表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第51章 失われた葉書(2017年5月26日金曜)
322/489

313手目 3人の聖生

 うーん……つかれた。

 私はコーヒーを飲んで、本を閉じた。

 ここは喫茶店、じゃなくて私のアパート。

 床に置いた即席のテーブルで、火村ほむらさんといっしょに調べものをしていた。

 いろいろな文献を集めて、かれこれ3時間は読書。

 さすがに疲れてきて、私はひと息ついた。

 前のほうを見ると、黙々と活字を追う火村さんの姿があった。

「……火村さん、日本語読めるの?」

 私がたずねると、火村さんは「え?」という表情で顔をあげた。

「読めるに決まってるでしょ」

 会話も完璧で、読解も完璧なの?

 これってすごくない? ほんとは日本生まれの日本育ちなのでは?

 じつはけっこう怪しんでるのよね。

 とはいえメモが全然日本語じゃないっぽいので、やっぱり海外育ちなのかな。

 かなり流暢な筆記体で、何語なのかすらわからなかった。

 じつは流暢なヘボン式ローマ字だったら笑うけど。

 私たちは経済史関連の本を読み終えて、おたがいにメモしたことを伝えあった。

 日本の経済政策、株価、地下、景気指数の推移、その他、為替、政策金利、長期金利にまで話がおよんだ。火村さん、金利の話まで正確に理解していて、すこしおどろく。

 私が気になっている点は2つ。

「まず、株価下落は1990年1月にもう始まっていたのよね。だけどバブル崩壊の正式な期間は1991年3月から1993年10月までで、これは聖生のえるがハガキを送ってきた期間を含んでる。次に、『バブル』って言葉自体は80年代にはもうあって、1990年の新語・流行語大賞では『バブル経済』が選ばれていた。だから聖生のえるがバブルに言及しているのも当然で、特に経済知識があったからとは言えない……ここがちょっと気になるかな」

 火村さんは、

「どうして?」

 とたずねた。

 私はじぶんのなかのもやもやを整理しながら話す。

「私たち、聖生のえるは相場のプロっていう前提で話してたわよね? でも、ハガキをみるとそうとは言えない気がするの」

 火村さんは、コンビニで買って来たトマトジュースを飲んだ。

「そういえばそうね……資金調達はべつのひとに任せてるみたいだし」

「でしょ。しかもハガキの文面からして、仲間は2人。つまり……」


 聖生A ハガキの差出人 世界旅行でなにかを見つける役

 聖生B 資金調達役

 聖生C 同上(?)


「こうなのよ。このグループワークについて、まだ一度も考えたことがないわ」

 私の説明に、火村さんもうなずいた。

「そう考えると、宗像むなかたパパは聖生のえるAじゃないっぽいわね」

 たしかに、宗像くんのお父さんは、たぶんBかCだ。

 恭二きょうじくんもふぶきさんも、海外生活の経験はなさそうだった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん? Aじゃない?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ああッ!

 私はバンとテーブルを叩いた。

「ど、どうしたの? レポートでも提出し忘れた?」

「宗像くんのお父さんは、聖生のえるAじゃないのよ」

「それはさっきあたしが言っ……あッ」

 私たちは顔を見合わせた。

「「鍵はKYOJIじゃない」」

 な、なんということ。

 暗号にこだわりすぎて、周辺情報を見落としていた。

 聖生のえるAは宗像くんのお父さんじゃない。だから息子の名前がKYOJIなわけもない。 

 私は大急ぎで松平まつだいらに連絡した。

 MINEがすぐに返ってくる。


 剣之介 。o O(でかした! この情報は大きい)


 剣之介 。o O(さっきばんとプログラムを組み終わった。今から動かす)


 よしよし、KYOJIで解けなかったのは、磐くんが誤ってたからじゃなかった。

 第2の鍵を先入観で決めていたからだ。

 これで一歩前進。私は大きく息をついて、コーヒーを飲んだ。

「あとのふたりについても、素性がわかればいいんだけど……」

 私がそうつぶやくと、火村さんは、

「今日本にいるのかどうかもわかんないわよね」

 と返した。

 んー、そっか。そうなるとお手上げだ。 

 火村さんはパタンと本を閉じた。

「宗像パパは、資金調達に成功したってことでいいのよね?」

 そうなんじゃないか、と私は答えた。

 状況証拠的に宗像姉弟はお金持ちだし、父親が聖生のえるっぽいこともほぼ確定。私たちが混乱してたのは、聖生のえるがひとりしかいない、と思ってたからなのよね。宗像姉弟のお父さん以外にも聖生のえるがいる、と考えれば、その矛盾も消える。

 火村さんは、

「だとすると、宗像パパは資金を持ち逃げしたわけ?」

 と、鋭い質問を飛ばしてきた。

 私は答えに迷った。今まで考えたことがなかった点だ。

「……わかんない。山分けしたんじゃないの?」

「なにかのプロジェクト資金だったんじゃないの?」

 そう言われるとそうかな、と私は思った。

 手帳にメモしておいたハガキの文面を、もういちど確認する。



 親愛なる友へ


 みんな元気にしてるか。僕が日本を旅立ってから早3年。

 世界のあちこちを回って、ついに約束のものを見つけたよ。

 まさかこんなに早く見つかるとはね。僕が一番乗りかもしれない。

 それともふたりはバブル崩壊を的中させて、軍資金はたっぷりだろうか。

 きみたちのほうで準備ができていないなら、これは保管しておく必要がある。

 だから保管場所を教えておこう。バージニア州から最新の謎々だ。

 ひとつめの鍵は聖生に余っているものだ。それらを足して、引いてやればいい。

 ふたつめの鍵は僕の息子の名前だよ。将来のね。おぼえているだろう。こどもが生まれたとき、どんな名前をつけるのか、3人で4年前に話し合った。

 それでは、きみたちの健闘を祈る。僕はまた世界を旅することにしよう。

 

 日本の未来に賭けて

 のえるより



「……たしかに、なにかのプロジェクト資金っぽいわね」

 軍資金とか、日本の未来に賭けてとか、なかなか意味深だ。

 火村さんは先を続けた。

聖生のえるAがなにかを手に入れて、聖生のえるBとCは資金集め。となると、宗像パパがお金持ちなのは、プロジェクトから資金を抜いた可能性がない?」

 どうだろう。私はちょっと否定的だった。

 必要な資金以上に儲けたのかもしれないし、プロジェクトは頓挫したのかもしれない。

 ただ火村さんにも一理あって、宗像姉弟のお父さんが放浪生活をしていたのは、ほかのふたりから逃げていたと解釈もできた。

 そして私たちの会話は自然と、ある一点に集約された──そのプロジェクトはなんだったのか、ということだ。私は直感から、犯罪のたぐいだと思っていた。

 火村さんもこれに同調してくれた。

「あたしもそう思うわ。この文章から匂ってくる感じだと、なにか違法な物を国内へ持ち込んだんじゃないかしら」

 火村さんの推理は、こうだ。聖生のえるAは海外から違法なものを調達して、日本へ持ち込んだ。だけどすぐに国外脱出する必要があった。だからどこかへ隠して、その隠し場所を仲間へ暗号で伝えた。仲間は大学将棋界にいて、そのふたりが資金調達を担当していた。

 私はそこそこ説得力を感じた。

「違法な物……麻薬?」

 火村さんはその説に否定的だった。

「麻薬なら売りさばけばいいだけでしょ。保管しておく必要がないもの。だから銃器の密売でもないと思う。その物を処理するのに、お金が必要だったのよ」

 処理するのにお金が必要な物? ……ぜんぜん思いつかない。

 火村さんは、1990年代に日本で話題になった事件はないか、とたずねた。

 んー、私は1997年生まれだしなあ。90年代の記憶とかほとんどない。

 それでも一応社会科で習ったことを思い出してみた。

「阪神淡路大震災でしょ……あと地下鉄サリン事件」

「どっちも海外でニュースになってたわね」

 そうなの? まあそうか。ひとがたくさん亡くなってるもの。

 それにしても火村さん、何歳なのかしら。30歳とかはさすがにないと思うけど。

 とりあえず話を本題へもどす。

「もしかして、毒ガスでも作ろうとしてたのかしら?」

 私は地下鉄サリン事件から連想しただけのつもりだった。

 でも火村さんの表情は硬かった。

「……ありえるわね」

「いや、今のは冗談なんだけど……」

香子きょうこ聖生のえるたちがテロリストじゃないって、言い切れる?」

 言い切れるもなにも、そこまで大げさな話じゃないでしょ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ちがうわよね?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ