表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第48章 2017年度春季団体戦1日目(2017年5月7日日曜)
298/487

289手目 新チーム、始動

※ここからは、香子きょうこちゃん視点です。

 団体戦を控えた水曜日、私たちは部室に集合した。

 大谷おおたにさんがホワイトボードのまえに立ち、新入部員を紹介する。

「このたび、愛智あいちさんが入部なさいました。愛智さん、自己紹介をお願いいたします」

 みんなのまえに立った愛智くんは、例の黒いマスクをつけたまま、

「えー、人文社会学部哲学科の愛智です。入学から1か月ほど間が空いての入部になりましたが、よろしくお願いします」

 とあいさつした。

 パチパチパチ。

 私たちの拍手に迎えられて、愛智くんは着席した。

 私のとなりに座っていた松平まつだいらは、

「けっきょくなにがどうなったんだ?」

 と小声でたずねた。

 さあ、と私は答えた。

 個人戦が終わったあと、大谷さんたちと夕食をとっていたら、いきなりMINEに連絡が入ってきた。入部します、とのこと。そのあと電話で連絡して、無事入部──なんだけど、生河いがわくんとのあいだで話し合いがあったのかどうかすら不明。

 ま、当事者間で解決したんでしょ、たぶん。

 新入部員の紹介を終えた大谷さんは、

「次の日曜日から団体戦が始まります。都ノみやこのはBクラス10位のスタートになりますので、苦しい戦いになると思いますが、みなさんのお力添えをお願いいたします。では、松平さん。オーダー案の発表をお願いいたします」

 と、司会を交代した。

 ここからは部長の仕事に。

 松平は席から立って、ホワイトボードのまえに立った。

「えー、知っているひともいると思いますが、大学将棋の団体戦は14名登録、そこから毎回7名を選んでのチーム戦になります。登録時の順番はあとから変更できません。例えば、Aさんを大将、Bさんを副将で登録した場合、Bさんを1番手に、Aさんを2番手に出すことはできなくなります。ここまではいいですか?」

 とくに質問はなし。

「では、役員のほうで用意した案を発表します」

 松平はホワイトボードにオーダーを書き出した。


 1 青葉 2 裏見 3 南 4 松平 5 星野 6 風切 7 穂積(八)

 8 大谷 9 三宅 10 愛智 11 車田 12 平賀 13 穂積(重)


 14人いないけど、なかなか強いんじゃないの。

 松平はオーダーの趣旨を説明する。

「Bはオーソドックスに挑みます。風切かざぎり先輩と大谷さんを中心に、あいてのオーダーを勘案しつつ位置を調整していく予定です」

 松平は深く言及しなかったけど、ようするに強弱のペアで並べるってことだ。

 そうするとオーダーがズラしやすくなる。

 たとえば風切先輩は1番席でも出られるし、6番席でも出られる。

 前者は風切・穂積(八)・大谷・三宅・愛智・車田・平賀。

 後者は青葉・裏見・南・松平・星野・風切・大谷。

 風切先輩を確実に避けられるのは、7番席しかない。

 あいてとしてはそうとうやりにくいかたちになるはず。

 松平は、

「なにか意見はありますか?」

 とたずねた。平賀ひらがさんが挙手した。

「どうぞ」

「初戦はだれが出るんですか?」

 松平は、初戦の予定メンバーを書いた。


 裏見 松平 風切 穂積(八) 大谷 愛智 平賀


「このメンバーです」

 平賀さんはこれを見て、

「つまりこれがベストメンバー?」

 と確認した。

「なにがベストかは難しい質問です。純粋に棋力でみてもみなみさん、星野ほしのくん、三宅みやけ先輩あたりは入れ替えがありうるかな、と思うので……とりあえず風切先輩を2番席ではなく3番席に置きたいので、こうなっています」

「あ、分かりました。3番席のほうが強豪が来る可能性は高いですもんね」

 高校からやってるメンバーにとって、このあたりは飲み込みやすそう。

 松平は、

「ほかにありますか?」

 とたずねた。

 マルコくんが挙手。

「どうぞ」

「まだよくわかってないんですけど、これってなにができたら勝ちなんですか?」

「基本的には毎回4勝以上するのが目標です」

「つまり過半数のひとが勝ったらいいんですよね。じゃあ最後の最後は?」

「最後の最後、というのは?」

「Aに上がる方法です」

 松平は了解した。

「それは次のルールで決まります」


 ・上位2校が昇級

 ・チームの勝敗数が多いチームが上位

 ・チームの勝敗数が同じときは、個人の勝ち星の合計数が多いチームが上位

 ・全部同じときは、名簿順位が上のチームが上位


 松平はそれぞれ具体例をあげた。

 例えば9戦が全部終わったとき、


 A 名簿順位1位 チーム勝数6 個人勝ち星合計 26

 B 名簿順位2位 チーム勝数7 個人勝ち星合計 32

 C 名簿順位3位 チーム勝数7 個人勝ち星合計 33

 D 名簿順位4位 チーム勝数7 個人勝ち星合計 32


 という状況になったとする。

 この場合、まずチーム勝数で比較して、Aが脱落。

 次に個人の勝ち星数で比較して、C>B=Dになる。

 ここでCの昇級が確定。

 最後に名簿順位がものを言って、名簿2位のBが2枠目をゲット。

 というわけで昇級チームはBCになる。

 マルコくんも納得したみたいで、

「わかりました。となると最後の最後まで油断できないですね」

 と言った。

 そうなのよね。チーム勝数でぶっちぎればいい話ではあるんだけど──

 ここで三宅先輩が挙手した。

「ひとついいか? 1年生は去年参加してないから、まだ実感がわかないかもしれない。都ノは毎回ギリギリで昇級してきた。人数が少なかったこともあるが、やっぱり大学将棋の層は厚いってことだ。今回はうちと同レベルかそれ以上のチームだけでも4校いる。日セン、首都工しゅとこう電電理科でんでんりか赤学あかがくだ。都ノは名簿順位が最下位だから、一戦一戦たいせつに戦って欲しい」

 部内に緊張感がただよう。

 松平は大谷さんに司会をもどした。

「それでは各自、体調管理にお気をつけください。何卒よろしくお願いいたします」


  ○

   。

    .


 大会当日、電電理科大学に続々と将棋指しがあつまる。

 入り口のところで、私は火村ほむらさんと出会った。

香子きょうこ、おはよ」

「おはよ。調子はどう?」

「まあまあね。都ノは部員増えた?」

 私は増えたと答えておいた。

 クラスがちがうし、今回は利害関係があんまりないのよね。

 ほかにべらべらしゃべるとも思えない。

 火村さんは「そっか」と言ったあと、私をゆびさして、

「ま、そのうち合流すると思うから、首を洗って待ってなさい」

 と啖呵をきって、バンと銃で撃つマネをした。

 ニヤリと笑って、そのまま控え室のひとつに消えた。

 私はべつの教室に入る。

 大谷さんが先に来ていた。

「おはよう」

「おはようございます」

 9時過ぎには全員集合。

 持ってきたチェスクロの電池があるかどうか、駒がそろっているかどうかを確認した。

 9時15分になったところで、幹事の男子が登場。

「組み合わせが発表されます。代表者は311へ集まってください」

 松平がチェックしにいく。5分ほどでもどってきた。

「こうなった」


挿絵(By みてみん)


 松平は全員にそれを見せながら、

「とりあえず今日は電電理科が山場だ」

 と言った。大谷さんはしばらくそれをみつめたあと、

「まずは初戦に目を向けたいと思います」

 と答えた。

 ですね。ここで2回戦以降のことを考えてもしょうがない。

 それから私たちは最後のミーティング。気合いを入れなおす。

 裏方の役割分担も終えたところで、いざ、出陣。

 Bクラスは309教室へ集合。

 松平は指定された対戦テーブルへむかう。

 東方とうほうの席にはメガネをかけた男子が座っていた。

 おたがいにオーダー表をひらく。

 ゆずりあったあと、松平から読み上げた。

「都ノ、1番席、副将、2年、裏見うらみ香子きょうこ

「東方、1番席、副将、3年、春日かすがひばり」

 春日さんとか。

「2番席、四将、2年、松平まつだいら剣之介けんのすけ

「2番席、三将、3年、戸塚とつか正也まさや

「3番席、六将、3年、風切かざぎり隼人はやと

「3番席、五将、1年、後藤ごとうあつし

「4番席、七将、2年、穂積ほづみ八花やつか

「4番席、七将、2年、吉田よしだ浩太こうた

「5番席、八将、2年、大谷おおたにひよこ

「5番席、九将、4年、永井ながい直之なおや

「6番席、十将、1年、愛智あいちさとる

「6番席、十一将、1年、笠山かさやまりく

「7番席、十二将、1年、平賀ひらが真理まり

「7番席、十三将、4年、杉谷すぎたに勇気ゆうき

 松平とあいての代表者はオーダー表にそれぞれ記入した。

 それを1番席のとなり、テーブルの端におく。

 ほかの大学が一斉にチェックを入れた。 

 幹事のアナウンスが入る。

「それでは対局準備を開始してください」

 私は松平が座っていた席に座りなおす。

 春日さんもすぐに着席した。カメラをほかの部員に渡す。

「Aは全校撮って。BCDは会場全体の写真でいいから。フラッシュは禁止。撮る位置はよく考えて。取材は私が昼休みにやるけど、チャンスがあったらついでによろしく」

 広報ですか。たいへんですね。

 春日さんは私に向きなおった。

「個人戦以来かしら」

「はい」

「振り駒はどうする?」

「そちらでどうぞ」

 春日さんは歩を集めて振った。

 表が3枚。

「東方、奇数先」

「都ノ、偶数先」

 会話はそれっきりになった。

 会場がだんだんと静かになる。

 心地よい緊張感。

 春日さんとは1年生春の個人戦で当たっている。

 あのときは春日さんの角交換型振り飛車だった。おそらく今回もそうなる。

 チェスクロの準備も終わったところで、幹事の男子は時計をみあげた。

「教室の時計で10時開始とします」

 58分……59分……。

「それでは始めてください」

「よろしくお願いします」

 私はチェスクロを押した。

 7六歩、3四歩、7五歩、1四歩、7八飛。


挿絵(By みてみん)


 ぐッ、石田流ッ!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ