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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第52章 2年目の新人戦(2017年6月4日日曜)
329/487

319手目 既視感

 コンビニへ到着して、棚を見てまわる。

 うーん……どうしましょ。コンビニってあんまり使わないのよね。

 大学生になってから、かえって使用頻度が減った気がする。

 おにぎりでいいかな。

 手に取ろうとしたところで、ガーッというローラーブレードの音が聞こえた。

 ふりむくと、案の定、ばんくんだった。

「よぉ、飯か?」

 あいさつくらいしてくださいな。

「そうよ。首都工しゅとこうも?」

 磐くんは、その場でくるくると回った。

 危ない。

「主将だからな。ところで、例の件だが……」

 私はサッと周囲に視線を走らせた。

 最寄りのコンビニだから、明らかに将棋部員っぽいひとがちらほらいた。

「磐くん、それはまた別の日でよくない?」

「っと、そうだな。首都工の1年もまだ残ってるし、当たったらよろしくぅ」

 磐くんはポケットに手をつっこんで、スーッと弁当コーナーへ移動した。

 店員さんの悲鳴があがる。

「お客さまッ! そちらは床が濡れてますッ!」

 磐くんは滑ってそのまま棚につっこんだ。


  ○

   。

    .


 午後の部開始前、八千代やちよ先輩はメガネをなおしながら、会場を見回した。

「本大会は、近隣住民のみなさまのご協力に支えられています。迷惑をかける行為は、厳に慎んでください」

 なんか既視感がある。

「それでは、新人戦第3局をおこないます」

 まだ32人いるから、ふたつの教室に分かれている。

 私は午前とおなじ、広めの会場。

 指すメンバーは変わっていて、第3会場から流れて来たひとがいるっぽい。

 平賀ひらがさんの姿もあった。私はその近くで待機。

 あいてはロングボブの男子で、長袖の柄シャツに薄ベージュのデニム。

 カワイイ系。目もぱっちりしている。名前は、中禅寺ちゅうぜんじくん。

 大和やまとの1年生だ。ようするにA級の新人。

「対局準備はよろしいでしょうか?」

 とくに返事はなし。

「では始めてください」

「よろしくお願いします」

 中禅寺くんの先手。平賀さんはチェスクロを押した。

 7六歩、8四歩、5六歩、6二銀、5八飛。


【先手:中禅寺ひそか(大和) 後手:平賀ひらが真理まり都ノみやこの)】

挿絵(By みてみん)


 中飛車。

 中禅寺くんが振り飛車党なのは、松平まつだいらのメモでチェック済み。

 第1局は三間、第2局は四間。どこにでも振れるタイプか。

 4二玉、4八玉、3二玉、3八玉、3四歩、5五歩。

 さすがに序盤は速い。

 5二金右、2八玉、3三角、6八銀、8五歩、7七角、2二玉。

 後手は穴熊っぽい?

 5七銀、4四歩、1六歩、1二香、1五歩、1一玉。


挿絵(By みてみん)


 平賀さん、穴熊を選択。

 先手の方針は?

「……1八香」

 先手も穴熊。長期戦のかまえ。

 4三金、1九玉、2二銀、2八銀、7四歩、5六銀。

 そこまで枚数の多い穴熊にはならなさそう。

 私がそんなことを考えていると、太宰だざいくんがあらわれた。

裏見うらみさん、おつかれ」

「太宰くん、来てたの?」

「主将だからね」

 午前中はいなかったような気がしたけど。重役出勤?

 太宰くんは局面を見て、

「中禅寺のゴキゲンか」

 と言った。

 私はふと思い出したことがあった。

「太宰くん、G馬の県代表だったわよね?」

「ん? そうだけど?」

「中禅寺くんはT木出身だから、よく知ってるんじゃない?」

 T木の県代表らしい。このへんは三宅みやけ先輩が調べてくれていた。

 ところが太宰くんは、

「特に親しいわけじゃあ……学年も違うし……」

 と、言葉をにごした。

「そうなの? T木とG馬って隣同士じゃない?」

 西日本人にとって県の位置があいまいなトップ5くらいに入るけど、隣接してるのはさすがにおぼえている。

「じゃあ裏見さんは、O山の将棋指しをみんな知ってるの?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「知らないわね」

「でしょ。高校生は、県外へほいほい行かないよ。U都宮に用事ないし」

「餃子とか食べないの?」

「G馬にも美味しい餃子はあるんだけど……裏見さん、東日本に偏見持ってない?」

 いや、そういうわけでは……まあ私も、O山へきび団子食べに行かないけど……。

 太宰くんは帽子をなおした。

「そもそもご当地料理ネタなんて、眉唾なのが多いじゃないか。H島県民はH島焼き毎日食べるの?」

 は? 今H島焼きって言ったわね?

「太宰くん、H島焼きっていう食べ物は、この世にないのよ」

「……なんか触れちゃいけない話題だった気がするな。将棋の話をしようか」

 逃げましたね。まあいい──って、局面がめっちゃ進んでるじゃないですかッ!


挿絵(By みてみん)


 んー、6四歩、4六歩、5一銀、3九金、4二銀みたいな感じ?

 そのあと4七銀、2四角と覗いたっぽい。

 中禅寺くんは5六飛と浮いた。

「3一金と固めそう?」

「攻めるなら7二飛だけど、さすがにやりすぎか。固める手順はいくつかある。裏見さんが言った3一金もそうだし、3二金あるいは3一銀もありそう。ただ3一金が最善かな」

 

 パシリ


 あ、違った。7三桂だった。

 太宰くんはこの手を見て、小考。

「……これもアリなのかな。ちょっとムリ気味な気もするけど」

 むむむ、平賀さん、前のめりはダメよ。

 太宰くんはいろいろと読んで、

「先手は6八角で不発にできると思うんだよね。以下、3一金、3六銀、9四歩、4五歩と仕掛ければ、先手から先攻できる」

 とコメントした。

 中禅寺くんはちょっと考えて、それから3六銀とした。

 角を引かなかったわね。

 しかも平賀さんは3五歩ですぐに追い返した。

 4七銀、8六歩、同歩、4五歩、5八金、4六歩。


挿絵(By みてみん)


 唐突な殴り合いに。形勢判断がむずかしい。

「どっちが有利ってわけでもなさそう?」

「そうかも……うっかりに気をつけたい局面だ」

 4六同銀、8八歩。

 平賀さんは、9筋の突き合いがないところを狙った。

 桂馬を逃げる余地がない。

 この手があるなら、たしかに6八角と逃げておきたかったかも。

 中禅寺くんは5四歩と突いた。

 同歩、7五歩、8九歩成、7四歩、6五桂。


挿絵(By みてみん)


 中禅寺くん、ここで長考。

 平賀さんがいい感じの勢い。

 私も読んでいると、太宰くんは、

「僕は後輩の応援があるから、ここらへんで」

 と言って、その場を去った。

 1分、2分、3分と経過していく。

 なかなか指さないわね? 困ってる?

 だけど中禅寺くんの雰囲気は、そうでもない。

 分岐が多いのかしら。単に逃げるなら6六角よね。

 以下、4四桂、同角、同金、7三歩成、9二飛で、どうか。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 形勢判断がむずかしい。後手のほうがちょっと攻めやすいかな。

 先手はバランスがそんなによくない。

 もうひとつは6八角と引く手。以下、9九と、7三歩成も有力だ。これは9二飛、7六飛と回る順があるから、6六角のパターンよりも良さそう。

 いよいよ5分が経過した。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん? もしかして切る順がある?


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これは……んー、即断できない。

 後手の王様を露出させてから7三歩成。全然アリだ。

 問題は角を渡していいのかどうか、よね。

 後手としては6九角と反撃したくなる。放置なら5八角成、同飛に4七金と置く手が生じる。これは先手が悪いと思う。もちろん、先手が冷静に対処すればいいだけの話。4八金とか。6九角がムリ筋となれば、一本3六歩、あるいは単に9九と。

 この分岐を読んでるっぽい? だとすれば5分の長考も納得がいく。

 中禅寺くんから、序盤のカワイイ雰囲気は消えていた。将棋指しの顔になっている。

 7分が経過したところで、ついに動いた。


 パシリ

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