表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第54章 デゼニーランド(2017年6月16日金曜)
351/487

341手目 かからない詰めろ

挿絵(By みてみん)


 飛車先を突いた。攻め合いを選択。

 温田おんださんも6四桂で、一気に突っ込んだ。

 8七歩成、7二桂成、同飛、7六飛、4四桂。

 私が読んだ順に入った。後手は3六の地点を狙う。

 温田さんはここですこし考えた。

 読んではいたと思う。後手から攻めるなら、一目ここ。

 受けるかどうか、受けるとすればどう受けるか、を考えてるんでしょうね。

 振り飛車党の火村ほむらさんは、

「これを受けないのはないわね」

 という見解。

 来栖くるすさんは、

「8一角もなくはないですが、進めて行ったあとに3六桂がキツ過ぎます」

 と同調した。

 例えば8一角、7四飛、同飛、同金、6三角成、3六桂。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これは後手が良さそう。

 というわけで、受けないといけない。だけど、ここでまた手が広い。

 がっつり受けるなら、4五銀。桂頭の銀。

 3六歩を直接的に支えるなら、3七銀。

 軽く受けるなら、2六歩もあると思う。王様のふところを広げる手だ。

 温田さんは1分使って、最後の2六歩を選択した。

 志邨さんも1分考えて、8二飛。雰囲気からして、2六歩は本命じゃなかったっぽい。

 7三歩成、8六と、6六飛、7三金、6一飛成。


挿絵(By みてみん)


 先に成り込まれた。

 私はほかのふたりに形勢判断を訊いた。

 ふたりとも、互角なんじゃないか、だった。

 温田さん、やるわね。もともと強豪なのもあるけど。

 志邨さんは7六とと寄った。

 温田さんは8五歩で、成り込みを拒否。

 同飛だと9六角で即死してしまう。

 志邨さんは前髪を右手で流した。

「……3一金」

 受けか──後手も、そんなに安全じゃないわね。

 温田さんはこの一手を利用して、馬も作りにいった。

 6二角、8五飛、7三角成。

 残り時間は、温田さんが11分、志邨さんが12分。

 志邨さんはここで長考に入った。

 来栖さんは、

「3六桂、行きそうです?」

 とつぶやいた。

 私も同感。このタイミングの長考は、3六桂っぽい。

 すくなくとも、それを考えている。

 単に8九飛成なら、ここで長考する必要はない。

 ギャラリーはその順の検討に入った。

 火村さんは3六桂のインパクトを、

「先手がすぐに悪くなるわけじゃないけど、桂馬を取る順もないのよね」

 と、あいまいに評価した。

 私は、

「3六桂に2七玉と立つ?」

 とたずねた。

「んー、2六歩と突いた以上、そういう流れかしら」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 あ、いった。

 温田さんはノータイムで2七玉。

 来栖さんは、

「ここで8九飛成だと思います。先手は3七歩で桂馬を殺すかも」

 と予想した。

 火村さんは、

「先手は王様を、斜めに脱出させたくなるわ。入玉までは、まだ見ないけど」

 と、後手の馬筋を横切る案を出した。

 さすがに危なくないかしら。


 パシリ


 8九飛成、6四馬。

 3七歩と打たなかった。攻防に利かせてきた。5四歩なら馬筋が通る。

 ただ、これは手筋の受けがあった。

 志邨さんもそれを指した。

「6三歩」

 同馬、6二歩、5二馬。

 馬を半分無効化してから、9九龍。

 これは、どうなの……よくわからなくなってきた。

 来栖さんは、

「さすがにレベル高いですね。形勢判断がむずかしいです」

 と、だんだん混乱してきた模様。

 火村さんは腕組みをして、しばらく考えたあと、

「次に5一香があるのよね……これされたら先手キツイかも」

 と、強い受けの手を指摘した。

 あ、そっか、5一香に馬が撤退するようだと、形勢が傾きそう。

 だとすると、指せる手は──

「4一金なの~」


挿絵(By みてみん)


 そう、これしかない。先着で5一香を防止。

 志邨さんはスーッと2二玉。

 3一金、同銀、4一馬、3二金で、受けに回った。

 温田さんは2五銀で、上からも圧迫した。

「3五桂」

 いったん反撃。

 3七玉、4九龍、5九金打、4七桂成、同金左、5九龍。

 うむむ、金桂交換にはなったけど──

 2四銀、同歩。

 先手も銀馬交換に持ち込んだ。


挿絵(By みてみん)


 ここにきて、手が広い。

 火村さんは、

「3六金か4四歩か4五桂。ワンチャン2三桂」

 と、複数の候補手を挙げた。

 全部は読み切れない。温田さんの残り時間は、5分を切っていた。

 来栖さんは、

「あいまいな3六金や4四歩を切り捨てて、2三桂と4五桂に絞りたいです。2三桂で寄るならそれでオッケーですし、ダメなときの4五桂は保険として無難です」

 と、2つに限定した。

 2三桂って寄る?

 2三桂、同玉、3一馬、同金、同龍の瞬間がどうか、よね。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 受けなきゃ詰むから……ん? 先手は詰まないわよね?

 パッと見、詰まないと思う。

 後手は3二銀かしら。角を渡すほうがいいなら、3二角。ありえなくはない。

 3二銀、4一銀、同銀、2一龍、2二銀……んー、この先が続かないか。


 パシリ


 ギャラリーが十分に考えるヒマもなく、次の手が指された。

 4五桂だった。

 これも、寄せる感じの手ではある。だけどまだ足りないと思う。

 志邨さんはここで時間を使った。

 キーポイントだ。完切れさせる自信があるなら、4二銀引もありそう。

 ただなあ、気持ち的には攻めたい。

 私は、

「3五香の開き王手狙いは、どう?」

 とたずねた。

 火村さんには評判が悪かった。

「3五香は受け切れない? 3三桂成、同玉、3一馬と突っ込んで、このときに4八桂成とされても、2七玉でいなせるから」

 ふむ、となると、もっと厳しい手じゃないとダメか。

 志邨さんは動きがせわしなくなってきた。

 腕のブレスレットをチャラチャラさせたり、前髪をなおしたり、うつむいたり。

 残り3分を切ったところで、4九銀とひっかけた。


挿絵(By みてみん)


 これは詰めろ? 私はいろいろと読んでみた。

 詰めろじゃない……っぽいかな。先手の金銀3枚は固い。

 温田さんも正念場だから、ここで残り時間を使った。

 1分だけ残して、3三桂成と踏み込んだ。

 これは自玉が寄らないと判断した手だ。おそらく正解だと思う。

 同玉、3五歩。

 3五歩は詰めろ? ……いや、ちがうっぽい。

 両者、決め手を欠く局面。

 志邨さんは同歩とし、温田さんは7八角とした。

 火村さんは、

「詰めろが、なかなかかかんないわね」

 と、長引きそうな含みを持たせた。

 3四金、3一馬(これも詰めろじゃない)。

 両者、1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 王手。4六玉は5五龍で詰み。

 2七玉で耐えてる? 3八銀不成で詰まないなら、耐えられそう。

 ギャラリーも熱心に読んだ。

 最初に口をひらいたのは、火村さんだった。

「2七玉はダメだわ。先手玉は寄らないけど、後手玉も全然寄らなくなる」

 ん……あ、そっか、2七玉のあと、3一金、同龍、4四玉で抜けられちゃう。

 これはもう捕まらない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 温田さんは4五角と切った。

 志邨さんは3八銀成の王手を先に決めた。

 同玉、4五金と手をもどす。

 3二馬、4四玉(同玉は3四の地点に何か打てる)、4九金、4六香。


挿絵(By みてみん)


 龍を捨てた。

 とはいえ、4七香成~8三角の王手龍コース。

 温田さんは寄りの気配を察したのか、険しい顔をした。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 5九金、4七香成、同玉、8三角、6五歩、同角、5八玉。

 あ、龍を抜かないんだ。ほんとうに寄るってこと?

 志邨さんから圧が消えた。

 姿勢は悪いけど、すこしだけまっすぐにもどっている。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「6七金」

 4九玉、2九角成。


挿絵(By みてみん)


 詰めろ。5七桂まで。

 ただ、これは解除可能なような──


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 温田さんは2二馬から入った。

 3三金、5三銀、5五玉、5八香。

 解除した。

 志邨さんは焦るかと思いきや、まったく平静なようすで、5七桂と打った。

 同香、同金(詰めろ)、8五飛、7五歩、4八歩。

 温田さん、粘る粘る。

 入玉を阻止しつつ、詰めろを消した。

「3七香」


挿絵(By みてみん)


 志邨さんは、滑らせるように香車を打った。

 温田さんの手が止まる。

 詰めろだけど……応手がいくつかあるような……。

 1分将棋では、読めて2通り。深く読むなら決め打ちしないといけない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 温田さんは3八桂。

 志邨さんは、ゆっくりと香車をひっくり返した。

 同香成、同銀、4八桂成、同金、同金、同玉、3八馬。

 全清算?

 同玉、4六桂、2八玉、2七銀、1七玉、1六銀成。


挿絵(By みてみん)


 あッ……詰むっぽい?

 というか、詰む。もう難しくない。

 温田さんはすこし前から気づいていたらしく、悔しそうな顔をしていた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 温田さんは頭をさげた。

場所:デイナビ主催 第2回東西対抗フレッシュ大学将棋 副将戦

先手:温田 みかん

後手:志邨 つばめ

戦型:先手三間飛車


▲7六歩 △8四歩 ▲1六歩 △1四歩 ▲7八飛 △8五歩

▲7七角 △3四歩 ▲6六歩 △7四歩 ▲4八玉 △4二玉

▲6八銀 △3二玉 ▲3八玉 △6二銀 ▲2八玉 △6四歩

▲5八金左 △7三桂 ▲3八金 △5二金右 ▲8八飛 △5四歩

▲5六歩 △9四歩 ▲3六歩 △5三銀 ▲5七銀 △6五歩

▲同 歩 △同 桂 ▲2二角成 △同 銀 ▲6六銀 △6四歩

▲5五歩 △6三金 ▲7五歩 △同 歩 ▲7八飛 △3三銀

▲7四歩 △4二銀右 ▲7五飛 △7二歩 ▲6五銀 △同 歩

▲同 飛 △6四銀 ▲6八飛 △7九角 ▲7八飛 △2四角成

▲5六桂 △8六歩 ▲6四桂 △8七歩成 ▲7二桂成 △同 飛

▲7六飛 △4四桂 ▲2六歩 △8二飛 ▲7三歩成 △8六と

▲6六飛 △7三金 ▲6一飛成 △7六と ▲8五歩 △3一金

▲6二角 △8五飛 ▲7三角成 △3六桂 ▲2七玉 △8九飛成

▲6四馬 △6三歩 ▲同 馬 △6二歩 ▲5二馬 △9九龍

▲4一金 △2二玉 ▲3一金 △同 銀 ▲4一馬 △3二金

▲2五銀 △3五桂 ▲3七玉 △4九龍 ▲5九金打 △4七桂成

▲同金左 △5九龍 ▲2四銀 △同 歩 ▲4五桂 △4九銀

▲3三桂成 △同 玉 ▲3五歩 △同 歩 ▲7八角 △3四金

▲3一馬 △4五桂 ▲同 角 △3八銀成 ▲同 玉 △4五金

▲3二馬 △4四玉 ▲4九金 △4六香 ▲5九金 △4七香成

▲同 玉 △8三角 ▲6五歩 △同 角 ▲5八玉 △6七金

▲4九玉 △2九角成 ▲2二馬 △3三金 ▲5三銀 △5五玉

▲5八香 △5七桂 ▲同 香 △同 金 ▲8五飛 △7五歩

▲4八歩 △3七香 ▲3八桂 △同香成 ▲同 銀 △4八桂成

▲同 金 △同 金 ▲同 玉 △3八馬 ▲同 玉 △4六桂

▲2八玉 △2七銀 ▲1七玉 △1六銀成


まで154手で志邨の勝ち

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ