表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第54章 デゼニーランド(2017年6月16日金曜)
342/487

332手目 公私混同

「ふたりは、聖生のえるって知ってるか?」

 私と松平まつだいらは言葉に詰まった。

 予想以上にマズい質問だ。

 そう思った瞬間、先に口をひらいたのは歩美あゆみ先輩だった。

「またその話?」

 宗像くんは、歩美先輩のほうを見た。

「またってほど、してないだろ」

「もう10回は聞いた気がするけど、その名前」

 宗像くんはこの指摘を無視して、私たちにたずねなおした。

「知ってるか?」

 んー、判断に迷う──でもなあ、知らないって答えるのは、不自然な気がする。

 御手おてくんともこの件で話したし、そっち経由で伝わっているような。

 松平もそう考えたのか、

「名前は聞いたことがある」

 と、定番のごまかしかたをした。

「会ったことは?」

「いや」

 これは事実──のはず。

 目のまえの宗像くんが聖生のえるでなければ、ね。

 宗像くんは腕組みをして、椅子に深く座った。

 私たちが黙っていると、歩美先輩は、

「彼、春になってから急にこの話をし始めたのよね」

 とつぶやいた。

 私はカマかけで、

「歩美先輩は、聖生のえるを知ってるんですか?」

 とたずねた。

「ぜんぜん」

 でしょうね。知ってたらおどろきだ。

 とはいえ、歩美先輩の彼氏が聖生のえるJrの可能性濃厚。

 なんとも奇妙な状況になってしまった。

 歩美先輩はコーヒーをひとくち飲んで、

「正体不明の相場師らしいわ。御手もそう言ってたし」

 と言った。

 あ、やっぱり御手くん、堂々と調査してるんだ。

 うーん、マズい、私たちが御手くんに会ったの、バレてるのでは。

 また緊張してきた。

 でも、その話題は出なくて、歩美先輩は、

恭二きょうじは、なんでそいつが気になるの?」

 とたずねた。

 宗像くんは、一瞬間をおいたあと、

「先に突き止めて、御手の鼻を明かしてやる」

 と答えた。

 これはウソっぽく響いた。本音はべつのところにありそう。

 歩美先輩は、

「お金が欲しいから、じゃないでしょうね?」

 とたずねた。

 宗像くんは、ちょっとくちびるをむすんだ。

「なんだ、歩美も興味あるのか?」

「ぜんぜん。危ないことしないほうがいいわよ」

 宗像くんは数秒ほど沈黙したあと、

「仮に、歩美が聖生のえるの財産を手に入れたら、どうする?」

 とたずねた。

「だから興味ないってば」

「仮に、だ」

「恭二はなにをしたい?」

「俺の話じゃない」

「パートナーに相談しないのは、変だと思うけど」

 この回答に、宗像くんは困惑した。

「……ラーメンにトッピング乗せるか」

 リ、リアル。

 その話は、ここで打ち切りになった。

 気まずくなっていると、松平は突然話題を変えた。

「ふたりは、日帰りで東京まで来たのか?」

 あ、それは気になってた。

 一応、K都から日帰りデゼニーはできるはず。

 新幹線を使えば、2時間くらいで東京駅に着く。

 東京駅からデゼニーまでは、在来線で一本。

 そして、この読みは半分当たっていた。

 歩美先輩は、始発の新幹線で来たと、そう答えたのだ。

 ところが、それに付け加えて、

「けど、日帰りじゃないわね」

 と言った。

 私は、

「どういうことですか?」

 とたずねた。

「このまま泊まって、日曜に帰るわ」

 2泊3日デートッ!?

 私がびっくりしていると、宗像くんは、

「勘違いするなよ。俺たちは仕事で来てるんだからな」

 と言った。

 松平はけげんそうな顔をした。

「仕事?」

 宗像くんは後頭部に手を回して、ふんぞり返った。

「関西将棋連合の仕事さ。フレッシュ大学将棋の引率だ」

 え……今年もあるの?

 知らなかった。だれもそんなこと言ってなかったし。

 松平も初耳らしく、

「今年は関東でやるのか? もしかして明日、明後日?」

 とたずねた。

「そうさ。都ノみやこのからは出ないのか?」

 私は、出ない、と答えた。

 上級生にないしょで出ている、ということはないと思う。それに、うちの1年生の大会結果だと、ちょっとムリなんじゃないかしら。個人戦で上位だった子はいない。新人戦の上位者だけでも、5枠は埋まってしまう。去年私が出られたのは、フレッシュのほうが新人戦よりも先にあったからだ。順番が逆なら、私じゃなくて大谷おおたにさんが出場したはず。

 私は、関東のメンバーを知っているか、とたずねた。

 宗像くんの答えは、

「知らね」

 だった。

「じゃあ関西は?」

 宗像くんは指折り数えた。

申命館しんめいかんからは吉良きらだろ、あと古都こと温田おんださかい難波なんば六甲ろっこう三木みき学志社がくししゃ牧野まきの

 最初の3人は知っている。あとの2人は知らない。

 っていうか、吉良くんが来てるのね。

 私は、

「1年生は別行動? それともデゼニーにいるの?」

 と確認を入れた。

「まだ東京へ来てないぜ。夕方の新幹線だ」

「えッ、宗像くんたちだけ、先に来たの?」

 宗像くんはちょっと顔を赤くして、そっぽを向いた。

「歩美がデゼニー行きたいって言うから……」

「ちょっと待って、デゼニーを提案したのは恭二でしょ」

 はいはい、ストップ、ストップ。

 松平も夫婦げんかがエスカレートしないうちに、

「なんで宗像たちが引率なんだ? 連合の役員なのか?」

 とたずねた。

「俺が去年の大将だったから、連れてけって言われた」

駒込こまごめは?」

「私はお目付け役」

 そういうことか、ようやく納得がいった。

 ようするに、公用で東京に来る機会ができて、こっそりデートしてるわけだ。1年生が指してるあいだにデゼニー、とはいかないから、じぶんたちだけ日程を早めたわけね。公私混同のような気が、しないでもない。まあ、つっこまないけど。

 私たちはそのあとカフェを出て、すこしばかりいっしょに遊んだ。お昼のパレードを観て、まだ乗っていないアトラクションに乗った。海賊が出てくるやつ。

 4時になったところで、また分かれることになった。

 歩美先輩は、

「じゃ、また会いましょ。地元か王座戦で」

 と言った。

 私も、

「引率、がんばってください」

 と返した。

 ふたりの姿が見えなくなったあと、松平は、

「たまげるとは、このことだな」

 とつぶやいた。

「そうね……でも、なんだかお似合いじゃなかった?」

 ふたりとも、はしゃいだりはっちゃけたりするタイプじゃない。

 さっきのアトラクションとパレードも、黙っていることが多かった。

 けど、どこかしっくりしている。

 松平もうなずいた。

「ああ……ちょっと気になる点はあったけどな」

 なんのこと、と私はたずねた。

「まず、宗像が金の話をしたことだ」

「使い道の話?」

「あれは、じぶんの資産についてじゃないか?」

 私はハッとなった。

「じゃあ、N資金はほんとに……ある?」

「確証はない。ただ、宗像が駒込の金の使い方を気にしたのは、なんとなくわかる。パートナーの金銭感覚は、重要だからな」

 私はうっすらと理解した。

 具体的な金額を言わなかったのも、かえってあやしい。

 仮定の話なら、1億とか2億とか、てきとうに設定すればいいからだ。

「じゃあ、なんで歩美先輩におごってもらってるの? さっきのカフェ代、先輩が払ってなかった?」

「金持ちなのを勘繰られたくないから……というのも考えられるが、やっぱり年齢じゃないか?」

「年齢?」

「たしか日本だと、20歳*までは法律上の制限があるだろ」

 あ、そうだ、高額な買い物は、保護者の同意を求められる。

「つまり、銀行から引き出せない?」

「名義は宗像恭二でも、管理してるのは別人かもしれない」

 管理者──心当たりがあった。

「宗像くんのお姉さん?」

「ありうるな。生活費だけ送ってもらってるとか……まあ、宗像の誕生日は知らないから、これは勘だ」

 松平は、それともうひとつ、と言って、

「宗像は、じぶんの父親が聖生のえるだって、気づいてるんじゃないか?」

 と、なかなか物騒な推理を告げた。

「どうしてそう思うの?」

有縁坂うえんざか佐田さださんは、宗像が小学生のときに会ったんだよな。すくなくとも、小学生に見える年齢のとき、だ。その年齢で、宗像は父親といっしょだった。だとすると、父親が相場師だってことも、知ってる可能性がある」

 私は納得した。

 あたりを見回す──歩美先輩と宗像くんの姿はなかった。

 ほかのカップルが、お城を背景に写真を撮っていた。

 私は、

「宗像姉弟が相続人なら、もう他人がごちゃごちゃ言うことじゃないわよね」

 と言った。

「ああ……ちょっとかわいそうだよな、あれこれ詮索されて」

 私たちも、あの暗号について調べている。

 その点については、うしろめたいところがあった。

 松平はフゥとタメ息をついた。

「ま、とりあえず今日は楽しむか。次はどうする?」

 そのあと私たちは、アトラクションを回って、夜のパレードを観た。

 音楽とイルミネーションが、とても幻想的だった。

 最後の乗り物が見えなくなったところで、私たちは出口へ向かった。

 薄い夜空を見上げると、下弦の半月がかかっていた。

「今日は楽しかったわね」

「ああ、来れてよかった」

 たちばな先輩に触発されて、ある意味良かったかも。

 一生の思い出になりそう。

 私は松平と腕を組んで、帰路についた。

*民法の成人年齢が18歳になったのは2022年4月1日から。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ