317手目 身内の応援
縦に逃げた。妥当だと思う。
ノイマンさんはここで長考に入った。
タイミング的に6四桂のところで長考もあった。
私ならそうしたと思うけど、読むリズムはひとそれぞれだ。
とりあえず、私は脇くんとひそひそ話。
「これ、先手が攻めきれそう?」
「この時点では2枚の攻めだね。もう1枚欲しい」
ノイマンさんは、あせらずに3二銀成。
5一飛、4二成銀、2一飛、3三飛で、3枚の攻めを作った。
6四金とすれば2枚の攻めにもどる。でも守備駒が離れるからやりにくい。
桑原くんもこのままではマズいと思ったのか、反撃に転じた。
「9六歩ッ!」
同歩、9七歩、同香、6七歩。
後手も拠点を作った。
んー、両者いい感じかな、と思う。まだ互角かも。
ノイマンさんの攻めはテクニカルだけど、パンチ力が弱い。
逆にこの6七の拠点は、先手にとって痛かった。6八歩成から金銀を入手されると、後手が鉄壁になりかねないのだ。この時点で持ち駒に銀が1枚ある。
ノイマンさんは7八金引。
桑原くんは6八銀と打ち込んだ。
ん? ちょっと待って、それはマズいのでは?
「7三飛成ですッ!」
やっぱり切ったッ!
脇くんは、
「ちょっと桑原が悪くなったかな。6八銀は攻め過ぎだったと思う」
とコメントした。
同銀、7一馬、同飛、7二金。
うーん、先手が食らいついたかっこう。
残り時間は、先手が2分、後手が1分。
桑原くんは7九銀成とした。
同銀で、桑原くんの手がとまる。このまま1分将棋かしら。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
これも脇くんには不評で、
「ひねりすぎに見える。すなおに7二飛のほうがいい」
とのこと。
7一金、同金、7二銀、同金、同桂成。
あー、なるほど、こうなるなら同飛のほうがよかったっぽい。
とはいえ、桑原くんはマジメに読んでいる。
まだ先手優勢というほどではない。
「8二金だ」
がっちり受けた。まだ粘れそう。
さっきの数手で、ノイマンさんも1分将棋になっていた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
6三金。
手堅いけど、2枚の攻めにもどった。
桑原くんは7九馬と突っ込む。
同金に、持ち駒の飛車を準備。
「これで抜くぜッ!」
あ、詰めろ成銀取り。
これは先手にもどった? ……そうでもない?
形成判断がむずかしくなった。
脇くんにたずねてみる。
「自陣龍でなんとかなりそう?」
「むずかしいね……7三成桂、同桂なら、飛車が1段目に打てる。龍のガードを無効化できるかも」
あ、そっか、2段目の龍は、守りに利かない可能性があるのか。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
ノイマンさんは7八金打。
以下、4二飛成、7三成桂、同桂に、6一飛と打った。王手だ
桑原くんは両手をこめかみに当てる。
ぐおおおおッ、と苦悶した。
ギャラリーも、はっきり先手優勢と認識した。
4二の龍が守りに利かないなら、単なる戦力ダウンでしかない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8一銀ッ!」
これは打たざるをえない。けど、明らかに後手が守勢になった。
ノイマンさんは、攻めに専念できる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7一銀です」
7二銀打、8二銀成、同玉、6二角。
この手を見た脇くんは、
「うまいね。飛車を捨てて7三角成か。このほうが厳しい」
と褒めた。
6一銀、7三角成、7一玉。
ノイマンさんは冷静に4三歩。龍をいじめる。
1二龍は5二歩で終了してしまう。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
桑原くんは6二銀打を選択。
4二歩成、7三銀、同金、7二銀打、6三桂。
すでに寄せモード。王様はもう逃げられない。
同銀、5一と。
これが詰めろなのはつらい。
桑原くんはちょっと覇気がなくなっていた。
頭をかいて、2六角。
6一と、同玉、6三金、3二飛、4一飛、5一桂。
ノイマンさんは7三に銀を打ち込んだ。
桑原くんは腕組みをして、タメ息をついた。
「負けました」
「ありがとうございましたなのです」
んー……強い。それが第一印象。
中盤の折衝も見事だったし、最後の寄せはあざやかだった。
桑原くんも、
「とちゅうから全然ダメだったなあ。どこが悪かった?」
と、完敗を認めた。
「7二銀を取ってくれたので、楽になったと思いました」
【検討図】
ここか。脇くんとの会話では、話題にならなかった。
桑原くんも、
「取らないとダメじゃね?」
と首をかしげた。
「6六馬で王手されるほうがイヤだったのです」
「先手、寄らないように見えるけどな」
「寄せる必要はありません。7七金打、同馬、同桂に6一金打でいいのです」
【検討図】
桑原くんも納得した。
「あー、千日手狙いってことか。たしかに俺のほうが不利だもんな」
そのあとふたりは、あれこれ感想戦を続けていた。
私はいったんテーブルを離れた。
青葉くんの結果を確認する──あ、勝ってる。よかった。
控え室で松平たちと合流して、結果を照合した。
平賀さん勝ち、マルコくん負け、愛智くん勝ち。
大谷さんは、
「上々の滑り出しだと思います。車田さんも最後は惜しかったです」
と評価した。
で、当の平賀さんと愛智くんは、控え室にいない、と。
どうも今年の1年生は、単独行動の傾向があるわね。
まあふたりとも東京出身だし、知り合いが多いからそうなるか。
5分ほどして、幹事が呼び出しに回ってきた。
午前中はすこしバタバタした進行だ。私たちは再度散った。
会場につくと、もう着席が始まっていた。
八千代先輩のアナウンスが入る。
「チェスクロの設定し忘れには、ご注意ください。準備はよろしいでしょうか?」
2、3人来てないっぽい。あとから急いで入ってきた。
「よろしいでしょうか? ……では、始めてください」
みんな一礼して、駒音が聞こえる。
さて、どうしましょ……ノイマンさんは棋風も実力もわかったから、もういいかな。
すなおに青葉くんの応援にまわる。
【先手:青葉暖(都ノ) 後手:舟橋健太(京浜(jけいひん))】
あいては京浜大の1年生。Aから落ちてきた大学だ。
ここの実力は気になっている。
お手並み拝見……あれ? この舟橋っていうひと、振り飛車党じゃなかった?
私がメモを確認するまえに、次の手が指された。
うわぁ、陽動振り飛車。しかも三間。
舐めプ? でもないか。むしろ攪乱しに来ている感じがする。
青葉くんは1分ほど考えて、2六歩と突いた。
3五歩、2五歩、3四飛、4八銀、6二玉、7八金。
そうそう、ふつうに指していけばいい。
駒組みは後手のほうが困るでしょ。
7二銀、6九玉、9四歩、5六歩、4二銀、7九角。
先手の矢倉、後手の美濃って感じかな。
後手は銀冠にしないと、8四の歩を活かせないんじゃないかしら。
5二金右、6八角、7一玉、7九玉、9五歩。
青葉くん、端を突き返さないの? これはもしや──
5七銀、3三銀、4六銀、4四銀、8八玉、3三角。
青葉くんは香車を上がった。
穴熊かぁ……悪くはない。
ただ、ちょっと気になる点はあった。
先手は手を作りにくくなると思う。とくに青葉くんのレベルだと。
もちろん非難するつもりはない。本人が固めたいのなら、固めたほうがいい。
こういう対局では本人の心理が重要だ。
後手の舟橋くんは8三銀。
こっちは方針が明確よね。端を伸ばした銀冠。
9九玉、7二金、5九金、8二玉、6九金、6二金寄。
ん? 金寄り?
青葉くんも、この手を不審に思ったらしい。
すこし考えた。そして7九金寄。
パシリ
……なぬ?
場所:2017年度 関東大学将棋連合新人戦 1回戦
先手:ノイマン・ミラーカ
後手:桑原 友助
戦型:後手振り飛車穴熊
▲2六歩 △3四歩 ▲2五歩 △3三角 ▲7六歩 △4四歩
▲4八銀 △9四歩 ▲6八玉 △9五歩 ▲7八玉 △3二銀
▲5六歩 △4三銀 ▲5八金右 △4二飛 ▲5七銀 △6二玉
▲7七角 △5二金左 ▲8八玉 △7二玉 ▲7八金 △6四歩
▲9八香 △5四銀 ▲6六銀 △4五歩 ▲5七銀 △7七角成
▲同 金 △3三角 ▲6八金 △7四歩 ▲6六角 △同 角
▲同 歩 △3三角 ▲9九玉 △8二玉 ▲8八銀 △9二香
▲3六歩 △9一玉 ▲1六歩 △8二銀 ▲1五角 △同 角
▲同 歩 △3三角 ▲6七金上 △7一金 ▲7八金 △6五歩
▲同 歩 △同 銀 ▲6六歩 △5四銀 ▲7九金 △2二飛
▲3八飛 △4四角 ▲2八飛 △6二金寄 ▲6八銀 △7二金寄
▲7七金 △3三桂 ▲5八飛 △2四歩 ▲5五歩 △同 角
▲同 飛 △同 銀 ▲5一角 △4四銀 ▲4三角 △4六歩
▲同 歩 △4一飛 ▲3四角成 △5一飛 ▲4四馬 △3二歩
▲5四歩 △同 歩 ▲5三歩 △2八角 ▲4三銀 △4六角成
▲5二歩成 △2一飛寄 ▲4二と △4五桂 ▲3一と △5七桂成
▲同 銀 △同 馬 ▲2一と △同 飛 ▲6四桂 △7三金
▲3二銀成 △5一飛 ▲4二成銀 △2一飛 ▲3三飛 △9六歩
▲同 歩 △9七歩 ▲同 香 △6七歩 ▲7八金引 △6八銀
▲7三飛成 △同 銀 ▲7一馬 △同 飛 ▲7二金 △7九銀成
▲同 銀 △6一金 ▲7一金 △同 金 ▲7二銀 △同 金
▲同桂成 △8二金 ▲6三金 △7九馬 ▲同 金 △4八飛
▲7八金打 △4二飛成 ▲7三成桂 △同 桂 ▲6一飛 △8一銀
▲7一銀 △7二銀打 ▲8二銀成 △同 玉 ▲6二角 △6一銀
▲7三角成 △7一玉 ▲4三歩 △6二銀打 ▲4二歩成 △7三銀
▲同 金 △7二銀打 ▲6三桂 △同 銀 ▲5一と △2六角
▲6一と △同 玉 ▲6三金 △3二飛 ▲4一飛 △5一桂
▲7三銀
まで163手でノイマンの勝ち