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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第49章 2017年度春季団体戦2日目(2017年5月14日日曜)
306/487

297手目 らしさ

 廊下に出ると、赤学あかがくのグループとばったり出くわした。気まずい。

 おたがい避けるかと思いきや、先頭を行く松平まつだいらに、わきくんが並んで歩いた。

 脇くんはあいかわらずファッショナブルだった。

 前髪に赤のメッシュが斜めに入っていて、すこし男性用の化粧をしていた。

 半袖のTシャツで、上は白だけど下へいくほど青くなるグラデーション。

 首にはシルバーのネックレスをつけていた。

「2回目のセッションだ。よろしく」

 脇くんはずいぶんと気さくな感じで、松平に話しかけた。

「ああ……よろしく」

「あんまり楽しそうじゃないね」

「俺は緊張感のあるほうが好みだ」

 脇くんはほほえんだ。

「なるほど、雰囲気を壊して悪かった」

 それからふたりは無言になり、会場入りした。

 おたがいに着席し、オーダー表をひらく。

都ノみやこのから、どうぞ」

「わかった……都ノ、1番席、副将、2年、裏見うらみ香子きょうこ

赤山あかやま学園がくえん、1番席、副将、1年、桑原くわはら友助ゆうすけ

「2番席、三将、2年、みなみララ」

「2番席、四将、3年、宮内みやうち慶也きょうや

「3番席、四将、2年、松平まつだいら剣之介けんのすけ

「3番席、六将、2年、川名かわなゆう

「4番席、五将、2年、星野ほしのかける

「4番席、七将、1年、久石ひさいし岳夫たけお

「5番席、六将、3年、風切かざぎり隼人はやと

「5番席、八将、1年、辻井つじい保士やすし

「6番席、八将、2年、大谷おおたにひよこ

「6番席、九将、2年、わき聖司せいじ

 大谷vs脇かできてしまった。

「7番席、十将、1年、愛智あいちさとる

「7番席、十一将、3年、岩井いわい綾人あやと

 私たちはオーダーをじっと見つめた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………悪くはないはず。

 あいての言い分が通ったところもあるけど、こちらの言い分も通した。

 私たちはそれぞれ席につく。

 椅子を引いて腰をおろすと、すぐにあいての1年生もあらわれた。

「桑原ですッ! よろしくッ!」

 こんどはめちゃくちゃチャラそうな男子。

 ツイストパーマにあごひげが生えてて、両手にアクセサリーをしていた。

 とりあえずあいさつして、駒をならべる。

「脇さんから聞きましたよ、先輩、強いらしいっすね」

 いや、まあそれほどでも。

 なんだかんだでこの桑原ってひと、強いっぽいのよね。

 それにただの勘繰りなんだけど、脇くんの音楽仲間じゃないかな、と思う。

 シャツにギターを弾く男のイラストが描かれていた。

 振り駒はゆずりあいになって、けっきょく私が振った。

 全部ウラ。

「都ノ、偶数先」

「赤学、奇数先ッ!」

 チェスクロを右に置いてもらって、対局開始を待つ。

「……それでは始めてください」

「よろしくお願いします」

 私はチェスクロを押した。

 7六歩、8四歩、5六歩、6二銀、5八飛。


挿絵(By みてみん)


 ほい、ゴキゲン中飛車。これは事前に把握済み。

 あっちも私が居飛車党なことは分かっているはず。

 脇くんがそれを伝えていないとは思えない。

「4二玉」

 4八玉、3二玉、5五歩、3四歩、3八玉、8五歩。

 私は飛車先を伸ばした。

 7七角、4二銀、6八銀、7四歩、2八玉、7三銀。

 超速へ誘導する。

 5七銀、6四銀、6六銀。


挿絵(By みてみん)


 さて、予定通りの局面になった。

 ここからは攻めのタイミングを見ていく。

 5二金右、3八銀、4四歩。

 ここで5四歩と突いてくる順も想定したけど、桑原くんは4六歩。

 もうすこし囲いを発展させるつもりかな。

 4三銀、4七銀、3三角、3八金。

 んー、しばらくは囲い合う感じ。

 2二玉、5九飛、3二金。


挿絵(By みてみん)


 私は雁木に組んだ。先手はどうするつもりなのかしら。

 カウンター狙い? だったら7三桂以下でこっちから開戦することになる。

 攻めを読み始めたところで、桑原くんは5六銀。

 これは……やっぱり先手から仕掛けてきそう?

 でも5六と6六の2枚銀ってあんまり見ないような。

 私は30秒ほど読んで、予定通り7三桂と跳ねた。

 5八金、4二金右、1六歩。

 攻めて来ないか──慎重なタイプなのかしら。

 ちょっと思惑が外れた私は、全体的に読みなおすことにした。

 あいてがのらりくらりしてくるなら、ここから穴熊という手もある。

 あるいは5二飛で、攻勢に出るのもいい。

「……5二飛」

 攻めを選択。じぶんの棋風に合わせる。

「っと、攻めて来ましたね。4八金左」

 私はさらに3分読んで、5四歩と開戦した。


挿絵(By みてみん)


 桑原くんも長考。

 ここからは相当激しくなる。

 9四歩が入っていないから、9五角の飛び出しも覚悟しないといけない。

 桑原くんはパンとひざを叩いて、

「行くしかないな。同歩」

 と取った。

 同銀、5五歩。

 ここで私は6五銀左と前に出た。

 同銀直、同銀──

「9五角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 ここで出てきたかぁ。5四銀を予想してたんだけど。

 とはいえこれも痛い。踏ん張って前に進め、裏見香子。

「5六銀ッ!」

 桑原くんは軽く口笛を吹いた。こらこら。

「受けないんですね……さすがに取ります。同飛」

 私は6四銀と打った。

 桑原くんはあごひげを撫でながら、

「あ、ふーん、そこで受けるんですか……」

 と言い、ちょっと手が止まった。

 いやまあ、6五桂とは跳ねられないでしょ、さすがに。

 もちろんここで一旦足止めするのは怖い。

 でも攻め将棋と無謀な将棋はちがう。

「……5四銀です」


挿絵(By みてみん)


 桑原くんから攻めてきた。

 これは念入りに読んである。 

 6三の空白地点への攻撃だ。ここは防げない。

 だけど個人的には5四歩とじっくり伸ばされたほうがイヤだった。

 これに便乗して再度攻勢に転じたい。

「9四歩」

「角は逃げないっすよ。6三銀成」

 私も飛車は逃げない。9五歩で取り切った。

「じゃあもらいます。5二成銀」

 私が同金とすると、桑原くんは銀を手にした。

「これが割打ちですよ。4一銀ッ!」

 私は4三銀と打ち返す。


挿絵(By みてみん)


 雁木を復活させた。

 すぐに金銀交換はなんともない。

 桑原くんもそのことは分かっているらしく、6一飛で援軍を送った。

「6五銀」

 飛車に当てる。

 3二銀成、同銀は若干気になるけど、潰れないはず。

 桑原くんはそっちを選ばずに、5九飛と引いた。

 6八角で追撃。

 4九飛、4六角成、9一飛成、5五馬。


挿絵(By みてみん)


 よし、全体的に盛り返した。

 後手が指しやすくなったように感じる。

 先手は即攻めを断念して8二龍。

 5一銀、5六歩、9九馬、7三龍。

 先手は歩切れ。私は4五香と打った。

 桑原くんは頭をかく。

「あちゃあ、痛いな……打って取って打ってか……」

 その通り。4七香、同香成、同金直、4五香の繰り返しになる。

 そのままだと金香交換。

 もちろん先手には桂馬があるから、どこかで桂馬を打てば止まる。

 そしてそれが本命の狙い。こっちは香車よりも桂馬のほうが欲しい。

「つきあいます。4七香」

 同香成、同金直、4五香、4六桂、同香、同金。

 私は5七にくさびを打ち込む。


挿絵(By みてみん)


 さあ、どうですか。

 桑原くんは10秒考えて、4八金で取りにきた。

 んー、そうくるか……5九飛のほうかな、と思ったけど。

 私は4二金右で、いったん固めた。

 3二銀成、同金で自陣への脅威がなくなった。

 これは桑原くんも本意ではなかったはず。

「……2六香」

 それでも攻めてくるかぁ。

 5四銀引か4二銀でもう一回固めようかしら。

 桑原くんの態度を訊いたほうがよさそうだ。

 私は4二銀を選択。

 桑原くんは腕組みをして、うーんとうなだれた。

「……4一金」

 ほほぉ……攻めですか。どうも桑原くんは攻め将棋っぽいわね。

 序盤に我慢してたのは脇くんの入れ知恵か。

 裏見は攻め将棋だからムリ攻めさせろ、とか言われたんじゃないかしら。

 中盤以降に地が出てきてる。

 とまれ攻め合い。

「5八銀」


挿絵(By みてみん)


 桑原くんはここでも考えた。

 のこり時間は桑原くんが9分、私が12分。

 私のほうが残す展開になっている。

 私がひとりでうなずいていると、桑原くんは急に顔をあげた。

「いやぁ、やっぱ強いっすね」

 いえいえ、それほどでも。

「俺も自分らしく指します」

 桑原くんはそう言って、2五香打と重ねた。

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