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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第49章 2017年度春季団体戦2日目(2017年5月14日日曜)
304/487

295手目 初出場

 というわけで、いつもの喫茶店で作戦会議。

 そろそろここのランチメニューは制覇しちゃいそう。

 今日はミックスサンドにしてみた。ハムと野菜、卵、それにトマトとモッツァレラチーズがひとつずつ。

 店内には春らしい明るい曲が流れていた。いただきます。

 松平まつだいらもおなじメニューを食べながら、

「そろそろ青葉あおばを出すか」

 と提案した。

 私も、

「お試しオーダーにできるのは、次が最後でしょうね」

 と答えた。

「だな。6回戦以降は赤学あかがく首都工しゅとこう川越かわごえ、日センで、余裕がない。青葉が本番でどれくらいやるのかは、ここで見ておきたい」

「だけど勝算もなきゃダメよ」

政法せいほうは副将の池田いけだって3年生が実力者だ。個人戦ベスト16の経験がある」

 なるほど、なかなか強そう。

「とはいえ2年前に1回だけだから、裏見うらみがぶつかっても問題はない」

「あいてがズラしてきたら? 政法の大将ってどれくらいの棋力?」

「政法の大将は初段もないはずだ」

 それならだいじょうぶそうだ。青葉くんは初段あると思う。

 ただもうひとつ懸念事項があった。

「青葉vs池田だと、ちょっと当て馬っぽい出し方になっちゃわない?」

 松平はすこし困った顔をした。

 リンゴジュースをストローで吸って、うーんとうなる。

「そこなんだよな……たしかに当て馬っぽい使い方になる」

「すこしフォローはしといたほうがいいと思う」

 松平は大谷おおたにさんにも意見を聴いた。

「左様ですね。では拙僧が説明しておきます」

 大谷さんの説法力に期待。

 私はサンドイッチをもぐもぐしながら、対戦相手の棋譜を確認した。

 

  ○

   。

    .


 昼食休憩後、会場でオーダー交換。 

 5回戦ということで折り返し地点だ。

 偵察もあらかた終わったのか、ギャラリーはすこし減っていた。

 松平からオーダーを読み上げる。

都ノみやこの、1番席、大将、1年、青葉あおばだん

「政法、1番席、副将、3年、池田いけだ吉隆よしたか

「2番席、副将、2年、裏見うらみ香子きょうこ

「2番席、三将、2年、山極やまぎわ大二郎だいじろう

「3番席、四将、2年、松平まつだいら剣之介けんのすけ

「3番席、五将、1年、島村しまむらひろし

「4番席、六将、3年、風切かざぎり隼人はやと

「4番席、七将、1年、竹部たけべしん

「5番席、八将、2年、大谷おおたにひよこ

「5番席、八将、4年、宮崎みやざきまこと

「6番席、十将、1年、愛智あいちさとる

「6番席、九将、3年、山田やまだ史明ともあき

「7番席、十二将、1年、平賀ひらが真理まり

「7番席、十将、3年、大屋おおや健一けんいち

 池田さんとは当たらなかったか。

 私は2番席に座る。すると大きな影がさした。

 ぬおッ、ずいぶんガタイのいい男子。

 身長が180センチはありそうで、ラグビー部とかに勧誘されそうな肩幅。

 半袖のTシャツもパンパンだった。

「山極です。よろしく」

 はい、よろしく。

 とりあえずあいさつをして、盤とチェスクロの準備。

 振り駒は青葉くんが担当。

「都ノ、偶数先」

「政法、奇数先」

 私は先手に。黙って対局開始を待つ。

 コホンと咳払いが聞こえた。

「……それでは、始めてください」

「よろしくお願いします」

 私たちは一礼して対局開始。

 7六歩、3四歩、2六歩、4四歩。

 山極くんは振り飛車党だ。対抗形になる可能性が高い。

 私は4八銀と上がった。

「3二飛」


挿絵(By みてみん)


 っと、三間飛車か。春日かすがさんのときとおなじになった。

 もしかしてアレもマークされてた?

 となると、例の右四間はやらないほうがいいわね。

 あれはそもそも奇襲に近かったし。

 私は2五歩、3三角と上がらせて、6八玉、6二玉、7八玉、4二銀。

 どんどん進む。

 5六歩、7二玉、5七銀、8二玉、7七角、4三銀、8八玉。

「5四銀」


挿絵(By みてみん)


 むッ……そう来ますか。

 穴熊を牽制されている。

 私は10秒ほど考えて、すこし挑発することにした。

「8六歩」

 こんどは山極くんの手が止まる。

 6五銀なら8七玉を強要されるけど、それは私の狙いでもある。

 後手は明らかに手損だ。6五銀は誘発しても問題ない。

「……6五銀」

 私は注文通り8七玉と上がった。

 5二金右、7八銀、7二銀、9六歩、9四歩、5八金右。

 さてさて、これで左美濃は完成。

 あとはどのタイミングで銀を下がらせるかだ。

 山極くんはすこし考えて、8四歩と突いた。


挿絵(By みてみん)


 これは銀を5四じゃなくて7四へ引くサインだ。

 そろそろ私も攻めの方針を決めないといけない……ちょっかいかけますか。

「5五歩」

 山極くんは、おやッという表情。

「……5四歩」

 私は6六銀とぶつける。


挿絵(By みてみん)


 さあ、どうですか。

 同銀、同歩だと4一銀の割り打ちが発生する。

 それを防ぐために4二飛とするなら、5四歩の取り込みが成立する。

 両方を同時に阻止することはできない。

 山極くんは30秒ほど考えて、7四銀と引いた。

 私は5四歩と取り込む。これはすこし良くなったんじゃない。序盤巧者。

 山極くんは4三金と崩して、歩を取りにきた。

 私は5五銀で支える。これには当然5二飛と回られた。

 そこの交換は許容する予定だったので、6八金寄。

 以下、5四金、同銀、同飛で、攻めの銀と守りの金の交換になった。

 私はさらに5五金と打って、飛車を抑え込みにかかった。

 5一飛、5四歩。

 山極くんは2分考えて8五歩。


挿絵(By みてみん)


 んー、そうきますか。

 同歩に9三桂でしょうね。玉頭の歩を単に交換するためとは思えない。

 9三桂に8四歩と伸ばしたい。以下、8五桂、6六角……6五銀打があるか。

 同金、同銀でむずかしい。

 私は考え込んだ。どうしたものか。

 後手がいいというわけではないと思う。ただすこしごちゃっとするかな、という点と、どこかで4五歩と突かれたとき、角筋がモロに利いてくる点がネック。例えば8五同歩、9三桂、8四歩、8五桂、6六角、6五銀打、同金、同銀。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 ここで角を逃げると、4五歩で自玉が危なくなる。

 あまり飛び込みたくない順だ。角を逃げないでなにかするんでしょうね。5八飛とか。

 8四に拠点があるから、後手もあまりムリはできないはず。

「……同歩」

 私はひと通り考えたあと、歩を取った。

 山極くんは逞しい腕で9三桂。

 8四歩、4五歩。


挿絵(By みてみん)


 このタイミングか。予想より早かった。

 私はこれまでの読みの応用で5八飛。

 中央突破を図る。

 4六歩、同歩、8五銀。

 銀かぁ。そっちで突撃してきますか。

 私のほうは狭いから、合理的ではある。8六歩~7六銀で圧殺されるとアウト。

 脱出を考えないといけない。

 私は6六角と上がって、8六歩、8八玉、7六銀に7七金とぶつけた。


挿絵(By みてみん)


 これが一石二鳥でしょ。

 とはいえ山極くんも銀がさばけるとみているらしい。

 意気揚々と同銀成。

 同桂、7六金打(これが歩じゃないから助かってるはず)、8三銀。

 反撃ぃ。

 8一玉に7四歩と打つ。

 これが厳しいわよ。同歩、7三歩に6五桂があるから。

 山極くんは受かっていると思っているようで、すぐに取った。

 7三歩、同銀、6五桂、7二銀、同銀成、同金、8三銀。


挿絵(By みてみん)


 筋に入ってきたのでは?

 もちろんさすがに8三同金とはしてくれなかった。

 8二銀打と受けてくる。

 私は7三桂成として、同銀に7二銀成、同玉。

 うーん……これは……私はお茶を飲み飲み、盤面をにらむ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………勝ったのでは。

 傲慢とかそういう話ではなくてですね、はい。

 後手玉助からないでしょ。

 私は3分ほど使っていろいろ確認したあと、8三金と打った。

 6二玉、5三銀。


挿絵(By みてみん)


「……」

「……」

 山極くん、表情は変わらないけど手が止まった。

 どこかに誤算があったとみました。

 6一玉なら7三金だし、同飛なら同歩成、同玉、4四金がある。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 寄ってるわよね、さすがに……っていうか詰みか。4二玉、3三金、同桂、5三角、4一玉、3一飛、5二玉、6二角成、同玉、5一飛寄成まで。

 のこり時間は……山極くんがまだ10分ある。

 私はすこし思案してから、

「失礼します」

 と言い、青葉くんの対局を観に行った。

 山極くん本人の見落としで敗勢になったのだから、問題はないはず。

 どれどれ。


【先手:池田吉隆(政法3) 後手:青葉暖(都ノ1)】

挿絵(By みてみん)

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