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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第53章 未来の頂上決戦(2017年6月11日日曜)
340/487

330手目 一念発起

 授賞式も終わって、解散。

 しばらくのあいだは、廊下で雑談が続いた。

 私は今週の将棋部のスケジュールについて、松平まつだいらと相談していた。

 松平は、

「ひと通りイベントも終わったし、しばらくは羽休めだな」

 と言った。

「でも秋はすぐ来るわよ? 今年は合宿するの?」

「んー、どうだろうな……人数が増えると、けっこうたいへんな気もする」

 それはそう。

 部の運営の仕方も、そろそろ考えていかないといけない。

 初期のころの、とりあえず集まりました、っていうメンバーじゃなくなった。

 私がそんなことを考えていると、愛智あいちくんがやって来た。

「おつかれさまです。今週は、定例会だけですよね?」

 松平は、そうだと答えた。

「了解です。それじゃあ、僕はそろそろ……」

 愛智くんの背後に、スッと人影が登場。

 生河いがわくんだった。

 生河くんは手にした賞状をひらいて、愛智くんに見せた。

 めちゃくちゃニコニコしてる。

 なんですか? 自慢ですか?

 一方、愛智くんはマスクの奥で、タメ息をついた。

「ノアがなにを言いたいのか、わかる自分が怖いな……祝勝会して欲しいの?」

 生河くんはうなずいた。

 そ、そうなんだ。そういう合図なんだ。

 愛智くんは、会場を見渡した。

志邨しむらさんも呼ぼうか。準優勝だし……あれ? もう帰った?」

「ここにいるよ」

 うわッ、びっくりした。

 私の背後から急にあらわれた。

 どうやらお手洗いに行っていたようだ。トイレの方向から来たみたい。

 愛智くんは、

「志邨さん、このあと時間ある? ノアが祝勝会して欲しいらしいんだけど」

 と伝えた。

「いいよ。晩稲田おくてだは、そういうのやらないみたいだし」

「オッケー、あとは平賀ひらがさんと伊能いのうさんと……」

 愛智くんが指折り数えていると、志邨さんは、

裏見うらみさんも、どうです?」

 と訊いてきた。

「え……私はただの手伝いだから、身内でお祝いしたほうが、よくない?」

 志邨さんは、賞状を持った手で頭をかいた。

「身内に限定する必要も、ないんじゃないですかね……あと、話したいことが……」

「話? ここじゃダメ?」

 志邨さんは、ちらっと視線を逸らした。

「まあ、ここでも……」

 そのときだった。

 風切かざぎり先輩の声が聞こえた。

「おーい、打ち上げするぞ。出席したいメンバーは集まってくれ」

 あらら、打ち上げアリになったようだ。

 愛智くんは、

「ノア、あっちに合流しない?」

 とたずねた。

 生河くんは、

「愛智くんがそれでいいなら、いいよ」

 と答えた。

 志邨さんもオッケーで、逆に私が断りづらくなってしまった。

「松平、どうする?」

「ま、いいんじゃないか。ほかの大学の新メンバーと、面識ないしな」

 それもそうか。

 私たちは後片づけをして、移動を始めた。

 1年生が主役ということで、飲み屋じゃなくてファミレスになった。

 席割りはけっこうもめて、中央の大きめのテーブルに、ベスト4の1年生と風切先輩、それに立会人を務めた4人が座った。立会人もいっしょなのは、建前上はねぎらい。本音は、生河くんが愛智くんと同席したがったことと、志邨さんが私に話があるらしかったこと。

 私は壁側の右端で、左どなりに志邨さんが座った。

 志邨さんの正面に橋爪はしづめくん、私の正面に中禅寺ちゅうぜんじくん。

 いったん通路に出た風切先輩は、コップを高くかかげた。

「えー、おつかれさまでした。かんぱーい」

「かんぱーい」

 めいめい注文を終えて、歓談。

 私は、志邨さんが会話を始めるのを待った。

 志邨さんは前を向いて、オレンジジュースを飲んでいた。

 その目は、ここではないどこか別の場所を見ているかのようだった。

 グラスが置かれた。志邨さんは、ひと息ついた。

「おつかれさまでした」

「おつかれ。最後、残念だったわね」

「あれは、見落としたじぶんが悪いんで……立会人の仕事、思ったより大変でしたね。頼んじゃってすみません」

 いえいえ、それほどでも。

 ただ観てただけ、と言ったら失礼だけど、会場にいた時間に変わりはなかった。

「ううん、そこはいいの……ところで、話があるんじゃなかった?」

 橋爪くんや中禅寺くんの前だと話せない、ってわけじゃないわよね。

 それだとちょっと困る。

 私の心配とはうらはらに、志邨さんの話題は素朴なものだった。

都ノみやこの、王座戦目指してるんですか?」

「え……ええ、どこで聞いたの?」

「平賀がそう言ってました」

 平賀さん経由か。

 口外してもらっても、全然オッケーな情報だ。

 べつに隠すようなことじゃなかった。

 志邨さんはグラスを持ち上げた。

 飲まないで、先を続けた。

「どのくらい本気です?」

「今年の秋には、狙えるといいな、と思ってる」

「今はBですよね?」

「Bの1位と2位も、選抜トーナメントに出られるの」

 王座戦に出場できるのは、Aの優勝校と、もうひとつ、選抜トーナメントで勝ち上がった大学だ。トーナメントに出られるのは、Aの2位から8位までと、Bの1位、2位、それからCの1位。去年の秋は、赤学あかがくに1位を持って行かれちゃった。

 志邨さんはジュースをひと口飲んだ。

「なんで王座戦目指してるんですか?」

 んー、その質問は、ちょっと困るのよね。

 結成のときのいざこざは、さすがに口外することじゃなかった。

 じつはうちの1年生にも、そこまで正確に教えていないのだ。

「目標があったほうがいいから、かな」

 私はちょっぴりごまかした。

 志邨さんは、数秒ほど視線を前に向け、固まった。

 ん? 微妙な反応?

 そう思ったけど、次の言葉は、

「ま、そうですね。目標はあったほうがいいかもしれません」

 と、ずいぶん穏当なものだった。

 あんまり深入りされても困るから、私は、

「晩稲田は、王座戦優勝を狙ってるの?」

 と、たずね返した。

「どうなんですかね……太宰だざい主将の考え、イマイチわかんないです」

 それはなんとなく同意。

 太宰くん、考えが読めないことがあるのよね。

 当の太宰くんはべつの席で、松平たちとしゃべっていた。

 ここからじゃ、話の内容は全然わからなかった。

 そして、志邨さんは、そこで黙ってしまった。

 なんだか気まずくなる。

 すると、志邨さんの正面に座っていた橋爪くんが、

「決勝、どうだった?」

 と、わりこんできた。

「んー、私のポカで負けた」

「けっこういい勝負だったって聞いたが」

「どうなんだろうね……まあ、あれは私のポカだよ」

 ここで料理が運ばれてきた。

 私のまえにはグラタン、志邨さんのまえにはパスタ。

 中禅寺くんはピザを、橋爪くんはハンバーグ定食を頼んでいた。

「いただきまーす」

 私たちはとりあえず食事。

 しばらくは歓談にもどった。

 食べ終わる頃には、みんなだいぶ打ち解けていた。

 橋爪くんは、今日の第1局と第2局を熱心に解説していた。

 志邨さんは、棋譜の内容について、ちょくちょく質問をした。

 中禅寺くんも立会人だったから、いろいろコメントを求められていた。

 食後のコーヒーを飲んでいると、パンと手が鳴った。

 風切先輩だった。

「よし、そろそろお開きにしよう」

 お会計をどうするか、という話になって、ファミレスだから自腹でいいのでは、という結論に。ただし、ベスト4だけは上級生が持つことになった。

 ぞろぞろとファミレスを出て、めいめい解散。

 あいさつが飛び交う中、志邨さんの姿が目にとまった。

 自販機のそばに立って、空を見上げていた。

 ポケットに手をつっこみ、片足でリズムをとっている。

 口を閉じたまま、私の知らない曲を口ずさんでいた。

 私はその姿を見て、どこか寂しそうだな、と感じた。理由はわからない。けど、彼女の周りだけ、ぽっかりと穴が開いているような気がした。

 ほんの数秒のできごとは、愛智くんの声かけで破られた。

「裏見先輩、おつかれさまです」

「あ、おつかれさま」

「僕は実家組なんで、ここで失礼します」

「また部室でね」

 愛智くんは、志邨さんのほうをちらりと見た。

 話しかけにくいと思ったのか、そのまま去った。

 続いて、ようやく松平が出て来た。

「おつかれ。そろそろ帰るか」

「風切先輩は?」

土御門つちみかど先輩と飲みに行くらしい」

 またですか。ほどほどに。

 私は松平と、最寄りの駅へ向かった。

「太宰くんたちと、なにを話してたの?」

「秋の王座戦」

 私はびっくりした。

「そっちも王座戦の話をしてたの?」

「ん? 『も』ってどういうことだ?」

 私は事情を説明した。

 松平もおどろきを隠せなかった。

「晩稲田のふたりが、同時に王座戦の話を?」

「志邨さんは、太宰くんの考えがよくわからない、って言ってた」

 松平はしばらく考え込んだあと、

「……内紛か?」

 と、やや物騒なことを口にした。

「どうかしら。険悪な雰囲気じゃなかったけど」

「たしかに……太宰も優勝狙ってるって言ってたしな……」

 あ、やっぱりそうなんだ。

 晩稲田、去年準優勝だものね。

 松平は意見を変えて、

「むしろ晩稲田でも、王座戦に対する機運が高まってるのかもな」

 と解釈した。ありうる。

 私は、

「晩稲田が本気を出したら、1枠は持ってかれそうね」

 と言った。

 松平は左手のひらに、右手のこぶしを打ちつけた。

「しばらく羽休めなんて言っちまったが、うちも気合い入れていくか」

 そうそう、その意気。

 Aへ上がる条件と、選抜トーナメント出場の条件はいっしょ。

 秋に向けて、張り切っていきましょうッ!

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