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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第48章 2017年度春季団体戦1日目(2017年5月7日日曜)
299/486

290手目 フラッシュ禁止

 私の手がとまった。

 春日かすがさんは、

「おっと、序盤で考えすぎじゃない?」

 と挑発してきた。

 いえいえ、その手には乗りませんよ。

 私は冷静に時間を使う──例の研究でいきますか。

 私は1五歩でプレッシャーをかけた。

 5八金左、6二銀、4八玉、6四歩。


挿絵(By みてみん)


 こんどは春日さんの手がとまった。

 右四間っぽい出だしでとまどっているのだと思う。

「……6六歩」

 6三銀、3八玉、4二玉、2八玉、3二玉、1八香。

 案の定、春日さんは穴熊にした。

 私の狙いはむしろこれ。

 先手が組み切るまえに潰す。

 4二金、1九玉、5四銀、2八銀、6二飛。


挿絵(By みてみん)


 さあ、春日さん、どうします?

 金を寄せていくヒマはないはず。

 春日さんは長考。

 困っている感じもするし、チャンスだと思っているふしもある。

 私のほうが囲いはうすい。それをどうみるか。

 春日さんは3分考えたあと、7四歩と開戦した。

 私はノータイムでとる。

 同歩、同飛、6五歩、同歩、8八角成、同銀、6五銀。


挿絵(By みてみん)


 ここまでは春日さんも当然に読んでいた。

 すぐに7八飛と撤退する。

 ここからが問題。私は6六銀と伸ばしたい。

 そこで考えられる先手の対応はふたつ。

 ひとつは6八歩で謝る手。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)


 これは消極的だけど、あんまりやられたくない、というのが私の結論。

 もちろん後手不利ってわけじゃない。

 ただ6七歩でこじ開けようとしても、7九銀で止められてしまうのだ。

 以下、5四角で8七の地点を狙うのは、3六角の返しがある。

 これは難解。

 もうひとつはいきなり4五角と打つ手。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 これは5四角の打ち返しかな。

 以下、同角、同歩となるか、3四角と歩を取ってくるかで、また分岐する。

 そのあと深く読んでみた結果、どちらも指せるという結論になった。

 私は6六銀と出る。

 春日さんはここでも長考して、4五角と打ってきた。

 やっぱり実戦的にはそっちよね。受けの手は指しにくい。

 私も2分ほど読んで、5四角と打ち返した。

 春日さんは同角を選択。

 同歩、6四歩。 

 そう来ましたか──同飛に角打ちってことよね。

 私は背筋を伸ばして、かるく目を閉じる。

 ちょっと私が指しやすいかな、という気はしている。

 とはいえ先手玉は遠い。

 着地を失敗しないように注意が必要だ。

「……9四角」


挿絵(By みてみん)


 これは風切かざぎり先輩との練習試合で指摘された手。

 局面がすこし違うけど、本譜でも有効なはず。

 春日さんは全然読んでいなかったみたいで、また長考した。

 のこり時間は私が20分、春日さんが14分。

 差がついてきた。しかも超スローペース。

 まだ40手くらいしか指していないのに、時間はだいぶ溶けている。

 春日さんはさらに1分消費して、6三角と打ち込んだ。

 ん? 6三角? ……あんまりいい手じゃないと思う。

 取らなきゃいいだけよね? 8一角成より6七銀成のほうが速いでしょ。

 私は30秒ほど確認して、6七銀成とした。

 同金、同角成、4八飛。

 そこか……私はすこし迷った。

 さっきから読んでるんだけど、5四角成のあとがすこしめんどくさい気がする。

 例えば8九馬、5四角成、5二飛、8一馬、5七飛成。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 これで調子がいいように見える。でもそのあとの決め手がむずかしい。

 6三歩成、5六桂、5八飛とぶつけられた場合、4七龍、4八歩、5八龍と崩しながら交換する手は考えられる。だけど次に5三銀と打ち込まれたときがよくわからない。

 私のほうが先に寄る? 端が広いからだいじょうぶと言えるかどうか。

 私はあれこれ考えて、すこし受けに出ることにした。

 5二金上。

 春日さんはにわかに表情を変えた。

 疑問手だと思ってるっぽい?

「……8一角成」

 角の遮断機があがった。私は6四飛ととびだす。

 9一馬、6一飛、4六馬。

 ここで私は4九馬と切った。

 同飛に3八金と打つ。


挿絵(By みてみん)


「!」

 盲点だった?

 馬が守りに利いていないうえに、飛車を逃げると6八飛成で終わる。

 春日さんは、のこり10分を切った。

「……3九飛」

 私は飛車を無視して2八金。穴熊を開封。

 同玉、6八飛成の王手。

 3八金、4八銀、同金、同龍、3八銀に8八龍。


挿絵(By みてみん)


 どやッ、6六角と打ってきなさい。

 堂々とした対局態度。

「くッ、6六角」

 私は6八龍と寄る。

 1一角成と突っ込んでくるようなら、4八銀で終わりだ。

 春日さんもそれは分かっているから、7七角で龍に当てた。

 さて、ここで私は残り時間を使う。まだ10分ほどある。

 龍を逃げてもまだ有利だとは思う。でもスパッと決めたい。

 団体戦だからといって委縮する必要はない。

 パッと思いつくのは──


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 これね。もう龍はあげちゃって寄せる。

 6八角、3九銀不成、同玉、6九飛を想定。対応としては5九銀かしら。

 そこで5八金、4九銀打、5九金、同角、同飛成、5八金で美濃っぽいのが復活。

 でも8九龍以下で寄るでしょ、さすがに。先手はなにもできない。

 私は4八銀と打った。

 春日さんののこり時間は5分を切って……え、すぐ指す?

 6八角だった。

 私は3九銀不成と入る。

 同玉、6九飛、4九銀打。


挿絵(By みてみん)


 そっち? ……まあけっきょくいっしょか。

 角は手に入る予定だったものね。金銀交換がなかっただけだ。

 私は6八飛成としかけて、ふと手をとめた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………この流れだと8九の桂馬を拾えないわね。

 私は30秒ほど考えて、予定のコースへ戻すことにした。

 方法は簡単で、6八飛成とせずに5八金と打てばいい。

 以下、5九銀、同金、同角、同飛成、5八金、8九龍で合流する。

「5八金」

 私の手を見て、春日さんは後頭部をかいた。

 大きく息をつく。


 その次の手も速かった。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 え……受けないの?

 おどろく私のまえで、春日さんはチェスクロを押した。

 それからプイッと横をむいて、となりの対局に視線を伸ばす。

 これは……あれかな、諦めたっぽい?

 それとも、さっきの順だと逆転の可能性がないと見た?

 私はここでお茶のキャップを開けた。ひと口飲んで、リフレッシュ。

 きっちり仕留める。

「……」

「……」

 これで決められそうかな。私は4八金打とした。

 2八玉、3八金、同銀、4八金。

 詰めろがかかる。

 春日さんの手がとまった。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 春日さんは3六歩と開けた。

 んー、この指し方……時間稼ぎっぽい。

 団体戦だものね。時間は使い切るか。

 ちょっと残酷だけど、私のほうに合わせる義務はない。

 私は10秒だけ確認して3九飛成。

 3七玉、2五銀。


挿絵(By みてみん)


 これで縛れたはず。

 2八金は3八金、同金、4八銀までだし、9一馬も3八龍、4六玉、3六龍まで。

 5四の歩がしっかり利いている。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 春日さんは9一馬を選択。

 3八龍のあともういちど59秒考えて、4六玉と上がった。

 3六龍、と。

 さすがに詰んだ状態で考えるのはおかしいと思ったのか、春日さんは頭をさげた。

「負けました」

「ありがとうございました」

 ふぅ……快勝。

 私はお茶を飲む。

 春日さんはしばらく腕組みをして、目を閉じていた。

「研究だった?」

「そうですね……右四間の構想自体はあって……中盤の分かれはアドリブでした」

「6三角が思ったよりよくなかったかも」

 私たちは盤面をもどした。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 春日さんは、

「けっきょく5四角成とできなかったのよね」

 と言った。どうやら予定の局面にならなかったらしい。

「打たれた瞬間は、6七銀成のほうが速いかな、と思いました。ただ途中で先手の攻めもそこそこ続くような気がしたので、5二金と上がったんですが、微妙だったかもしれないです」

「んー、どうかしら。最後スキがなかったし……終盤、受けたほうがよかった?」

「5八金の局面ですよね?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 私は、

「本譜は即寄りだったので、長引かせる意味でも5九銀だったと思います」

 とコメントした。

「でもねぇ、同金、同角、同飛成、5八金、8九龍で、なにもすることがないのよね。次の6七歩の垂らしが厳しそうだし」

 そこは同意せざるをえない。

 ようするに終盤の分かれの時点で後手優勢だったということだ。

 私は念のため、

「6四桂と打って、5一金、9一飛、4一金寄、2六香と包囲しておくのはあったと思います。本譜は後手玉へのプレッシャーがなかったので、読む量を節約できました」

 と指摘した。

 そのあと中盤の折衝を調べていると、ほかの対局も終わり始めた。

 私と春日さんも途中からは応援に回った。

 結果は5-2。松平のところが3年のエース、穂積さんのところが2年のエースでそこは取られてしまった。

 最後の一局が終わったところで、春日さんは、例の学生からカメラを受け取った。

 感想戦中の風切先輩をいきなり撮る。

 いきなりフラッシュが焚かれて、風切先輩はびっくりしていた。

「おいおい、教室でフラッシュ焚くなよ」

「もう終わってるから気にしない気にしない。帰ってきた元奨チーム、3期連続昇級なるか。Bの記事はこれで決まりね」

 ストーカーはやめてください。

 とりま幸先のいいスタート。次は強敵、電電理科でんでんりかだ。

 勝って兜の緒を締めよ、ってやつじゃない?

場所:2017年度 春季団体戦1日目 1回戦

先手:春日 ひばり

後手:裏見 香子

戦型:先手石田流


▲7六歩 △3四歩 ▲7五歩 △1四歩 ▲7八飛 △1五歩

▲5八金左 △6二銀 ▲4八玉 △6四歩 ▲6六歩 △6三銀

▲3八玉 △4二玉 ▲2八玉 △3二玉 ▲1八香 △4二金

▲1九玉 △5四銀 ▲2八銀 △6二飛 ▲7四歩 △同 歩

▲同 飛 △6五歩 ▲同 歩 △8八角成 ▲同 銀 △6五銀

▲7八飛 △6六銀 ▲4五角 △5四角 ▲同 角 △同 歩

▲6四歩 △9四角 ▲6三角 △6七銀成 ▲同 金 △同角成

▲4八飛 △5二金上 ▲8一角成 △6四飛 ▲9一馬 △6一飛

▲4六馬 △4九馬 ▲同 飛 △3八金 ▲3九飛 △2八金

▲同 玉 △6八飛成 ▲3八金 △4八銀 ▲同 金 △同 龍

▲3八銀 △8八龍 ▲6六角 △6八龍 ▲7七角 △4八銀

▲6八角 △3九銀不成▲同 玉 △6九飛 ▲4九銀打 △5八金

▲7七角 △4八金打 ▲2八玉 △3八金 ▲同 銀 △4八金

▲3六歩 △3九飛成 ▲3七玉 △2五銀 ▲9一馬 △3八龍

▲4六玉 △3六龍


まで86手で裏見の勝ち

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