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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第50章 2017年度春季団体戦3日目(2017年5月21日日曜)
312/487

303手目 当たり

 私は1分ほど読んだあと、7一金と引いた。

 梶原かじわらさんは、

「あ、引くんだ」

 と言って、頭をかいた。同金か同玉を予想してたっぽい?

 もちろんそれも読んだ。

 同金なら8二成香、同玉なら8二銀の展開になったと思う。

 梶原さんは、

「とりあえず8五銀ね」

 と言いながら、桂馬を回収した。

 同歩、同角──ここで7六銀と打つ。


挿絵(By みてみん)


 取れば銀角交換のうえに、歩が前へ進む。

 おそらくそれはしてこない。

 案の定、梶原さんは3二龍と寄った。

 このかたちは予定通り4二金とぶつける。

「7二銀」

 なるほど、龍を逃げないで一気に寄せる作戦か。

 手順次第では大惨事になるから、ここは慎重に読む。

 私はのこり時間を確認した。10分ある。

 そのうち3分使って、冷静に8五銀としておいた。

 この角を抜いておけば、7二銀はそれほど怖くない。

 7一銀不成、同玉、5二金。

 やっぱり絡めてきたわね。これを同銀なら、4二龍が詰めろになるという寸法だ。

 私はいったん9七角と反撃した。


挿絵(By みてみん)


 さあ、金銀がないから弾けないわよ。単に8八金なら5二銀で後手優勢。というのも4二龍なら8八角成以下、追い回して詰みになるからだ。この詰みを見つけるのにすこし時間がかかった。

 梶原さんは6九玉と逃げた。

 ここで5二銀と取っておく。

「これ詰めろだけどいいの? 4二龍」

 詰めろ銀取り──問題ありません。

「6七香」

 さらに一回王手。

「ん?」

 梶原さんはまた考え始めた。

 私のほうが詰めろになってるから、考えたくなるのはわかる。

 だけど6二玉でぎりぎりすり抜けられるのよね。

 梶原さんは悩んだあげく、6七金左と取った。

 そっちか。さっきからおたがいの読みが合わない。てっきり6八桂かと。

 この同金はあんまり読んでなかった。先手が一目危ないし。

 どれくらい危ないのか、私は正確に確認を入れた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………かなり危ないのでは?

 7八銀という手がある。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)


 これは取ると詰みだ。 同玉以下、6七桂成、同金、8九角、6八玉、7九角成、5九玉、5八金、同玉、6七角成、4八玉、5七馬引、3八玉に4九馬と入って終わり。長手数だけど、複雑な手筋はない。

 梶原さんがこれに気づかなければ勝ちか……うーん、でもなあ。

 7八銀捨なんて、詰みがありますよ、と教えているようなものだ。  

 だから問題は取られなかったとき。

 5九玉と逃げられたら、そこで6二玉と上がる?

 これでオッケーじゃない?

 私は念入りに読んだ。のこり時間が3分を切るまで考える。

「……7八銀」

 梶原さんはこの手に「おや?」という表情。

 むッ、ほんとに詰みが見えていなかったパターンか。

 だけどさすがに気付いたらしく、2分後には5九玉と寄った。

 私は6二玉と上がる。

 7二歩成、6三玉、7三と、同玉、5二龍。


挿絵(By みてみん)


 さあ、問題の局面。

 見た目以上に私が有利だと思う。

 これ、6七銀成に同金とすら取れないんじゃない?

 取ったら即寄りだ。

 私は取られないバージョンの動きを考えた。

 攻めと受け、2通り考えられる。

 攻めてくるなら5三龍か、あるいは6五桂、同歩、5三龍。

 前者は6三金で弾けば終わりだ。後者も6三金、6四銀に対して王様を逃げて行けばいいはず。私のほうは入玉の可能性すらある。

 となると、先手の攻めは成立しない。受けてきそうだ。

 受けなら……4九金とか? そこで華麗に寄せる手があればいい。

 私はお茶を飲み、冷静に読んだ。

「……6七銀成」

 梶原さんは4九金。

「4七桂不成」

 そのまま即座に王手した。

 梶原さんは「うーん」と、あんまり闘志のない雰囲気。

 すぐに同金と取った。

 これはあきらめてるっぽいかも。

 とはいえ私のほうは気を抜かない。最後の確認。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 これで寄りね。

 梶原さんはハハハと笑って、

「助からないね。負けました」

 と言った。

 ちょっと予想外の早投げ……でもないか。そんな感じのひとだし。

「ありがとうございました」

「途中から全然ダメだった。後手が思ったより寄らなかった」

「こっちもちょっと間違えたかな、という局面はありました。7一銀不成のとき、同玉とせずに7三玉と上がったほうが、もっと安全だったかもしれないです」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 以下、4一龍、同金、8二飛に9七角みたいな感じ。

「これは僕の持ち駒に金があるから、8八金打とするね」

「9九飛、8九桂、9八角とごり押すのはダメですか?」

「6八玉と逃げて……んー、なんともいえない気がするけど」

 本譜より私の王様が安全なだけで、こっちのほうが簡単とは言えないか。

 私はもうひとつ、

「6七香に6八桂と打たなかったのは、どうしてですか?」

 とたずねた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「6八に桂馬を打っちゃうと、反撃の要素がないんだよね」

「駒は本譜と同様に回収できませんか?」

 私は7二歩成、6三玉、7三と、同玉、5二龍の順を指摘した。

 梶原さんは、

「うーん、どうだろうなあ。明らかに捕まらないし。6三玉に7三金、5四玉、5二龍のほうも読んだんだけどね。そこで3六銀だとこっちの手が続かなさそうだ」

 と答えた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 ふむ……本譜よりいいのでは、と思う。

 読みだけじゃなくて、形勢判断も最後まで噛み合わなかった。

 そのあとは中盤の折衝を調べたあと、ほかの対局の応援に回った。

 チーム全体は思ったよりも接戦になってしまい、最後に穂積ほづみさんが勝って4-3。

 心臓に悪い展開だった。

 私たちは黒板をチェックして、さっそく計算をした。


 1位 都ノ大学

  チーム勝数8 勝ち星37

 2位 首都工業大学

  チーム勝数7 勝ち星37

 3位 日本セントラル大学

  チーム勝数7 勝ち星36


 ぐぉおおおおお……勝ち星が僅差。っていうか差がない。

 松平まつだいらはくやしそうな顔で、

「すまん、俺が負け越してるのが響いてるな……」

 と謝った。

 いや、だれのせいというわけでは。

 風切かざぎり先輩は、

「けっきょく上位2校とも潰さないといけないわけか。分かりやすくていい」

 と分析した。

 そうだ。順位差が大きいのは、最初から分かっていたことだ。

 私たちが気合いを入れなおしていると、ふいに人影が現れた。

 氷室ひむろくんだった。

「先輩たち、おつかれさまです」 

 風切先輩は眉をひそめた。

「おまえ、これから対局じゃないのか? Aは別の教室だろ?」

「先輩、Aは8校ですよ。さっき終わりました」

 どこが優勝した、と風切先輩は訊いた。

晩稲田おくてだにやられちゃいました。ま、それは置いといて、接戦ですね」

「わざわざそれを言いに来たのか?」

「いえいえ、Aが終わったあとは、Bを観戦するのが習わしですから」

 そ、そういう風習はないと思う。

 ただAの何人かは、この会場に姿をあらわしていた。

 おそらく偵察も兼ねているのだろう。

 氷室くんは笑顔で、

「で、先輩、策は?」

 と、空気の読めない質問。

「ここで言うわけないだろ」

「たしかに、氷室ひむろ京介きょうすけ、先輩がたの健闘をお祈りします」

 こらこら、特定のチームに肩入れしちゃマズいんじゃないの?

 そうでもない?

 ざわつく会場に、幹事のひとが声をかけた。

「第3局は10分後に開始します。お手洗いなどは済ませたうえで、遅刻しないように気をつけてください。各校は、確定させたオーダー表を幹事まで一時ご提出ください」

 私たちはめいめい準備する。

 いよいよオーダー交換へ。

 日センからは新主将の奥山おくやまくんが登場。

 おたがいに譲り合って、松平から読みあげることになった。

「都ノ、1番席、副将、2年、裏見うらみ香子きょうこ

「日セン、1番席、大将、2年、今田いまだ義規よしのり

「2番席、四将、2年、松平まつだいら剣之介けんのすけ

「2番席、副将、2年、奥山おくやま貴広たかひろ

「3番席、五将、2年、星野ほしのかける」」

「3番席、三将、2年、中竹なかたけ久満ひさみつ

 え? 3番席に中竹くん? ってことは──

 松平は一瞬間を置いた。

「……4番席、六将、3年、風切かざぎり隼人はやと

「4番席、五将、3年、速水はやみ萠子もえこ

 うッ……風切vs速水ができた。

「5番席、七将、2年、穂積ほづみ八花やつか

「5番席、七将、1年、大野おおの剛士たけし

「6番席、八将、2年、大谷おおたにひよこ

「6番席、十将、3年、畠田はただ将矢まさや

「7番席、十将、1年、愛智あいちさとる

「7番席、十二将、4年、池下いけした誠也せいや

 オーダーに対する周囲の反応はまちまちだった。

 野次馬のなかには、

「都ノ、うまく当てたな」

 と言っているひともいた。

 いや……事故だと思う。両サイドにとって。

 まあ悪くはないか。予定とちがうけど。

 松平は風切先輩に声をかけようとした。

 先輩は手で、だいじょうぶだと合図して、そのまま3番席についた。

 速水先輩も現れた。

 風切先輩は、うしろで束ねた髪をさわりながら、

「なんの因果か、当たっちまったな」

 と言った。

 速水先輩は立ったまま、不敵な笑みを浮かべた。

「隼人、あなたなにか勘違いしてない?」

「勘違い?」

「当たったんじゃなくて、当たりに来たのよ」

 速水先輩のひとことに、風切先輩は視線をあげた。

 真剣なまなざしがぶつかり合う。

「ま、座れよ」

 全員が席につく。

 1番席で、私は混乱していた。

 当たりに来た? なんで?

 私は7人の並びと力関係をもう一度考え直した。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………えッ……これって……。

 困惑する私をよそに、幹事の声が聞こえた。

「各テーブルの1番席、振り駒をお願いします」

場所:2017年度 春季団体戦3日目 8回戦

先手:梶原 佑太

後手:裏見 香子

戦型:角換わり力戦形


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8八角成 ▲同 銀 △2二銀

▲1六歩 △1四歩 ▲9六歩 △9四歩 ▲4八銀 △6二銀

▲7七銀 △6四歩 ▲3六歩 △3二金 ▲2五歩 △3三銀

▲3七銀 △7四歩 ▲5八金右 △7二金 ▲4六銀 △7三桂

▲7八金 △6三銀 ▲6八玉 △8一飛 ▲6六歩 △8四歩

▲3五歩 △同 歩 ▲同 銀 △6二玉 ▲7九玉 △4四銀

▲同 銀 △同 歩 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △9五歩

▲同 歩 △9七歩 ▲7五歩 △同 歩 ▲5六角 △4五銀

▲6七角 △9五香 ▲9六歩 △同 香 ▲9七桂 △同香不成

▲同 香 △8五桂 ▲9二香成 △4一飛 ▲4三香 △同 金

▲2二飛成 △3二歩 ▲8六銀 △5五桂 ▲7三歩 △7一金

▲8五銀 △同 歩 ▲同 角 △7六銀 ▲3二龍 △4二金

▲7二銀 △8五銀 ▲7一銀不成△同 玉 ▲5二金 △9七角

▲6九玉 △5二銀 ▲4二龍 △6七香 ▲同金左 △7八銀

▲5九玉 △6二玉 ▲7二歩成 △6三玉 ▲7三と △同 玉

▲5二龍 △6七銀成 ▲4九金 △4七桂不成▲同 金 △3八金


まで96手で裏見の勝ち

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