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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第42章 1年の終わりへ(2017年1月1日日曜)
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263手目 銀行の未来

 スピーチの部は、滞りなく進行した。

 ステージ中央に各チームの代表者が出て、スライドを使いながら話す形式。

 向かって左には女性の司会者、右には8人の審査員が2列になっていた。

 出番は公平にクジで決めるらしく、司会が毎回クジを引いていた。

《次が前半最後のチームとなります。7番、八ツ橋やつはし大学です》

 おっと、土御門つちみかど先輩のところか。

 と言っても、先輩はさすがにいないけどね。

 あのひとはこういうのに興味なさそう。

 八ツ橋大学の発表は、例のブロックチェーンの話だった。

 ブロックチェーンを使った分散型の金融市場が発達すれば、グローバルな資金移動が容易になるだけでなく、既存の金融機関を介さないトラストレスな市場が成立する云々。

 持ち時間は1チーム10分だから、けっこう省いた説明になっていた。

《はい、ありがとうございました。それでは、審査員からの質疑応答に移ります》

 審査員は、有名どころの企業のひとたちが参加していた。

 前列、向かって一番左のおじさんが手を挙げた。

 メガネをかけていて、ひとが良さそうな雰囲気の痩せ型。

 頭頂部までハゲていた。

 昔ながらのサラリーマンって感じのひと。なんとなく管理職っぽい。

大円だいまる銀行の宇津貫うつぬきです。このたびは大変興味深いスピーチで、勉強になりました……ひとつ質問させていただきたいのですが、ブロックチェーンを用いた金融システムのセキュリティについて、どのようにお考えですか?》

 発表者の男子学生は、ポータブルのワイヤレスマイクで応答する。

《ブロックチェーンは絶対に改ざん不能というわけではありません。一定割合のマイニングを支配することで、不正な改ざんをおこなうことは可能です。有名なところでは、ビットコインの51%攻撃があります。しかし、マイニングは世界中でおこなわれているわけで、その51%を支配するというのは非常に困難であるとも言われています》

《今お答えいただいたのは、システム内部のセキュリティですね? 外部のセキュリティはどうでしょうか? 暗号資産のウォレットには秘密キーが設定されており、それを紛失すると回復ができなくなると伺っています。また、パスワードで管理しているウォレットもあるそうですね。秘密キーやパスワードが紛失・流出しない保証はありますか?》

 発表の学生はすこし考えて、

《秘密キーの紛失やパスワードの漏洩はありえます。特に問題となるのはマルウェアに感染したパソコンで、アドレスをコピーアンドペーストをする際に情報を抜かれる可能性があることです。この点については、ユーザのリテラシーを向上させる必要があります》

 と回答した。

《そうなりますと、高齢化社会では認知症を患っているかたも多いわけで、そのようなかたがたは暗号資産のウォレットを使えない、ということにならないでしょうか?》

 学生はちょっと困ったような顔をして、

《そうですね……ウォレットの管理そのものがビジネスになる可能性もあります》

 と言葉をにごした。

《承知しました。ありがとうございました》

 おじさんはマイクを置いた。

 うーん、今のやりとりは……すごくポジショントークだった気がする。

 となりの粟田あわたさんも、

「今のおじさん、めちゃくちゃ銀行を擁護してたね」

 と言った。

 そう、ようするに銀行業はなくならない、って言いたかったわけよね。

 高齢者の多くは銀行を信頼していると思う。その理由のひとつは、新しいことをやりたくないからだろうけど、もうひとつ、思考力とか判断力が落ちてきたとき、窓口で相談できるのも大きいはずだ。銀行の窓口なんて私は開設時にしか行かなかったけど、分からないことが出てきたら、当然相談に行く。

《それでは、15分の休憩時間とさせていただきます。会場のそとにコーヒーと軽食が用意されていますので、お気軽にお召し上がりください》

 やった、コーヒーブレイクだ。

 私は粟田さんに、

「コーヒー取って来ようか?」

 とたずねた。

「あ、私も行く」

「粟田さんは留守番をお願い。ほかのひとに席を取られるといけないから」

「りょうかーい」

 私はホールを出た。

 ふぅ、疲れた。おもしろいのはいいんだけど、頭を使うわね。

 無料のコーヒーコーナーには、ひとだかりができていた。

 私は並んで待つ。

 ポットから移して……ミルクと砂糖は必要?

 んー、わかんないから両方持って行く。

 それからお菓子も適当に取って──列を離れたところで、女性に声をかけられた。

裏見うらみさん?」

 うわぁッ!?

 私はびっくりした。だって──

「む、宗像むなかたさん……」

 宗像さんはサングラスをはずして、にっこりと笑った。

「裏見さん、こんにちは。たちばなさんに誘われたの?」

 宗像さんは、いつものですます調じゃなくて、フランクに話しかけてきた。

 イメージも道場のときは違うような気がした。すごくさばさばしている。

 私はどもりながら、

「え、あ、はい……宗像さんは、どうしてこちらに?」

 とたずねた。

「私も橘さんの話を聞いて、面白そうだな、と思ったから」

 ……そういうことか。橘先輩、シフトを断るときに話したのかしら。

 私はすこし警戒しつつ、

「なにか新しいビジネスでも始められるんですか?」

 とさぐりを入れてみた。

 宗像さんは苦笑いして、

「むりむり、ジュエリーと将棋道場だけでも手一杯よ」

 という回答だった。

 まあ、それはそうだと思うけど……なんかしっくりこない。

 宗像さんはそのとき、私の両手のコーヒーに気づいた。

「あら、ごめんなさい。そのようすだと連れがいるのね。じゃあまた」

 宗像さんはそう言って、ホールに消えた。

 私も座席にもどる。

「混んでた?」

「ええ、けっこう」

 私は粟田さんにコーヒーを渡して、お菓子を頬張った。糖分補給。

 しばらくして、ふたたび会場が暗くなった。

《それでは、後半の部を始めさせていただきます。番号は19番。晩稲田おくてだ大学です》

 朽木くちき先輩が登壇した。

《晩稲田の朽木です。私たちの発表テーマは『介護の効率化に向けた介護用パワードスーツのリースとそのビジネスモデル』になります。まずはこちらをご覧ください》

 スクリーンにグラフと表が映し出された。

 朽木先輩はワイヤレスイヤホンとマイクで、身振り手振りを交えながら話す。

《これは日本の少子高齢化に関する予測です。2030年には、65歳以上の高齢者1人を支えるためにわずか1.9人の生産年齢人口しかいないという結果になっています。高齢者の支援は、間接的には年金制度や社会保険料を通じておこなわれますが、より直接的には介護労働者が従事することになります》

 スライドが切り替わった。

《こちらは日本の介護福祉士養成学校の入学者数です。一時、介護ブームを迎えておよそ2万人弱の入学者がいましたが、現在は6000人強となっています。一方、後期高齢者人口は増加の一途を辿るため、このままでは介護の人手不足が避けられません。少子化は即座に解決できる問題ではありませんから、現場の効率化で対処する必要があります》

 問題の設定、来ました。

 いろんなチームを見てきて、だいたいパターンがあることがわかった。

 まず解決したい問題を設定する。そのあとで具体的な提案が入る。

 晩稲田チームの話は、私にもだいたい納得がいった。ようするに、一人当たりの人員でこなせる業務を増やすこと、そしてそのためにはパワードスーツが有用であるということだ。ベットの上げ下げにしても、二人掛かりでやっていた作業をひとりでできるようになれば、実質的に人手不足が解消されたのと同じことになる。

 晩稲田チームのアイデアで面白かったのは、パワードスーツの普及のさせ方だった。介護関係の企業は中小も多いから、パワードスーツをじかに購入する資金力がない。そこで考えられるのが、いわゆるリース。業務用コピー機といっしょ。さらにそのリースの仕方についても、詳細な検討が加えられていた。

《……というわけで、介護用パワードスーツのリースに関連するビジネスが、現在の介護問題に対するひとつのサポートになるのではないかと思います。以上です》

 パチパチパチ。拍手。

 そのあとの質疑応答も、朽木先輩は無難にこなしていた。

 のこりのチームも順番にスピーチを終えて、いよいよ結果発表。

《それでは、厳正なる審査を終えまして、結果を発表させていただきます。みごと金賞に輝きましたのは……チーム番号19番、晩稲田大学チームですッ!》

 おおッ、朽木先輩、やりましたねぇ。

 会場から盛大な拍手が起こった。

 メンバーが壇上に上がる。橘先輩、太宰だざいくん、又吉またよしくんもいた。

 朽木先輩は司会の女性から、ひとことあいさつを求められた。

《私たちのチームを評価してくださいまして、ありがとうございました。まずは私たちのスピーチをお聞きくださった審査員および観客のかたがたに、御礼申し上げます。また、このような評価をいただけましたのも、チームメイトのおかげかと思いますので、この場を借りて感謝させていただきます》

 朽木先輩と橘先輩の目が合った。

 橘先輩はウルウルしている。これは事情を知っている側からすると感慨深い。

 そのあとは順番に銀賞、銅賞、各審査員が所属する企業の賞が続いた。

《大円銀行賞には、八ツ橋大学が輝きました。おめでとうございます》

 ん、意外。あのおじさん、けっこう手厳しいコメントをしてたけど。

 公平に審査したってことか。それなら納得。

 こうしてビジネスコンテストは終了。

 ホールから出たところのロビーで、私はひと息ついた。

「ふぅ、つかれちゃった……粟田さん、今日はつきあってくれてありがと」

「ううん、おもしろかったよ。呼んでくれてありがとね」

 それじゃあ夕食でもして帰宅──というところで、太宰くんがこちらに走って来た。

「あ、いたいた、これから打ち上げだけど、参加する?」

 ん? 打ち上げ?

 私はちょっとおどろいて、

「受賞の?」

 と、わざわざたずねてしまった。

「ほかになくない?」

「でも、私たちは部外者よ?」

「せっかく声かけしてまで来てもらったから、だってさ。橘先輩からの伝言」

 あ、うーん……私だけってわけにはいかないのよね。

「粟田さんもいっしょなら、いいけど……さすがにムリ?」

「ふたりともって話だったよ。ただ会費は微妙にとられるかも」

「いくらくらい?」

「1年生だから1000円かな。1000円×学年の晩稲田ルール」

 私と粟田さんは軽く相談して、行くことに決めた。

「了解、僕たちは挨拶回りがあるから、30分くらい待っててもらえる?」

「いいわよ。ここに集合ね」

 太宰くんはホールへ戻っていった。

 私は出入り口を観察する──宗像さん、出て来ないわね。

 もう帰っちゃったのかしら。

 このあとの打ち上げ、美味しいお店だといいけどなあ、どうかなあ。

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