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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第54章 デゼニーランド(2017年6月16日金曜)
353/487

343手目 攻め筋

 最強決定戦……か。

 たしかに、そんな雰囲気はある。東西のお祭りイベントを超えたなにか、が。

 とはいえ、関東は風切かざぎり先輩が最強だと思うのよね。身内びいきになっちゃうけど。

 1年生限定なら……うーん、わかんない。

 志邨しむらさんもかなり強いのでは、という印象を持っている。

 生河いがわvs橋爪はしづめは新人戦であったけど、あれで格付けがついたか、と言われると疑問。

 私がそんなことを考える一方、来栖くるすさんと志邨しむらさんは熱心に検討していた。

 来栖さんは、

「3四銀と払うしかないですよね?」

 と、初手を確認。

 志邨さんは、

「んー、そうとも言い切れないんじゃないかな……1四歩とかも、定番のような……」

 と言って、断言を避けた。

「なるほど、単に3四銀、2四歩、同歩、同飛、2三金と、1四歩を入れてから3七桂、3四銀、2四歩とでは、流れがちょっと違いますね」

「後者は端に余裕があるから、2四同歩、同飛に、3三金右もありそうなんだよね」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 手が広いわけか。

 西日本陣営も、あれこれ検討しているらしく、ひそひそ話をしていた。

 歩美あゆみ先輩は右手を細かく動かしながら、宗像むなかたくんに語り掛けていた。

 脳内将棋盤の駒を動かしてるんだと思う。

 宗像くんは腕と足を組み、難しい顔で耳をかたむけていた。

 そうこうしているうちに、生河くんが動いた。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 すなおに取った。

 吉良きらくんは2四歩、生河くんは3三角。

 歩を取らなかった。

 ここからは、先手の腕の見せどころ。

 2三歩成、同金までは簡単だけど、そのあとを繋げないといけない。

 吉良くんの答えは、2三歩成、同金、3六歩だった。

 志邨さんは、

「1七桂や4六銀と迷いどころでしたが、早かったですね」

 とコメントした。

 3六歩は、速攻に近い手だと思う。

 1七桂とか4六銀は、一回溜める手。

 吉良くんは、そのまま押し潰すつもりらしい。

 2五歩、2八飛、3二玉、3五歩、同銀、3六歩。

 おかわり。

 2四銀、3七桂、4三歩、4六銀。


挿絵(By みてみん)


 吉良くん、順調に前進。後手の受け切りはムリそう。

 来栖さんも、

「ここで受けるようなら、先手持ちです。攻め合うしかないんじゃないですか」

 と言った。

 志邨さんもうなずいた。

「受けは難しいね。3四歩くらいだけど、2五桂と即跳ねされる。同銀、同飛、2四歩、2六飛と浮かれたかたちが、私なら困るかな……来栖だったら、どう攻める?」

 来栖さんは、私ですか、と言って、ちょっと考えた。

「……8五歩」

「モッキー人形、賭ける?」

「か、賭けないです。お気に入りなんですよ、あれ」

「いや、冗談なんだけど……」

 真顔で言ったら、冗談に聞こえないでしょ。

 もっとも、志邨さんは、表情の変化にとぼしいというのがある。

 笑ったのを未だに見たことがない。

 歩美先輩は姫野ひめのさんの話をするとき、微妙にほほえんだりニヤリとしたりするけど、志邨さんはそういうのすらなかった。

 まあ、それはいいとして──来栖さんと志邨さんは、攻めの検討を始めた。

 来栖さんは、

「8五歩、同歩、同桂、8六角のあと、6五歩がありませんか?」

 と提案した。

「第一感あるけど、8八歩が手堅いと思うんだよね。それに、6五歩は4二角成の筋が発生して、気持ち悪いっしょ」

「7五歩で追撃しても、ダメですか……9五歩は?」

「私もそれを考えてる。ただ、8五歩、同歩に即9五歩もありそう。あるいは、8五歩も入れないで、いきなり9五歩」

 ふたりが端攻めを検討する中、生河くんが動いた。

 8五歩。

 吉良くんは10秒ほどで、同歩。

 読み切っているわけじゃ、ないと思う。

 必然の一手だったことと、次の後手の対応が複雑だったこと。

 この2点を考慮した結果の、早指し。

 生河くんは、注目の一手を指した。


挿絵(By みてみん)


 桂馬を跳ねなかった。単に端。

 志邨さんは、

「きわめて難解……か。先手は長考すると思う」

 と予想した。

 吉良くんはいったんお茶を飲んで、姿勢を正した。

 小刻みに揺れながら考える。

 生河くんは腕をもどすと、また動かなくなった。

 静と動のコントラスト。

 火村ほむらさんは、

「同歩がなさそうなのはわかるんだけど、先手はどう対応するわけ?」

 とたずねた。

 志邨さんは、

「さっき桂馬を跳ねなかったのが、関係するんですよね。8四歩と伸ばす手があります」

 と答えた。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「これが第一候補とは言いませんが、先手に選択肢が増えてるのは、間違いありません。8四同飛なら、8七歩と打ち直せます。バックの歩です」

 よくある手筋だ。わざと取らせて、歩を打ち直せるようにする。

 ここで来栖さんは、

「8四同飛なら、後手の守備が弱体化しますよね。2六歩もいけません?」

 と指摘した。

 志邨さんは同意した。

「たしかに、バックの歩はいらないかもしれない。2六歩に8八歩が怖いけど」

 んー、攻めと受けの両方を読まないといけないのか。

 これは吉良くんの長考も納得。

 火村さんはさらに、

「8四歩以外にも、いろいろあるんじゃない? いきなり2六歩は?」

 とたずねた。

 志邨さんは、それもありです、と答えた。

「吉良も全部は読めないんで、8四歩を入れるかどうか、そのあと受けるか受けないか、ここの方針だけ決めるんじゃないでしょうか。問題は、生河の攻めですよね。続かないなら、だんだん先手がよくなると思います」

 志邨さんは、暗に吉良くん持ちなことを匂わせた。

 正直なところ、今の解説を聞く限り、後手はあんまり持ちたくない気がする。

 一方、橋爪くんは、

「攻めまくっときゃいいんだよ。ひよったら終わりだぜ。精神論に聞こえるかもしれないが、こいつは心理学だ。勝てないと思ったら、マジで終わる」

 と言った。

 たしかになあ、それはあるのよね。

 勝てないと思っちゃった時点で、試合終了というか──あ、吉良くんが動いた。

 持ち駒に手を伸ばし、器用に歩をより分けた。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 攻めますか。吉良くんっぽくはある。

 生河くんは8五桂と跳ねた。

 ギャラリーの読みとは、全然違う方向に。

 5九角、6五歩、2五歩、6六歩。

 吉良くんは、いったん同金と手をもどした。

 生河くんの銀は死んだままだ。

 8八歩、7七桂、2七歩。


挿絵(By みてみん)


 叩いた。

 火村さんは、

「これ手抜けない? 2四歩、2八歩成、2三歩成は、先手がいいでしょ」

 と言った。

 じっさいその通りだから、吉良くんは一回手抜いた。

 2四歩、同金、2七飛。

 生河くんは、スーッと5六歩。

 志邨さんは頭をかいた。

「なるほどねえ」

 解説、解説。

 来栖さんも、

「なるほどねえ、とは?」

 とたずねた。

「私が読み間違えてた。生河は端攻めを狙ってない。中央を絡めて潰すつもりっぽい」

 中央を絡めて潰す? ……ムリじゃない?

 火村さんも、

「同歩がないのはわかるけど、同金で?」

 とたずねた。

「同金は5八歩、同金で、右側に壁金を作らせる手があります。以下、8九歩成として、同銀なら7七桂成で即死。同玉は7七桂成から、詰んじゃうんですよね」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 あ……この局面で詰みがあるのか。

 火村さんは納得しつつも、

「ってことは6八玉、8八との進行ね……でも、潰れるかしら?」

 と、若干懐疑的だった。

「もうそこまではわかんないですね……個人的には互角……」


 パシリ


 吉良くんが指した。


挿絵(By みてみん)


 4四歩。この狙いは、ギャラリーのみんなにわかった。

 同角に5五銀打という、よくある手筋だ。

 つまり、5六金では受からない、と告白したことになる。

 4四同角、5五銀打、2六歩、2八飛。

 生河くんは5五角と切った。

 同金、8九歩成、6八玉、7七桂成、同銀、6六歩。

 志邨さんの予想とはちょっと違うけど、中央へ殺到する順へ突入した。

 切れるような……切れないような……。

 とりあえず、先手はすぐに反撃できない。

 いったん収めると思う。

 残り時間は、先手が5分、後手が6分。いい勝負。

 吉良くんは険しい顔で、5六歩と取った。

 生河くんも、悩んでいる感じがする。

 6七に打ち込むのは……銀はダメかなあ。5七玉の次が続かない。

 桂はありそうだけど、微妙。

 ムリに上から行く必要は、まったくないはず。

 例えば2七に銀を打ち込むのも、アリだと思う。

 一番素直なのは、9九とと入って、次に8九飛成を狙う手だ。

 先手は上部脱出をするため、6七歩と消しにかかりそう。

 来栖さんは、

「後手、快調に攻めているように見えますが、2五歩~3五歩が入れば、先手も一気に攻勢です。生河さん、正念場ですね」

 とコメントした。

 生河くんは残り5分まで考えて、9九とと入った。

 吉良くんはノータイムで6七歩。

 8九飛成、7八角、9八龍。


挿絵(By みてみん)


 そこに角を使いましたか。これは先手の戦力もあやしくなってきた。

 東日本陣営、にわかに盛り上がる。

 とはいえ、手番は吉良くんに。

「反撃だッ! 2五歩ッ!」

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