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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第54章 デゼニーランド(2017年6月16日金曜)
346/487

336手目 おまじない

 2五歩、6二玉、6八金上、7一玉、8八玉、7四歩。

 穴熊をけん制している感じの手順。

 といっても、アマチュアならそのまま組めると思う。

 穴熊をけん制する指し方は多いけど、せいぜい遅らせるのが関の山。

 上から潰すみたいなのは、ほとんどできなくなっている。

 9八香、7三桂、6六歩、4五歩、9九玉、4四銀、8八銀。


挿絵(By みてみん)


 ハッチが閉まった。

 あとはどちらがどこから攻めるか。

 牧野まきのくんは3五銀。

 積極的な手に出た。

 4八飛、8四歩、7八金、6三金、6八金右、8二玉。

 火村ほむらさんは、

「なんだかんだで高美濃になっちゃうのよねえ」

 とつぶやいた。

 おそらく、ここから銀冠へ移行だろう。

 7九金、8三銀、7八金寄、7二金、6八角、5四歩。


挿絵(By みてみん)


 さて、飽和してきましたが──

 振り飛車党の火村さんは、1六歩を予想した。

 居飛車は税金を払うだろう、という読みだ。

 そこで後手は1二香と上がりたい、とのこと。これもかたち。

 一方、居飛車党の志邨しむらさんは、3八飛という手を提案した。

 ここで動けるとみているらしい。

 沖田おきたくんは30秒ほど考えて、後者を選択。

 3八飛、2六銀。

 牧野くんも前に出た。

 2八飛、3五銀、1六歩、4一飛、1五歩、5一飛。


挿絵(By みてみん)


 んー、どっちも手がない感じかなあ。

 パッと切り込める場所がない。

 対局者もそう考えたらしく、一転して組み直しになった。

 7七角、4四銀、6八角。

 ここで牧野くんが長考。私たちは、攻めの気配を感じた。

 志邨さんは、

「先手が警戒するなら、5五歩か6五歩ですね」

 と、あくまで居飛車党視点の見解。

 開戦するならそこかな。私もそう思う。

 牧野くんはたっぷり3分使って、5五歩と開戦した。

 5八飛、6五歩、同歩、同桂、6六銀、6四歩。

 沖田くんは2筋に手をかけた。

「さすがに反撃するよ。2四歩」

 同歩、5五歩、同銀、同飛、同角、2四角。


挿絵(By みてみん)


 一気に動いた。

 先手は飛車切りからの大暴れ。

 火村さんは、

「切る必要あった?」

 と、疑問をていした。

 志邨さんは、

「あの局面で切るのは、アリだと思います……けど、私なら2四歩、同歩に、2八飛と回りましたね。5筋を絡めたのは、2八飛じゃ足りないと思ったのかもしれません」

 と、手順を解釈した。

 5五歩はあいての飛車先を通すから、不退転の覚悟、ってやつよね。

 3三角、同角成、同桂、5四歩。

 先手はかたちを崩しにかかった。

 牧野くんは同飛とせず、5九飛と下ろした。

 4三角、8一飛、6一銀、7三金上。


挿絵(By みてみん)


 な、なんかすごいかたちになった。

 これはあんまり見たことがないかも。

 先手の方針は明確。ここから5二銀成と引いて、次に5三歩成を狙う。と金ができたら後手はもたないだろうから、5四金で歩を払うしかない。そのあいだに6二成銀と入る。

 その瞬間、後手はまだ飛車を下ろしただけ。うまく反撃すればいい。9筋を突き合ってるから、9五歩かしら。あからさまに駒を狙うなら、4四角。これは両取りだけど、5五歩~5四角成とすれば、先手の一方的な駒損にはならない。実質金銀交換。


 パシリ


 沖田くんは5二銀成とした。

 5四金、6二成銀、4四角、5五歩、6二角、5四角成。


挿絵(By みてみん)


 火村さんは、

「5五歩の位置が悪いわね」

 と評価した。

 そこは私も気になっていた。ただのつっかえ棒になっている。

 牧野くんは6三銀で、さらに補強した。

 4三馬、2九飛成、3三馬、1九龍、5四歩、5二歩。

 全部止めにきてる。

 この時点で、残り時間は先手が10分、後手が9分。

 沖田くんは、すこしばかり雰囲気が変わった。

 ちょっと感情の消えたような表情。

 マジメに考えている証拠だけど、余裕が感じられなかった。

 志邨さんも、

「後手良しですね」

 と、先手が苦しいことを認めた。

 がんばれ。穴熊だからなんとかなる。

 沖田くんは5五桂と打った。

 これは5四銀でかわされた。

 6三歩、3五角、4六歩、8五桂。


挿絵(By みてみん)


 後手も包囲を始めた。

 先手は3四馬、1七角成、5二馬とすべりこんで、手がかりを作った。

 牧野くんは5五銀。本格的に攻勢。

 受けるなら6一香だったけど、さすがにヌルイと見たようだ。

 次の沖田くんの手がなやましい。

 火村さんは、

「4通りくらいあるわね。同銀がふつうでしょうけど、6五銀と切り込んでもいいし、6二歩成でと金を作ってもいいわ。邪魔な馬を消すなら、6二馬ね。同馬、同歩成は後手がおもしろくないから、6六銀、1七馬、同龍の展開じゃないかしら」

 と整理した。

 考えどころだ。

 私もいろいろと読んでみたけど、優劣の判断がむずかしかった。

 個人的には6五銀かなあ。7七の地点を緩和したい。

 沖田くんは5分を切るまで考えて、6五銀とした。

 本局1番の長考だった。

 牧野くんも合わせて長考。

 志邨さんは、

「ここも手が多いです。手なりで同歩としたいところですが、6六桂と打ったり、7七香と放り込んだりするのも有力です」

 と、分岐が多いことを指摘した。

 んー、取らない手があるのか。

 でも、この状態で7七香は、わずかに足りない気もする。

 私ならノータイムで同歩だったかも。

 牧野くんは沖田くんと同じだけ消費して、持ち駒に手を伸ばした。

「6六桂」


挿絵(By みてみん)


 うわぁ、ほんとにそっちなんだ。

 ギャラリーの検討も、にわかに活気づいてきた。

 火村さんは、

「6五同歩で良かったと思うんだけど、まあ6六桂はそのうち打つか。これはあいてにしてらんないから、6二歩成と攻めるしかないんじゃない? あとは7八桂成から後手が攻め切れるかどうかよね」

 と、攻め合いを推奨した。

 志邨さんは、

「先輩の順が第一候補ですね。ほかはちょっと考えにくいかも……もし私が先手なら、2九歩のおまじないくらいです」

 と、よくわからない手を提案した。

 火村さんは、

「2九歩? ……なにそれ?」

 とたずねかえした。

「同龍とさせて、終盤で7四馬の王手龍を狙います」

 すっごく実戦的な手。

 1九の龍にはどうやっても馬筋を利かせられないけど、2九ならできる。

 ただ、王様が9二まで来てくれるかどうかは、不明。

 あくまでも神頼みの罠に近かった。


 パシリ


 次の手が指された──6二歩成。

 本線へ。

 7八桂成、同金、7七香、同銀、同桂成、同金、7九金。


挿絵(By みてみん)


 きつい。さっそくの詰めろ。

 沖田くんは8八金。

 牧野くんは、スーッと銀を上がった。

 6六銀。

 同金なら7八銀で必至っぽい。

 沖田くんは、口もとを手でおおって、目を閉じた。

 最後の長考。


 ピッ


 1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 突っ込んだ。

 同銀、2九歩。

 ここで志邨さんのアイデアが出た。

 でも、間に合わないような──

 牧野くんは憎たらしいくらい冷静で、すぐに同龍とはしなかった。


 ピッ


 牧野くんも1分将棋に入った。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「7七銀不成」

 同金、7八銀、同金、同金、7九銀。

 こうなったら、穴熊の遠さで粘りまくるしかない。

 同金、8三香、同銀、7二と、同銀、7四桂、同金、同馬。

 うーん、龍の横利きは完全に遮断したけど、後手は寄らない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 牧野くんは4四馬と引いた。

 沖田くんはノータイムで8八銀。

 チェスクロが、ふたたび秒を読み始めた。

 牧野くんは、持ち駒へ手を伸ばして、

「同馬で詰む気もしますが……冒険する必要はないですね」

 と言い、銀を置いた。


挿絵(By みてみん)


 必至。後手玉は詰まない。

 沖田くんは投了した。

「負けました」

「ありがとうございました」

 おたがいに一礼。感想戦までは間が空いた。

 沖田くんは、しばらく反省モード。

「……今考えても、明確に悪くなった箇所が、よくわからないんだよね」

「そうですね、明らかに疑問だと感じた手は、ありません」

 ふたりはいろいろ話し合って、8一飛のところまでもどした。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 たしかに、検討するならここかな。

 先手の攻めはこの数手あとで、かんばしくなくなった。

 沖田くんは、

「ここはさすがに互角だと思う」

 と言った。

 牧野くんも同意した。

「ええ、それに加えて第一感は、本譜の6一銀です」

「そっか……じゃあ、6一銀、7三金上、5二銀成、5四金に、6二成銀と寄った手が悪かったかな。3二角成も考えたんだけど」

「3二角成なら5一歩で、6二成銀を強要します」

 沖田くんは、うーん、という感じで思案した。

「……けっきょく4四角は入るか」

 ギャラリーも含めて検討したけど、先手のうまい攻めは見つからなかった。

 となると、攻めそのものが成立していない可能性も出てきた。

 沖田くんは、

「5五の歩を取らずに、2八飛だったかも」

 と言って、もっと前にもどした。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 沖田くんは、3五歩、5五歩を示した。

 牧野くんは5七歩と置く順を提案して、互角ということになった。

 もうすこし会話が続いたあと、一ノ瀬いちのせさんは、腕時計を確認した。

「そろそろおひらきにしましょう。昨年と同様、このあと懇親会があります。ぜひご参加ください」

 沖田くんと牧野くんは、握手して席を立った。

 んー、2連敗かあ。いきなりの崖っぷち。

 とりあえず食事して、仕切り直しましょ。

場所:デイナビ主催 第2回東西対抗フレッシュ大学将棋 次鋒戦

先手:沖田 勲

後手:牧野 賢治

戦型:先手居飛車穴熊vs後手四間飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △4二飛

▲9六歩 △9四歩 ▲6八玉 △3二銀 ▲5六歩 △3三角

▲5七銀 △5二金左 ▲7八玉 △7二銀 ▲5八金右 △4三銀

▲7七角 △6四歩 ▲2五歩 △6二玉 ▲6八金上 △7一玉

▲8八玉 △7四歩 ▲9八香 △7三桂 ▲6六歩 △4五歩

▲9九玉 △4四銀 ▲8八銀 △3五銀 ▲4八飛 △8四歩

▲7八金 △6三金 ▲6八金右 △8二玉 ▲7九金 △8三銀

▲7八金寄 △7二金 ▲6八角 △5四歩 ▲3八飛 △2六銀

▲2八飛 △3五銀 ▲1六歩 △4一飛 ▲1五歩 △5一飛

▲7七角 △4四銀 ▲6八角 △5五歩 ▲5八飛 △6五歩

▲同 歩 △同 桂 ▲6六銀 △6四歩 ▲2四歩 △同 歩

▲5五歩 △同 銀 ▲同 飛 △同 角 ▲2四角 △3三角

▲同角成 △同 桂 ▲5四歩 △5九飛 ▲4三角 △8一飛

▲6一銀 △7三金上 ▲5二銀成 △5四金 ▲6二成銀 △4四角

▲5五歩 △6二角 ▲5四角成 △6三銀 ▲4三馬 △2九飛成

▲3三馬 △1九龍 ▲5四歩 △5二歩 ▲5五桂 △5四銀

▲6三歩 △3五角 ▲4六歩 △8五桂 ▲3四馬 △1七角成

▲5二馬 △5五銀 ▲6五銀 △6六桂 ▲6二歩成 △7八桂成

▲同 金 △7七香 ▲同 銀 △同桂成 ▲同 金 △7九金

▲8八金 △6六銀 ▲7四銀 △同 銀 ▲2九歩 △7七銀不成

▲同 金 △7八銀 ▲同 金 △同 金 ▲7九銀 △同 金

▲8三香 △同 銀 ▲7二と △同 銀 ▲7四桂 △同 金

▲同 馬 △4四馬 ▲8八銀 △7八銀


まで136手で牧野の勝ち

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