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氷室京介の計算

※ここからは、氷室ひむろくん視点です。

 深夜の書斎。窓のそとには街灯と、それに照らされた芝生が眠っていた。

 僕は脚立に乗って、一番の上の棚をのぞいた。

 目当ての本は……あった。これだ。僕はその場で中身を確認しようとした。

 ところがそのとき、ドアがひらいた。父さんだった。

 父さんはスーツを着ていて、今帰ったばかりだとわかった。

京介きょうすけ、どうした? 調べものか?」

 その声には、咎めるようなところも、おどろいたようなところもなかった。

「うん、ちょっと」

 僕は脚立から降りた。手には本を2冊。

 父さんはそのひとつを見て、

「セールの表現論か。群論を先に深めたほうがいい」

 と言った。

 僕が着ているものにも、ふだんは関心を払わないのに。

「父さん、今日は遅かったね。なにかあった?」

「外部のプロジェクトで、統計的なミスがあった。修正の計算を頼まれた」

 僕はてきとうにごまかして、自室へもどった。

 夜中だけど、部屋の電気はつけない。

 代わりに、机のうえのデスクランプをともした。

 さっきの本のうち、セールはわきにどけて、もう一冊をひらいた。

 父さんには見えないようにしていたものだ。

 目当てのページは、すぐに見つかった。

 僕は鍵のついた引き出しから、2枚のコピー用紙をとりだした。



 親愛なる友へ


 みんな元気にしてるか。僕が日本を旅立ってから早3年。

 世界のあちこちを回って、ついに約束のものを見つけたよ。

 まさかこんなに早く見つかるとはね。僕が一番乗りかもしれない。

 それともふたりはバブル崩壊を的中させて、軍資金はたっぷりだろうか。

 きみたちのほうで準備ができていないなら、これは保管しておく必要がある。

 だから保管場所を教えておこう。バージニア州から最新の謎々だ。

 ひとつめの鍵は聖生に余っているものだ。それらを足して、引いてやればいい。

 ふたつめの鍵は僕の息子の名前だよ。将来のね。おぼえているだろう。こどもが生まれたとき、どんな名前をつけるのか、3人で4年前に話し合った。

 それでは、きみたちの健闘を祈る。僕はまた世界を旅することにしよう。

 

 日本の未来に賭けて

 のえるより



 救出はできた──けど、これはコピーだ。

 だれがコピーしたんだろう? 速水はやみ先輩?

 もしそうなら、オリジナルは持ち出されてしまったかもしれない。

 松平まつだいらたちは、速水先輩とつるんでいるのかな? わからない。

 すえさんとの会話におどろいて、あわてて捜索した。その是非は判断がつかなかった。放置はできなかったと思う。そう信じている。

 持ち出し犯が僕だって、簡単に判明する可能性はあった。

 でも、証拠はない。トリックは単純。数学の研究会にもぐりこんで、将棋部の事務局が無人になるのを待った。傍目はため先輩と朽木くちき先輩が6時まで使うことは、役員専用のMINEで把握してあった。それから中に入ってハガキをさがし、コピーを見つけたあとは、ゼミナールのメンバーといっしょに退校。これだけ。問題があったとすれば、オリジナルを発見できなかったことだ。

 僕はコピーを念入りに観察した。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………これは暗号文じゃない。鍵だ。

 どちらの鍵も、僕は知っている。第1の鍵も、第2の鍵も。

 さらに本を調べて、暗号表もわかった。

 暗号文さえあれば、解けるはず。

 僕はコピーをライトにかざしてみた──透かしはない。

 もしかして、ハガキは2通あるのか? そんなはずはないんだけど。

 僕が調べたかぎり、ハガキは1通で、1992年にしか送られていない。

「……ん?」

 僕は、表のコピーに着目した。切手に違和感をおぼえた。

 カブトムシの切手だった。

 机からルーペをとりだして、よく観察する。


1110000011101100111000011110001011011

0101110101011100101111100111111001111

1100111110001111100111111011011110110

0111010111110011011110001111100101110

0110111010101110110111110100111101111

1110000111010011110111111101101111000

1111100111111000001110101011100001111

1000011100100111001101111000011101111


 あった。コピーが鮮明で助かった。すこし潰れているところもあるけど、読める。

 僕はルーペを置いて、しばらく黙考した。

 暗号の方式は……2進数をアルファベットに変換か。アスキーコードだな。

 第1の鍵を使えばいい。聖生のえるに余っているものはIとTだ。

 僕はアスキーコードの表を確認した──Iが73、Tが84だから、合計で157。

 あとは計算して……よし。


CODE=MHVVVFJPONITUIMPWZSLRPFJCMDSGISR


 これだ。

 僕はここまで計算して、ひと息ついた。

 そして、すこしマズいことに気づいた。

「……これ、聖生のえるの意味がわからなくても、解けるな」

 小さい数字と大きい数字に注目すれば、第1の鍵は不要だ。

 オリジナルを持ち出した人物も、ここまでは解けたかもしれない。

 僕ははたと困ってしまった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………いや、だいじょうぶだ。その先で詰まる。

 聖生のえるの意味がわからなければ、解けるのはここまで。

 暗号表を特定できないはず。

 ただ、暗号表のヒントも書いてあった。バージニア、と。

 これに気づかれれば終わり……でもないか。第2の鍵がある。

 ハガキの送り主が、こどもにつけようとしていた名前だ。

 とはいえ、これは総当たりすれば解ける。時間との勝負だ。

 僕はノートパソコンを開けた。

 作っておいた暗号解読のアプリを起動させる。

 暗号文と鍵を入力する欄が出た。暗号文を打ち込む。


【暗号文】

MHVVVFJPONITUIMPWZSLRPFJCMDSGISR


【鍵】

______


 あとは第2の鍵を入れるだけだ。

 この鍵を知っていることが、僕のアドバンテージ。

 僕はこの暗号を解く。だれよりも先に。

 それは僕の人生と向き合うための、最初の一歩になる。

 僕はあのひとの名前を入力した。


 HAYATO

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