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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第48章 2017年度春季団体戦1日目(2017年5月7日日曜)
301/487

292手目 不安要素

挿絵(By みてみん)


 私の指し手に、入江いりえ先輩は「ふむ」とつぶやいた。

 それからサッと同歩。

 私は3五銀と出る。

「やれやれ、厳しいな」

 入江先輩はそう言いながら、4五桂と跳ねた。

 攻め合いに持ち込むつもりのようだ。

 私もそのつもりだから1四歩と放り込む。

 5四銀右、1三歩成、同金、3八飛。


挿絵(By みてみん)


 4五桂と跳ねられたから、すこし予定変更。

 3筋から突入する。

 2三金に1五香で揺さぶりをかけた。

 入江先輩はペットボトルのお茶を飲んで、すこし息をついた。

 後手からは動きにくくなった、と思う。

 3七歩はお手伝いだ。

「……6三玉」

 なるほど、それは有効な手だ。

 手待ちしながら王様を安全な場所へ逃がした。

 私は突破の仕方を考える。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あれ? うまくいかない?

 3筋から成り込むのは、すこし難しいような気がしてきた。

 しまった。これなら2筋をごり押ししたほうがよかったかも。

 のこり時間は10分を切ろうとしていて、私はあわてて修正案を考えた。

「……4六銀」

「急に引くんだね」

 お静かに。

 とはいえこれは予定外になってしまった。

 もっと早く突破できてるはずなんだけど。

 入江先輩もチャンスと見たのか、ずいぶん時間を使った。

 結果、3七歩と押さえてくる。

 私は4八飛と寄った。


挿絵(By みてみん)


 もういちど筋をズラす。

 4四歩と打たせてから、5六歩と合わせた。

 同歩、同金。

 この盛り上がりを入江先輩は想定していなかったらしく、また考えた。

 これで残り時間は私が8分、入江先輩も8分で並んだ。

 5六金の狙いは5筋の制圧。これ自体は単純明快だ。

 ポイントは持ち駒の香車の存在。後手の対応で第一感は5五歩だけど、同銀、同銀、同金のあと、5四歩に6四香と打つ筋が残る。つまり歩を打って5筋を維持する、ということができない。

 かと言って、5五歩と打たないなら即座に5五香の串刺しがある。

 入江先輩は1分考えて、後者を選択した。

 7二玉と逃げたのだ。

 私は5五香と打ち込む。

 同銀、同銀、5四歩。

「4五金」


挿絵(By みてみん)


 金銀の押し売りぃ。

 5五歩なら5四歩、6四角、4四金で飛車が前に出る。

 4五歩なら4四歩、同銀、5四銀で入り込む。

 入江先輩は30秒ほど悩んで、4五歩とした。

 4四歩、同銀、5四銀。

 入江先輩は3一角と大きく後退。

 そこに逃げますか……いっそのこと角銀交換をするかな、と思ったけど。

 切らせにきているのかしら。それっぽい指し手ではある。

 私は貴重なのこり時間から1分使って、5六桂と繋いだ。

 5五金(やっぱり切らせにきたか)、6三歩、5四金、6二歩成、同玉。


挿絵(By みてみん)


 意外と難しい?

 後手には6六香という明快な反撃がある。

 でもこれだけ後手がバラバラなら、さすがに先手がいいはず。

 私はじぶんの形勢判断を信じた。

 3七桂、6六香、6四歩。

 この拠点が大きい。次に金銀を打ち込めば後手は崩壊する。

 案の定、入江先輩は同角でこの歩を払った。

 同桂、同金、4五桂。


挿絵(By みてみん)


 踏み込む。角はもうあげる。


 ピッ


 入江先輩、1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 入江先輩は6八香成と成り込んだ。

 私も最後の1分を使って読む。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 5三銀で王手。

 同銀、同桂成、同玉、4二角、6三玉、4三飛成。


挿絵(By みてみん)


 念願の飛車成り。ここまで長かった。

 7二玉、6四角成。

 入江先輩もあきらめていないらしく、7八成香で王手してきた。

 同玉、6六桂。

 若干悩ましい。けど、先手がすでに優勢の感触がある。

 まちがえなければ寄らない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 これで寄らないはず。

 入江先輩はうーんとうなって、腕組みをした。

 眉間にしわを寄せて考える。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 7九角、9八玉、9七金、同馬、同角成、同玉。

 安全になった。

 入江先輩は6二銀と受けた。

 私はさっきの攻防でもらった豊潤な持ち駒を使う。

 6四銀、5一桂、4五角、5四歩、同角、6三銀打、同銀不成、同銀。

「5二龍」


挿絵(By みてみん)


 入江先輩はノータイムで6二銀と打った。

 私は6四香と打ち返す。

 フゥとタメ息が聞こえた。

「龍も角も取れないのはつらいな……負けました」

「ありがとうございました」

 私たちは一礼して、対局は終わった。

 入江先輩はすぐに感想戦を始めて、

「最後、先手への迫り方がおかしかったかな」

 とたずねた。

 私は本譜を思い出しつつ、

「正確に指せば寄らないかな、と思います。7八成香に9八玉でもだいじょうぶだったかもしれないので……」

 と答えた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 入江先輩は、なるほどね、と言った。

「これで寄らないようだと全然ダメだね。ただ8六桂で危なくない?」

「8六桂は同馬で読んでいました。同歩は6三金で寄ります。だから後手は一回受けないといけないんですが、それなら先手勝ちだと思います」

「だね。8六の馬が取れないようだと負けだ」

 私はそのあと、2筋から3筋へ目標を変えた点をたずねた。

 対局中はちょっと失敗したかな、と思ったところだ。

「すぐに2四銀だったってこと?」

「あるいは1五香です」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 私はこの手の意味を解説した。

「いったん1四歩と打たせて、4四歩、同銀、2四銀としたかったです」

「4四歩が入るとこっちの角筋が遮断されるね。だけどそれでも2七歩じゃないかな?」

「はい、2七歩、同飛、2六歩、同飛と釣り上げてから2四金が本線だと思います。同角なら3五銀の両取りの筋が残りますし、同飛なら6六銀の打ち込みがありそうです」

 入江先輩は、どちらも後手がすこし悪いかもしれない、と言った。

 そこは同意する。この時点で先手のほうが指しやすい。

 そして本譜のごちゃごちゃした流れより良かったと思う。

 そのあと私たちは、おたがいのチームの応援に回った。

 結果は4-3。私、風切かざぎり先輩、大谷おおたにさん、愛智あいちくんの勝ち。

 ギリギリだったわね。

 3試合目の相模さがみ国立こくりつには5-2で勝って、1日目が終わった。

 キャンパスの空きスペースでミーティングをしてから解散。

 初日ということもあって、食事をすることになった。

 手近なファミレスに入ると、ほかの大学もそこそこいた。

 とりあえず席を確保する。私は役員の席に。

 主将の大谷さん、部長の松平まつだいら、会計の私と、会計監査の穂積ほづみさんの4人。

 注文を終えたあと、今日の反省会になった。

 松平は開口一番、

「すまん、2局とも落とした」

 と謝った。大谷さんは、

「松平さんの席は当たりが厳しかったように思います。気になさらないでください」

 と返した。

 んー、と言ってもなあ、電電理科でんでんりかに4-3だとけっこう危ない気はする。

 松平クラスがあんまり勝てなくなるとキツイのよね。

 穂積さんは、

「そういえば、ほかの大学はどうなってるの?」

 とたずねた。

 私は手帳をひらいて、

「3-0はうちと日センと首都工ね。電電理科はうちに、赤学あかがくは首都工に負けてる」

 と応えた。

 穂積さんはドリンクバーのジュースを飲みながら、

「じゃあスタートダッシュとしてはいいんじゃない」

 とコメントした。

 それはそう。新生チームでいきなり連敗、とかいう流れにならなくてよかった。

 ただ、首都工がやっぱり強いっぽいのが気になる。

 去年うちが負けた赤学に勝ってるんだものね。

 私たちがあれこれ議論していると、となりの席から三宅みやけ先輩が、

「おーい、2年、いっしょに飲まないか?」

 という声が。みると、大きなガラスの入れ物に、紫色の液体が入っていた。

 どうもお酒っぽい。

 ダメなおとなたちですね。

 私たちは遠慮しておく。三宅先輩は、

「ん? 4月生まれがいたような気がするんだが……」

 とたずねた。松平は4月生まれなんだけど、ここは黙っておく。

 じつは誕生日デートをやってて……あ、これは関係がないか。

 三宅先輩もさすがに未成年は誘えないと思ったらしく、ひっこんだ。

 私たちは話をもどす。まずは1年生について。

 私は小声で、

「愛智くんは、安定感があるわね」

 とコメントした。大谷さんも、

「受験ブランクがあるかと思いましたが、すでに解消されているようですね。むしろ平賀さんのほうが不安定な印象を受けます」

 と答えた。

 そうなのよね。平賀さんは電電理科戦と相模国立戦で連敗している。

 棋力からして、そんなに落とすような相手じゃなかったと思う。

 松平はその点について心当たりがあるようで、

折口おりぐちと指してるのが逆効果なのかもな」

 と言った。

 私はどういうことかとたずねた。

「研究室でたまに稽古つけてもらってるんだが、1回も勝てないんだよ」

「まあ、折口先生は古都こと大の元エースだし……でも練習にはなるんじゃない?」

「自信がなくなって棋風改造、っていう迷走コースもある」

 なるほど、一理ある。負けが込んで変な方向に走る、というのはありがちだ。

 そのへんはあとで本人と相談しましょ。

 穂積さんは追加で、

青葉あおばはどうなの? まだ出してないけど」

 とたずねた。

 これも悩んでいるところだ。

 青葉くん、三宅先輩、穂積お兄さん以外は全員1回以上出たのよね。

 3回戦の相模国立は、下に戦力を固めていた。そこへ風切先輩、大谷さん、愛智くん、平賀さんを全部ぶつける作戦でいった。そのためのズラし要員としてララさんと星野ほしのくんが出場。7-0もあるんじゃないかなあ、という当たりだったけど、さすがにそうはいかなかった。このへんも不安なポイント。

 私は、

「青葉くんを出すタイミングが来るまでは分からないわね」

 と答えておいた。

 ここで料理が運ばれてくる。私は熱々のグラタン。

 3局も指したから疲れちゃった。

 とりあえず、いただきまーす。

場所:2017年度 春季団体戦1日目 2回戦

先手:裏見 香子

後手:入江 直哉

戦型:後手右玉


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀 △6二銀

▲2六歩 △3二金 ▲4八銀 △7四歩 ▲7八金 △6四歩

▲5八金 △7三桂 ▲6六歩 △6三銀 ▲6七金右 △4二銀

▲2五歩 △4一玉 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩

▲2八飛 △8五歩 ▲4六歩 △5四歩 ▲6九玉 △6二金

▲4七銀 △8一飛 ▲9六歩 △9四歩 ▲3六銀 △3三桂

▲7九角 △4四歩 ▲6八角 △4三銀 ▲7九玉 △1四歩

▲1六歩 △3一角 ▲4七銀 △5三角 ▲3六歩 △5二玉

▲8八玉 △2一飛 ▲5六歩 △8一飛 ▲1五歩 △同 歩

▲1三歩 △同 香 ▲4五歩 △2二金 ▲4四歩 △同 角

▲4五歩 △5三角 ▲4六銀 △6五歩 ▲3五歩 △6六歩

▲同 金 △6五歩 ▲6七金引 △3五歩 ▲5五歩 △同 歩

▲2四歩 △同 歩 ▲3五銀 △4五桂 ▲1四歩 △5四銀右

▲1三歩成 △同 金 ▲3八飛 △2三金 ▲1五香 △6三玉

▲4六銀 △3七歩 ▲4八飛 △4四歩 ▲5六歩 △同 歩

▲同 金 △7二玉 ▲5五香 △同 銀 ▲同 銀 △5四歩

▲4五金 △同 歩 ▲4四歩 △同 銀 ▲5四銀 △3一角

▲5六桂 △5五金 ▲6三歩 △5四金 ▲6二歩成 △同 玉

▲3七桂 △6六香 ▲6四歩 △同 角 ▲同 桂 △同 金

▲4五桂 △6八香成 ▲5三銀 △同 銀 ▲同桂成 △同 玉

▲4二角 △6三玉 ▲4三飛成 △7二玉 ▲6四角成 △7八成香

▲同 玉 △6六桂 ▲8八玉 △7九角 ▲9八玉 △9七金

▲同 馬 △同角成 ▲同 玉 △6二銀 ▲6四銀 △5一桂

▲4五角 △5四歩 ▲同 角 △6三銀打 ▲同銀不成 △同 銀

▲5二龍 △6二銀 ▲6四香


まで147手で裏見の勝ち

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