316手目 下級生たちの新人戦
※ここからは、香子ちゃん視点です。
さてさて、新人戦です。
都ノからは平賀さん、青葉くん、マルコくん、それに愛智くんが出場。
控え室はわいわいとにぎやかだった。
公式戦とは言え、肩肘の張った試合じゃない。
知り合い同士で固まって、談笑しているグループがちらほらあった。
愛智くんは、生河くんとどこかへ行ってしまった。
平賀さんは伊能さんと小難しい話をしていた。たぶんメカ系。
青葉くんとマルコくんは、練習将棋。
というわけで、私は特にすることがなくて、手持ち無沙汰。
会計だから来たけど、昼食のレシート集めまでは、することもないのよね。
経済の勉強でもしようかな、と思っていると、声をかけられた。
火村さんだった。
いつもの黒のフリフリワンピース。頭にはコウモリのヘアピン。
「あら、香子も来てたの?」
それはこっちのセリフ。
「火村さんこそ、どうしたの?」
「子守り」
子守り? ……あ、ノイマンさんのことか。
「ノイマンさんも出るの?」
「はい」
うわッ、びっくりした。テーブルの下から、ノイマンさんがひょっこり現れた。
ノイマンさんは例のゴスロリで、小さなシルクハットのアクセサリーを乗せていた。
「おはようございます。今日も血色がよろしいようで」
血色がいい女認定されてるわね。
外国人だからあれこれ言わないけど。
「ノイマンさんも、元気そうね」
「今日はいっぱい勝ちます」
ぜひぜひ、がんばってください。
あ、うちには手加減して。
ノイマンさんは私をじっと見て、
「ウラミお姉さまは、カミーユお姉さまに例のあいさつをしないのですか?」
とたずねてきた。
「例のあいさつってなに?」
「日本の女子大生がよくしているあいさつです。きゃ~、かわいい~」
いや、あれはですね、まあみんなしてるけど。
私が火村さんに会ったときの第一声が、「きゃ~、火村ちゃんかわいい~」なの?
キャラがちがうでしょ、キャラが。
「人付き合いにもいろいろあるのよ」
「さすがウラミお姉さま、おとなの対応なのです」
そんなこんなで、開会式。
大きめの講堂に全員集合。一応私も顔を出した。
会長の風切先輩からあいさつ。
「えー、おはようございます。本日は新人戦になります。新人戦はクラス分けなし、男女混合になりますので、ふだん指さないひとと指すチャンスでもあります。親睦を深めつつ、はりきって優勝を目指してください。以上です」
先輩、机のうえの紙をちらちら見てましたね?
カンペですか?
ここで八千代先輩に交代。
「それでは、抽選をおこないます。参加者は整列をお願いします」
1年生がならんで、クジを引いていく。
黒板にトーナメント表ができあがった。
私たち役員組は、手分けしてチェック。
松平は完成したリストを見て、
「1局目をくわしくチェックするのは難しそうだな」
と言った。たしかに、ちょっと手が回らないかな。
全体的な戦型チェックをして、気になる対局をピックアップするくらいかしら。
Bから調べて、A→C→Dの優先順位をつけることにした。
部屋も割り振った。私はここの講堂。
会場のほうも用意が終わった。八千代先輩の声が入る。
「対局準備はよろしいでしょうか? ……それでは始めてください」
みんなあいさつをして開始。
私はさっそく見て回る。まずは……さっき会ったのもあるし、ノイマンさんから。
ノイマンさんは、赤学の桑原くんと対局していた。
【先手:ノイマン・ミラーカ(聖ソフィア) 後手:桑原友助(赤山学園)】
ふむ……手つきはしっかりしている。
やっぱり初心者じゃないっぽい。わざわざ連れてきたみたいだしなあ。
桑原くんは、あいかわらずミュージシャンみたいなファッション。
彼の将棋の実力はたしかだから、これはいい試金石になりそう。
私はメモを取ったあと、次の対局へ移動した。
【先手:牧野貞伸(修文院) 後手:青葉暖(都ノ)】
序盤だから、まだなんとも言えない。
青葉くん、がんばってね。
私はどんどん回って行った。
30分ほどかかって終了。力戦になっているところを再チェックしたり、メモを整理したりで、けっこう時間がかかってしまった。
1週してノイマンさんのところへもどる。
【先手:ノイマン 後手:桑原】
こうなってますか。
ピックアップするなら、やっぱりこの席かなあ。
おなじBクラスで、しかも昇級ライバルになりそうなところの、謎の1年生。
お手並み拝見。
しばらく見ていると、桑原くんは6五歩と突いた。
振り穴から仕掛けるのか。これはどうなんだろ。
ノイマンさんは同歩と取った。
以下、同銀、6六歩、5四銀と収まった。
後手は歩を交換したかったのかしら。
私が考えていると、となりから声をかけられた。脇くんだった。
「裏見さん、おはよう」
「あ、おはよ……応援?」
「プラス、偵察。赤学も人手不足なんだよね。主将も雑用しないと」
なるほど、赤学としても、ノイマンさんが気になるわけか。
脇くんは、
「あの子の情報、なにか知ってる?」
とたずねてきた。
「ううん、全然」
「そっか……火村さんの知り合いっぽいことは分かるんだけど、ほかはね」
というわけで、ふたりで偵察。
ノイマンさんは7九金と締まった。冷静。
桑原くんは2二飛。
私はこれを見て、
「さっきから後手のほうが動いてるわね」
と言った。脇くんはほほえんで、
「ちょっと肩に力が入ってるかな」
と返した。
んー、そういう意味で言ったわけじゃないんだけど。
3八飛、4四角、2八飛。
ノイマンさん、渋い動き。
せっかちなタイプではないようだ。
桑原くんは30秒ほど考え込んだ。
おそらく千日手の可能性を気にしている。
そして、それを避けた。
6二金寄、6八銀、7二金寄、7七金。
組みなおしが続く。こうなると居飛車持ちなのよね。
居飛車ほうが基本的に硬くなっていく。
桑原くんはそれを嫌ったのか、もういちど動いた。
3三桂。
私は、
「2筋から攻めるっぽい?」
とコメントした。脇くんもその読みだった。
「先手はカウンターで動きたい」
ノイマンさんは5八飛。
桑原くんはひるまずに2四歩で開戦した。
5五歩、同角、同飛、同銀。
「5一角なのです」
おっと、打ち込んだ。
4四銀、4三角。
連続の打ち込み。これは──
「4一飛で両取りにならない?」
私の指摘に、脇くんもうなずいた。
「そうだね。4一飛なら両取りだ」
角がタダ……ってわけでもないか。3四角成、5一飛、4四馬は角銀交換。
ただなあ、純粋に駒損なんだけど。
ノイマンさん、これはうっかり? それともなにかある?
桑原くんも警戒した。腕組みをして考えている。
「……4六歩」
先に味をつけた。
同歩のあとに4一飛。
ノイマンさんは、すぐに3四角成とひっくり返した。
5一飛、4四馬、3二歩。
「5四歩です」
んー、じつはけっこう厳しい気がしてきた。
少なくとも先手悪くない。
この指し回しができるなら、初段以上あるわね。もっと上っぽい。
脇くんは、
「どうやら強力な助っ人を呼んできたみたいだね」
とつぶやいた。
うむむ、これはマズい。
いや、しかし、最後まで見てみないと分からない。
単に中盤巧者で、終盤はメタメタなのかもしれないし。
桑原くんは5四同歩。
5三歩と置かれて、拠点ができた。
ただ、これはちょっと気になる。
「後手玉へのプレッシャーは、そこまでない感じ?」
「すぐに取りつく順は、ないっぽい。でも先手は硬いからね」
そっか、先手はまだ手がついていないのか。
桑原くんはあせらずに、2八角と置いた。
4三銀、4六角成、5二歩成、2一飛。
ノイマンさんは、と金に指をそえた。
「4二と」
う、うまい。
王様じゃなくて飛車2枚が狙いだったか。
これはどちらかが助からない。
桑原くんは頭をかいて、また腕組みをした。
後手、どうする? 反撃しないと危ない。
4五桂とか? 6七金としてくれれば……どうだろう……。
けっきょく、桑原くんはこの手を選択した。
ノイマンさんは無慈悲に3一と。
5七桂成、同銀、同馬、2一と、同飛、6四桂。
形勢判断がむずかしい。
ノイマンさんの指し回しは見事だ。
でも明確に先手良しになったか、と訊かれたら、なんとも言えない。
脇くんも優劣を決めかねているようで、
「持つなら先手……って感じかな。僕が居飛車党だからだけど」
とだけ言った。
桑原くん、長考。
逃げるしかないと思うけど──そのあとは?
私たちも考えていると、火村さんがやってきた。
「あら、ふたりともスパイ?」
「そういうわけじゃないけど……ノイマンさん、強いわね」
火村さんは、気取った調子で肩をすくめてみせた。
「ま、このメンバーでどこまで行けるか、様子見ね」
そう言って、火村さんはそこを素通りした。
ちょっとちょっと、後輩に冷たくなーい? 応援くらいすればいいのに。
パシリ
あ、指した。