表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第52章 2年目の新人戦(2017年6月4日日曜)
332/487

322手目 フォロー

 生河いがわくんの指した手は、4二金。

 以下、6八成香──


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あッ。

 愛智あいちくんは背筋が伸びた。悪い意味で。

 マスクに手をあて、それから前髪をなでた。

 平賀ひらがさんは、ぎざぎざ眉毛をぴくぴくさせながら、

「こ、これはヤバい」

 とつぶやいた。

 た、たしかに──けど、まだ分からない。

 先手陣には喰らいついているし、後手が即寄りするわけでもない。

 愛智くんも椅子をなおして、また読み始めた。

 生河くんはポケットに手を入れて、体を左右に揺らしている。

 残り時間は先手が10分、後手が4分。


 パシリ


 同玉。

 生河くんは5二金で王手。同歩で王様のサイドが開いた。

 生河くんはすぐに飛車を打たず、いったん6八金と手をもどした。

 6一銀で一手稼いだかっこう。

 愛智くんは5六桂と絡んだ。

 平賀さんは、

「これ間に合いますかね?」

 とたずねた。

「悪手……ってわけじゃないと思う。ただ、他にもいろいろあったわよね」

「9六歩ですか?」

「それもあったし、いきなり7九銀で襲う順もあったと思う。あと端攻めをするなら、9六桂、同歩、同歩と捨てるほうが有効じゃないかしら」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 いずれにせよ、5六桂はインパクトが弱かった。

 生河くんも3一飛で、すぐに攻勢へ転じた。

 5一銀打、5三歩、7九銀。

 おっと、ここで7九銀か。5六桂と組み合わせた技があるっぽい?

 同玉、6八桂成、同銀、6九金、8八玉。

 愛智くんは角を手にした。

「2二角」


挿絵(By みてみん)


 ……あッ! むりやり王手龍か。

 同龍に5五馬がある。

 生河くんは、

「いい手だね」

 とうれしそうだった。

 ゆっくりと手を伸ばし、同龍。

 以下、5五馬、6六角、2二馬、5二歩成、同玉、2二角成。


挿絵(By みてみん)


 愛智くんの手が止まった。

 んー、後手玉、詰めろくさい。6八金は、4三角、同玉、3二飛成、5三玉、4四銀、6四玉、7五金、5四玉、4三龍までだ。


 ピッ


 愛智くん、1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 6一玉。先に逃げた。

 生河くんは、ここで残り時間を投入。

 1分だけ余らせて、5二銀。

 7一玉、5一飛成、同銀、7二香。

 あう……これは……。

 同玉、6一角、8二玉、7一銀。


挿絵(By みてみん)


 愛智くんは持ち駒をそろえた。

「負けました」

「ありがとうございました」

 生河くんは深々と頭をさげた。

 愛智くんはマスクの下で嘆息。

「……5六桂、あんまり意味なかったね。龍消したらなんとかなるかな、と思ったんだけど……けっきょく寄っちゃった。まだ端攻めしたほうがよかったかも」

 感想戦が始まった。

 生河くんは、

「5六桂も普通にあった手だと思うよ。9六桂は同歩、同歩、5四飛の詰めろ」

 と指摘した。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 むッ、なるほど、詰めろで、かつ、と金取りか。

 生河くんはさらに続けて、

「攻めるなら6九金もあるね。これは3一飛、7二玉、7八金、7九銀、9八玉みたいな進行」

 と、別の手を提案した。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 6九金かぁ、遅いようで早い。

「このあたりは僕も難しかったし、5六桂が絶対悪いってわけじゃないと思う」

 なんかめっちゃフォローしてる。

 愛智くんは、

「ノアは、どこで良くなったと思った? 途中は互角だった気がしたんだけど」

 とたずねた。

 生河くんはくちびるに指をそえて、しばらく黙った。

「……7三歩かな」

「7三歩? ……7四龍に受けたとこ?」

「うん、あそこは7三銀じゃない?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「これなら5一銀も緩和できるし、王様の周りも固くなるよ」

 愛智くん、2度目の嘆息。

「ごめん、それ1秒も考えなかった」

 言われてみると納得な手だ。

 6二銀成とされる恐れがなくなるし、馬が利いているから切って寄せるのもムリ。

 そのあとは中盤の折衝がすこし議論されて、おひらきになった。

「愛智くん、またね」

「ノアもがんばって」

 ベスト16は終わり、トーナメント表が更新された。


挿絵(By みてみん)


 うーん、意外とまだバラけてる感じ。

 私が眺めていると、松平まつだいらが声をかけてきた。

「B級が2校残ってるな」

 そうなのよね──聖ソのノイマンさんと、修身しゅうしん橋爪はしづめくん。

「橋爪くんって、どの子?」

「あそこの金髪」

 松平は親指で、会場の一角を示した。

 ストリート系ファッションの金髪男子が見えた。

 ぶかぶかのパンツにぶかぶかのシャツ。

 スケボーで遊んでた学生が、会場に迷い込んだんじゃないかと疑うくらい。

 でもほかの男子と話し込んでいて、やたら盛り上がっていた。

 そのなかには、修身の栗林くりばやしくんもいた。

「松平は、橋爪くんの偵察した?」

「ああ、ベスト32までは俺の担当会場だった」

「どういう経歴? 県大会優勝経験者のリストには、入ってなかったと思うけど」

「元奨」

 私はおどろいた。

風切かざぎり先輩とおなじってこと?」

「ああ、18歳のとき3級でやめたらしい。風切先輩は17歳の3級で辞めた。先輩は浪人してないが、橋爪はしてるって聞いた。たしか辞めたのが高3の3月だ」

「18歳3級って、どのくらいなのかしら?」

 松平はむずかしそうな顔をした。

「ひとそれぞれな気がする。それにあとで聞いたんだが、風切先輩は2級になれそうなタイミングでやめたらしい。だから実質17歳2級だ。たらればアリなら、な。だから簡単に比較もできない」

「それ、先輩本人から聞いたの?」

「いや、奥山おくやまから教えてもらった。奥山はみんな知ってるって言ってたな」

 ほんとぉ? 速水はやみ先輩経由の情報なんじゃないかしら。

 そうこうしていると、壇上に風切先輩があがった。

「本日の最終戦をおこないます。着席してください」

 8人はそれぞれ席についた。

 振り駒の音が聞こえる。

 ここを勝てばベスト4。2日目の準決勝へ進出だ。

「準備はよろしいでしょうか? ……では、始めてください」

 対局開始。

 私は松平に、

「どうする? Bは観戦しといたほうがよくない?」

 とたずねた。

「そうだな……じゃあ、俺はノイマンを観る。裏見うらみは橋爪を頼む」

「それぞれ交代ってわけね。了解」

 私は橋爪くんのテーブルへつけた。


【先手:橋爪はしづめ大悟だいご 後手:中禅寺ちゅうぜんじひそか】

挿絵(By みてみん)


 けっこう観戦者がいる。

 しかも相振り飛車。

 近くでみると、橋爪くんはすごく勝ち気な感じの少年だった。

 上がり眉で、どことなくハングリーな雰囲気が漂っている。

 5六飛、3四飛、9六歩、6二玉、3八銀。

 両者、指し手に気迫があって、早い段階から開戦しそうな勢い。

 4二銀、7六歩、7二銀、9五歩、7一玉。

 静かに観戦していると、横から声をかけられた。

 栗林くんだった。

「おッ、都ノみやこのの裏見じゃん」

「おひさしぶり。B級昇級おめでと」

「サンキュ……偵察か?」

 さいです。

「そんなところ」

「春は大悟が全勝してくれたからな。秋はよろしく」

 橋爪くん、Cで全勝してるのか。

 まあ妥当っちゃ妥当か。

 7五歩、5二金左、4八玉、1四歩、1六歩。


挿絵(By みてみん)


 私は、

「銀を上がって行って、すぐに開戦しそうじゃない?」

 とたずねた。栗林くんは笑って、

「俺じゃこのレベルはわかんないんだよね」

 と言った。

 むむむ、だれか解説を。

 新田にったくんに頼みたいんだけど、テーブルを挟んで反対側。

 しかも混んでるから移動できない。

 大和やまとと修身の学生で、知り合いは栗林くんと新田くんしかいなかった。

 仕方がない、ひとりで考えようかな、と思ったところで、栗林くんは、

「そこの大塒おおとやに訊けばいいんじゃないか? さっきまで橋爪と指してたしな」

 と言った。

 栗林くんのとなりにいる、すらっとした背の高い男子が、こちらを見た。

 身長は180くらいあるっぽくて、頭は韓国風のキノコヘア。

 左のほっぺたに、小さなほくろがあった。

 目は半開きのアーモンド型で、落ち着いた雰囲気。

 オオトヤ……あ、大和の1年生か。ベスト16にいた子だ。

「今、呼びました?」

「え、あ、その……」

「すぐ開戦しそうか、って、都ノの裏見が訊いてるぞ」

 大塒くんは、右手をあごに当てて、そのひじを左手で支えた。

「……この局面なら、できるかもしれないですね」

 盤面はすこし進んでいた。


挿絵(By みてみん)


 いかにも開戦しそう。

 私は、

「3六歩から?」

 とたずねた。

 大塒くんは、

「ひそかは、そこを読んでると思います。僕も攻めるなら3六歩ですね」

 と答えた。

 中善寺くんは、かわいらしい顔に険を浮かべて、真剣に読んでいた。

 この対局の重要性が伝わってくる。

 1分ほどしてこくりとうなずき、右手を伸ばした。

 駒音がひびく。


挿絵(By みてみん)

場所:2017年度 関東大学将棋連合新人戦 4回戦

先手:生河 ノア

後手:愛智 覚

戦型:後手中飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △9四歩 ▲2五歩 △9五歩

▲4八銀 △3二金 ▲7八金 △3三角 ▲3六歩 △4二銀

▲3七銀 △4四歩 ▲6九玉 △4三銀 ▲6八銀 △5二飛

▲5八金 △6二玉 ▲7九玉 △5四歩 ▲7七角 △7二玉

▲8八玉 △7四歩 ▲3八飛 △6二銀 ▲3五歩 △同 歩

▲2六銀 △4五歩 ▲3五銀 △7七角成 ▲同 銀 △2七角

▲2八飛 △4九角成 ▲2四歩 △同 歩 ▲1六角 △3八歩

▲6八金右 △3九歩成 ▲4九角 △同 と ▲1六角 △5九と

▲2四銀 △5五角 ▲3七歩 △3六歩 ▲2三銀不成△3七歩成

▲3二銀不成△同 銀 ▲5二角成 △2八と ▲4二飛 △4三銀打

▲同 馬 △同 銀 ▲同飛成 △2九と ▲5二銀 △同 金

▲同 龍 △6一銀 ▲5四龍 △1九角成 ▲5一銀 △5三香

▲7四龍 △7三歩 ▲6二銀成 △同 銀 ▲2四龍 △5七香成

▲2一龍 △5一歩 ▲3二龍 △5二飛 ▲4二金 △6八成香

▲6一銀 △同 玉 ▲5二金 △同 歩 ▲6八金 △5六桂

▲3一飛 △5一銀打 ▲5三歩 △7九銀 ▲同 玉 △6八桂成

▲同 銀 △6九金 ▲8八玉 △2二角 ▲同 龍 △5五馬

▲6六角 △2二馬 ▲5二歩成 △同 玉 ▲2二角成 △6一玉

▲5二銀 △7一玉 ▲5一飛成 △同 銀 ▲7二香 △同 玉

▲6一角 △8二玉 ▲7一銀


まで117手で生河の勝ち

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ