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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第53章 未来の頂上決戦(2017年6月11日日曜)
339/487

329手目 好局

挿絵(By みてみん)


 この手に、ギャラリーは異なる反応をみせた。

 うしろのほうで男子ふたりが、

「5五角で抜く気か?」

「いや、ムリだろ。7七銀打~2三歩成で両取りになるぞ」

 と会話していた。

 そうよね。8八同玉に5五角と抜くのは、7七銀打、3三角、2三歩成で、角龍両取りになってしまう。角筋に入ってるから7六銀とできない、というわけではないのだ。

 さらに、両取りじゃなくて4三角と打ってもいい。後手はほぼ寄る。

 志邨しむらさんはすぐに取ろうとして、ふと眉をあげ、手をひっこめた。

 椅子の上で足を組み、前髪をなおした。

 なにか気づいたっぽい?

 5五角の見落としなんて、志邨さんクラスはしないと思う。

 ところが、ここから長考が始まった。

 志邨さんは目を閉じて、前髪を大きくかきあげた。かたちが崩れる。

 1分ほど経過したところで、舌打ちをし、がりがりと頭をかいた。

 顔に出すぎ。っていうか、問題があったの?

 みんなが疑問に思う中、ひとり表情を変えていないひとがいた。

 風切かざぎり先輩だ。

 私はなにかあると思って、

「先輩、これって5五角でイケます?」

 とたずねた。

「5五じゃない。9九だ」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 2連続の角捨てッ!?

 ってことは……取ったら詰む?

 詰む以外に考えられない。でないと暴発だ。

 私はじぶんで考えてみた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、そっか、7三の桂馬が防波堤になってる。

 9九同玉、9八金、同玉、7八龍、8八桂、9七歩、同玉、9六歩、同玉、9四香、9五歩、8五銀、9七玉、9五香、9六歩、同香、同桂、8八銀、9八玉、8九龍までだ。けっこう長手数。

「詰みますね」

「ああ、9九同玉なら、な。7九玉と引けば詰まない」

 でもそれは8八金、6九玉、7八金と追われる。

「いっそのこと、この時点で6九玉としませんか?」

 私の質問に、風切先輩はうしろ髪をくるくるいじった。

「いや、8八同玉と取ったほうがいい」

 そういうもの? ……うーん、このまま3三角成だとキツイのか。

 5五角とは違って、馬ができてしまう。

 2分が経過したところで、風切先輩はスマホを取り出した。

「……っと、俺は戻るぜ。そろそろ終わりそうだ」

 どうやら、和室のほうから合図があったらしい。

 風切先輩は人混みをかきわけ、そのまま部屋を出て行った。

 私は愛智あいちくんに、

「どう、なにか手がありそう?」

 とたずねた。

「同玉、9九角に7九玉と引いて耐えるしか、ないんじゃないですかね」

 だとすれば、8八金以下で、成桂抜きは確定。

 志邨さんは3分考えて、同玉とした。

 即座に9九角が打たれる。

 ここで初めて気づいたギャラリーもいた。ちらちらと視線が飛び交う。

 7九玉、8八金、6九玉、7八金、5九玉、3三角成。


挿絵(By みてみん)


 愛智くんは、

「いやあ、キツイな、これは……」

 とつぶやいた。

 敗勢ってわけじゃない。後手玉もまだ危ない。

 逆転の芽も、なくはないと思う。


 ピッ


 志邨さん、1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 3一成香──これはなに?

 意図がつかめないまま、生河いがわくんも1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 生河くんは、同玉とすなおに取った。

 志邨さんは2三歩成。

 なるほど、王手龍の筋を狙ってるのか。

 具体的には、同馬に3二歩だと思う。 


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 いったん王手。

 志邨さんは5七歩で蓋をした。

 これで王手龍の筋もふさがれた。角を打つスペースがない。

 生河くんは2三馬。

 4三桂、3二玉、3三歩、同馬、4四銀。


挿絵(By みてみん)


 愛智くんは、

「うまく繋げますね。代償も大きいですが」

 とコメントした。

 私は、

「同馬で切ったあと、寄りがありそう」

 と予想した。

「ええ、6九銀で詰めろです」

 たしかに、5八銀打からばらして詰みだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 4四同馬、同歩、6九銀。


挿絵(By みてみん)


 志邨さんは、ハーッという感じで肩を落とした。

「負けました」

「ありがとうございました」

 周囲がざわつく。

 感想戦は、なかなか始まらなかった。

 志邨さんは、なんというか、結末に納得していない感じ。

「……3三桂成が悪手だった」

 志邨さんの第一声。

 生河くんは、

「7七銀右だったかもね」

 と答えた。

 ただなあ……3三桂成は、自然な手だったと思う。

 8八角~9九角は見えにくかった。

 現に、ギャラリーのほとんどは見えてなかったんじゃないかしら。

 いずれにせよ、あのあと先手に勝ち目はなかった。

 もうちょっと粘れるかと思ったけど、全然。

 志邨さんは、7七銀右の局面を検討した。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 生河くんは、黙って3五角と打った。

 そして、

「2四の歩は取れないけど、一応」

 と付け加えた。

 志邨さんは10秒ほど考えて、

「5七歩、7五龍、3三桂成、5一玉、5四桂かな」

 と、読み進めた。

「僕としては、これで互角」

「……だね」

 ほんとに急転直下だったっぽい。

 そのあとの検討でも、明確に先手良しまたは後手良しの結論は出なかった。

 志邨さんはタメ息をついて、

「決勝に好局なし、か……」

 とつぶやいた。

 生河くんは手を止めて、

「え、いい勝負だったと思うよ」

 と返した。

「ま、ノア視点では好局か……好手だったし」

 駒がかたづけられて、私たちは廊下に集合した。

 風切先輩が前に出る。

「えー、それでは表彰式を始めます。生河ノアさん」

「はい」

 生河くんが前に出た。

 風切先輩は、新田にったくんが持っている箱から、賞状を取り出した。

「2017年度、関東大学将棋連合、新人戦優勝、慶長けいちょう大学1年、生河ノア殿。あなたは頭書の成績をおさめられましたので、ここに表彰します」

「ありがとうございます」

 拍手ぅ。

 広報の春日かすがさんが、手をあげた。

「コメントをひとこと」

 生河くんはにっこり笑って、

「すごくうれしいです」

 と答えた。

「将棋の内容は、いかがでしたか?」

「え……そうですね……なんかむずかしかったです」

 あんまりコメント慣れしてなさそう。

 志邨さんと交代。

「2017年度、関東大学将棋連合、新人戦準優勝、晩稲田おくてだ大学1年、志邨つばめ殿。あなたは頭書の成績をおさめられましたので、ここに表彰します」

「ありがとうございます」

 ふたたび拍手。

 春日さんは、またコメントを求めた。

 志邨さんは、ちょっとだらけたような立ち方で、頭をかきながら、

「最後一手ばったりに近かったんですけど、まあ楽しい将棋だったと思います」

 と答えた。

 最後に、橋爪はしづめくん。

「2017年度、関東大学将棋連合、新人戦3位、修身しゅうしん大学1年、橋爪はしづめ大悟だいご殿。あなたは頭書の成績をおさめられましたので、ここに表彰します」

「ありがとうございまーす」

 拍手のあと、インタビュー。

「不満のある対局も多かったんですけど、まあまあ納得のいく結果だったと思います。生河戦は終盤、うまく押し切られたなと感じたんで、これからも精進します」

 一番それっぽいコメントだった。

 風切先輩は、ひとつ咳ばらいをして、こちらを見た。

 松平まつだいらは、あわててカンペボードをめくった。

 風切先輩は一瞬「ん?」となったあと、すまし顔になった。

「ハロウィンの日、タコがイカに『メリークリスマス』と言った。なぜだと思う?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 なにを言い出したんですか?

 困惑する学生たちをよそに、風切先輩は腕組みをして笑った。

「タコは腕が8本だからだ」

 え、なにこれは?

 私はカンペボードを見た。


 ボケて


 ああッ! 練習で書いたやつッ!

場所:2017年度 関東大学将棋連合新人戦 決勝

先手:志邨 つばめ

後手:生河 ノア

戦型:矢倉力戦形


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀 △3二銀

▲5六歩 △3三銀 ▲2六歩 △6二銀 ▲7九角 △3二金

▲4八銀 △5四歩 ▲3六歩 △7四歩 ▲7八金 △4一玉

▲2五歩 △1四歩 ▲5八金 △3一角 ▲6九玉 △5二金

▲4六角 △6四角 ▲3七桂 △8五歩 ▲9六歩 △3一玉

▲6六歩 △4四歩 ▲7九玉 △2二玉 ▲5七銀 △7三桂

▲6八銀右 △4六角 ▲同 歩 △6四歩 ▲4五歩 △6五歩

▲4四歩 △6六歩 ▲4八飛 △2六角 ▲6四角 △8一飛

▲6六銀 △4四角 ▲6七歩 △2六角 ▲2八飛 △5三角

▲同角成 △同 銀 ▲4七金 △6二金 ▲1六歩 △4一飛

▲4五歩 △8一飛 ▲4六角 △9四歩 ▲2四歩 △同 歩

▲5五歩 △同 歩 ▲3五歩 △同 歩 ▲同 角 △3四歩

▲4六角 △9五歩 ▲2五歩 △8六歩 ▲同 歩 △8八歩

▲同 金 △9六歩 ▲2四歩 △2七歩 ▲4八飛 △8五歩

▲7八金 △8六歩 ▲8八歩 △9七歩成 ▲同 香 △9六歩

▲同 香 △同 香 ▲5四歩 △同 銀 ▲5五銀 △同 銀

▲同 角 △9八香成 ▲2五桂 △8八成香 ▲同 金 △8七歩成

▲2三香 △3一玉 ▲8七金 △同飛成 ▲2一香成 △4一玉

▲7八銀 △8五龍 ▲3三角成 △同 金 ▲8六歩 △同 龍

▲8七歩 △7六龍 ▲3三桂成 △8八角 ▲同 玉 △9九角

▲7九玉 △8八金 ▲6九玉 △7八金 ▲5九玉 △3三角成

▲3一成香 △同 玉 ▲2三歩成 △5三香 ▲5七歩 △2三馬

▲4三桂 △3二玉 ▲3三歩 △同 馬 ▲4四銀 △同 馬

▲同 歩 △6九銀


まで140手で生河の勝ち

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