なら4三歩成~3二歩成~2二金まで。

 火村さんは、

「先手、さすがに詰めろがかからない?」

 と言った。

 ありそう……かな。

 7六龍で王手してもいいわけだし。

 だけど、生河くんはこの順を選択しなかった。

 4四同歩、同金、3一歩で、また受けた。

 2四歩……は遅すぎるか。3二歩成、同歩、3三歩だと? 続かない?

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 吉良くんは、6六金と受けた。

 あ、これは──会場内の雰囲気が変わる。劣勢を認めた手だ。

 生河くんは、攻めに転じた。

 5一香、5三と、7三銀、6四金、9七角、5五銀。


挿絵(By みてみん)


 吉良くんも、決め手を与えない指し方をしている。金銀が密集してきた。

 生河くんは3五銀で、とにかく包囲を目指す。

 5四玉、5三香、4三玉、4一金、5三桂成、5一桂、3四玉。

 王様がとんでもない位置へ移動。

 ごちゃごちゃした盤面とはうらはらに、場内の空気は決着気味になってきた。

 もう先手は入玉できない。後手は寄らない。

 吉良くんも背筋がもどり、頭に手をあてて盤を見ていた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 生河くんは3六馬で、王様の背後をロックした。

 あとは頓死しないようにするだけ。

 2四香、同銀、同玉、2三歩。


挿絵(By みてみん)


 吉良くんはお茶を飲み、50秒まで反省して、頭を下げた。

「負けました」

「ありがとうございました」

 やったーッ! 3-2で大逆転。

 とはいえ将棋なので、ここから胴上げが始まるわけもなく。

 みんなちょっと興奮を抑えて、感想戦を待った。

 吉良くんは悔しそうな顔で、しばらく腕組みをしていた。

「……1五角と出たほうがよかったか?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 ギャラリーのあいだでも、話題になった局面だ。

 吉良くんは、

「1五角、3二玉に、どうしたらいいのか、よくわからなかった。こっちは詰めろだ」

 と、対局中の心境を語った。

 あ、詰めろなのか。深くは検討しなかったけど、やっぱり4五桂は入らないのね。

 でも、ほんとに詰むの? ……5五の金を動かせばいい感じ? 6九龍、6八金、7八龍、6六玉、5四桂、同金と浮かせて、6八龍引、同銀、6五銀、同玉、7三桂、5五玉に6五金までだ。ほかにも、いろんな詰み筋がありそう。

 生河くんは、

「1五角、3二玉に8八歩と受けられて、むずかしいかな、と思った……」

 と、小声で返した。

 吉良くんは、

「先に3三歩、4一玉、8八歩は? 3三歩は、決めないほうがいいか?」

 と確認を入れた。

 生河くんは、対局中の気迫が全然なくなっていた。

 困ったような表情で、

「微妙……かな……」

 とだけ返した。

 吉良くんはそれ以上追及しなかったし、ギャラリーの1年生もとくに反応はなし。

 人見知りな件は、全国大会クラスならみんな知ってるっぽい。

 橋爪はしづめくんだけ、ちょっとじれったそうにしているくらい。

 吉良くんは、

「3三歩、4一玉、8八歩、6六歩、同桂、8五桂と、先に8八歩、6六歩、同桂、8五桂、3三歩、4一玉なら、変わらないか」

 と、合流する順を示した。

 生河くんは、

「そうだね……6六歩に同銀とは取れないし……」

 と言ってから、急に、

「僕は3二歩が悪かった……かな……」

 と、話題を転じた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 ギャラリーが悲鳴をあげかけたところだ。

 本人も良くなかったと思っているっぽい。

 吉良くんは、

「なんで7八龍じゃなかったんだ? 同玉とできなかったぜ?」

 とたずねた。

「7八龍、6六玉、6八龍左、6七歩、7七龍左、6五玉、7六龍、5四玉のとき、先手玉は詰まないと思ったんだよね……だから、受けないといけないんだけど……そこで3二歩は2四歩、3三歩、2三歩成がまた詰めろで、なんか変かな、と思って……」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 んー……思考が追いつかない。

 吉良くんも、しばらく考えた。

「……さすがに俺が悪くないか? 下手したら詰むぞ?」

「あ、そうかも……でも入玉されたら困るし……」

「いや、入玉はダメだ。点数がぜんぜん足りてない」

 そうよね、大駒を全部取られてるんだから、持将棋は先手負けだ。

 ところが、生河くんは、えッという表情で、

「持将棋ありなの……?」

 とたずねた。

 吉良くんは眉をひそめて、

「24点法だろ?」

 と返した。

 私も首をかしげた。

 最初に一ノ瀬いちのせさんが説明して……ん? 説明されてないかも。

 私は火村さんに、

「生河くんのMINEに、今回のルール送った?」

 と確認を入れた。

 火村さんは、眉間にしわをよせて、苦しそうな表情をした。

「と、トマトジュースの飲み過ぎで、記憶が……」

 こらーッ! どういうことですか。

 と思いきや、志邨さんによると、

「デイナビから送られてきたメールに、添付ファイルありましたよ。そもそも持将棋のない将棋とか、ありえないんで」

 とのこと。

 生河くんはあせって、

「あ、うん、そうだね、持将棋ありなら7八龍だった……ごめん」

 と、謝った。

「いや、べつに謝らなくていい……角を打ったあたりから、俺が悪かったな。9五歩で潰れてるとは思わないんだが、受けがよくなかった」

 ここで一ノ瀬さんは、腕時計を見た。

「予定の終了時刻となりました。名残惜しいですが、おひらきとしましょう。交流企画ですので、表彰などはありませんが、東日本チーム、おめでとうございます。西日本チームのかたがたも、すばらしい内容の将棋だったと思います。このあと個別にインタビューをさせていただきますので、しばらくお待ちください。それでは、おつかれさまでした」

場所:デイナビ主催 第2回東西対抗フレッシュ大学将棋 大将戦

先手:吉良 義伸

後手:生河 ノア

戦型:居飛車力戦形


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲2五歩 △3三角

▲4八銀 △3二銀 ▲3六歩 △8四歩 ▲7七角 △5二金右

▲6八玉 △4三銀 ▲3七銀 △3二金 ▲5八金右 △5四歩

▲4六銀 △8五歩 ▲7八銀 △6二銀 ▲3五歩 △4二金右

▲7九玉 △7四歩 ▲2六飛 △4五歩 ▲同 銀 △8六歩

▲同 歩 △3五歩 ▲6六歩 △4一玉 ▲6七金 △3一玉

▲4六歩 △7三桂 ▲3四歩 △2二角 ▲1六歩 △6四歩

▲9六歩 △9四歩 ▲5六銀 △5五歩 ▲4七銀 △6三銀

▲4五歩 △3四銀 ▲2四歩 △3三角 ▲2三歩成 △同 金

▲3六歩 △2五歩 ▲2八飛 △3二玉 ▲3五歩 △同 銀

▲3六歩 △2四銀 ▲3七桂 △4三歩 ▲4六銀 △8五歩

▲同 歩 △9五歩 ▲2六歩 △8五桂 ▲5九角 △6五歩

▲2五歩 △6六歩 ▲同 金 △8八歩 ▲7七桂 △2七歩

▲2四歩 △同 金 ▲2七飛 △5六歩 ▲4四歩 △同 角

▲5五銀打 △2六歩 ▲2八飛 △5五角 ▲同 金 △8九歩成

▲6八玉 △7七桂成 ▲同 銀 △6六歩 ▲5六歩 △9九と

▲6七歩 △8九飛成 ▲7八角 △9八龍 ▲2五歩 △3四金

▲3五歩 △2七歩成 ▲同 飛 △8七銀 ▲3四歩 △6七歩成

▲同 玉 △7八銀不成▲同 金 △4九角 ▲5八桂 △2七角成

▲4五桂 △4七飛 ▲5七金 △4九飛成 ▲3三銀 △同 桂

▲同歩成 △同 金 ▲同桂成 △同 玉 ▲4五桂 △2二玉

▲6四歩 △5九龍 ▲3三金 △2一玉 ▲6三歩成 △3二歩

▲3四歩 △7八龍 ▲6六玉 △6八龍引 ▲6七歩 △7七龍左

▲6五玉 △3三歩 ▲同歩成 △4一金 ▲3二銀 △同 金

▲同 と △同 玉 ▲3三歩 △2一玉 ▲4四歩 △同 歩

▲同 金 △3一歩 ▲6六金 △5一香 ▲5三と △7三銀

▲6四金 △9七角 ▲5五銀 △3五銀 ▲5四玉 △5三香

▲4三玉 △4一金 ▲5三桂成 △5一桂 ▲3四玉 △3六馬

▲2四香 △同 銀 ▲同 玉 △2三歩


ま172手で生河の勝ち

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