表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第54章 デゼニーランド(2017年6月16日金曜)
345/487

335手目 タイムロス

 難波なんばさんの長考は続いた。

 火村ほむらさんは、

「成るしかないと思うけど」

 とつぶやいた。

 いやあ、どうかしら。さっき志邨しむらさんが言ってた3七金も有力。もちろん、3三桂成、同金、3七金と、あとで入れることも可能だ。けど、桂馬をもう1枚渡してるから、後手に追加の攻めが成立するかもしれない。

 単に3七金なら、4四銀でいったん収まるのでは。

 私は志邨さんにも感想を求めた。

「そうですね……ほんとに難しい選択だと思います。ただ、3七金に4四銀で収まるかどうかは、わかんないです。1五歩とつっかける手もありますし、そうなれば後手も5六歩で攻めますよね」

 んー、なるほど、ここからまた激しくなる可能性もアリ、か。

 ギャラリーは、固唾を飲んで見守った。

「……こうやね」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 受けた。

 来栖くるすさんは4四銀。

 難波さんはすかさず8五銀と出た。

 これにもギャラリーはいろいろと反応した。

 火村さんは、

「香当たりだし、シンプルな狙いね」

 と評価した。

 私は、

「後手は2五歩と打てるから、桂馬は取られちゃうわね」

 と返した。

 先手からなにか動くかな、という気はする。


 パシリ


 来栖さんは5六歩、同歩と突き捨ててから、2五歩。

 難波さんはすぐに9四銀とはせず、3三歩と叩いた。

 3一玉、9四銀、2六歩、8三銀成。

「6四桂です」


挿絵(By みてみん)


 強く打ち返した。

「5四香ッ!」

 強気の応酬。

 さすがに来栖さんは5三歩と受けた。

「取るで。同香成」

 同金直、同桂成、同銀、3五角、5四飛、2四歩。


挿絵(By みてみん)


 かなり動いた。

 先手が攻めているけど、バランスはまだ取れている。

 私は、

「5六桂の王手飛車で、イケない?」

 とたずねた。

 これに答えたのは志邨さんだった。

「7九玉、4八桂成が間に合わないと思います。2三歩成が詰めろなんで」

 むむむ、そう言われると、そうか。

 5九飛成は、もちろん詰まない。

 ここで、来栖さんのため息が聞こえた。

 劣勢を感じさせるものじゃなかったけど、息苦しさを感じさせた。

「……2一香とします」

 難波さんは一転して、4七金。冷静に受けた。

 来栖さんは7六歩で反撃。

「それは受けんで。7三成銀」

 7七歩成、同桂、7六桂、5七玉。


挿絵(By みてみん)


 んー、どうだろう。

 先手も後手も挟撃形。

 後手のほうが狭いかな、という印象。

 ただ、ここで後手の手番なのは大きい。

 残り時間は、先手も後手も2分。

 全部使う感じかなあ。

 候補としては、5五桂か3六銀。

 ワンチャン5九銀が効くか効かないか。

 5五桂、同歩、同飛は王手角だから、選択しないと思う。

 そのまま3二銀と突っ込むんじゃないかしら。

 3六銀は、同金、5六飛、4七玉、6九角……ん? あんまり痛くない?

 後手良しになる順が、見えてこなかった。

 火村さんと志邨さんも、じっと固まって読み耽っていた。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 あ、5五桂を選択。

 来栖さんは1分きっかりを残したっぽい。

 この瞬間、志邨さんは頭をかいて、

「ダメだよ、ここは考えないと」

 と小さくつぶやいた。

 難波さんは腕まくりをして、最後の長考に入った。

 私は、

「志邨さん、さっきの局面、5五桂以外にあった?」

 とたずねた。

「後手の攻めよりも、次の3二銀が問題です」

 3二銀──打ってバラす手か。

「同金、同歩成……」

「そのまえに5三角成と切る手があります」

「角成り? それって決まらなかったら負けじゃない?」

「ええ、決めに行く手です」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あッ! そういうことかッ!

「詰む?」

「かもしれないです。あっても長手数ですね」

 いかーん、それなら1分で効率指しをしたのはよくなかった。

 2分プラス考慮時間59秒を、全部使わないと。

 あせる私をよそに、火村さんは、

「でも詰むかどうかわかんなくない?」

 と言った。

 た、たしかに、詰んだらマズい、という前提の話だ。


 ピッ


 難波さん、1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 行ったッ!

 けど、当の難波さんも、読み切っていないように見える。

 指したあと目を閉じて、険しい顔をしていた。

 志邨さんは、

「同金に同歩成として、同玉、5五歩と軌道修正できなくもないです。これは一見後手有利ですが、そこまででもないと思います。ですから、次に5三角成と切るかどうかが決定的です」

 と補足した。

 来栖さんは、また考え始めた。

 さっきの難波さんの長考分も読んでいるから、思考は深まったはず。

 私たちも考えた。

 40秒ほどして、火村さんは、

「……詰むんじゃない?」

 とひとこと。

 ぐッ……じつは私もそんな気がしてきた。

 よくみると、3八飛と寄る手がかなり強烈だ。例えばここから同金、5三角成、同飛、3二歩成、同玉、2三銀、同香、同歩成、同玉、2五香、2四銀、同香、同玉、2五歩、同玉、3五金、3八飛。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これは詰むのでは? っていうか、簡単に詰む。

 難しいのは、2五香のところで2四歩と打たないとか、そのあたり。


 ピッ


 来栖さんも1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同金ッ!」

「5三角成やッ!」


挿絵(By みてみん)


 ぐぅうう……読み切られた感じがするぅ。

 今のはほぼノータイムだった。

 同飛、3二歩成、同玉、2三銀、同香、同歩成、同玉、2五香、2四角。

 か、角合いだと受かる?

 同香、同玉、2五歩、同玉。

 難波さんは、金を手にした。

「しまいやね。3五金」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………だ、ダメだ。

 同玉、3八飛以下、やっぱり詰む。

 このあとは並べ詰みだから、来栖さんは投了した。

「負けました」

「ありがとうございました」

 うーん、出だし不調。

 すぐに感想戦が始まった。

「すみません、詰まないと勘違いしてました。5三角成は見えてたんですが、同飛、3二歩成、同玉に3三歩と叩くのは、不詰みです。2三銀で銀香を交換すると詰む、ということに気づきませんでした」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 心理的盲点か。なんだかんだでギリギリの詰みだから、銀を捨てて香車と交換する、という手が浮かびにくいのは分かる。

 さらに来栖さんは、

「5五桂、3二銀、同金、同歩成、同玉、5三角成だと、4七桂成から先手が詰むかもしれない、と考えたのも、時間のロスでした」

 とつけくわえた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 ん? 先手に詰む順があった?

 志邨さんは、

「たしかに、詰むかもしれないです。5三角成と3二歩成の手順前後は、あいてのポカ期待なので、私は読んでませんでしたが」

 と言った。

 対局者とギャラリー総出で検討したら、詰むことがわかった。

 同飛は5六飛、4八玉、5九角、3九玉、3八銀、同玉、5八飛成、4八桂、2七銀、同飛、3八龍、2九玉、3九金まで。同玉なら3六銀、同玉、2七銀、3五玉、3四歩、2五玉、2四香、同玉、3五角、同馬、同歩、4四桂、同飛、3四香、同飛、同玉、3三香、2五玉、3六銀不成、2六玉、2七金まで。

 んー、詰むのかあ。でも、来栖さん本人の言うとおりだ。

 難波さんのミスが前提になっている順は、読まないほうがよかったかも。

 けっきょく、5五桂の時点で後手負けという結論に。

 難波さんは、

「5五桂やなくて、3三金やったろうね」

 と、いったん歩を払う順を指摘した。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 来栖さんは、しばらく盤を見つめたあと、

「4五銀くらいで悪いですね」

 とコメントした。

 5五桂と3二金の両方がダメなら、どこが悪かったのか、ということが問題に。

 感想戦はそこに集中したけど、後手が良くなる順は出なかった。

 一ノ瀬いちのせさんは、

「次の対局もありますので、このあたりでお願いします。おつかれさまでした」

 と、交代をうながした。

 ふたりとも一礼して、起立。

 来栖さんは、東日本サイドへもどってきて、

「すみません、負けちゃいました」

 と謝った。

 火村さんは、

「いいのいいの、お祭りなんだから。とりあえずおつかれ」

 と、ねぎらった。

 次は沖田おきたくん。あいては牧野まきのくん。

 ふたりは起立して、着席した。

 駒を並べなおす。

 振り駒はゆずりあいになったあと、牧野くんが、

「さきほどは東日本が振りましたから、交代にしましょう」

 と言って、振った。

「表が1枚。私の後手です」

 駒をもどして、対局準備はととのった。

 一ノ瀬さんは、腕時計を確認した。

「おふたりとも、よろしいでしょうか……それでは、始めてください」

「よろしくお願いします」

 両者一礼したあと、牧野くんはチェスクロを押さずに、右手をさしだした。

 沖田くんは一瞬きょとんとしたけど、

「おっと、そうだったね」

 と言って、握手した。

 ん? なんですか、この儀式は?

 不思議がっていると、志邨さんが、

「牧野はチェスもやってますからね。あれしないと落ち着かないらしいです」

 と教えてくれた。

 チェスプレイヤーか。

 駒桜こまざくらにもいたわね、佐伯さえきくんが。

 ともかく、将棋は始まった。

 7六歩、3四歩、2六歩、4四歩、4八銀、4二飛。


【先手:沖田おきたいさむ八ツ橋やつはし) 後手:牧野まきの賢治けんじ学志社がくししゃ)】

挿絵(By みてみん)


 振り飛車党か。しかもオーソドックス。

 志邨さんは、

「牧野は奇をてらわないタイプです。がっぷり四つでしょうね」

 と事前予想した。

 9六歩、9四歩、6八玉、3二銀、5六歩、3三角、5七銀。

 んー、端が早いけど──

 5二金左、7八玉、7二銀、5八金右、4三銀、7七角。


挿絵(By みてみん)


 先手は穴熊みたい。

 後手はそれを警戒した組み方だ。

 牧野くんは10秒ほど考えて、6三の歩をつまんだ。

「東西の代表として、恥ずかしくない将棋にしたいですね。6四歩です」

場所:デイナビ主催 第2回東西対抗フレッシュ大学将棋 先鋒戦

先手:難波 千昭

後手:来栖 莉帆

戦型:角換わり後手早繰り銀


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲7八銀 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀 ▲7八金 △3三銀

▲4八銀 △7二銀 ▲9六歩 △7四歩 ▲4六歩 △7三銀

▲4七銀 △4二玉 ▲6六歩 △6四銀 ▲2五歩 △3二玉

▲5六銀 △5四歩 ▲9五歩 △1四歩 ▲6八玉 △7五歩

▲6七銀 △7六歩 ▲同銀右 △4二金 ▲7五歩 △5五銀

▲4八飛 △9二角 ▲3八角 △同角成 ▲同 金 △8四飛

▲3六歩 △5二金上 ▲1六歩 △9四歩 ▲同 歩 △同 香

▲9七歩 △8二飛 ▲3五歩 △同 歩 ▲7一角 △7二飛

▲3五角成 △6四銀 ▲7四歩 △同 飛 ▲3六馬 △8四飛

▲5八馬 △7三桂 ▲7五歩 △5五歩 ▲4七馬 △8三角

▲同 馬 △同 飛 ▲7四歩 △8四飛 ▲7三歩成 △同 銀

▲2六桂 △2四歩 ▲1七桂 △2五歩 ▲同 桂 △2四銀

▲3三歩 △同 桂 ▲同桂成 △同 銀 ▲4五桂 △2四飛

▲3七金 △4四銀 ▲8五銀 △5六歩 ▲同 歩 △2五歩

▲3三歩 △3一玉 ▲9四銀 △2六歩 ▲8三銀成 △6四桂

▲5四香 △5三歩 ▲同香成 △同金直 ▲同桂成 △同 銀

▲3五角 △5四飛 ▲2四歩 △2一香 ▲4七金 △7六歩

▲7三成銀 △7七歩成 ▲同 桂 △7六桂打 ▲5七玉 △5五桂

▲3二銀 △同 金 ▲5三角成 △同 飛 ▲3二歩成 △同 玉

▲2三銀 △同 香 ▲同歩成 △同 玉 ▲2五香 △2四角

▲同 香 △同 玉 ▲2五歩 △同 玉 ▲3五金


まで131手で難波の勝ち

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ