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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第46章 2017年度春季個人戦2日目(2017年4月23日日曜)
291/486

283手目 合駒の打ち場所

 火村ほむらさんは5九角と引いた。

 ここからは神経を使う駒組み。

 3二金、3八金左、7三角、3六歩、6四歩、9六歩、9四歩。

 火村さんは7七桂と跳ねた。


挿絵(By みてみん)


 全軍躍動。

 大谷おおたにさんも8四角で桂跳ねの余地を作った。

 平賀ひらがさんはこれを見て、

「どっちも固めてポンですか。先手のほうが先攻しそうですけど」

 と言った。

 たしかに先手のほうが攻めやすいかな、とは思う。

 攻めのつなげかたよね、問題は。

 7筋、8筋あたりはもう見合いになりそう。

 私はちょっと考えて、

「先手は2六角かしら」

 と指摘した。

「3六歩と突いたのは、それっぽいですね」

「2六角~5四歩~4五歩くらい?」

「足りなくないですか? 4五歩に4二飛と回れば回避できません?」

 なるほど、4五歩、4二飛、4四歩、同金、4五歩なら強く同金と取って、これが飛車当たり。以下、5三角成、5六金、4二馬、同銀、5六銀の取り合いは5九飛、4七銀、6六角の出が速そう。後手に馬ができると、寄せるのは大変になる。

 でもそれ以外に攻め駒を足すとしたら、3七桂くらいしかないのよね。

 それはそれで怖い。


 パシリ


 火村さんは2六角と出た。

 以下、7三桂に5四歩と仕掛けた。


挿絵(By みてみん)


 攻めましたか──ということは火村さんになにか策があるわけね。

 お手並み拝見。

 5四同歩、4五歩、4二飛、4六銀。

 火村さんは一回溜めた。

 これは後手に手を渡すからすこし怖い。

 案の定、大谷さんは6五歩で反撃に出た。

 4四歩、同金、5三歩。


挿絵(By みてみん)


 次に5二歩成を見た手だ。

 決まれば優勢になるけど、もちろん大谷さんは阻止しにかかる。

 5五歩で先に飛車へ当てた。

 5九飛、3五歩で角筋を止める。

 火村さんは4六の銀をつまみあげ、じぶんの顔のまえに持っていった。

「こうなったら引けないわね。5五銀」


挿絵(By みてみん)


 殴り合い。両者、気合十分。

 平賀さんは、

「同金、同飛、6六角、5二歩成、5五角、4二と、同銀までは一直線ですか」

 と、飛車の取り合いを読んだ。

 それが第一感かな。

「そこで形勢判断をどうするか、ね」

「先輩はどっちがいいと思います?」

 私は脳内将棋盤で考える。

「……互角じゃない? 先手のほうが王様は堅いけど、後手は馬ができそうだから」

 

 パシリ


 大谷さんは同金と取った。

 同飛、6六角、5二歩成、5五角、4二と、同銀。

 先手は6一飛と下ろし、後手は6九飛と対抗する。

 飛車はその位置に下ろしましたか。さて、どうなるか。

 9一飛成、9九飛成、4四歩。


挿絵(By みてみん)


 平賀さんは、

「これ危なくありません? 4七銀で剥がしにいけますよ?」

 と指摘した。

 4七銀は同金だと3九龍で即死してしまう。

「それは取らずに3四香が厳しいわ」

「あ、なるほど、3八銀成でもまだ詰めろじゃないですね」

 3二香成は詰めろ。

 とはいえ4七銀が悪手というわけではない。3四香を受ければいいだけ。

 大谷さん、ここで小考。

 長い終盤の入り口になりそうだ。

 4七銀とストレートに行くか、それとも他の手を指すか。

 のこり時間はおたがいに10分強。あまり長考したいところではない。

 大谷さんは10分を切ったところで動いた。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 っと、これは予想外。だって──

 火村さんはすこしいぶかしんで、盤面全体を確認した。

 そして4八香と打った。

 そう、これがあるからお手伝いなのでは。

 私の心配をよそに、大谷さんは7七角成とした。

 馬でだいじょうぶってこと?

 4二香成、同金。

 すっごいギリギリな気がする。

 3一銀は7七の馬でなんとかなっている。

 でも1五角と追加されたら? 2四香だと切る手が成立しそう。

 火村さんは先手がいいと思っているのか、ずいぶんと考え込んだ。

 ここはかえって迷う局面かもしれない。

 私は、

「なにを指しても良さそうだから、かえって難しいわね」

 とつぶやいた。

「ですね。正解はひとつしかないパターンです」

 さあ、火村さん、どうかしら。

 私たちは火村さんの指し手に注目した。

 先手はのこり3分。

「……3七角」


挿絵(By みてみん)


 おっと、これはヒヨったのでは?

 桂馬の補充と馬作りを目指しているのはわかった。

 でも中途半端な印象を受けた。

 キメにいくなら1五角だったはず。

 心なしか、大谷さんも反応したようにみえた。

 平賀さんは、

「3六歩ですかね」

 と予想した。

「3六歩、7三角成、3一香かしら……意外と先手も堅いか……」

 本譜は手順が前後するかたちで進んだ。

 3一香、7三角成、3六歩。

 火村さんは5四桂。

 んー、3二金はジリ貧だから、3三銀打かしら。

 そう思った瞬間、大谷さんは3七香と打ち込んだ。


挿絵(By みてみん)


 うわッ、大谷さん、積極的。

 火村さんの3七角とは対照的だ。

 火村さん、長考。のこり2分から1分使って、4二桂成とした。

 3八香成、3一成桂、2九成香、同金、3一銀、同龍。

 ここで大谷さんが1分将棋に。

 ヘタしたら5分は考えたい局面。がんばって。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「3八銀」


挿絵(By みてみん)


 こ、これは──

「2二銀で龍を抜けますよ?」

 平賀さんの言うとおりだ。

 2二銀、同馬、同龍、同玉、5五角が王手龍になる。

 もちろんそれは大谷さんの見落としじゃない。

 後手はそこから3三銀、9九角、2九銀成、同玉とすればいい。

 先手は生角が微妙だし、飛車を手放すと5九飛が王手角取りになる。

 ただ、分岐はかなり多い。

 大谷さんは勝負に出ていると感じた。


 ピッ


 火村さんも1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 火村さんは2二銀と打った。

 時間切れになりそうなタイミングだった。読み切れなかったっぽい。

 同馬、同龍、同玉。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 王手龍をかけないッ!?

 っていうかまさか寄るの?

 寄らないならただの銀捨てになるわよ?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 大谷さんは同玉とした。

 火村さんは香車を手にして、何度も空打ちする。

 寄る? 寄らなくない?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 王手──1分将棋では悩ましいかたち。

 3二か3三のどちらかに合駒だとは思う。

 なにをどう打つか。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 大谷さんは59秒ぎりぎりまで考えて、3二銀を選択。

 6四馬、4二銀、3二香成、同玉、3五香、3三香。

 あ、6五馬で王手銀取りになっちゃう。

 先手の狙いはこれだったか。

 大谷さんがチェスクロを押すと同時に、火村さんは持ち駒の金をひろった。

 え? 6五馬じゃなくて3九金打?

 火村さんはニヤリと笑う。

「ひよこ、これを見落としてない?」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、詰んだ。

 同玉なら5四角、4四玉、4五金まで。

 同銀は4一角、2二玉、3一銀、1一玉、2二金まで。

 2二玉と逃げるのは簡単な並べ詰み。

 大谷さんは持ち駒に手をやった。

「負けました」

「ありがとうございました」

 うわぁ、詰んでたか。これは痛い。

 大谷さんは黙想して、しばらく言葉を発さなかった。

「……合駒をまちがえました。4二金合か飛合でした」

 火村さんも、

「たぶん、ね」

 とうなずいて、ふたりは盤面をもどした。


【検討図】

挿絵(By みてみん)

 

 ギャラリーの私たちもいっしょに考える。

 4二金合は3二香成、同玉、3五香、3三香、4三金、同金。

 このとき4一角と捨てる手が成立しなくなっている。だから詰まない。

 飛車合いも同様に詰まない。

 大谷さんはそれを確認したあと、

「しかし、後手敗勢には変わりありません」

 とつけくわえた。

「ひよこは、なんで3二銀と打ったの? 直感的に3三のほうに打たない?」

「3三銀、6四角、4二銀打、3三香不成、同桂、4二角成、同玉、4四香と打たれる順を気にしました」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「ここで4三歩合は5一銀、5三玉、5四金、同玉、5五金以下で詰んでしまいます。4三金合も5一銀、5三玉、5四金、同玉、5五金、5三玉、6二馬で詰みます」

 火村さんは、

「4三桂合は?」

 とたずねた。

「それが一番難しかったのですが、6四馬と一回引いて、5三歩、4三香成、同玉、3五桂。ここで3四玉は4三銀以下でおそらく詰みます。4四玉ならば4三金、3四玉、4四金打、2四玉、1五銀と捨てて、同玉、1六歩、2五玉、2六銀、1四玉、1五銀、2五玉、2六歩で詰みます。途中、3五の桂馬を取りながら逃げるのは、2六に銀を打って詰みが早まります」

 火村さんは、

「んー、これは1分将棋だと読み切れないわね。ようするに、ひよこはこっちのほうだと寄ると判断したから、3二銀合を選択したってことか」

「はい、ただ中途半端になってしまった印象がぬぐえず……」

 そのとき、うしろから速水はやみ先輩の声がした。

「3三に金で合駒をしたほうがよかったわ」

 対局者は顔をあげた。

 火村さんは、

「あんた、もう終わってたの?」

 とたずねた。

 速水先輩は「ええ」と答えてから、

「3三金合なら、6四角、4二銀、3三香不成、同桂、4二角成、同玉、4四香に4三銀と合駒する手ができるでしょ」

 と言った。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「以下、6四馬、5三飛、4三香成、同玉でも、ギリギリ詰まないんじゃないかしら」

 大谷さんは、

「なるほど……4三銀合を残すために金合でしたか」

 と納得した。

 速水先輩は、

「金合いを先に読むことは少ないから、仕方がないかもしれないわね」

 と、難解な局面であることは認めた。

 そのあとも感想戦は続いた。

 3八銀と張り付けたのは、そこそこ成立している、という結論になった。

 終わって控え室にもどると、風切かざぎり先輩は先に待っていた。

「どうだった?」

「負けました。ご期待にそえず、もうしわけございません」

「そっか、まあ謝ることはない。ベスト8でも上出来だ」

「先輩はいかがでしたか?」

ばんと当たった。ぶっ飛ばしといたぜ」

 磐くん、ご愁傷さま。

 そのあとは片付けをして解散。

 風切先輩は役員と飲み会、ほかのメンツはファミレスへ。

 2時間ほどわいわいやって、そのまま帰宅した。


  ○

   。

    .


 その週の火曜日、私と大谷さんはランチをすることになった。

 すこし暖かくなってきたこともあって、外で軽食。

 私はハンバーガーを、大谷さんはおにぎりを買って、テラスのテーブルでおしゃべり。

 すっかり陽気めいてきて、もうすぐゴールデンウィーク。

 キャンパスの人混みも、だんだんと落ち着いてくる頃だ。

 将棋部にとっては団体戦の季節になる。

 オーダーの話をしていると、ふと大谷さんが視線をそらした。

 私の肩のうしろのほうを見て、唐突に口をひらいた。

愛智あいちくん、どうなさったのですか?」

 ふりかえると、私のすぐうしろに愛智くんが立っていた。

 例の黒いマスクをして、春物のジャケットにズボンといういで立ち。

 愛智くんはすこし気まずそうな顔をしながら、

「あの……先輩がた、このあと授業ありますか?」

 とたずねてきた。

 大谷さんはすぐに、

「ありますが、夕方ならば空いております」

 と答えた。

「そうですか……相談したいことがあります。すこし時間をください」

場所:2017年度 春季個人戦2日目 女子4回戦

先手:火村 カミーユ

後手:大谷 雛

戦型:先手ゴキゲン中飛車穴熊vs後手居飛車穴熊


▲7六歩 △8四歩 ▲5六歩 △3四歩 ▲5五歩 △6二銀

▲5八飛 △4二玉 ▲4八玉 △3二玉 ▲3八玉 △5二金右

▲2八玉 △8五歩 ▲7七角 △3三角 ▲6八銀 △2二玉

▲1八香 △1二香 ▲1九玉 △1一玉 ▲5七銀 △4四歩

▲2八銀 △4三金 ▲3九金 △5一銀 ▲4六歩 △4二銀右

▲4八銀 △2二銀 ▲5六飛 △7四歩 ▲5九金 △3一銀右

▲6六飛 △5二金 ▲4九金左 △5一角 ▲5六飛 △7三角

▲4七銀 △6四角 ▲6六歩 △4二金寄 ▲5九角 △3二金

▲3八金左 △7三角 ▲3六歩 △6四歩 ▲9六歩 △9四歩

▲7七桂 △8四角 ▲2六角 △7三桂 ▲5四歩 △同 歩

▲4五歩 △4二飛 ▲4六銀 △6五歩 ▲4四歩 △同 金

▲5三歩 △5五歩 ▲5九飛 △3五歩 ▲5五銀 △同 金

▲同 飛 △6六角 ▲5二歩成 △5五角 ▲4二と △同 銀

▲6一飛 △6九飛 ▲9一飛成 △9九飛成 ▲4四歩 △同 角

▲4八香 △7七角成 ▲4二香成 △同 金 ▲3七角 △3一香

▲7三角成 △3六歩 ▲5四桂 △3七香 ▲4二桂成 △3八香成

▲3一成桂 △2九成香 ▲同 金 △3一銀 ▲同 龍 △3八銀

▲2二銀 △同 馬 ▲同 龍 △同 玉 ▲3一銀 △同 玉

▲3四香 △3二銀 ▲6四馬 △4二銀 ▲3二香成 △同 玉

▲3五香 △3三香 ▲4三金


まで117手で火村の勝ち

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