295手目 初出場
というわけで、いつもの喫茶店で作戦会議。
そろそろここのランチメニューは制覇しちゃいそう。
今日はミックスサンドにしてみた。ハムと野菜、卵、それにトマトとモッツァレラチーズがひとつずつ。
店内には春らしい明るい曲が流れていた。いただきます。
松平もおなじメニューを食べながら、
「そろそろ青葉を出すか」
と提案した。
私も、
「お試しオーダーにできるのは、次が最後でしょうね」
と答えた。
「だな。6回戦以降は赤学、首都工、川越、日センで、余裕がない。青葉が本番でどれくらいやるのかは、ここで見ておきたい」
「だけど勝算もなきゃダメよ」
「政法は副将の池田って3年生が実力者だ。個人戦ベスト16の経験がある」
なるほど、なかなか強そう。
「とはいえ2年前に1回だけだから、裏見がぶつかっても問題はない」
「あいてがズラしてきたら? 政法の大将ってどれくらいの棋力?」
「政法の大将は初段もないはずだ」
それならだいじょうぶそうだ。青葉くんは初段あると思う。
ただもうひとつ懸念事項があった。
「青葉vs池田だと、ちょっと当て馬っぽい出し方になっちゃわない?」
松平はすこし困った顔をした。
リンゴジュースをストローで吸って、うーんとうなる。
「そこなんだよな……たしかに当て馬っぽい使い方になる」
「すこしフォローはしといたほうがいいと思う」
松平は大谷さんにも意見を聴いた。
「左様ですね。では拙僧が説明しておきます」
大谷さんの説法力に期待。
私はサンドイッチをもぐもぐしながら、対戦相手の棋譜を確認した。
○
。
.
昼食休憩後、会場でオーダー交換。
5回戦ということで折り返し地点だ。
偵察もあらかた終わったのか、ギャラリーはすこし減っていた。
松平からオーダーを読み上げる。
「都ノ、1番席、大将、1年、青葉暖」
「政法、1番席、副将、3年、池田吉隆」
「2番席、副将、2年、裏見香子」
「2番席、三将、2年、山極大二郎」
「3番席、四将、2年、松平剣之介」
「3番席、五将、1年、島村広」
「4番席、六将、3年、風切隼人」
「4番席、七将、1年、竹部慎」
「5番席、八将、2年、大谷雛」
「5番席、八将、4年、宮崎誠」
「6番席、十将、1年、愛智覚」
「6番席、九将、3年、山田史明」
「7番席、十二将、1年、平賀真理」
「7番席、十将、3年、大屋健一」
池田さんとは当たらなかったか。
私は2番席に座る。すると大きな影がさした。
ぬおッ、ずいぶんガタイのいい男子。
身長が180センチはありそうで、ラグビー部とかに勧誘されそうな肩幅。
半袖のTシャツもパンパンだった。
「山極です。よろしく」
はい、よろしく。
とりあえずあいさつをして、盤とチェスクロの準備。
振り駒は青葉くんが担当。
「都ノ、偶数先」
「政法、奇数先」
私は先手に。黙って対局開始を待つ。
コホンと咳払いが聞こえた。
「……それでは、始めてください」
「よろしくお願いします」
私たちは一礼して対局開始。
7六歩、3四歩、2六歩、4四歩。
山極くんは振り飛車党だ。対抗形になる可能性が高い。
私は4八銀と上がった。
「3二飛」
っと、三間飛車か。春日さんのときとおなじになった。
もしかしてアレもマークされてた?
となると、例の右四間はやらないほうがいいわね。
あれはそもそも奇襲に近かったし。
私は2五歩、3三角と上がらせて、6八玉、6二玉、7八玉、4二銀。
どんどん進む。
5六歩、7二玉、5七銀、8二玉、7七角、4三銀、8八玉。
「5四銀」
むッ……そう来ますか。
穴熊を牽制されている。
私は10秒ほど考えて、すこし挑発することにした。
「8六歩」
こんどは山極くんの手が止まる。
6五銀なら8七玉を強要されるけど、それは私の狙いでもある。
後手は明らかに手損だ。6五銀は誘発しても問題ない。
「……6五銀」
私は注文通り8七玉と上がった。
5二金右、7八銀、7二銀、9六歩、9四歩、5八金右。
さてさて、これで左美濃は完成。
あとはどのタイミングで銀を下がらせるかだ。
山極くんはすこし考えて、8四歩と突いた。
これは銀を5四じゃなくて7四へ引くサインだ。
そろそろ私も攻めの方針を決めないといけない……ちょっかいかけますか。
「5五歩」
山極くんは、おやッという表情。
「……5四歩」
私は6六銀とぶつける。
さあ、どうですか。
同銀、同歩だと4一銀の割り打ちが発生する。
それを防ぐために4二飛とするなら、5四歩の取り込みが成立する。
両方を同時に阻止することはできない。
山極くんは30秒ほど考えて、7四銀と引いた。
私は5四歩と取り込む。これはすこし良くなったんじゃない。序盤巧者。
山極くんは4三金と崩して、歩を取りにきた。
私は5五銀で支える。これには当然5二飛と回られた。
そこの交換は許容する予定だったので、6八金寄。
以下、5四金、同銀、同飛で、攻めの銀と守りの金の交換になった。
私はさらに5五金と打って、飛車を抑え込みにかかった。
5一飛、5四歩。
山極くんは2分考えて8五歩。
んー、そうきますか。
同歩に9三桂でしょうね。玉頭の歩を単に交換するためとは思えない。
9三桂に8四歩と伸ばしたい。以下、8五桂、6六角……6五銀打があるか。
同金、同銀でむずかしい。
私は考え込んだ。どうしたものか。
後手がいいというわけではないと思う。ただすこしごちゃっとするかな、という点と、どこかで4五歩と突かれたとき、角筋がモロに利いてくる点がネック。例えば8五同歩、9三桂、8四歩、8五桂、6六角、6五銀打、同金、同銀。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
ここで角を逃げると、4五歩で自玉が危なくなる。
あまり飛び込みたくない順だ。角を逃げないでなにかするんでしょうね。5八飛とか。
8四に拠点があるから、後手もあまりムリはできないはず。
「……同歩」
私はひと通り考えたあと、歩を取った。
山極くんは逞しい腕で9三桂。
8四歩、4五歩。
このタイミングか。予想より早かった。
私はこれまでの読みの応用で5八飛。
中央突破を図る。
4六歩、同歩、8五銀。
銀かぁ。そっちで突撃してきますか。
私のほうは狭いから、合理的ではある。8六歩~7六銀で圧殺されるとアウト。
脱出を考えないといけない。
私は6六角と上がって、8六歩、8八玉、7六銀に7七金とぶつけた。
これが一石二鳥でしょ。
とはいえ山極くんも銀がさばけるとみているらしい。
意気揚々と同銀成。
同桂、7六金打(これが歩じゃないから助かってるはず)、8三銀。
反撃ぃ。
8一玉に7四歩と打つ。
これが厳しいわよ。同歩、7三歩に6五桂があるから。
山極くんは受かっていると思っているようで、すぐに取った。
7三歩、同銀、6五桂、7二銀、同銀成、同金、8三銀。
筋に入ってきたのでは?
もちろんさすがに8三同金とはしてくれなかった。
8二銀打と受けてくる。
私は7三桂成として、同銀に7二銀成、同玉。
うーん……これは……私はお茶を飲み飲み、盤面をにらむ。
……………………
……………………
…………………
………………勝ったのでは。
傲慢とかそういう話ではなくてですね、はい。
後手玉助からないでしょ。
私は3分ほど使っていろいろ確認したあと、8三金と打った。
6二玉、5三銀。
「……」
「……」
山極くん、表情は変わらないけど手が止まった。
どこかに誤算があったとみました。
6一玉なら7三金だし、同飛なら同歩成、同玉、4四金がある。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
寄ってるわよね、さすがに……っていうか詰みか。4二玉、3三金、同桂、5三角、4一玉、3一飛、5二玉、6二角成、同玉、5一飛寄成まで。
のこり時間は……山極くんがまだ10分ある。
私はすこし思案してから、
「失礼します」
と言い、青葉くんの対局を観に行った。
山極くん本人の見落としで敗勢になったのだから、問題はないはず。
どれどれ。
【先手:池田吉隆(政法3) 後手:青葉暖(都ノ1)】