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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第44章 新歓大作戦(2017年4月1日土曜)
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273手目 結成、聖生探偵団

 4月1日──約束の集合日。

 私、松平まつだいら大谷おおたにさんの3人は、太宰だざいくんが指定したお蕎麦屋さんをおとずれた。

 渋谷しぶやのハチ公前広場から、徒歩3分ほどのお店。

 のれんをくぐると、割烹着かっぽうぎの女将さんが、

「いらっしゃいませ」

 と威勢良くあいさつした。

 松平は、

「太宰で予約してあると思うんですが」

 とたずねた。

「はい、御2階になっております」

 私たちは2階へ案内された。

 そこは3つのお座敷部屋で、私たちは一番奥だった。

 発起人の太宰くんは先に来ていた。それに、火村ほむらさんとばんくんも。

 太宰くんは右手の一番奥。その向かいに火村さん、その右に磐くん。

 太宰くんは白のシャツにネイビー色のジャケット。トレードマークのハンチング帽。

 磐くんはクリーム色のシャツと黒のズボン。

 火村さんはいつもの黒いフリフリのワンピースだったけど、春仕様っぽい。

 ベージュのフーデットコートとローキャップが壁にかけてあった。

 たぶん磐くんのものだ。

 松平はメンツをみて、

「けっきょく全員集合か」

 と言い、靴を脱いで座敷にあがった。

 松平は太宰くんの左に腰をおろした。

 私は松平のさらに左、その正面に大谷さんが座った。

 すぐに店員さんが来て、注文をとった。

 私は普通のざるそばにした。

 注文がそろうまでは、ただの雑談。

 メニューが出揃った時点で、太宰くんは障子しょうじを閉めるように指示した。

「とりあえず、全員集まってくれたことに感謝するよ」

 磐くんと火村さんのどっちかは抜けるかも、と思ったら、そうでもなかった。

 私たちは食事をしつつ、この会の趣旨について話し合った。

 まあようするに探偵団……みたいなもの。

 タスクは明確で、聖生のえるの隠し財産、N資金があるかどうかを突き止めることだ。

 ただ、初手がむずかしいと感じた。

 太宰くんもそこは楽観していないらしく、

「とりあえず、手持ちの情報を出し合おうか。それが共闘の条件だからね」

 と言い、早速じぶんから話し始めた。

聖生のえるのハガキは1988年と1992年に届いたことになってるけど……実在するのは1992年のハガキだけかもしれない」

「!」

 太宰くんは私のほうをみた。

裏見うらみさん、今の驚き方は?」

「えっと……私たちが手に入れた情報も、それだったから……」

 太宰くんは一瞬沈黙した。

「……それはどこからの情報? と、僕が先に訊くのは変……でもないな。裏見さん、先に僕が情報を出したから、そっちは情報源を先に明かしてくれない?」

 私は松平、大谷さんとの打ち合わせどおり、

御手おてくんよ」

 と答えた。

「御手? ……申命館しんめいかんの?」

「ええ、御手くんはお父さんから聞いた……んじゃないかな、と思う」

 太宰くんはその場で固まった。

 困惑したような固まり方じゃなくて、妙に納得しているようだった。

「なるほどね……近畿でも1988年の記録は残ってないわけか」

 今の言い方に、私は眉をひそめた。

「近畿でも?」

「こんどは僕が情報源を明かすよ。1988年にハガキが送られて来たっていう記録は、関東将棋連合の日誌に残ってない」

 私たちはおたがいに顔を見合わせた──まさかの証拠が出た。

 近畿のほうは伝聞だけだったけど、関東のほうは物証があるっぽい。

 つまり1988年のハガキはなくて、1992年のハガキだけがある?

 私は太宰くんに、

「1992年のハガキは実際にあると思う?」

 とたずねた。

「そこなんだよねぇ……1992年の日誌はまだ確認できてない」

「理由は? 日誌が紛失してる?」

「時間がなかった。1988年のほうが重要だと思っちゃってたし」

 時間がなかった? ……あ、そういうことか。

 太宰くんが日誌を見た方法に察しがついた。

 連合の事務所に潜入したっぽい。おそらく無断で、だ。

 太宰くんは淡々と進めた。

「さて、僕と都ノみやこのがひとつずつ出し合ったから、次は火村さんかな」

「磐じゃなくてあたしからなのね」

「磐くんからでもいいよ。最後にする?」

 火村さんは「あたしからでいいわ」と答えて、いつになく真剣な表情をした。

宗像むなかた聖生のえるのこどもだと思うのよね」

 うわぁ……そっちからその情報が出るのか。

 この会で言うかどうか、都ノ勢のあいだでは最後までまとまらなかった。

 その場の流れで、っていう曖昧な感じで参加していたのに。

 手間が省けたと言えば省けたけど、悩ましくなった。

 太宰くんは、

「それは……憶測?」

 とたずねた。

「憶測といえば憶測。いろいろと時系列を整理してみたら、宗像と聖生のえるとのあいだに関係がありそうなのよね。宗像には姉がいるでしょ? ふぶきさんだったかしら。ふぶきさんが経営する道場に行ってみたら、どうも資産家っぽかったし」

 あれは下見だったのか。なんで道場まで来たのか謎だった。

 どうやら私は、他のメンバーの捜査力をみくびっていたらしい。

 一方、太宰くんはこの情報にあまり驚いていなかった。

有縁坂うえんざか佐田さださんがいるよね。去年の夏合宿のとき、聖生のえるには娘と息子がいるって情報を教えてもらったんだよ。姉と弟。これが宗像姉弟と年齢的に一致している……かもしれない。ふぶきさんの正確な年齢は知らないけど」

 太宰くんはそう言って、磐くんのほうをみた。

「さて、磐くんは、どう?」

 磐くんはさっきから、すこしあっけにとられている様子だった。

 なにも情報を持っていない感じかな、と思いきや──

「みんな、俺と全然違う方向で推理してるんだな。驚いたぜ。だけど、俺にもとっておきのネタがある。都ノにちょっかいをかけてるやつは、多分帝大ていだいのだれかだ」

「!?」

 えッ……どういうこと?

 これは正真正銘の初耳なんだけど。

 太宰くんもすこしだけ強く反応した。

「帝大? ……どういう推理?」

 磐くんは私たちのほうへ顔をむけた。

「松平たちがここに来てるってことは、例の乾電池事件を話してもいいんだよな?」

 あッ……都ノのメンバーは目配せしあった。

 仕方がない……かな。

 松平はあいまいにうなずいた。

「よし、じゃあ話すぞ。去年の6月、都ノで金を盗まれる事件があった。犯人は聖生のえる……の本物か偽物かは知らないけど、聖生のえるだった。俺も解決を手伝ったんだ。乾電池に盗聴器を仕掛けるトリックだった。事件のあとで、一個失敬して来た」

 な、ちょ、おま。

 太宰くんは興味深そうに、

指紋しもんでも出た?」

 とたずねた。

「いや、指紋は出なかった……が、犯人は電池に詳しくなかったみたいだな。乾電池っていうのは、外装をはがすとシリアルナンバーが印字されてるんだよ」

「つまり製造番号?」

「そうだ。で、そのシリアルナンバーから工場と納品先を特定した」

 全員の視線が集まる。

 磐くんはニヤリと笑った。

「帝大の大学院工学研究科に納品されてた」

 私は息を呑む──と同時に、混乱した。

 ニセ聖生のえるは宗像姉弟となにも関係がなかった……?

 しかも、ある人物が容疑者候補にあがってきた。

 太宰くんはお茶を飲み、それからつぶやくように、

「磐は、特に疑ってる人物がいる?」

 とたずねた。

 磐くんはうしろの畳に両手をついて笑った。

「ハハッ、太宰こそ疑ってる人物がいるんじゃないの?」

 太宰くんはなにも言わなかった。

 けど……氷室ひむろくんがあやしくなった気がする。

 これまでは宗像姉弟に話が集中していて、氷室くんは容疑者リストから外されていた。でも、穂積ほづみさんなんかは、最初から氷室くんを疑っていた。ニセ聖生のえるが宗像姉弟と無関係なら、考えなおさないといけない。

 磐くんは姿勢をもどして、こんどは立膝たてひざをついた。

「だいたいさ、このメンバーに加えてない時点で、疑ってるんだろ?」

「いや……この情報はすこし驚きだった」

 それが太宰くんの本音なのかどうか、私は判断しかねた。

「ほかに追加の情報はある?」

 だれも答えなかった。

「よし、方針はだいたい固まったかな。まずは帝大を調査しよう」

 これには火村さんが、

「帝大から? 二方面作戦はダメなの?」

 と疑問を呈した。

「そこまで人手がいないし、宗像姉弟の調査はやり方をよく考えないといけない」

「……それもそっか。で、どうやって帝大を内偵するの?」

 ここで松平が割り込んだ。

「すまん、煮詰まってるのに悪いんだが……活動は2週間ほど待ってくれないか?」

 太宰くんは理由をたずねた。

「もうすぐ新歓シーズンだ。うちは部員がまだ少ない。それに、俺が部長、大谷が主将をやることになった。裏見は会計だ。この先2週間は新歓に集中したい」

 太宰くんは「一理ある」とつぶやいた。

「僕も晩稲田おくてだの主将だし、のこりのふたりもそうかな?」

 火村さんと磐くんも、そうだ、と答えた。

 火村さんは主将続投、磐くんは新規に就任。

 太宰くんはお茶を飲み干して、お会計に手を伸ばす。

「了解。次の集合は2週間後にしよう。支払いは僕がしておくよ」

 これには全員が反対した。

 火村さんは、

「そういうところで変な恩を売らなくていいわ。あたしたちは全員平等。オッケー?」

 と念押しした。

「……なるほど、貸し借りなしのほうがいいか。僕が団長ってわけでもない」

 私たちはそれぞれ自分が食べた分を支払った。

 お店を出て、そこで解散になる。春風が頬をなでた。

 去りぎわに、太宰くんは私たちのほうへふりむいた。

「話は変わるけど、このメンツって将棋ならライバル同士だよね。都ノ、首都工とは秋に当たる可能性もあるし……ま、そのときはよろしく。手加減なしだよ」

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