336手目 おまじない
2五歩、6二玉、6八金上、7一玉、8八玉、7四歩。
穴熊をけん制している感じの手順。
といっても、アマチュアならそのまま組めると思う。
穴熊をけん制する指し方は多いけど、せいぜい遅らせるのが関の山。
上から潰すみたいなのは、ほとんどできなくなっている。
9八香、7三桂、6六歩、4五歩、9九玉、4四銀、8八銀。
ハッチが閉まった。
あとはどちらがどこから攻めるか。
牧野くんは3五銀。
積極的な手に出た。
4八飛、8四歩、7八金、6三金、6八金右、8二玉。
火村さんは、
「なんだかんだで高美濃になっちゃうのよねえ」
とつぶやいた。
おそらく、ここから銀冠へ移行だろう。
7九金、8三銀、7八金寄、7二金、6八角、5四歩。
さて、飽和してきましたが──
振り飛車党の火村さんは、1六歩を予想した。
居飛車は税金を払うだろう、という読みだ。
そこで後手は1二香と上がりたい、とのこと。これもかたち。
一方、居飛車党の志邨さんは、3八飛という手を提案した。
ここで動けるとみているらしい。
沖田くんは30秒ほど考えて、後者を選択。
3八飛、2六銀。
牧野くんも前に出た。
2八飛、3五銀、1六歩、4一飛、1五歩、5一飛。
んー、どっちも手がない感じかなあ。
パッと切り込める場所がない。
対局者もそう考えたらしく、一転して組み直しになった。
7七角、4四銀、6八角。
ここで牧野くんが長考。私たちは、攻めの気配を感じた。
志邨さんは、
「先手が警戒するなら、5五歩か6五歩ですね」
と、あくまで居飛車党視点の見解。
開戦するならそこかな。私もそう思う。
牧野くんはたっぷり3分使って、5五歩と開戦した。
5八飛、6五歩、同歩、同桂、6六銀、6四歩。
沖田くんは2筋に手をかけた。
「さすがに反撃するよ。2四歩」
同歩、5五歩、同銀、同飛、同角、2四角。
一気に動いた。
先手は飛車切りからの大暴れ。
火村さんは、
「切る必要あった?」
と、疑問をていした。
志邨さんは、
「あの局面で切るのは、アリだと思います……けど、私なら2四歩、同歩に、2八飛と回りましたね。5筋を絡めたのは、2八飛じゃ足りないと思ったのかもしれません」
と、手順を解釈した。
5五歩はあいての飛車先を通すから、不退転の覚悟、ってやつよね。
3三角、同角成、同桂、5四歩。
先手はかたちを崩しにかかった。
牧野くんは同飛とせず、5九飛と下ろした。
4三角、8一飛、6一銀、7三金上。
な、なんかすごいかたちになった。
これはあんまり見たことがないかも。
先手の方針は明確。ここから5二銀成と引いて、次に5三歩成を狙う。と金ができたら後手はもたないだろうから、5四金で歩を払うしかない。そのあいだに6二成銀と入る。
その瞬間、後手はまだ飛車を下ろしただけ。うまく反撃すればいい。9筋を突き合ってるから、9五歩かしら。あからさまに駒を狙うなら、4四角。これは両取りだけど、5五歩~5四角成とすれば、先手の一方的な駒損にはならない。実質金銀交換。
パシリ
沖田くんは5二銀成とした。
5四金、6二成銀、4四角、5五歩、6二角、5四角成。
火村さんは、
「5五歩の位置が悪いわね」
と評価した。
そこは私も気になっていた。ただのつっかえ棒になっている。
牧野くんは6三銀で、さらに補強した。
4三馬、2九飛成、3三馬、1九龍、5四歩、5二歩。
全部止めにきてる。
この時点で、残り時間は先手が10分、後手が9分。
沖田くんは、すこしばかり雰囲気が変わった。
ちょっと感情の消えたような表情。
マジメに考えている証拠だけど、余裕が感じられなかった。
志邨さんも、
「後手良しですね」
と、先手が苦しいことを認めた。
がんばれ。穴熊だからなんとかなる。
沖田くんは5五桂と打った。
これは5四銀でかわされた。
6三歩、3五角、4六歩、8五桂。
後手も包囲を始めた。
先手は3四馬、1七角成、5二馬とすべりこんで、手がかりを作った。
牧野くんは5五銀。本格的に攻勢。
受けるなら6一香だったけど、さすがにヌルイと見たようだ。
次の沖田くんの手がなやましい。
火村さんは、
「4通りくらいあるわね。同銀がふつうでしょうけど、6五銀と切り込んでもいいし、6二歩成でと金を作ってもいいわ。邪魔な馬を消すなら、6二馬ね。同馬、同歩成は後手がおもしろくないから、6六銀、1七馬、同龍の展開じゃないかしら」
と整理した。
考えどころだ。
私もいろいろと読んでみたけど、優劣の判断がむずかしかった。
個人的には6五銀かなあ。7七の地点を緩和したい。
沖田くんは5分を切るまで考えて、6五銀とした。
本局1番の長考だった。
牧野くんも合わせて長考。
志邨さんは、
「ここも手が多いです。手なりで同歩としたいところですが、6六桂と打ったり、7七香と放り込んだりするのも有力です」
と、分岐が多いことを指摘した。
んー、取らない手があるのか。
でも、この状態で7七香は、わずかに足りない気もする。
私ならノータイムで同歩だったかも。
牧野くんは沖田くんと同じだけ消費して、持ち駒に手を伸ばした。
「6六桂」
うわぁ、ほんとにそっちなんだ。
ギャラリーの検討も、にわかに活気づいてきた。
火村さんは、
「6五同歩で良かったと思うんだけど、まあ6六桂はそのうち打つか。これはあいてにしてらんないから、6二歩成と攻めるしかないんじゃない? あとは7八桂成から後手が攻め切れるかどうかよね」
と、攻め合いを推奨した。
志邨さんは、
「先輩の順が第一候補ですね。ほかはちょっと考えにくいかも……もし私が先手なら、2九歩のおまじないくらいです」
と、よくわからない手を提案した。
火村さんは、
「2九歩? ……なにそれ?」
とたずねかえした。
「同龍とさせて、終盤で7四馬の王手龍を狙います」
すっごく実戦的な手。
1九の龍にはどうやっても馬筋を利かせられないけど、2九ならできる。
ただ、王様が9二まで来てくれるかどうかは、不明。
あくまでも神頼みの罠に近かった。
パシリ
次の手が指された──6二歩成。
本線へ。
7八桂成、同金、7七香、同銀、同桂成、同金、7九金。
きつい。さっそくの詰めろ。
沖田くんは8八金。
牧野くんは、スーッと銀を上がった。
6六銀。
同金なら7八銀で必至っぽい。
沖田くんは、口もとを手でおおって、目を閉じた。
最後の長考。
ピッ
1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
突っ込んだ。
同銀、2九歩。
ここで志邨さんのアイデアが出た。
でも、間に合わないような──
牧野くんは憎たらしいくらい冷静で、すぐに同龍とはしなかった。
ピッ
牧野くんも1分将棋に入った。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7七銀不成」
同金、7八銀、同金、同金、7九銀。
こうなったら、穴熊の遠さで粘りまくるしかない。
同金、8三香、同銀、7二と、同銀、7四桂、同金、同馬。
うーん、龍の横利きは完全に遮断したけど、後手は寄らない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
牧野くんは4四馬と引いた。
沖田くんはノータイムで8八銀。
チェスクロが、ふたたび秒を読み始めた。
牧野くんは、持ち駒へ手を伸ばして、
「同馬で詰む気もしますが……冒険する必要はないですね」
と言い、銀を置いた。
必至。後手玉は詰まない。
沖田くんは投了した。
「負けました」
「ありがとうございました」
おたがいに一礼。感想戦までは間が空いた。
沖田くんは、しばらく反省モード。
「……今考えても、明確に悪くなった箇所が、よくわからないんだよね」
「そうですね、明らかに疑問だと感じた手は、ありません」
ふたりはいろいろ話し合って、8一飛のところまでもどした。
【検討図】
たしかに、検討するならここかな。
先手の攻めはこの数手あとで、かんばしくなくなった。
沖田くんは、
「ここはさすがに互角だと思う」
と言った。
牧野くんも同意した。
「ええ、それに加えて第一感は、本譜の6一銀です」
「そっか……じゃあ、6一銀、7三金上、5二銀成、5四金に、6二成銀と寄った手が悪かったかな。3二角成も考えたんだけど」
「3二角成なら5一歩で、6二成銀を強要します」
沖田くんは、うーん、という感じで思案した。
「……けっきょく4四角は入るか」
ギャラリーも含めて検討したけど、先手のうまい攻めは見つからなかった。
となると、攻めそのものが成立していない可能性も出てきた。
沖田くんは、
「5五の歩を取らずに、2八飛だったかも」
と言って、もっと前にもどした。
【検討図】
沖田くんは、3五歩、5五歩を示した。
牧野くんは5七歩と置く順を提案して、互角ということになった。
もうすこし会話が続いたあと、一ノ瀬さんは、腕時計を確認した。
「そろそろおひらきにしましょう。昨年と同様、このあと懇親会があります。ぜひご参加ください」
沖田くんと牧野くんは、握手して席を立った。
んー、2連敗かあ。いきなりの崖っぷち。
とりあえず食事して、仕切り直しましょ。
場所:デイナビ主催 第2回東西対抗フレッシュ大学将棋 次鋒戦
先手:沖田 勲
後手:牧野 賢治
戦型:先手居飛車穴熊vs後手四間飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △4二飛
▲9六歩 △9四歩 ▲6八玉 △3二銀 ▲5六歩 △3三角
▲5七銀 △5二金左 ▲7八玉 △7二銀 ▲5八金右 △4三銀
▲7七角 △6四歩 ▲2五歩 △6二玉 ▲6八金上 △7一玉
▲8八玉 △7四歩 ▲9八香 △7三桂 ▲6六歩 △4五歩
▲9九玉 △4四銀 ▲8八銀 △3五銀 ▲4八飛 △8四歩
▲7八金 △6三金 ▲6八金右 △8二玉 ▲7九金 △8三銀
▲7八金寄 △7二金 ▲6八角 △5四歩 ▲3八飛 △2六銀
▲2八飛 △3五銀 ▲1六歩 △4一飛 ▲1五歩 △5一飛
▲7七角 △4四銀 ▲6八角 △5五歩 ▲5八飛 △6五歩
▲同 歩 △同 桂 ▲6六銀 △6四歩 ▲2四歩 △同 歩
▲5五歩 △同 銀 ▲同 飛 △同 角 ▲2四角 △3三角
▲同角成 △同 桂 ▲5四歩 △5九飛 ▲4三角 △8一飛
▲6一銀 △7三金上 ▲5二銀成 △5四金 ▲6二成銀 △4四角
▲5五歩 △6二角 ▲5四角成 △6三銀 ▲4三馬 △2九飛成
▲3三馬 △1九龍 ▲5四歩 △5二歩 ▲5五桂 △5四銀
▲6三歩 △3五角 ▲4六歩 △8五桂 ▲3四馬 △1七角成
▲5二馬 △5五銀 ▲6五銀 △6六桂 ▲6二歩成 △7八桂成
▲同 金 △7七香 ▲同 銀 △同桂成 ▲同 金 △7九金
▲8八金 △6六銀 ▲7四銀 △同 銀 ▲2九歩 △7七銀不成
▲同 金 △7八銀 ▲同 金 △同 金 ▲7九銀 △同 金
▲8三香 △同 銀 ▲7二と △同 銀 ▲7四桂 △同 金
▲同 馬 △4四馬 ▲8八銀 △7八銀
まで136手で牧野の勝ち