331手目 驚愕のダブルデート
えー、というわけで、気合いを入れなおしたわけですが──
「おーい、裏見ぃ、買って来たぞ」
松平が両手にドリンクを持って、こちらへ駆けてくる。
私はひとつ受け取って、お礼を言った。ゼリー入りの炭酸レモン。
「代金はあとで精算ね」
「いや、俺のおごりでいい」
そういうところはちゃんとしましょう。
チケットも折半したんだし。
と、ここはT葉にあるテーマパーク、東京デゼニーランド。
ついにデビューしてしまいました。
松平とデートで、ね。
え? 王座戦への意気込みは、なんだったのかって?
これには理由があるのよ。
○
。
.
*** 香子ちゃん、回想中 ***
新人戦の翌日、私はバイトに精を出していた。
月曜日にシフト入れたの、ミスだったかなあ。
昨日のつかれが、ちょっと残っている。大学もあったし。
まあ人手が足りないから、ことわるのもむずかしかったんだけど。
テーブルを拭いて、営業の準備。
しばらくすると、入り口のドアがひらいた。
橘先輩だった。
紺のボックススカートに、白の半そでTシャツ。
なんだかすごく機嫌が良さそう。
なにかあった? 絶対、朽木先輩関連だと思う。
私が勘繰っていると、橘先輩はスマホをとりだして、私に話しかけた。
「デゼニーランドへ行ってまいりました」
なぬ? ……それって昨日の話?
大会はどうなったんですか? さぼりですか?
橘先輩は、スマホで写真を見せてくれた。キャラのかぶりものをした橘先輩と朽木先輩が、手に風船を持って、並んで写っていた。
デゼニーデート!?
橘先輩は何枚かスライドさせて、逐一解説をした。
お城を背景にした写真、着ぐるみと戯れる写真、アイスクリームを仲良く食べる写真。
「というわけで、たいへん楽しい1日でした」
「は、はあ……」
び、微妙にうらやましいと思っているじぶんがいる。
橘先輩は、私の反応を気にしていないみたいだった。スマホを胸に当て、
「将来、ふたりの思い出として、式場で流したいと思います」
と、じぶんの世界に旅立っていた。
私は嘆息して、お茶の用意をした。
だいたい作業は終わって、ひと休み。
あとは席主の宗像さんを待つだけ。
ぼんやりくつろいでいると、スマホが振動した。
剣之介 。o O(今週の定例会、組み合わせはこれでいいか?)
画像データも送られてきた。
私はそれを確認して、いくつかコメントを返した。
了解、直しとく、の返信。
「……」
香子 。o O(こんどデゼニー行かない?)
○
。
.
*** 香子ちゃん、回想終わり ***
というわけで、デゼニーデートを楽しんでいるわけですが──
松平はひと息ついて、
「6月の平日なら混んでないと読んで、正解だった」
と言った。
そうね。あまり並ばなくていいし、ゆったりできる。
こういうのは、大学生の特権。
私たちは朝一で入場して、アトラクションをぐるり。
今は中央にあるお城のまえで、着ぐるみと遊んでいた。
「そろそろ1時過ぎだけど、お昼にする?」
「ああ、席も空いてきただろうし……と、そのまえに」
松平はスマホを取り出して、
「ここで写真撮っとこうぜ」
と提案した。
ちょうどお城の正面が見える場所で、たしかに映えはしそう。
「このお城、さっきも撮らなかった?」
「フォトスポットは全部撮りたい」
フォトスポットというのは、公式おすすめの撮影スポットのことだ。
ぜんぶで15ヶ所あるんだけど、けっこう偏ってるのよね。
おなじ建物を、べつの方角から写しているだけのときがあった。
まあ、デートだし、こういうのも大事。
「さっきみたいに、だれかに撮ってもらう?」
私たちは周囲を見た。
んー、家族連れがいるけど、ちょっと頼みにくいかな。
「私が撮ってあげるわよ」
うわッ!?
ふりかえると──ええッ!?
「あ、歩美先輩……」
歩美先輩は、キャラのかぶりものをして、風船を手に持っていた。
あ、あれ? じつはこれ、夢だった?
私は手の甲をさすってみる。リアルな感触。
ってことは、本物の歩美先輩? なぜここに?
歩美先輩も、こちらの登場を予期していなかったようで、
「ふたりでなにしてるの? デート?」
とたずねてきた。
ぎくぅ、一番見られるとマズいひとに見られたのでは。
松平もあせって、
「こ、駒込こそ、どうしたんだ?」
とたずね返した。
歩美先輩は風船をふらふらさせながら、
「デート中」
と答えた。
……………………
……………………
…………………
………………
「香子ちゃん、なんで泣いてるの?」
「歩美先輩……いくら現代人が孤独だからって、エア彼氏とデートしなくても……」
「なんでそうなるのよ。ちゃんと実物がいるから」
いや、だってひとりじゃないですか。どこにいるんですか。
松平は私に、
「見えちゃいけないものが見えてるんじゃないだろうな」
と、耳打ちした。
あ、こら、歩美先輩はそういうの耳ざといのに。
案の定、先輩はこれを聞きとがめた。
「見えちゃいけないものって、なに? 幻覚が見えてるっていうの?」
松平はあわてた。
「いや、そういう意味じゃ……」
「おーい、歩美、買って来たぞ」
男の声がして、私たちは一斉にふりむいた。
……………………
……………………
…………………
………………
む な か た く ん
両手にドリンクを持った宗像くんが、硬直してこちらを見ていた。
ダークグレーのパンツに白黒モザイクのリネンシャツ。
白のバケットハットをかぶっていた。
おたがいに黙っていると、宗像くんは180度回れ右をした。
「ひとりでデゼニーは失敗だったな。こんどはあっち……」
歩美先輩は、宗像くんのえりくびをつかんで、引きずりもどした。
ポンと背中をたたいて、私たちのまえに立たせた。
「ね、いるでしょ」
「……」
「……」
「……」
え……どういうこと? どっきりじゃないわよね?
どこかにカメラを持った藤堂さんがいるとか?
いや、でも、宗像くん、顔が赤いし、なんかデート現場っぽい。
松平もそうとう混乱していて、
「む、宗像、脅迫されてるのか? まだ間に合う。目を覚ませ」
と、失言のオンパレードになっていた。
歩美先輩は松平のひたいにチョップ。
「私にカレがいたらいけないわけ?」
もちろん、いけないわけじゃない。ただ、あいてがあいてだし、そんなそぶりもなかったし……ん? ちょっと待って、ほんとになかった? よく考えたら、ふたりでラーメン屋へ行ったり*、王座戦のとき、やたらかばったり**……あれが伏線……?
だけど信じられない。
私たちが呆然とする中、歩美先輩は、
「香子ちゃんたち、もうお昼は食べた?」
とたずねた。
「え……いえ、これから食べようかな、と……」
「じゃあいっしょに、どう? しばらく会ってなかったし」
これには宗像くんが抗議した。
「なんでこいつらといっしょに食事しないといけないんだよ」
歩美先輩は、宗像くんのひたいにもチョップした。
「私の知り合いに『こいつら』とか言わない」
宗像くんはチェッと言って、ドリンクを飲んだ。
私は、
「あの……宗像くんがイヤなら、べつべつのほうがいいんじゃないかな、と……」
と、牽制した。
歩美先輩は、
「恭二は照れてるだけだから、いいのよ」
と、一方的に決定権を行使した。
宗像くんは顔を赤くして、
「照れてない」
と反論した。
どう見ても照れてますね、はい。
歩美先輩は宗像くんを言いくるめたあと、
「いろいろ話したいことがあるんだけど、ダメ?」
と、再度たずねた。
「話したいことって、なんですか?」
「ちょっと長くなるから……ダメなら、あとでMINEするわ」
私は松平のほうを見た。
松平は、しょうがない、みたいな顔。
ま、いっか。ひさしぶりだし、じつはこっちも訊きたいことがあるのよね。
主に宗像くん関連で。
私たちがオッケーすると、歩美先輩はレストランを調べ始めた。
「カフェから和食まで、なんでもあるわね……恭二、なに食べたい?」
「どうせアミューズメント価格だろ。レストランは高いぜ」
でしょうね。
事前に調べたら、ランチでも4、5000円は平気でかかった記憶。
私は、
「お昼はカフェにしようかな、と思ってたんですが……」
と、お財布の事情を遠回しに伝えた。
「んー、じゃあそうしましょ……あ、ちょっと待って、このジュースは飲んでく」
30分後、私たちはカフェで休憩していた。
内装はさすがにおしゃれで、おとぎの国って感じ。
各人、コーヒーと簡単なケーキをひとつ頼んだ。
最初のうちは気まずかったけど、歩美先輩とは長いつきあいだから、会話ははずんだ。私たちの近況から始まって、今は歩美先輩の近況。単位が取れていない、ということだけはわかった。
松平は、
「駒込、3年生だよな? だいじょうぶなのか、それで?」
とたずねた。
「計算上は卒業できるから、へーきへーき」
ほんとかしら。とはいえ、大学入試のときも、赤点組から一気に挽回したし、信ぴょう性はあるというのが、なんとも。
私がそんなことを考えていると、歩美先輩は、
「恭二、さっきから黙ってるけど、どうしたの?」
とたずねた。
宗像くんはコーヒーカップを手にしたまま、
「知り合い同士で話されたら、割り込みようがないだろ」
と言った。
「それもそうね……ごめんなさい」
あ、歩美先輩が謝った。
高校時代、一度も謝ったことないのに、たぶん。
宗像くんは宗像くんで、
「いや、怒ってるわけじゃない……言い方が悪かった」
とフォローを入れた。
ほ、ほんとに恋人同士なんだ──すごい(語彙力)
私と松平がどぎまぎする中、宗像くんはコーヒーカップを置いた。
そして、じっとこちらを見て来た。
「ちょっと話題変えるぜ」
ぐッ……お姉さんのことは勘弁。
なにを話せばいいのか、わからなくなる。
それつながりで風切先輩の話もダメ。
心配する私をよそに、宗像くんはこう切り出した。
「ふたりは、聖生って知ってるか?」
*175手目 申命館大学将棋部
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**251手目 虎穴
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