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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第49章 2017年度春季団体戦2日目(2017年5月14日日曜)
303/487

294手目 律儀な終局

挿絵(By みてみん)


 私は7七角と受けた。

 井伊いいくんは5二金右で、雁木を明示。

 こっちもちょっと組みにくいわね。

 私は慎重に駒組みを進める。

 8八銀、6二銀、7八玉、7四歩──攻めたい。

 この時点で3五歩としたい。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)


 同歩、2六銀、3四銀で一回押さえられてしまう。

 でも次に5六歩~6八角と引いたら? これを後手は止められなくない?

 私は3分ほど念入りに読んで、3五歩と開戦した。

「なるほど、そう来ますか……」

 井伊くんは1分小考して同歩。

 2六銀、3四銀、5六歩、4三金右、6八角。

「7五歩です」


挿絵(By みてみん)


 ふむふむ、反撃してきましたか。

 これはすぐにどうこうするわけじゃなくて、将来的な傷をつけておいた手だ。

 同歩、4五歩。

 後手は角筋を通してきた。私は3八飛でもう一回力を溜める。

 4四金、7七銀、4二玉、6六歩、4三金上。

 後手陣はだいぶ変わったかたちになった。

 このまま先手の攻めを頓挫させるつもりか──どうしましょ。

 たしかにこうやって盛り上がられると、なかなか攻められない。

 とはいえ、そんなにいい受け方とも思わないのよね。ちょっと上ずってるというか。

 私はお茶のキャップを開けて、リフレッシュ。

 どこかでスキができれば、一気に崩壊させられそうなんだけど……ふむ。

 けっきょく私は6七金とした。しばらく間合いを計る。

 3二玉、8八玉、5四歩、7八金、4二角。

 私は打開策として3七桂と跳ねた。次に4六歩、同歩、同角の交換を目指す。

 このとき8二の飛車当たりになるから、事前に7三銀だと予想。

 ここでも井伊くんは1分ほど小考した。

「……3六歩です」


挿絵(By みてみん)


 むッ、先攻してきたか。これはちょっと意外。

 交換し合うと後手が損なのでは? しびれを切らした?

 対局態度からそういう雰囲気はしない。採算があると思ってるのかしら。

 私は腰を落として読む。

 3五歩、3七歩成、同飛までは確定。

 そこで後手はなにをしてくるの? 3五同銀? それだと駒損よね。

 っていうか後手陣は本格的に崩壊する。

 なにか勘違いがあるのでは?

 私は疑心暗鬼になって30秒ほど考え、ようやく答えに気づいた。

 1四桂だ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 以下、3四歩、2六桂の予定だと思う。

 んー、先手悪い気はしないわね。

 私のほうはむしろ膠着して困ってたわけだし。

 私は井伊くんの流れに乗ることにした。

「3五歩」

 3七歩成、同飛、1四桂、3四歩、2六桂。

 さあ、ここから一気に攻めるわよ。

「5五歩ッ!」

 井伊くんは3四金上で歩を払った。

 私は露骨に3五銀と打つ。


挿絵(By みてみん)


 これが厳しいはず。同金とはできないし、放置なら2六銀で桂馬を回収できる。

 井伊くんは後者を選択。4三玉、2六銀、5三銀。

 私は5四歩と畳みかけて、同銀に5六桂とすえる。


挿絵(By みてみん)


「!」

 激痛ぅ、のはず。すくなくとも井伊くんはこの局面を想定していなかったらしい。

 さっきからちょっとずつ小考している。

 おそらく踏み込まないで、もっとおだやかに進む順を読んでいたのだろう。

 甘い。私は攻め将棋なのよ。

 井伊くんも攻めるしかないと見たのか、8六歩と反撃してきた。

 これは冷静に同銀としておく。

 5三角、4四桂、同金、5五歩。

 ほらほらほら、止まらなくなってきた。

 同銀、3五銀、3三歩、3四歩。

「もう止まりませんか……6九銀です」


挿絵(By みてみん)


 井伊くんは受けるのをあきらめた。

 のこり時間は私が12分、井伊くんが8分。

 私のほうは長考する必要がない。

 3三歩成、同桂、3四歩とした。

 井伊くんは3二歩。

「4四銀」

 井伊くん、さすがに表情が厳しくなる。

 まっすぐだった姿勢が、ほんのわずかだけど前のめりになってきた。

「……」

「……」

「……同角です」

 3三歩成、同歩、3五桂。

 3五金かな、とも思ったけど、これでイケると読んだ。

 5二玉に5三歩と叩く。

 同玉、4三金、6二玉、4四金、同銀、4三桂成。


挿絵(By みてみん)


 私はお茶を飲んだ。のこり時間は5分。十分だと思う。

 井伊くんは1分将棋に。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 井伊くんは5五桂。

 私はここで時間を使った。

 6七桂成は詰めろなのよね。なんだかんだでこのかたちは薄い。

 ああして、こうして──うん、オッケーかな。

 私は最後に1分だけ残して4四成桂。銀を抜いた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 井伊くんは静かに6七桂成。

 おっと、そう指しましたか。じゃあ最後の確認。 


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 私はこの手を指してお茶を飲んだ。

 井伊くんは一瞬きょとんとする。

 なるほど、1分将棋で読み切れてなかったわけですね──詰みですよ。

 とはいえ井伊くんもすぐに察したらしい。

 詰みじゃないのに成桂を捨てるわけがないから。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 井伊くんは7一玉と逃げた。

 さすがに長手数のほうか。私は1分将棋の中、確認を進める。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 6二銀、同飛、同成桂、同玉。

 井伊くんはノータイム指し。

 そう、この局面になるから、一見詰まないのよね。でも──

「3五角」


挿絵(By みてみん)


 この飛び出しがある。逃げるのは並べ詰み。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 井伊くんは5三歩。

 同角成、同玉、3三飛成、6二玉。

 私は持ち駒の飛車を手にした。

「6一飛」


挿絵(By みてみん)


 これで詰み。

 井伊くんは持ち駒をそろえた。

「負けました」

「ありがとうございました」

 一手違いだけど、完勝。

 井伊くんはすぐに感想戦を始めた。

「5三成桂に同玉も詰んでいましたか?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「それは3三飛成、4三合駒、4四角以下ね。本譜より短手数じゃない?」

「4三金合なら4四角、5二玉、5三銀、同金、同角成、6一玉に7一金と脇から打って詰みですね」

 さいですね。

「3六歩がやりすぎでしたか?」

「そうね、アレはちょっと助かったかな、と思った」

「先手が膠着状態なのはわかっていたのですが、うまく待つ手順が分からず……」

「7三銀とか一回上がっとくんじゃない?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「これなら4六歩、同歩、同角が飛車当たりにならないでしょ」

「7三銀なら4六歩、同歩、同角ではなく、4六歩、同歩、4五歩ではありませんか?」

「んー、その攻め合いもありかな。4七歩成、4四歩、3八と、4三歩成……」

 私が読んでいると、井伊くんは、

「飛車は取らないと思います。一度4四同金で手をもどします」

 とコメントした。

「そっか……じゃあ3九飛と引くかしら」

「この局面に自信がなかったので、3六歩の攻め合いを選びました」

 なるほど、そういう経緯があったのか。

 むずかしいわね。

「雑感になっちゃうけど、本譜は攻めが止まらなくなったから、こっちじゃない?」

「たしかにそうですね」

 そのあとは終盤をもうすこし検討した。

 先手がずっと良かった、という結論。

 感想戦を終えたとき、井伊くんはわざわざ、

「勉強になりました。ありがとうございました」

 とお礼を言った。律儀。

 そのあと松平まつだいらから報告を受けたとき、私はおどろいた。

「7-0?」

 松平はホッとしたようすで、

「ああ、穂積ほづみ先輩も勝って全勝だ」

 と答えた。

 穂積お兄さんは、

「いやあ、大学生活最初で最後の白星かな」

 と笑っていた。どうもあいてはほんとに低級者だったらしい。

 私たちが会場でわいわいやっていると、ふと視線を感じた。

 ばんくんがすみっこのほうで、ほかの部員と話しながらこちらをちらちら見ている。

 日センと赤学あかがくからも視線を感じた。

 大谷おおたにさんは、

「大幅に勝ち星を稼いだので、マークされてきましたね」

 と小声で言った。

 ですね。これは大きい。他のチームで7-0しているところはまだなかった。

 最後の勝ち星勝負で効いてくるわよ。

 大谷さんは手を合わせ、

「逆にこちらがプレッシャーをかけられないように注意いたしましょう」

 と気合を入れなおした。

 勝って兜の緒を締めよ。次は政法せいほう戦──のまえにランチタイム。

場所:2017年度 春季団体戦2日目 4回戦

先手:裏見 香子

後手:井伊 直幸

戦型:後手雁木


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △4二銀

▲6八玉 △4三銀 ▲5八金右 △3二金 ▲2五歩 △3三角

▲3六歩 △8四歩 ▲3七銀 △8五歩 ▲7七角 △5二金

▲8八銀 △6二銀 ▲7八玉 △7四歩 ▲3五歩 △同 歩

▲2六銀 △3四銀 ▲5六歩 △4三金右 ▲6八角 △7五歩

▲同 歩 △4五歩 ▲3八飛 △4四金 ▲7七銀 △4二玉

▲6六歩 △4三金上 ▲6七金 △3二玉 ▲8八玉 △5四歩

▲7八金 △4二角 ▲3七桂 △3六歩 ▲3五歩 △3七歩成

▲同 飛 △1四桂 ▲3四歩 △2六桂 ▲5五歩 △3四金上

▲3五銀 △4三玉 ▲2六銀 △5三銀 ▲5四歩 △同 銀

▲5六桂 △8六歩 ▲同 銀 △5三角 ▲4四桂 △同 金

▲5五歩 △同 銀 ▲3五銀 △3三歩 ▲3四歩 △6九銀

▲3三歩成 △同 桂 ▲3四歩 △3二歩 ▲4四銀 △同 角

▲3三歩成 △同 歩 ▲3五桂 △5二玉 ▲5三歩 △同 玉

▲4三金 △6二玉 ▲4四金 △同 銀 ▲4三桂成 △5五桂

▲4四成桂 △6七桂成 ▲5三成桂 △7一玉 ▲6二銀 △同 飛

▲同成桂 △同 玉 ▲3五角 △5三歩 ▲同角成 △同 玉

▲3三飛成 △6二玉 ▲6一飛


まで105手で裏見の勝ち

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