343手目 攻め筋
最強決定戦……か。
たしかに、そんな雰囲気はある。東西のお祭りイベントを超えたなにか、が。
とはいえ、関東は風切先輩が最強だと思うのよね。身内びいきになっちゃうけど。
1年生限定なら……うーん、わかんない。
志邨さんもかなり強いのでは、という印象を持っている。
生河vs橋爪は新人戦であったけど、あれで格付けがついたか、と言われると疑問。
私がそんなことを考える一方、来栖さんと志邨さんは熱心に検討していた。
来栖さんは、
「3四銀と払うしかないですよね?」
と、初手を確認。
志邨さんは、
「んー、そうとも言い切れないんじゃないかな……1四歩とかも、定番のような……」
と言って、断言を避けた。
「なるほど、単に3四銀、2四歩、同歩、同飛、2三金と、1四歩を入れてから3七桂、3四銀、2四歩とでは、流れがちょっと違いますね」
「後者は端に余裕があるから、2四同歩、同飛に、3三金右もありそうなんだよね」
【参考図】
手が広いわけか。
西日本陣営も、あれこれ検討しているらしく、ひそひそ話をしていた。
歩美先輩は右手を細かく動かしながら、宗像くんに語り掛けていた。
脳内将棋盤の駒を動かしてるんだと思う。
宗像くんは腕と足を組み、難しい顔で耳をかたむけていた。
そうこうしているうちに、生河くんが動いた。
パシリ
すなおに取った。
吉良くんは2四歩、生河くんは3三角。
歩を取らなかった。
ここからは、先手の腕の見せどころ。
2三歩成、同金までは簡単だけど、そのあとを繋げないといけない。
吉良くんの答えは、2三歩成、同金、3六歩だった。
志邨さんは、
「1七桂や4六銀と迷いどころでしたが、早かったですね」
とコメントした。
3六歩は、速攻に近い手だと思う。
1七桂とか4六銀は、一回溜める手。
吉良くんは、そのまま押し潰すつもりらしい。
2五歩、2八飛、3二玉、3五歩、同銀、3六歩。
おかわり。
2四銀、3七桂、4三歩、4六銀。
吉良くん、順調に前進。後手の受け切りはムリそう。
来栖さんも、
「ここで受けるようなら、先手持ちです。攻め合うしかないんじゃないですか」
と言った。
志邨さんもうなずいた。
「受けは難しいね。3四歩くらいだけど、2五桂と即跳ねされる。同銀、同飛、2四歩、2六飛と浮かれたかたちが、私なら困るかな……来栖だったら、どう攻める?」
来栖さんは、私ですか、と言って、ちょっと考えた。
「……8五歩」
「モッキー人形、賭ける?」
「か、賭けないです。お気に入りなんですよ、あれ」
「いや、冗談なんだけど……」
真顔で言ったら、冗談に聞こえないでしょ。
もっとも、志邨さんは、表情の変化にとぼしいというのがある。
笑ったのを未だに見たことがない。
歩美先輩は姫野さんの話をするとき、微妙にほほえんだりニヤリとしたりするけど、志邨さんはそういうのすらなかった。
まあ、それはいいとして──来栖さんと志邨さんは、攻めの検討を始めた。
来栖さんは、
「8五歩、同歩、同桂、8六角のあと、6五歩がありませんか?」
と提案した。
「第一感あるけど、8八歩が手堅いと思うんだよね。それに、6五歩は4二角成の筋が発生して、気持ち悪いっしょ」
「7五歩で追撃しても、ダメですか……9五歩は?」
「私もそれを考えてる。ただ、8五歩、同歩に即9五歩もありそう。あるいは、8五歩も入れないで、いきなり9五歩」
ふたりが端攻めを検討する中、生河くんが動いた。
8五歩。
吉良くんは10秒ほどで、同歩。
読み切っているわけじゃ、ないと思う。
必然の一手だったことと、次の後手の対応が複雑だったこと。
この2点を考慮した結果の、早指し。
生河くんは、注目の一手を指した。
桂馬を跳ねなかった。単に端。
志邨さんは、
「きわめて難解……か。先手は長考すると思う」
と予想した。
吉良くんはいったんお茶を飲んで、姿勢を正した。
小刻みに揺れながら考える。
生河くんは腕をもどすと、また動かなくなった。
静と動のコントラスト。
火村さんは、
「同歩がなさそうなのはわかるんだけど、先手はどう対応するわけ?」
とたずねた。
志邨さんは、
「さっき桂馬を跳ねなかったのが、関係するんですよね。8四歩と伸ばす手があります」
と答えた。
【参考図】
「これが第一候補とは言いませんが、先手に選択肢が増えてるのは、間違いありません。8四同飛なら、8七歩と打ち直せます。バックの歩です」
よくある手筋だ。わざと取らせて、歩を打ち直せるようにする。
ここで来栖さんは、
「8四同飛なら、後手の守備が弱体化しますよね。2六歩もいけません?」
と指摘した。
志邨さんは同意した。
「たしかに、バックの歩はいらないかもしれない。2六歩に8八歩が怖いけど」
んー、攻めと受けの両方を読まないといけないのか。
これは吉良くんの長考も納得。
火村さんはさらに、
「8四歩以外にも、いろいろあるんじゃない? いきなり2六歩は?」
とたずねた。
志邨さんは、それもありです、と答えた。
「吉良も全部は読めないんで、8四歩を入れるかどうか、そのあと受けるか受けないか、ここの方針だけ決めるんじゃないでしょうか。問題は、生河の攻めですよね。続かないなら、だんだん先手がよくなると思います」
志邨さんは、暗に吉良くん持ちなことを匂わせた。
正直なところ、今の解説を聞く限り、後手はあんまり持ちたくない気がする。
一方、橋爪くんは、
「攻めまくっときゃいいんだよ。ひよったら終わりだぜ。精神論に聞こえるかもしれないが、こいつは心理学だ。勝てないと思ったら、マジで終わる」
と言った。
たしかになあ、それはあるのよね。
勝てないと思っちゃった時点で、試合終了というか──あ、吉良くんが動いた。
持ち駒に手を伸ばし、器用に歩をより分けた。
パシリ
攻めますか。吉良くんっぽくはある。
生河くんは8五桂と跳ねた。
ギャラリーの読みとは、全然違う方向に。
5九角、6五歩、2五歩、6六歩。
吉良くんは、いったん同金と手をもどした。
生河くんの銀は死んだままだ。
8八歩、7七桂、2七歩。
叩いた。
火村さんは、
「これ手抜けない? 2四歩、2八歩成、2三歩成は、先手がいいでしょ」
と言った。
じっさいその通りだから、吉良くんは一回手抜いた。
2四歩、同金、2七飛。
生河くんは、スーッと5六歩。
志邨さんは頭をかいた。
「なるほどねえ」
解説、解説。
来栖さんも、
「なるほどねえ、とは?」
とたずねた。
「私が読み間違えてた。生河は端攻めを狙ってない。中央を絡めて潰すつもりっぽい」
中央を絡めて潰す? ……ムリじゃない?
火村さんも、
「同歩がないのはわかるけど、同金で?」
とたずねた。
「同金は5八歩、同金で、右側に壁金を作らせる手があります。以下、8九歩成として、同銀なら7七桂成で即死。同玉は7七桂成から、詰んじゃうんですよね」
【参考図】
あ……この局面で詰みがあるのか。
火村さんは納得しつつも、
「ってことは6八玉、8八との進行ね……でも、潰れるかしら?」
と、若干懐疑的だった。
「もうそこまではわかんないですね……個人的には互角……」
パシリ
吉良くんが指した。
4四歩。この狙いは、ギャラリーのみんなにわかった。
同角に5五銀打という、よくある手筋だ。
つまり、5六金では受からない、と告白したことになる。
4四同角、5五銀打、2六歩、2八飛。
生河くんは5五角と切った。
同金、8九歩成、6八玉、7七桂成、同銀、6六歩。
志邨さんの予想とはちょっと違うけど、中央へ殺到する順へ突入した。
切れるような……切れないような……。
とりあえず、先手はすぐに反撃できない。
いったん収めると思う。
残り時間は、先手が5分、後手が6分。いい勝負。
吉良くんは険しい顔で、5六歩と取った。
生河くんも、悩んでいる感じがする。
6七に打ち込むのは……銀はダメかなあ。5七玉の次が続かない。
桂はありそうだけど、微妙。
ムリに上から行く必要は、まったくないはず。
例えば2七に銀を打ち込むのも、アリだと思う。
一番素直なのは、9九とと入って、次に8九飛成を狙う手だ。
先手は上部脱出をするため、6七歩と消しにかかりそう。
来栖さんは、
「後手、快調に攻めているように見えますが、2五歩~3五歩が入れば、先手も一気に攻勢です。生河さん、正念場ですね」
とコメントした。
生河くんは残り5分まで考えて、9九とと入った。
吉良くんはノータイムで6七歩。
8九飛成、7八角、9八龍。
そこに角を使いましたか。これは先手の戦力もあやしくなってきた。
東日本陣営、にわかに盛り上がる。
とはいえ、手番は吉良くんに。
「反撃だッ! 2五歩ッ!」