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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第44章 新歓大作戦(2017年4月1日土曜)
283/487

275手目 新歓コンパ

 ここは都ノみやこのの近くにあるレストラン。

 個人経営のお店で、レンガ作りの壁に木製のテーブル。すこしおしゃれ。

 天井の電灯が、おだやかなオレンジの光をともしている。

 その下には2つのテーブル。どちらも6人がけ。入り口から見て奥のほうに風切かざぎり先輩、三宅みやけ先輩、穂積ほづみお兄さん、大谷おおたにさん、私、松平まつだいら。手前のほうにララさん、星野ほしのくん、穂積さん、そして3人の新入生。

 風切先輩はビールジョッキを持ち上げて、

「えー、それでは都ノ大学将棋部の新歓コンパを始めます。前主将の風切かざぎり隼人はやとです。1年生のみなさん、将棋部に入っていただき、ありがとうございました。上級生一同、みなさんといっしょにA級を目指していきたいと思いますので、よろしくお願いします……それでは、乾杯ッ!」

 かんぱーい。

 風切先輩はひとくち飲んで、

「早速ですが、1年生の自己紹介をお願いします」

 と言った。

 まずは平賀ひらがさんが立ち上がる。

「工学部電子電気工学科1年の、平賀ひらが真理まりです。折口おりぐち先生に憧れて入学しました。4年間で将棋とメカ愛を極めていきたいと思います。よろしくお願いします」

 パチパチパチ。

 次に、ナチュラルマッシュの少年が起立。

 ブルーを基調としたチェック柄のシャツにベージュのチノパンを履いていた。

 なんだか緊張してるみたい。部室に集合したときも、そわそわしてた。

「法学部法律学科1年の、青葉あおばだんです。弁護士を目指してます。穂積先輩と同じ学部なので、いろいろと教えていただきたいです。よろしくお願いします」

 新入生らしいあいさつ。今年の常識人枠っぽい。

 最後に、体格の大きな、太めの少年が立ち上がる。

 ちょっと濃いめの顔立ちで、眉毛が太かった。

 少年はグッと親指を立てて、

車田くるまだマルコです。みなみ先輩に誘われてきました。よろしくお願いしまーす」

 と元気よくあいさつした。

 ララさんが外国人専修日本文化学科から連れてきた子で、在日ペルー人らしい。お父さんが日系人でお母さんがペルー人だとか。国籍はペルー。

 南米コネクションが活きるとは思わなかった。

 風切先輩がたちあがる。

「ありがとうございました。それでは上級生の自己紹介を。まずは俺から……」

 順番に私たちも自己紹介。

 終わったところで料理の注文を始めた。

 1年生テーブルは勝手に盛り上がっている。

 ララさんたちに任せておけば、だいじょうぶかな。

 私たちは6人がけのほうで、ひとまず慰労会。

 風切先輩はビールを飲みながら、

「みんな、おつかれさん。2週間で3人なら上出来だ」

 と言った。

 どうかなあ。3人って少ないような。

 公立だから学生数が少ないっていうのはある。

 とはいえ現2年生の半分しかいないわけで。

 三宅先輩は、

「全員即戦力なのは助かるが、平賀クラスがもうひとりいないと厳しいぞ」

 と返した。

 これには同意。

 3人と指してみて、平賀さんが2段、青葉くんが初段、車田くんが1級くらいかな、という印象。入学したてだから、本調子になればもうワンランク上に見てもいいと思う。つまり平賀さんが3段、青葉くんが2段、車田くんが初段。

 平賀さんクラスがもうひとりいれば、レギュラーに厚みが出てくる。

 だけど風切先輩は、

「そのレベルが校内にごろごろいるとは思えないな」

 と悲観的だった。

 ここで大谷さんが割り込む。

「拙僧、将棋が強い新入生の存在をうかがっています」

 これには他の5人が身を乗り出した。

 風切先輩はジョッキをおいて、

「どこのだれだ?」

 とたずねた。

「哲学科の愛智あいちさんというかたです……が、お会いしたことはありません」

 大谷さんの話によると、将棋好きな教授が東洋文化学科にいて、そこから情報を入手したらしい。なにかのきっかけで指したとき、教授がこてんぱんに負かされたとか。

 風切先輩は、

「その教授の棋力が微妙ってことはないのか?」

 と確認を入れた。

「拙僧も教授のお相手をしたことがあります。初段はあると思われます」

「初段に楽勝な新入生……か。たしかに平賀クラスかもしれないな。哲学科の授業にもぐり込んだら、見つかる可能性もある。特徴は分かるか?」

「いつも黒いマスクをつけていらっしゃるそうです」

 うーん、その情報、4月だとあんまり役に立たないのよね。

 花粉症でマスクつけてるひと多いし。

 風切先輩は三宅先輩のほうを向いた。

「三宅、どっかの県代表ってことはないか? データ集めたんだろ?」

「アイチっていう名前は聞かないな。うちに県代表は入ってないと思う」

 そっか……それはそれでキツいかもしれない。

 私は、

「県代表の進学先は、正確に分かってるんですか?」

 とたずねた。

 三宅先輩は頭にデータが入っているらしく、

「西日本勢はほとんど関東へ出てない。東日本勢の多くは関東圏にいて、都代表になったことのある男子は慶長けいちょう、女子は晩稲田おくてだだ。東京近隣の県代表も、AかBあたりの大学に散らばってる」

 と答えた。

 うむむ、他の大学はトップ層が入ってきてるのか。

 私はついでに、

「西日本の大学はどうなってますか? 吉良きらくんはどこに?」

 とたずねた。

「吉良は申命館しんめいかんだ」

 うっそ、めちゃくちゃ強化されてる。

 三宅先輩情報だと、ほかには温田おんださんが古都こと大らしい。

 テーブルのテンションがちょっと下がる。

 風切先輩は、

「まあそういう顔するな。県代表云々はあくまでも肩書きだ。可憐かれんは県代表になったことないだろ。それで女流上位なんだから、どう転ぶか分からない」

 たしかに……とはいえ、そのアイチくんがますます気になってきた。

 私は大谷さんに、

「こんど勧誘に行ってみない? 教授と指すんだから、ものすごい人見知りってことはないんでしょ?」

 と提案した。

「左様ですね。将棋を指せるということも、自分から言いだしたのやもしれません。それならば希望はあるかと思います」

 善は急げ。週明けに哲学科へGo!


  ○

   。

    .


 というわけで月曜日、私、大谷さん、松平の3人は、一般教養のクラスで張り込みをすることになった。教室のなかから声が聞こえる。あと3分で終了時刻。

 松平は、

「黒マスクの男子がザーッと出てきたら、どうする?」

 とたずねた。

 私は、

「そこはもうしょうがないでしょ。声かけしてハズレだったら謝る作戦で」

 と答えた。

 松平は頭をかいた。

「学科も違うし、後腐れもないか……っと、席を立ったぞ」

 椅子を引く音が聞こえる。終わったようだ。

 ドアがひらいて、一斉に学生が出てきた。

 黒マスク……黒マスク……ん?

「あの子じゃない?」

 黒い立体型マスクをした、ナチュラルセンターパートの少年が出てきた。

 ちょっと目つきが鋭いけど、雰囲気はおとなしめに見える。

 黒のパーカーに黒のスキニーパンツを履いていた。

 私はその少年に駆け寄って話しかけた。

「こんにちは、愛智くん?」

 その少年はちょっと身を引いて、

「はい……どなたですか?」

 とたずね返した。

「私、将棋部の裏見うらみっていうんだけど……こっちは主将の大谷さんと部長の松平」

 愛智くんは大谷さんの服装をみて、

「……あなたが大谷さんなんですね」

 とつぶやいた。

 あれ? なんで知って……るか。

 校内でお遍路さんのかっこうしてるの、彼女しかいないし。

 いろんな意味で有名人っぽい。

 大谷さんは両手を合わせた。

大谷おおたにひよこと申します。ひとつお伺いしたいのですが……」

「将棋部に入ってください、ですか?」

「はい、その通りです。うでまえが達者だと仄聞そくぶんしております」

 愛智くんはちらりと周囲に視線を走らせた。

「……遠慮します」

 ぐはぁ、大谷さん、攻めて攻めて。

「すでに他のサークルか部に入っていらっしゃるのですか?」

「いえ、そういうわけじゃないですけど……クソゲー臭がするというか……」

 いやいやいや、なんで去年の風切先輩みたいなこと言ってるんですか。

 元奨励会員?

 それなら風切先輩が知ってるわよね。

 大谷さんは、

「それはどのような意味で?」

 とたずねた。

「あ、すみません、クソゲーは失言でしたね。僕も将棋は好きです。だけど大会がどうのこうのは疲れちゃったんです。あとは趣味で指します。それじゃ、次の授業があるので、これで失礼します」

 愛智くんはそそくさとその場を去ってしまった。

 あとに残された私たちは、おたがいに目配せする。

 松平は、

「まあ……大学からやらなくなるやつはいるよな」

 とつぶやいた。

 私は愛智くんの背中を目で追う。

 廊下を左に曲がって、エレベータに消えた。

 将棋はクソゲー……か。なんか意味深じゃない?

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