表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第54章 デゼニーランド(2017年6月16日金曜)
350/487

340手目 見えない本性

 昼食は、それぞれ別室でとることになった。

 じゃんけんをして、こんどは私たちが応接室を勝ち取った。

 部屋のすみに片付けられていたテーブルを、みんなで引っ張り出す。

 お弁当が運ばれてきた。

 一ノ瀬いちのせさんは再開時間を告げて、また部屋を出て行った。

 お弁当は、幕の内弁当だった。

 おかずはシャケの切り身にチキン南蛮、卵焼き、筑前煮、マッシュポテト。

 いただきまーす──あれ?

 志邨しむらさんは、お茶の差し入れだけ受け取って、お弁当に手をつけなかった。

 私は、

「なにか食べられないものがあった? 良かったらコンビニで買って来ましょうか?」

 とたずねた。

「いえ、対局直前は食べないので……ちょっと気分転換してきます」

 志邨さんはお茶のペットボトルだけ持って、席を立った。

 ボトルでポンポンとお手玉して、部屋を出て行った。

 私と火村ほむらさんは、おたがいに顔を見合わせた。

 私は、

「緊張してるのかしら?」

 と首をかしげた。

 火村さんは、

「んー、そういう匂いはしなかったけど」

 と答えて、トマトジュースをチューチューした。

 なんか匂いに喩えることが多いのよね、火村さん。

 朽木くちき先輩のとき*もそうだったし。

 とはいえ、緊張していないとなると、志邨さんの行動はますます謎。

 対局中はあんまり食べないプロもいるみたいだし、体調管理の問題かしら。

 そう思った瞬間、正面に座っていた来栖くるすさんが、口を挟んできた。

「つばめさんは、ああ見えて謎なところが多いんですよ」

 私は、どういう意味かたずねた。

「それを説明すること自体が、ちょっと難しいんですが……性格が読めないんです。私は小学生の頃から知り合いですが、未だによくわからないです」

 これには沖田おきたくんが、くすりと笑った。

「小学生の頃からと言っても、ほとんど大会じゃない?」

 来栖さんはちょっとひよりつつ、

「ま、まあそうですが、さすがに友だちだと言っても、いいと思います」

 と反論した。

「ごめん、茶化したわけじゃないよ。だけど、東京出身の平賀ひらがさんと伊能いのうさんのほうが、彼女のことはよく知ってるんじゃないかな。男子だと愛智あいちとか生河いがわとか」

「そのあたりの仲良しグループは、まあ……あ、私が言いたかったのはですね、志邨さんは自分の性格を隠してるんじゃないか、ってことです」

 え、ちょっと待って、けっこう深刻な話でびっくりする。

 ところが、火村さんも、

「あたしもそんな気がするのよね」

 と便乗し始めた。

 こらこら、ひとの性格を根掘り葉掘りするのは、よくないでしょ。

 私はこの会話を中断させて、べつの話題に変えた。

 最近見たDuTubeの動画で、ちょっと盛り上がった。

 そのあとは橋爪はしづめくんが、じぶんの棋譜の話をし始めた。

 みんなで検討していると、終盤に詰み逃しがあったんじゃないか、という結論に。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 橋爪くんは「あ~」と悔しそうな顔をして、

「詰んでたか」

 と嘆息した。

 ま、いいんじゃないですかね。全部数えたら27手詰みだったし。4三金、同玉、4二金、同飛、同と、同玉、3四桂、5三玉、3三飛、4三金、6二銀、5二玉、5一金、6三玉、4三飛成、7四玉、7三銀成、同銀、7五金、8四玉、7三角成、同銀、7四銀、8二玉、7三龍、8一玉、7二銀まで。持ち駒の数の暴力。

 ムリして詰ませる必要もない。本譜のほうが安全だった。

 みんなが食べ終わったころ、志邨さんももどってきた。

 関西勢も入室し、最後に一ノ瀬さんが登場。

 私たちは弁当ガラを片付けて、テーブルをもとにもどした。

 東からは志邨さんが、西からは温田おんださんが登場。

 振り駒の結果、温田さんの先手に。

 一ノ瀬さんは、腕時計を確認した。

「……では、始めてください」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますなの~」

 志邨さんがチェスクロを押して、対局開始。

 7六歩、8四歩、1六歩、1四歩、7八飛。


【先手:温田みかん(古都こと) 後手:志邨つばめ(晩稲田おくてだ)】

挿絵(By みてみん)


 三間飛車だ。温田さんは振り飛車党だから、どこに振るかは注目だった。

 後手の志邨さんは、当然に居飛車。

 8五歩、7七角、3四歩、6六歩、7四歩、4八玉、4二玉。

 両者、準備してきたかのように、パタパタと進んだ。

 6八銀、3二玉、3八玉、6二銀、2八玉、6四歩、5八金左。

 志邨さんは、颯爽と桂馬を跳ねた。

「7三桂」


挿絵(By みてみん)


 積極的な攻めの姿勢。

 火村さんは、

「ビビってるわけじゃなかったみたいね」

 と、対局開始前の自説を確認した。

 温田さんは30秒ほど考えて、3八金。

 志邨さんの5二金右に、温田さんの8八飛で、先手は警戒態勢へ。

 来栖さんは、

「後手から攻めそうですね」

 と、攻守の関係が決まったことを示唆した。

 5四歩、5六歩、9四歩、3六歩、5三銀、5七銀。

 志邨さんは、6筋に手をかけた。

「6五歩」


挿絵(By みてみん)


 うわ、すっごい速攻。

 火村さんは、

「同歩、同桂、2二角成、同銀、6六銀までは必然ね」

 と読んだ。

 たしかに、6五歩は放置しにくい。例えば、4八銀、6六歩、同銀、6四銀みたいなのも、なくはない。けど、これは先手がすでに悪そう。どこかで6七金と支えないといけなくなる。

 だから6五同歩なわけだけど、同桂が両取り。2二角成とするしかない。

 本譜もその通りに進んだ。

 6五同歩、同桂、2二角成、同銀、6六銀、6四歩。

 火村さんは脚を組んで、

「難しいわね。7五歩、同歩、5五歩とするか、単に5五歩とするか」

 と2択を示した。

 私は、

「7五歩、同歩、7四歩もあるんじゃない?」

 と指摘した。

「ふむふむ、ってことは3択か。でも、7五歩、同歩、7四歩、8六歩で、強く反発されたときが気になるわ」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 むむむ、同歩、8七歩で、同飛なら6九角が飛車金両取りだ。

 6八へ逃げるのは、8六飛で完全に突破される。

 7四歩に意味がないとなれば、7五歩、同歩、5五歩のほうがいい。

 だったらやっぱり2択?

 私たちが見守る中、温田さんは長考した。

 雰囲気的に、攻めなのは確実。受けに利きそうな手もないし──あ、動く。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 そっちか。7筋は入れなかった。

 志邨さんは頭を掻いた。

 右足首を左のふとももに乗せて、姿勢を崩した。

 じっと盤をにらんだあと、6三金と上がった。

 来栖さんは、

「同歩としないのは当然としても、金上がりですか。私なら2四角で脅してます」

 とつぶやいた。

 2四角も、ふつうにあったと思う。2四角、7三角、7九角成、6八飛、6二飛の展開は、後手も悪くない。6三金は、この7三角を警戒した手よね。

 先手は手を渡されたかっこう。ここも悩ましい。

 温田さんは、いつものカワイイ雰囲気を消して、真剣に読んでいた。

「……7五歩ぅ」

「同歩」

「7八飛ぃ」

 これは……なるほど、7二飛と寄りにくいわけか。8一角がある。

 6三金を逆用した手だ。主導権は、わずかに先手へ移った。

 志邨さんは3三銀で、迎え撃つ意志を表示した。

 7四歩、4二銀右、7五飛、7二歩。


挿絵(By みてみん)


 押し込まれた。

 これは評価が分かれる局面だ。

 火村さんは、

「先手イケるでしょ。6五銀と食いちぎって、同歩、同飛で続くわ」

 と、先手持ちになった。

 来栖さんは、

「いえいえ、そこで6四銀とがっつり受けちゃえばいいんですよ」

 と、後手を擁護した。

 火村さんは、私にも形勢判断を訊いてきた。

 私は10秒ほど考えて、

「……持つなら後手かしら」

 と答えた。

「理由は?」

「3三銀~4二銀右が、けっこういい手だったと思うのよね。来栖さんの手順を進めていくと、6四銀に6八飛、7九角、7八飛でしょ。そこで2四角成と引いた手が、かなり固いんじゃない?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 火村さんは納得した。

「なるほどね、でも先手は6五歩、5五銀、5六歩で追撃できるわ」

「そこで8六歩が速いかどうか……」

 私がそこまで言いかけたとき、温田さんは6五銀と切った。

 同歩、同飛、6四銀、6八飛、7九角、7八飛、2四角成。

 ギャラリーの読み通りに。

 温田さんは30秒ほど確認して、5六桂と打った。

 これは私たちが読んでいない手だ。

 来栖さんは、

「一目、8六歩ですが……」

 と言ったものの、自信なさげ。

 私も8六歩だと思う。同歩、同飛は桂馬の両取りになるから、これはありえない。先手は6四桂と突っ込んで、8七歩成との速度競争だ。

 火村さんは、

「やっぱり先手イケそうじゃない? 6四桂は放置できないでしょ」

 と言った。

「そう? 8七歩成のあと、なにか手がある?」

「7二桂成があるわ」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 むッ、同飛なら7六飛で、後手の成り込みは頓挫する。

 ただ、後手が悪いというわけでも、ないような?

 7二同飛、7六飛に4四桂くらいで、迫れないかしら。

 先手のかたちは、3六が急所なのよね。

 私は対局者のほうを、ちらりと見た。

 志邨さんは猫背でうつむいて、髪を垂らしていた。

 目を閉じているようにみえる。

 あたかも眠っているようでいて、すさまじい集中力を感じた。

「……」

 志邨さんはまぶたを上げた。

 右手で前髪を流し、例のけだるそうな表情をみせた。

「8六歩」

*232手目 相思相愛

https://ncode.syosetu.com/n0474dq/237/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ