289手目 新チーム、始動
※ここからは、香子ちゃん視点です。
団体戦を控えた水曜日、私たちは部室に集合した。
大谷さんがホワイトボードのまえに立ち、新入部員を紹介する。
「このたび、愛智さんが入部なさいました。愛智さん、自己紹介をお願いいたします」
みんなのまえに立った愛智くんは、例の黒いマスクをつけたまま、
「えー、人文社会学部哲学科の愛智です。入学から1か月ほど間が空いての入部になりましたが、よろしくお願いします」
とあいさつした。
パチパチパチ。
私たちの拍手に迎えられて、愛智くんは着席した。
私のとなりに座っていた松平は、
「けっきょくなにがどうなったんだ?」
と小声でたずねた。
さあ、と私は答えた。
個人戦が終わったあと、大谷さんたちと夕食をとっていたら、いきなりMINEに連絡が入ってきた。入部します、とのこと。そのあと電話で連絡して、無事入部──なんだけど、生河くんとのあいだで話し合いがあったのかどうかすら不明。
ま、当事者間で解決したんでしょ、たぶん。
新入部員の紹介を終えた大谷さんは、
「次の日曜日から団体戦が始まります。都ノはBクラス10位のスタートになりますので、苦しい戦いになると思いますが、みなさんのお力添えをお願いいたします。では、松平さん。オーダー案の発表をお願いいたします」
と、司会を交代した。
ここからは部長の仕事に。
松平は席から立って、ホワイトボードのまえに立った。
「えー、知っているひともいると思いますが、大学将棋の団体戦は14名登録、そこから毎回7名を選んでのチーム戦になります。登録時の順番はあとから変更できません。例えば、Aさんを大将、Bさんを副将で登録した場合、Bさんを1番手に、Aさんを2番手に出すことはできなくなります。ここまではいいですか?」
とくに質問はなし。
「では、役員のほうで用意した案を発表します」
松平はホワイトボードにオーダーを書き出した。
1 青葉 2 裏見 3 南 4 松平 5 星野 6 風切 7 穂積(八)
8 大谷 9 三宅 10 愛智 11 車田 12 平賀 13 穂積(重)
14人いないけど、なかなか強いんじゃないの。
松平はオーダーの趣旨を説明する。
「Bはオーソドックスに挑みます。風切先輩と大谷さんを中心に、あいてのオーダーを勘案しつつ位置を調整していく予定です」
松平は深く言及しなかったけど、ようするに強弱のペアで並べるってことだ。
そうするとオーダーがズラしやすくなる。
たとえば風切先輩は1番席でも出られるし、6番席でも出られる。
前者は風切・穂積(八)・大谷・三宅・愛智・車田・平賀。
後者は青葉・裏見・南・松平・星野・風切・大谷。
風切先輩を確実に避けられるのは、7番席しかない。
あいてとしてはそうとうやりにくいかたちになるはず。
松平は、
「なにか意見はありますか?」
とたずねた。平賀さんが挙手した。
「どうぞ」
「初戦はだれが出るんですか?」
松平は、初戦の予定メンバーを書いた。
裏見 松平 風切 穂積(八) 大谷 愛智 平賀
「このメンバーです」
平賀さんはこれを見て、
「つまりこれがベストメンバー?」
と確認した。
「なにがベストかは難しい質問です。純粋に棋力でみても南さん、星野くん、三宅先輩あたりは入れ替えがありうるかな、と思うので……とりあえず風切先輩を2番席ではなく3番席に置きたいので、こうなっています」
「あ、分かりました。3番席のほうが強豪が来る可能性は高いですもんね」
高校からやってるメンバーにとって、このあたりは飲み込みやすそう。
松平は、
「ほかにありますか?」
とたずねた。
マルコくんが挙手。
「どうぞ」
「まだよくわかってないんですけど、これってなにができたら勝ちなんですか?」
「基本的には毎回4勝以上するのが目標です」
「つまり過半数のひとが勝ったらいいんですよね。じゃあ最後の最後は?」
「最後の最後、というのは?」
「Aに上がる方法です」
松平は了解した。
「それは次のルールで決まります」
・上位2校が昇級
・チームの勝敗数が多いチームが上位
・チームの勝敗数が同じときは、個人の勝ち星の合計数が多いチームが上位
・全部同じときは、名簿順位が上のチームが上位
松平はそれぞれ具体例をあげた。
例えば9戦が全部終わったとき、
A 名簿順位1位 チーム勝数6 個人勝ち星合計 26
B 名簿順位2位 チーム勝数7 個人勝ち星合計 32
C 名簿順位3位 チーム勝数7 個人勝ち星合計 33
D 名簿順位4位 チーム勝数7 個人勝ち星合計 32
という状況になったとする。
この場合、まずチーム勝数で比較して、Aが脱落。
次に個人の勝ち星数で比較して、C>B=Dになる。
ここでCの昇級が確定。
最後に名簿順位がものを言って、名簿2位のBが2枠目をゲット。
というわけで昇級チームはBCになる。
マルコくんも納得したみたいで、
「わかりました。となると最後の最後まで油断できないですね」
と言った。
そうなのよね。チーム勝数でぶっちぎればいい話ではあるんだけど──
ここで三宅先輩が挙手した。
「ひとついいか? 1年生は去年参加してないから、まだ実感がわかないかもしれない。都ノは毎回ギリギリで昇級してきた。人数が少なかったこともあるが、やっぱり大学将棋の層は厚いってことだ。今回はうちと同レベルかそれ以上のチームだけでも4校いる。日セン、首都工、電電理科、赤学だ。都ノは名簿順位が最下位だから、一戦一戦たいせつに戦って欲しい」
部内に緊張感がただよう。
松平は大谷さんに司会をもどした。
「それでは各自、体調管理にお気をつけください。何卒よろしくお願いいたします」
○
。
.
大会当日、電電理科大学に続々と将棋指しがあつまる。
入り口のところで、私は火村さんと出会った。
「香子、おはよ」
「おはよ。調子はどう?」
「まあまあね。都ノは部員増えた?」
私は増えたと答えておいた。
クラスがちがうし、今回は利害関係があんまりないのよね。
ほかにべらべらしゃべるとも思えない。
火村さんは「そっか」と言ったあと、私をゆびさして、
「ま、そのうち合流すると思うから、首を洗って待ってなさい」
と啖呵をきって、バンと銃で撃つマネをした。
ニヤリと笑って、そのまま控え室のひとつに消えた。
私はべつの教室に入る。
大谷さんが先に来ていた。
「おはよう」
「おはようございます」
9時過ぎには全員集合。
持ってきたチェスクロの電池があるかどうか、駒がそろっているかどうかを確認した。
9時15分になったところで、幹事の男子が登場。
「組み合わせが発表されます。代表者は311へ集まってください」
松平がチェックしにいく。5分ほどでもどってきた。
「こうなった」
松平は全員にそれを見せながら、
「とりあえず今日は電電理科が山場だ」
と言った。大谷さんはしばらくそれをみつめたあと、
「まずは初戦に目を向けたいと思います」
と答えた。
ですね。ここで2回戦以降のことを考えてもしょうがない。
それから私たちは最後のミーティング。気合いを入れなおす。
裏方の役割分担も終えたところで、いざ、出陣。
Bクラスは309教室へ集合。
松平は指定された対戦テーブルへむかう。
東方の席にはメガネをかけた男子が座っていた。
おたがいにオーダー表をひらく。
ゆずりあったあと、松平から読み上げた。
「都ノ、1番席、副将、2年、裏見香子」
「東方、1番席、副将、3年、春日ひばり」
春日さんとか。
「2番席、四将、2年、松平剣之介」
「2番席、三将、3年、戸塚正也」
「3番席、六将、3年、風切隼人」
「3番席、五将、1年、後藤篤」
「4番席、七将、2年、穂積八花」
「4番席、七将、2年、吉田浩太」
「5番席、八将、2年、大谷雛」
「5番席、九将、4年、永井直之」
「6番席、十将、1年、愛智覚」
「6番席、十一将、1年、笠山陸」
「7番席、十二将、1年、平賀真理」
「7番席、十三将、4年、杉谷勇気」
松平とあいての代表者はオーダー表にそれぞれ記入した。
それを1番席のとなり、テーブルの端におく。
ほかの大学が一斉にチェックを入れた。
幹事のアナウンスが入る。
「それでは対局準備を開始してください」
私は松平が座っていた席に座りなおす。
春日さんもすぐに着席した。カメラをほかの部員に渡す。
「Aは全校撮って。BCDは会場全体の写真でいいから。フラッシュは禁止。撮る位置はよく考えて。取材は私が昼休みにやるけど、チャンスがあったらついでによろしく」
広報ですか。たいへんですね。
春日さんは私に向きなおった。
「個人戦以来かしら」
「はい」
「振り駒はどうする?」
「そちらでどうぞ」
春日さんは歩を集めて振った。
表が3枚。
「東方、奇数先」
「都ノ、偶数先」
会話はそれっきりになった。
会場がだんだんと静かになる。
心地よい緊張感。
春日さんとは1年生春の個人戦で当たっている。
あのときは春日さんの角交換型振り飛車だった。おそらく今回もそうなる。
チェスクロの準備も終わったところで、幹事の男子は時計をみあげた。
「教室の時計で10時開始とします」
58分……59分……。
「それでは始めてください」
「よろしくお願いします」
私はチェスクロを押した。
7六歩、3四歩、7五歩、1四歩、7八飛。
ぐッ、石田流ッ!?