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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第51章 失われた葉書(2017年5月26日金曜)
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309手目 空き巣

 翌日、私たちは朝から治明おさまるめい大学のリベルタタワーに集まった。

 関東大学将棋連合の役員は、だいたいそろっていた。

 都ノみやこのからは、主将の大谷おおたにさん、部長の松平まつだいら、会計の私の3人。

 14階の資料室のまえには、大学の職員と警察官のひともいた。

 警察官は5人も来ていて、室内をあれこれ調べていた。まるで刑事ドラマのワンシーンみたいだ。指紋とか靴跡も取ってるっぽい。

 私たちが到着したときには、風切かざぎり先輩が事情聴取を受けていた。

 先輩は視線をさまよわせながら、

「えー、ドアがひとつ、窓が2つなので、これは円筒とホモトピー同値ではなく……」

 云々と、意味不明な釈明をしていた。

 完全にテンパってるじゃないですか。

 警察のひとも要領を得ないと思ったのか、八千代やちよ先輩に事情を聴き始めた。

 速水はやみ先輩がいればいいんだけどなあ。まだ来てないのよね。

 しかたがないので聞き耳。

「もういちど確認しますが、昨夜の9時頃にこちらへいらしたんですね?」

「はい」

「そのとき鍵が開いていた、ということですが、ふだんの施錠は?」

「きちんとしています。夜は警備員さんの見回りがありますので、していないとあとで怒られます」

 警察官は、それもそうか、という表情だった。

 ただどこか納得していないようで、

「9時頃、大学に用事があったそうですね。書類の整理ということでしたが、ここでなにをなさっているんですか?」

 と追加で質問した。

「ここは関東の将棋サークルの本部みたいなところです」

 部外者向けのわかりやすい説明。

 とはいえ、これでもあまり伝わらなかったらしい。八千代先輩は具体的になにをしているのかも付け加えた。まあようするに関東圏の将棋サークルを管轄していて、大会の運営などを取り仕切っている、というわけだ。

「お金の管理はしていますか?」

「していますが、現金は置いていません。預金通帳だけ鍵付き棚に入っています」

「鍵の管理は?」

「会計のひとがやっています」

 警察官のひとは、会計の人数をたずねた。

 八千代先輩はひとりだと答えた。

「危なくないですか?」

 いや、まあそんなもんじゃないですかね。

 うちだって会計の私が通帳を預かってるし、去年なんか聖生のえるに盗まれてるし。

 そこが論点ではないから、警察官も質問を変えた。

「盗まれたものが分からない、とおっしゃられましたね」

「はい……貴重品は盗まれていませんが、部屋が荒らされていますので……なにか持ち出されたのではないかと思うのですが……」

「金目のものが見当たらなくて、なにも手をつけなかった、ということはありえます。しかし、気づかないものが盗まれている可能性もありますので、しばらく現場検証にお付き合いください」

 警察官のひとは、事務員さんからも聞き取りを始めた。

 残念ながら距離が遠くて、声は聞こえなかった。

 野次馬の私たちも、ほかへ移動するように指示された。

 ぞろぞろと移動する。

 さらにタワーの入り口のところで、土御門つちみかど先輩から、

「すまぬ、役員だけで相談するゆえ、席を外してもらえぬか」

 と言われてしまった。これもしょうがないので、私たちはタワーから出た。

 大勢の通行人が行きかう日曜日の風景が広がった。

 松平は空の日差しに目をほそめながら、

「まいったな。会長と同じ大学ってだけじゃ、情報共有してもらえなさそうだ」

 とつぶやいた。

 大谷さんは、

ばんさんに期待いたしましょう」

 と言った。

 ですね。こうなったらICT担当役員の磐くんから聞くしかなさそう。

 私たちはしばらくそのへんをうろうろして、時間を潰した。

 学生街だからわりと楽しめた。ギターのお店がやたらとあった。

 なんだかんだで、治明ってファッショナブルな感じがするのよね。

 正午頃、ようやく磐くんからMINEが返ってきて、喫茶店で待ち合わせた。

「おう、待たせたな」

 磐くんはローラーブレードで颯爽とテーブルへ接近。

 近くにいた店員さんがびっくりしていた。

 磐くんはどかりと腰を下ろして、

「なにから聞きたい?」

 とたずねた。

 松平は「全部だ」と答えた。

「おいおい、そういう丸投げみたいなのはダメだぜえ。要件定義を言え」

「俺たちはなにも聞いてないんだ。指定ができないだろ」

「それもそうか……あ、お姉さん、アイスコーヒーください」

 磐くんは注文を終えて、おもむろに話し始めた。

 全部話し終えるのに30分くらいかかって、情報満載に。

 私たちはそのなかから、いくつかの重要な箇所だけを抜き出した。

 松平はスマホのメモを見てまとめる。

「犯人は内部者・部外者両方の可能性あり、盗まれた物は不明、犯行時刻は昨日の午後6時以降……か」

 30分も話したわりには、けっきょくよくわからないという。

 とはいえ、犯行時刻は重要な点だ。

 私は、どうして6時以降と断定できるのか、とたずねた。

「6時まで使ってたらしい」

「だれが?」

傍目はため先輩と朽木くちき先輩。団体戦の収支を計算してたんだとさ」

 なるほど、そのふたりなら信用できそう。

 私はさらに、

「あのタワー、入り口に監視カメラがあったわよね? それに映ってるんじゃない?」

 とたずねた。

 磐くんはパチリと指をはじいた。

「ご明察。一部をのぞいて監視カメラがあるから、警察で調べてくれるらしい」

「一部?」

「ボイラー室とかに入る扉は、さすがにカメラがないらしいぞ」

「ボイラー室から校内へ入ることは?」

「できる」

 磐くんは、役員会が終わったあとで、こっそり校舎を見て回ったらしい。外壁にあるボイラー室のとびらと、廊下にあるボイラー室の扉は、位置的につながっているはず、とのことだった。しかもこっそり動かしてみたら、どちらも簡単に開いたという話だった。ほかの特別な設備も、似たような感じになっているかもしれない、と磐くんは推測した。

 それって……どうなの? ようするに穴だらけということでは?

 松平も、

「侵入しようと思えば、だれでも侵入できるってことか」

 とあきれた。

 ところが磐くんは、

「裏口から入ったなら、話はむしろ簡単になる」

 と言った。私たちは理由を訊いた。

 磐くんの回答は、足跡、だった。ボイラー室なんかはひとの出入りが限られている。床はほとんど清掃されていない。部外者が入れば、靴跡がくっきり出る、とのこと。だから磐くん自身も、ボイラー室の中には立ち入らなかったそうだ。

「というわけで、警察に任せておけば解決だと思うぜ。表から入ったなら監視カメラが、裏から入ったなら足跡が、犯人に目星をつけてくれるさ」

 そうだとすると──推理合戦は新しいフェーズに入った。

 大谷さんは静かに手を合わせる。

「いよいよ聖生のえるvs警察……ということになりますか」

 私たちのあいだに緊張が走った。

 磐くんはグラスのなかの氷を揺らした。

「犯人が聖生のえるなら、な」

 そのひとことを最後に、私たちは解散することになった。

 火村ほむらさんが来なかったのはいいとして、太宰だざいくんも来なかったわね。

 どこからか情報を仕入れて来そうなのに。なにかあったのかしら。

 もしかして別行動で捜査してる? それなら情報共有してもらわないと。

 電車で都ノの最寄り駅に降りる。そこで太宰くんに電話を入れた。


 プルルルル プルルルル


《もしもし、太宰です》

「もしもし、裏見うらみよ。休日にごめんなさい。じつは……」

《ああ、ごめん、今日ちょっと体調が悪くてさ。研究会は欠席させてもらうよ》

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………???

「あの、なに言って……」

《ほんとにごめん。それじゃ、他の参加者にも連絡はしなくていいから。じゃあね》

 そこで電話は途切れてしまった。

 私は松平と大谷さんに目配せする。

 ふたりとも今の会話は聞こえていたっぽい。けど、反応はばらばらだった。

 松平はぽかんとしていて、大谷さんは険しい表情。

「大谷さん、なにか心当たりがある?」

「……主導権は彼女に移った、ということですか」

「彼女?」

 大谷さんは菅笠すげがさを持ち上げて、空をあおいだ。

「しばらくはようすを見ましょう。あのかたがどこまで把握なさっているのか、拙僧も知りたくなってまいりましたゆえ」

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