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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第44章 新歓大作戦(2017年4月1日土曜)
282/489

274手目 3度目

 入学式当日、私はサークル専用のブースで、新歓にいそしんでいた。

 スーツ姿の新入生たち。にぎやかな声かけ。

 私と穂積ほづみさんは長机に腰をおろして、その活気をながめていた。

 部の方針は昨年度といっしょ。

 将棋にちゃんと興味があって、王座戦までの道のりを共に歩いてくれるひと。

 そういうひとを求めて──なんてかっこつけはいいんだけど、不漁ですね、はい。

 私たちのブースは常時空席で、たまにだれか来ても一局指して去ってしまった。

 となりの席の穂積さんは、

「座ってるだけじゃ意味なくない?」

 と言って、大きく背伸びをした。

 うーん……主将の大谷おおたにさんを中心に議論した結果だから、今さら文句は言えない。

 それに、声かけはほんとに悪手な気がするのよね。

 女の子と将棋を指したいなんて下心で来られても困るわけで。

 たまに対局を申し込んでくる男子は、どうもそれっぽい感じがした。

 穂積さんは椅子をうしろにゆらゆらさせながら、

「ハァ、麻雀仲間でも勧誘してみようかしら」

 とつぶやいた。

 いやぁ、それはどうかなぁ。

「穂積さん、オトモダチをむやみに勧誘しちゃダメよ」

「んー、でもさぁ、当て馬でもいいわけだし……」

 そのときだった。スーツを着た女の子が、ブースのまえに現れた。

「あ、ポニテのお姉さん、やっぱりいましたね」

 この中性的な顔立ちのギザギザ眉毛は……ッ!

平賀ひらがさんッ!」

「おひさしぶりでーす」

 穂積さんは私たちを見比べて、

香子きょうこ、知り合い?」

 とたずねた。

「去年のオープンキャンパスに来てくれた平賀さんよ」

「いや、そう言われても分かんないんだけど……」

 それもそっか。

 私は経緯を説明した。

折口おりぐちの研究室に入りたい? それはや」

 私は穂積さんの足を軽くこづいた。

「……りがいがありそうね」

「もちろんですッ! ……先輩、お名前は?」

「穂積。稲穂いなほの穂を積むって書くの。平賀さんは平賀ひらが源内げんないでいいの?」

「そうです。えーと、ポニテ先輩は裏見うらみさんでしたよね?」

 さいです。

 それにしても助かった。

 平賀さんとは新宿将棋大会で指している。棋力は把握済み。

 レギュラー確定レベルとまではいかないけど、段位者のはずだ。

 私は王様をパシリと空打ちして、

「一局指しましょ」

 と誘った。

 平賀さんは椅子を引く。

「ボク、半年くらいあんまり指してないんですよね」

 まあそんなもんでしょ。

 新入生に高校全盛期の棋力は求めていない。

「問題ないわ。私もそうだったし」

「このあと折口先生に会いたいんで、30秒将棋でもいいですか?」

 何秒将棋でも。私はチェスクロをセットした。

 振り駒をして、私が先手。

「それじゃ、よろしくお願いします」

「よろしくお願いしまーす」

 平賀さんがチェスクロを押して、対局開始。

 7六歩、8四歩。

 そういえば居飛車党だったわね。

 角換わりに誘導しましょ。

 2六歩、8五歩、7七角、3二金、2五歩、3四歩。

 私は6八銀と上がった。平賀さんは角交換をしてくる。


挿絵(By みてみん)


 同銀、2二銀、4八銀、3三銀、3六歩、6二銀。

 んー、どうしましょ。

 いろいろ試したいことはある。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「3七銀」

 私は早繰り銀を選択した。

 となりで見ていた穂積さんは、

「新歓でそれぶつけなくてもよくない?」

 と漏らした。

 こらこら、コメント禁止。

 むしろ後腐れないんだからぶつけ得でしょ。

 7四歩、7八金、7三銀、4六銀、6四銀。


挿絵(By みてみん)


 ん……棒銀にしてくるかと思った。

 相早繰り銀か。もうすでに予定とちがう。

 だったら腕力勝負ね。

 私は1筋の端、9筋の端をそれぞれ突き合って、それから6六歩とした。

 平賀さんはこの手をみて、

「攻めて来いってわけですか」

 とつぶやいた。

 さすがに読めてるわね。7五歩のお誘いですよ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 平賀さんは7五歩と仕掛けた。

 同歩、同銀、2四歩、同歩、2五歩。

 こっちも即座に継ぎ歩のかたち。殴り合いに持ち込む。

 7六歩、6八銀、8六歩、同歩、同飛、8七歩、8四飛。


挿絵(By みてみん)


 後手の攻めは一旦中断。

 ここからは先手のターンだ。

 私は2四歩と取り込んだ。平賀さんは2二歩と受ける。

 私は6七銀で雁木がんぎっぽく組み替えてから、4二玉に2五飛と飛び出した。

「銀あたりかぁ」

 平賀さんはスーツを脱いで、椅子にかけた。

 Yシャツを腕まくりする。本気モードですか?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ

 

 3五歩の手筋が飛んできた。

 私はノータイムで同歩と取り返す。

「2四銀です」


挿絵(By みてみん)


 なるほど……2筋を盛り返す気ね。

 私は2八飛とひっこんだ。

 7七歩成、同金、8八歩。

 ぐッ、平賀さんの攻めが強い。

 同飛とはできるけど、次に7六歩がある。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 私は同飛を選択した。

 平賀さんは7六歩。駒音が高い。自信アリのもよう。

 同金、同銀、同銀、2五銀。


挿絵(By みてみん)


 ん? 銀上がり? ……2四飛と回るってこと?

 さすがに駒が足りないでしょ。

 私は3八金と上がった。

 この手に平賀さんは、うーんとうなった。

 先手がいいと思う。後手には明確な攻めがない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「9五歩」

 むッ、端攻め? なにかある?

 私は29秒まで考えて、同歩。

 平賀さんは5二金──やっぱり攻め手がないっぽい。

 チャンス……だけど、前のめりにならないように居玉は避けておく。

「4八玉」

「渋いですね」

 いえいえ、それほどでも。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!


挿絵(By みてみん)


 7九角? ……7八飛にむりやり8八金か。

 一目、無理筋な攻めだと思う。

 けど、慎重に対処しないといけない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「7八飛」

 平賀さんは8八金と置いた。

 私は8五銀と出る。


挿絵(By みてみん)


 平賀さんは目をパチクりさせて、

「う、うまい……」

 とつぶやいた。

 でしょ? これは完全に回避したわよ。

 7筋がガラ空き。8五同飛なら7一飛成と成り込める。

 とはいえ、平賀さんもこの順は選択しないと思う。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「7八金」

 ですよねぇ……8四銀。

 平賀さんの手番だ。

 後手は持ち駒が飛車しかない。そんなに手はないはず。

 案の定、平賀さんは6八角成で一回溜めてきた。

 私は7一飛とおろす。

 6七馬、3九玉。

「そ、それも渋い……」

 どうですか、大学将棋の味は?

 先手は寄らない。後手は2一飛成と2四角を同時に受けられない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「3一金ッ!」

 2一飛成のほうを受けた。

 私は2四角を決める。

 3二玉、3三銀、同桂、同角成、同玉、3一飛成。


挿絵(By みてみん)


 駒を渡したけど、おそらくだいじょうぶ。

 3二に合駒は無意味。銀合いと角合いは4五桂、飛車合いは1一龍で勝ち。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 平賀さんは2四玉と浮いた。

「3四金」

 この手に平賀さんは、オヤッという顔をした。

 なんですか? 3四には馬が利いてるからですか?

 3四同銀、同龍じゃないわよ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同銀」

「2二龍」


挿絵(By みてみん)


 これで寄り。

 2三銀打は3六桂、2五玉、2六歩、同玉、3七金、2五玉、2三龍、同銀、2六銀までだ。飛車合いと金合いも同じ順で詰む。単に2三銀も同じ。

 となると、残るのは──

「に、2三角」

 最善の合駒……だけど、これも詰む。

 私は3六桂と打って、2五玉、2六歩、同玉、3七金、2五玉に2三龍と切った。

 同銀に1七桂と跳ねる。


挿絵(By みてみん)


 平賀さんはアッとなって、

「そっか……角でも詰む……」

 と言い、そのまま投了した。

「負けました」

「ありがとうございました」

 私はチェスクロを止める。

 投了図以下は、1六玉、2五桂、同玉、1六角、1五玉、4三角成まで。

 平賀さんはすこし悔しそうに、

「6七の馬が全然利きませんでしたね」

 と感想戦を始めた。

「そうね……どこかで飛車を打たれて2八玉の状態でも今の順で詰むし、もうちょっと前で後手が悪いんじゃないかしら」

「3一金がお手伝いだった気がします。すなおに8九金で駒の補充でした」

 と、そのとき、松平まつだいらの声が聞こえた。

「おーい、裏見、チラシ配り終わったぞ」

 見ると、松平がこっちに歩いて来た。

 白衣の折口先生といっしょだった。

 平賀さんは席を立って、

「折口先生、おひさしぶりですッ!」

 と挨拶した。

 折口先生はメガネをなおしながら、

「平賀くんだったかな。入学おめでとう。これできみも折口研の一員だな」

 と、もう勝手に手伝い要員にさせていた。

 松平は平賀さんをみて、

「新入生?」

 とたずねた。

「はい、平賀です。工学部1年です」

「お、それなら俺といっしょだな。俺も折口先生のところでお世話になってる」

 お世話になっているというか、こき使われているというか、まあ。

 それからは工学部談義になった。

 学科もいっしょで、電気電子工学科らしい。

 平賀さんはうれしそうな顔で、

「こんなにかっこいい先輩がいるとは、都ノみやこのに入って正解でした」

 と言った。

「平賀さ〜ん、もう一局指さない?」

「せ、先輩、急にどうしたんですか?」

場所:都ノ大学 将棋部新歓ブース

先手:裏見 香子

後手:平賀 真理

戦型:角換わり相早繰り銀


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3二金

▲2五歩 △3四歩 ▲6八銀 △7七角成 ▲同 銀 △2二銀

▲4八銀 △3三銀 ▲3六歩 △6二銀 ▲3七銀 △7四歩

▲7八金 △7三銀 ▲4六銀 △6四銀 ▲1六歩 △1四歩

▲9六歩 △9四歩 ▲6六歩 △7五歩 ▲同 歩 △同 銀

▲2四歩 △同 歩 ▲2五歩 △7六歩 ▲6八銀 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲8七歩 △8四飛 ▲2四歩 △2二歩

▲6七銀 △4二玉 ▲2五飛 △3五歩 ▲同 歩 △2四銀

▲2八飛 △7七歩成 ▲同 金 △8八歩 ▲同 飛 △7六歩

▲同 金 △同 銀 ▲同 銀 △2五銀 ▲3八金 △9五歩

▲同 歩 △5二金 ▲4八玉 △7九角 ▲7八飛 △8八金

▲8五銀 △7八金 ▲8四銀 △6八角成 ▲7一飛 △6七馬

▲3九玉 △3一金 ▲2四角 △3二玉 ▲3三銀 △同 桂

▲同角成 △同 玉 ▲3一飛成 △2四玉 ▲3四金 △同 銀

▲2二龍 △2三角 ▲3六桂 △2五玉 ▲2六歩 △同 玉

▲3七金 △2五玉 ▲2三龍 △同 銀 ▲1七桂


まで95手で裏見の勝ち

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