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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第54章 デゼニーランド(2017年6月16日金曜)
341/487

331手目 驚愕のダブルデート

 えー、というわけで、気合いを入れなおしたわけですが──

「おーい、裏見うらみぃ、買って来たぞ」

 松平まつだいらが両手にドリンクを持って、こちらへ駆けてくる。

 私はひとつ受け取って、お礼を言った。ゼリー入りの炭酸レモン。

「代金はあとで精算ね」

「いや、俺のおごりでいい」

 そういうところはちゃんとしましょう。

 チケットも折半したんだし。

 と、ここはT葉にあるテーマパーク、東京デゼニーランド。

 ついにデビューしてしまいました。

 松平とデートで、ね。

 え? 王座戦への意気込みは、なんだったのかって?

 これには理由があるのよ。


  ○

   。

    .


 *** 香子きょうこちゃん、回想中 ***


 新人戦の翌日、私はバイトに精を出していた。

 月曜日にシフト入れたの、ミスだったかなあ。

 昨日のつかれが、ちょっと残っている。大学もあったし。

 まあ人手が足りないから、ことわるのもむずかしかったんだけど。

 テーブルを拭いて、営業の準備。

 しばらくすると、入り口のドアがひらいた。

 たちばな先輩だった。

 紺のボックススカートに、白の半そでTシャツ。

 なんだかすごく機嫌が良さそう。

 なにかあった? 絶対、朽木くちき先輩関連だと思う。

 私が勘繰っていると、橘先輩はスマホをとりだして、私に話しかけた。

「デゼニーランドへ行ってまいりました」

 なぬ? ……それって昨日の話?

 大会はどうなったんですか? さぼりですか?

 橘先輩は、スマホで写真を見せてくれた。キャラのかぶりものをした橘先輩と朽木先輩が、手に風船を持って、並んで写っていた。

 デゼニーデート!?

 橘先輩は何枚かスライドさせて、逐一解説をした。

 お城を背景にした写真、着ぐるみと戯れる写真、アイスクリームを仲良く食べる写真。

「というわけで、たいへん楽しい1日でした」

「は、はあ……」

 び、微妙にうらやましいと思っているじぶんがいる。

 橘先輩は、私の反応を気にしていないみたいだった。スマホを胸に当て、

「将来、ふたりの思い出として、式場で流したいと思います」

 と、じぶんの世界に旅立っていた。

 私は嘆息して、お茶の用意をした。

 だいたい作業は終わって、ひと休み。

 あとは席主の宗像むなかたさんを待つだけ。

 ぼんやりくつろいでいると、スマホが振動した。


 剣之介 。o O(今週の定例会、組み合わせはこれでいいか?)


 画像データも送られてきた。

 私はそれを確認して、いくつかコメントを返した。

 了解、直しとく、の返信。

「……」


 香子 。o O(こんどデゼニー行かない?)


  ○

   。

    .


 *** 香子ちゃん、回想終わり ***


 というわけで、デゼニーデートを楽しんでいるわけですが──

 松平はひと息ついて、

「6月の平日なら混んでないと読んで、正解だった」

 と言った。

 そうね。あまり並ばなくていいし、ゆったりできる。

 こういうのは、大学生の特権。

 私たちは朝一で入場して、アトラクションをぐるり。

 今は中央にあるお城のまえで、着ぐるみと遊んでいた。

「そろそろ1時過ぎだけど、お昼にする?」

「ああ、席も空いてきただろうし……と、そのまえに」

 松平はスマホを取り出して、

「ここで写真撮っとこうぜ」

 と提案した。

 ちょうどお城の正面が見える場所で、たしかに映えはしそう。

「このお城、さっきも撮らなかった?」

「フォトスポットは全部撮りたい」

 フォトスポットというのは、公式おすすめの撮影スポットのことだ。

 ぜんぶで15ヶ所あるんだけど、けっこう偏ってるのよね。

 おなじ建物を、べつの方角から写しているだけのときがあった。

 まあ、デートだし、こういうのも大事。

「さっきみたいに、だれかに撮ってもらう?」

 私たちは周囲を見た。

 んー、家族連れがいるけど、ちょっと頼みにくいかな。

「私が撮ってあげるわよ」

 うわッ!?

 ふりかえると──ええッ!?

「あ、歩美あゆみ先輩……」

 歩美先輩は、キャラのかぶりものをして、風船を手に持っていた。

 あ、あれ? じつはこれ、夢だった?

 私は手の甲をさすってみる。リアルな感触。

 ってことは、本物の歩美先輩? なぜここに?

 歩美先輩も、こちらの登場を予期していなかったようで、

「ふたりでなにしてるの? デート?」

 とたずねてきた。

 ぎくぅ、一番見られるとマズいひとに見られたのでは。

 松平もあせって、

「こ、駒込こまごめこそ、どうしたんだ?」

 とたずね返した。

 歩美先輩は風船をふらふらさせながら、

「デート中」

 と答えた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「香子ちゃん、なんで泣いてるの?」

「歩美先輩……いくら現代人が孤独だからって、エア彼氏とデートしなくても……」

「なんでそうなるのよ。ちゃんと実物がいるから」

 いや、だってひとりじゃないですか。どこにいるんですか。

 松平は私に、

「見えちゃいけないものが見えてるんじゃないだろうな」

 と、耳打ちした。

 あ、こら、歩美先輩はそういうの耳ざといのに。

 案の定、先輩はこれを聞きとがめた。

「見えちゃいけないものって、なに? 幻覚が見えてるっていうの?」

 松平はあわてた。

「いや、そういう意味じゃ……」

「おーい、歩美、買って来たぞ」

 男の声がして、私たちは一斉にふりむいた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………


 む な か た く ん


 両手にドリンクを持った宗像くんが、硬直してこちらを見ていた。

 ダークグレーのパンツに白黒モザイクのリネンシャツ。

 白のバケットハットをかぶっていた。

 おたがいに黙っていると、宗像くんは180度回れ右をした。

「ひとりでデゼニーは失敗だったな。こんどはあっち……」

 歩美先輩は、宗像くんのえりくびをつかんで、引きずりもどした。

 ポンと背中をたたいて、私たちのまえに立たせた。

「ね、いるでしょ」

「……」

「……」

「……」

 え……どういうこと? どっきりじゃないわよね?

 どこかにカメラを持った藤堂とうどうさんがいるとか?

 いや、でも、宗像くん、顔が赤いし、なんかデート現場っぽい。

 松平もそうとう混乱していて、

「む、宗像、脅迫されてるのか? まだ間に合う。目を覚ませ」

 と、失言のオンパレードになっていた。

 歩美先輩は松平のひたいにチョップ。

「私にカレがいたらいけないわけ?」

 もちろん、いけないわけじゃない。ただ、あいてがあいてだし、そんなそぶりもなかったし……ん? ちょっと待って、ほんとになかった? よく考えたら、ふたりでラーメン屋へ行ったり*、王座戦のとき、やたらかばったり**……あれが伏線……?

 だけど信じられない。

 私たちが呆然とする中、歩美先輩は、

「香子ちゃんたち、もうお昼は食べた?」

 とたずねた。

「え……いえ、これから食べようかな、と……」

「じゃあいっしょに、どう? しばらく会ってなかったし」

 これには宗像くんが抗議した。

「なんでこいつらといっしょに食事しないといけないんだよ」

 歩美先輩は、宗像くんのひたいにもチョップした。

「私の知り合いに『こいつら』とか言わない」

 宗像くんはチェッと言って、ドリンクを飲んだ。

 私は、

「あの……宗像くんがイヤなら、べつべつのほうがいいんじゃないかな、と……」

 と、牽制した。

 歩美先輩は、

「恭二は照れてるだけだから、いいのよ」

 と、一方的に決定権を行使した。

 宗像くんは顔を赤くして、

「照れてない」

 と反論した。

 どう見ても照れてますね、はい。

 歩美先輩は宗像くんを言いくるめたあと、

「いろいろ話したいことがあるんだけど、ダメ?」

 と、再度たずねた。

「話したいことって、なんですか?」

「ちょっと長くなるから……ダメなら、あとでMINEするわ」

 私は松平のほうを見た。

 松平は、しょうがない、みたいな顔。

 ま、いっか。ひさしぶりだし、じつはこっちも訊きたいことがあるのよね。

 主に宗像くん関連で。

 私たちがオッケーすると、歩美先輩はレストランを調べ始めた。

「カフェから和食まで、なんでもあるわね……恭二きょうじ、なに食べたい?」

「どうせアミューズメント価格だろ。レストランは高いぜ」

 でしょうね。

 事前に調べたら、ランチでも4、5000円は平気でかかった記憶。

 私は、

「お昼はカフェにしようかな、と思ってたんですが……」

 と、お財布の事情を遠回しに伝えた。

「んー、じゃあそうしましょ……あ、ちょっと待って、このジュースは飲んでく」

 30分後、私たちはカフェで休憩していた。

 内装はさすがにおしゃれで、おとぎの国って感じ。

 各人、コーヒーと簡単なケーキをひとつ頼んだ。

 最初のうちは気まずかったけど、歩美先輩とは長いつきあいだから、会話ははずんだ。私たちの近況から始まって、今は歩美先輩の近況。単位が取れていない、ということだけはわかった。

 松平は、

「駒込、3年生だよな? だいじょうぶなのか、それで?」

 とたずねた。

「計算上は卒業できるから、へーきへーき」

 ほんとかしら。とはいえ、大学入試のときも、赤点組から一気に挽回したし、信ぴょう性はあるというのが、なんとも。

 私がそんなことを考えていると、歩美先輩は、

「恭二、さっきから黙ってるけど、どうしたの?」

 とたずねた。

 宗像くんはコーヒーカップを手にしたまま、

「知り合い同士で話されたら、割り込みようがないだろ」

 と言った。

「それもそうね……ごめんなさい」

 あ、歩美先輩が謝った。

 高校時代、一度も謝ったことないのに、たぶん。

 宗像くんは宗像くんで、

「いや、怒ってるわけじゃない……言い方が悪かった」

 とフォローを入れた。

 ほ、ほんとに恋人同士なんだ──すごい(語彙力)

 私と松平がどぎまぎする中、宗像くんはコーヒーカップを置いた。

 そして、じっとこちらを見て来た。

「ちょっと話題変えるぜ」

 ぐッ……お姉さんのことは勘弁。

 なにを話せばいいのか、わからなくなる。

 それつながりで風切かざぎり先輩の話もダメ。

 心配する私をよそに、宗像くんはこう切り出した。

「ふたりは、聖生のえるって知ってるか?」

*175手目 申命館大学将棋部

https://ncode.syosetu.com/n0474dq/175/

**251手目 虎穴

https://ncode.syosetu.com/n0474dq/258/

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