296手目 迷走するオーダー
うーん……どうだろ……パッと見で分かる局面じゃない。
先手は狭くて、後手は薄いかな、という印象。
私が形成判断に悩んでいる中、3七桂が指された。
そう指すものなのか。
3五金、4五桂、3七歩、同飛、3四歩。
池田さんは7三歩と垂らした。
これは入玉含みもあって、いやらしい手だ。
青葉くんも迷った。
のこり時間は青葉くんが8分。
がんばれ。こういうときこそ冷静に。
パシリ
っと、山極くんも指した。
私は席にもどって確認。
……やっぱり寄ってるわね。
私は飛車をどけて、5三歩成とする。
同玉、4四金。
山極くんの手がまた止まった。のこり時間は6分。
団体戦だから途中で投了はしなさそう。
また離席するのもなんだから、青葉くんの対局は目だけで追う。
そんなにむずかしくない。となりだし。
すこし進んでいた。
4五金、同銀、7五桂か──ちょっとあせってる感じを受ける。
たしかに先手玉は狭いんだけど、7九桂がしっかりした受けになっている。
池田さんは同金と積極的に取って、同銀に3四銀と出た。
これを同銀とはできないから、青葉くんは3三歩。
4三銀成、同玉、7二歩成。
ここで青葉くんは考え始めた。
ってことは飛車を逃げなさそう。寄せを考えてるっぽい。
でも寄る? ちょっとあやしい気がする。
それに後手は見た目以上に危ないのよね、多分。
パシリ
っと、山極くんが指した。
私はノータイムで3三金。
山極くんののこり時間は3分だから、ちゃちゃっと終わらせちゃいましょ。
そこからは山極くんがゆっくり指して私がノータイムの繰り返し。
同桂、5三角、4一玉、3一飛、6二角成。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「負けました」
「ありがとうございました」
感想戦はさすがにする。
私は山極くんのコメントを待った。
山極くんは腕組みをして、
「7四歩が見落としだった。もうしわけない」
と言った。
私もうなずいて、
「7筋の歩が切れてたから、急所かな、と思った」
と返した。
「5四銀~6五銀の構想自体が悪かったかもな。検討の余地がないほどの完敗だし、ほかの応援をしてもいいよ」
じゃあお言葉に甘えまして。
あ、やっぱり攻めたか。池田さんは9八玉。
8六銀、8八歩。
んー、駒が……駒が足らないような……。
ここで青葉くんは1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
青葉くんは8七歩と打ち込んだ。詰めろ。
池田さんは大きく息をついて、前髪をかきあげた。
「……同歩」
やっぱり7九桂が利いている。これがいなければ7八歩成で勝ちなのに。
後手は一回受けたほうがいい気も……受け方がむずかしいけど……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
パシリ
うッ……だいじょうぶ? なんか危なくない?
池田さんも目の色が変わった。すくないのこり時間を全投入。
私も脳内将棋盤であれこれチェック。
ピッ
池田さんも1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
ギリギリで8七同桂。
青葉くんも59秒まで考えて8六歩と打った。詰めろ。
池田さん、口もとに手をあててじっと盤を見つめる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
……………………
……………………
…………………
………………詰んだっぽい。
池田さんが詰ましに来ていることに、青葉くんも気づいた。
あわてて前のめりになる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同玉」
4五歩、5五玉、4四銀。
うーん、残念。8七桂が利いてるから、7三金で詰んじゃうのよね。
8七銀成がお手伝いになってしまったかっこうだ。
青葉くんも、そっかぁ、という顔で背筋を伸ばした。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「負けました」
「ありがとうございました」
終局。青葉くんの第一声は、
「すみません、詰みに気づいてなくて……」
だった。
池田さんは、
「あ、まあ、ちょっと変わったかたちだったし……僕も気づいたのは途中かな」
と返した。
ふたりは初手から検討を始めた。
私がそれを眺めていると、うしろからひとりの男子が現れた。
池田さんに耳打ちする。
「え、3-4?」
他も終わったのか──ん? 3敗したの?
私は確認して回った。
1年生全員が負けていた。
平賀さんは、
「すみません、次外してもらってもいいです」
と、なんだか弱気になっていた。
「べつにいいのよ」
「このまえ相談したときも言ったんですが、なんかほんとうに不調みたいで……終盤手が見えないというか……」
んー、そっか……私は愛智くんのほうへ向きなおる。
「おつかれさま。内容はどうだった?」
「それが、終盤ばったりで……」
私がいろいろ訊いていると、大谷さんに声をかけられた。
「オーダーの件で話が」
了解。私たちは控え室に移動する。
人気のないすみっこで相談。
まず大谷さんが、
「おつかれさまです。チーム勝ちで安心いたしましたが、4-3は目標より低いです」
と総括した。私もうなずく。
「政法は降級候補なのよね。日センは政法に6-1だったと思う」
「1年生にやや悲観的なところが出てきているのも気になります」
私は1年生のほうを見た。
青葉くんは意気消沈気味。
愛智くんはあまり顔に出してないけど、対局結果が不満そうな感じだった。
平賀さんはムスッとしてスマホをいじっていた。
マルコくんも終始ちょっと緊張してるみたい。
私は大谷さんに、
「ここで1年生を外すと、要らないアピールをしてるように見えなくもないわね」
と返した。
「左様です」
となりから松平が口をはさんだ。
「と言っても愛智は外さないだろ? 4勝1敗じゃ外す理由がない」
それもそう。
となると、愛智くんだけ残して青葉くんと平賀さんを外す……のかなぁ。
平賀さんは本人が外してもいいって言ってるし。
私たちは政法戦の結果をどう考えるかで、意見が分かれた。
まあこういうこともあるんじゃないかな、というのが私の意見。平賀さん外しに反対。
本人が不調を訴えているときに出場させるのは疑問、というのが松平の意見。
私は、
「平賀さんを外してだれを出すかも重要よ」
と指摘した。
「次の赤学戦は脇の位置がポイントだ。脇は下のほうに陣取ってる。5番席から7番席までで出てるから、たぶん大谷にぶつける作戦だろう。平賀を外したら大谷も5、6、7のどこかになるだろうから、当たる確率は上がる」
「つまり大谷vs脇を避けるなら5番席が愛智くん、6番席が三宅先輩、7番席が平賀さんじゃないといけないのか……大谷さんの意見は?」
「拙僧は脇くんと当たるのもやぶさかではありません。逆にお伺いしますが、平賀さんを外した場合、5番席が拙僧、6番席が三宅先輩、7番席が愛智さんのパターンと、5番席が風切先輩、6番席が拙僧、7番席が愛智さんで、上に南さん、星野さん、穂積さんの中から2名を入れるパターンがありますが、どちらをお考えですか? 後者の場合はどなたを入れますか?」
むずかしい。私はここまでの成績を見直す。
「それぞれ1試合しか出てないけど、棋譜を見る限り調子が良さそうなのは星野くんだと思う。穂積さんとララさんも悪くはないかな」
というのが私の評価。松平は、
「5番席風切先輩のほうがよくないか? 風切vs脇ができればうれしい」
と言った。
なるほど……たしかにそうかもしれない。
「じゃあ5番席風切先輩、6番席大谷さん、7番席愛智くんね。となると平賀さんの代わりに出るのはララさんと星野くんで決まりか……それとも青葉くんをもう一回出す?」
「それはやめておこう。赤学の1番席は青葉より強いっぽい」
3分ほど議論して、青葉くんと平賀さんを外すなら、ララさんと星野くんを入れるということになった。だけど、平賀さんを外すかどうかが決まらなかった。
私たちは大谷さんに一任することにした。
私はララさんと星野くんに「出る可能性がある」とだけ伝えておいた。
大谷さんもずいぶん悩んでいるようで、休み時間が終わるギリギリまで考えた。
「……平賀さんの意思を尊重しましょう。平賀さんを外します」
ここで幹事のひとが来て、会場への集合をうながした。
出場選手は総立ちになって、控え室をあとにした。
場所:2017年度 春季団体戦2日目 5回戦
先手:裏見 香子
後手:山極 大二郎
戦型:後手三間飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △3二飛
▲2五歩 △3三角 ▲6八玉 △6二玉 ▲7八玉 △4二銀
▲5六歩 △7二玉 ▲5七銀 △8二玉 ▲7七角 △4三銀
▲8八玉 △5四銀 ▲8六歩 △6五銀 ▲8七玉 △5二金左
▲7八銀 △7二銀 ▲9六歩 △9四歩 ▲5八金右 △8四歩
▲5五歩 △5四歩 ▲6六銀 △7四銀 ▲5四歩 △4三金
▲5五銀 △5二飛 ▲6八金寄 △5四金 ▲同 銀 △同 飛
▲5五金 △5一飛 ▲5四歩 △8五歩 ▲同 歩 △9三桂
▲8四歩 △4五歩 ▲5八飛 △4六歩 ▲同 歩 △8五銀
▲6六角 △8六歩 ▲8八玉 △7六銀 ▲7七金 △同銀成
▲同 桂 △7六金 ▲8三銀 △8一玉 ▲7四歩 △同 歩
▲7三歩 △同 銀 ▲6五桂 △7二銀 ▲同銀成 △同 金
▲8三銀 △8二銀打 ▲7三桂成 △同 銀 ▲7二銀成 △同 玉
▲8三金 △6二玉 ▲5三銀 △同 飛 ▲同歩成 △同 玉
▲4四金 △4二玉 ▲3三金 △同 桂 ▲5三角 △4一玉
▲3一飛 △5二玉 ▲6二角成
まで93手で裏見の勝ち