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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第41章 王座戦(2016年12月23日金曜)
262/487

255手目 本譜

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)

 

 ……攻めた。

 これにはギャラリーも驚きを隠せない。

 日高ひだかくんは「千日手じゃないのかよ」とつぶやいた。

 そうよね。なんかそういう雰囲気だったし。私は、

「2四同歩、同飛、2三歩、2九飛で収まるから、ブラフじゃない?」

 とたずねた。日高くんは、

御手おて口三味線くちじゃみせんはしない。攻めると言ったからには攻めるはずだ」

 と答えた。

 ううん、だけど攻められなくない?

 2九飛以下、2五桂、同桂、同飛で桂馬を入手するのかしら?

 太宰だざいくんは口もとに手をあてて、考え込んでいる。

 1分ほど経ったところで、

「しばらく付き合うしかないか……同歩」

 と取った。

 以下、同飛、2三歩、2九飛に、太宰くんは2一飛と回った。


挿絵(By みてみん)


 そうそう、これがある。

 私も読んでいて気づいた。2筋の突破はムリだ。

 御手くんは1九飛で、飛車をひとつずらす。

 もちろん太宰くんも1一飛で合わせた。

 端が見合いになった。

 御手くんは30秒ほど追加で読んで──逆の端に手をのばした。

「9五歩」


挿絵(By みてみん)


 ……そっちかぁ。やっとわかった。

 新田にったくんもうんとうなずいて、

「同歩に9三歩の垂らしか」

 と指摘した。

 たぶんそうだ。取ったら8二角、取らなかったら9五香。

 1筋に飛車を固定して、救援不能にさせたところがポイントだ。

 ギャラリーが感心する中、太宰くんはひとり冷静だった。

「それはふつうに取るよ、同歩」

「ふーん、受けに自信ありってか。お手並み拝見」

 と言って、御手くんは9三歩と垂らした。

 太宰くんは6四角と出る。

 日高くんはこれをみて、

「たしかに、受かりそう……か?」

 と、あいまいな言い方をした。

 私は、

「9五香に9七歩ってこと?」

 とたずねた。

「だろうな。と金は後手のほうが速い。先手は味つけが必要だ」

 味つけ……なにかありそう?

 その答えはすぐに指された。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 牽制に来た角をさらに牽制する。

 太宰くんはさすがに読んでいたらしく、あっさり同歩と取った。

 9五香、9七歩、6五歩、同桂、6六銀、7三角。

 後手の桂馬がタダになった。

 私は日高くんと新田くんに、

「桂馬を渡してだいじょうぶなのかしら?」

 とたずねた。

 日高くんは、

「6五銀、6四歩、5六銀、9八歩成はいい勝負だと思うな」

 という返答。新田くんは、

「どのみち9五角で桂香交換になる」

 と指摘した。

 ところが御手くんは、違う手を指した。6四歩。

 同銀とうわずらせて、8三角と打ち込んだ。


挿絵(By みてみん)


 これは……よく分からなくなってきた。

 桂得を放棄してまで指す手かな、という気はする。

 太宰くんも9八歩成と踏み込んだ。

 御手くんは入れ違いに角をひっくりかえした。

「7四角成」

 これをみた日高くんは、うっすらと目をほそめた。

「ん? まさか6筋がメインなのか?」

 私はその意味をたずねた。

「端はおとりで、6筋に全軍集結させるつもりかもしれない」

「全軍? ……飛車も?」

「ああ、6三歩に6九飛だと思う」

 これは当たった。

 太宰くんの6三歩に、御手くんはスーッと飛車をスライドさせた。


挿絵(By みてみん)


 な、なんかすごく渋滞してるようにみえるけど。

 太宰くんは8九とで、桂馬を回収。

 御手くんも6五銀で、おなじく桂馬を回収した。

 これ、下手すると6五飛〜8五飛みたいなスライドもあるのか。

 私は日高くんと新田くんに、形勢判断を訊いてみた。

 日高くんはむずかしい顔をして、

「形勢云々以前に、どっちも持ちたくないな。気持ち悪い」

 という感想。

 新田くんは、

「先手だ。正確に指せば後手の受けきりだとは思うが」

 というコメント。

 私は……うーん、私なら後手かなあ。

 先手はどうまとめるのかよく分からない。

 中盤の折衝で、ギャラリーもだんだん増えてきた。

 うしろのほうに壁が出来始める。

 移動しにくくなってしまった。ここしか観戦できないかも。

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 太宰くん、銀交換を拒否。

 ここで御手くんは冷静に4九玉と引いた。

 そのままだと6六桂で両取りだものね。

 太宰くんはそれでも6六桂と打ち込む。

 当然の7七金で、いったん太宰くんの手が止まった。

 新田くんは「9五角と出るな」と予想した。

 日高くんはこれに消極的で、

「9五角は8六歩がすこしめんどくさいぞ」

 と言った。新田くんは一瞬意味が分からなかったらしく、

「8六歩? ……次に8九飛で、と金を消すのか?」

 と確認を入れた。

「そういう手があるってだけだ。本命が9五角っていうのには同意するよ」

 とりあえず香車は手に入れたいかな、と思う。

 ところがこの予想は、3人一致していたのに外れた。

 太宰くんは8八とと引いたのだ。


挿絵(By みてみん)


 うーん、さっきの日高くんと新田くんとの会話で、この手の意味は分かる。

 と金を消されるのを嫌ったわけよね。

 新田くんはこれに対して低評価で、

「6四歩と打たれるぞ」

 と指摘した。

 たしかに、先手は一手猶予をもらったに等しい。

 そしてこれは当たった。

 以下、6四歩、7八と、同金、9五角、9九飛、9三香と進んだ。


挿絵(By みてみん)


 あ、ようやく太宰くんの方針が分かった。

 6筋の攻めを緩和しつつ、香車を入手する手順なのか。

 でもなあ、凝りすぎてる気がする。

 御手くんもこの順はあんまり読んでなかったらしく、手が止まった。

 のこり時間は、御手くんが11分、太宰くんが10分。

 御手くんは持ち駒の歩を手にして、指ではじいた。

「んー……団体戦だし、固く行くか。9六歩」

 太宰くんは7三角と下がった。

 御手くんは7七金で桂当たりを避ける。


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 焦点を変えた。

 これは厳しいわよ。同歩なら4六歩、3八銀、4七香で畳み掛けられる。

「悪いが、それは止まるぜ。6六金」

 ん? 金捨て? ……同銀なら4五歩が空振りになるのか。

 代償のバランスは? わりとイケてる?

 日高くんと新田くんも、この手の評価は口にしなかった。

 むずかしいと考えたようだ。

 うしろのギャラリーからは、

「太宰のほうがいいんじゃないか?」

「いや、後手は6筋がかなり危ない」

 という小声の会話が聞こえてきた。

 太宰くんは6六同銀と取った。

 御手くんはすかさず5六桂とすえた。


挿絵(By みてみん)


 これは……6筋が助からなくなったっぽい?

 次に6三歩成、同金、6四歩で崩壊する。

 とはいえ、太宰くんにこれが見えていなかったとも思えない。

 現に動揺してる気配がないし……まあ動揺しても表に出さなさそうだけど。

 いずれにせよ、太宰くんの決断は早かった。4二玉と早逃げする。

 6三歩成、4六歩、6二と、同角、6四馬、5三金、4六馬。

 あれ? 4筋も完璧に受けられちゃった?

 新田くんは、

「さすがに先手持ちだな」

 とコメントした。日高くんもうなずく。

「先手優勢、ってほどじゃないが、かなり指しやすくなった」

 むむむ、とはいえ、先手もかなり脆い。

 右玉で指しやすくなったというだけじゃ、まだ分からない。

 太宰くんは4五歩と打ち、8二馬に4四香と打った。


挿絵(By みてみん)


 んー、これも評価が分かれそう。

 私だったら4六香と放り込んでいた。

 ただなんとなく狙いは分かる。

 おそらく4四同桂とさせて、入手した桂馬を5五に打つつもりだ。

 馬筋を遮断してから4六歩のほうが効くと判断したのだろう。

 局面は私の予想どおりに進んだ。

 4四同桂、同銀、2六桂、5五桂、5六銀上。

 ここで太宰くんの手が止まった。

 選択肢は3つ。ひとつは6七桂成として、次に5七成桂を狙う。

 もうひとつは3五歩で桂頭を狙う。

 3番目は単に4六歩。これは4五歩の反動がちょっときついかな、という印象。

 のこり時間はふたりともほとんどない。太宰くんは最後の長考に入った。

 

 ……ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 3五歩を選択。

 御手くんは「ふーん」という表情。

「そっちか……じゃあ反撃する。6三歩」

 御手くんは3六歩と取り込まれるまえに動き出した。

 太宰くんは7一角とぶつける。取れば同飛で飛車が復活する。

 御手くんもそれは承知しているから、4三歩、同金寄と叩いてから6四馬と逃げた。

 太宰くんは5三角で執拗にぶつけた。

「5五銀」

 御手くんはストレートに中央の駒を取った。

 同歩のあと、御手くんも1分将棋に。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あッ!

 日高くんは、

「はっきり先手優勢だな」

 と評価した。私も同意する。

「これ、王様を引くしかなくない?」

「ああ、そのあとでじわじわ包囲していくパターンだ」

 太宰くんも表情には出していない。

 けど、やっぱり人間だからなんとなく雰囲気で分かる。

 というかさすがに棋力的に悪いと気づいているはずだ。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ

 

 太宰くんは4一玉と引いた。

 御手くんも1分将棋のなか、真剣に読んでいる。

 さっきまでの軽い雰囲気は消えていた。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 厳しい一手。

 同角は4二金、同金引、同桂成、同金、4三香くらいで寄りそう。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

 太宰くんは6四角と取った。

 同銀、3一玉。

 御手くんは、と金に指をそえた。

「5二と」


挿絵(By みてみん)


 決め手に近い……かも。

 次に4二金、同金引、同と、同金に2二金で王手飛車取り。

 投げてもおかしくない局面。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ

 

 太宰くんは2二銀と受けた。

 王手飛車取りの筋を消す手だ。

 日高くんは、

「ま、投げられないよな。団体戦だ」

 と同情気味につぶやいた。

 みれば、かなりのギャラリーが集まっていた。

 対局を終えた藤堂とうどうさんと朽木くちき先輩もいる。

 雰囲気として、ここが最後──しかも3−3っぽい。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

 御手くんは4二金。

 以下、同金引、同と、同金、同桂成、同玉、3四桂と進んだ。

 

挿絵(By みてみん)


 4三玉しかない。太宰くんもそう指した。

 御手くんはムリに王手せず、冷静に2二桂成。

 飛車取りだけど、王様を先に受けないといけない。飛車を逃げると寄せられる。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

 太宰くんは6七角と一回王手した。

 3九玉、4二金、1一成桂、3六歩。

 意外と肉薄してきた? ……あ、ダメか、持ち駒がなさすぎる。

 御手くんは6三飛の王手。

 以下、3四玉、5四金、3七歩成、同金。


挿絵(By みてみん)


 太宰くんはここで息をついた。背筋を伸ばす。

 手はいろいろあるけど──

 

 ピッ ピッ

 

「……4三桂」

 御手くんは4四金、同玉を決めてから、6二角と打った。

 3四玉に4四銀の詰めろがかかる。

 

挿絵(By みてみん)


 太宰くんは持ち駒をそろえた。

「上下を同時に受ける方法がない……か。負けました」

「ありがとうございました」

 おたがいに一礼し、ギャラリーが湧いた。

 御手くんのうしろで観戦していた藤堂さんは、

「よくやった。これで申命館しんめいかんの勝ちだ」

 とほくそ笑み、メガネをなおした。

 朽木先輩は残念そうに腕組みをして、

宗像むなかたくんがいなくても、なおこれか……来年はリベンジしよう」

 とつぶやいた。

 喧騒のなかで、感想戦が始まった。

 太宰くんの第一声は、

「9五角って早めに出たほうがよかった?」

 だった。

 局面はそこまで戻された。

 

【検討図】

挿絵(By みてみん)


 太宰くんは、

「ここで9五角だと?」

 とたずねた。

 御手くんは無言で8六歩と突いた。

 太宰くんは10秒ほど考えて、

「そこで4筋を突こうかと思ったんだよね」

 とコメントした。

「だったら5六銀と出る」

「それは7九とに同飛とできなくない?」

「ああ、同飛は5六銀、同歩、6八銀で縦の割り打ちになる。だから飛車を浮く」

「……6七飛ってことか。以下、4六歩と取り込んで4七香を狙う展開になりそうだ」

 太宰くんはそうつぶやいてから、ひたいに手をあてて考え込んだ。

 トレードマークのハンチング帽が、すこしばかり浮いた。

「……本譜よりマシだったな」

 感想戦は、そのひとことで終わった。

場所:2016年度王座戦 1日目4回戦 申命館vs晩稲田

先手:御手 篤

後手:太宰 治虫

戦型:先手右玉


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲6八銀 △3二金 ▲4八銀 △6二銀 ▲7八金 △7七角成

▲同 銀 △2二銀 ▲4六歩 △6四歩 ▲3六歩 △7四歩

▲4七銀 △7三桂 ▲3七桂 △3三銀 ▲5八金 △1四歩

▲1六歩 △6三銀 ▲2九飛 △6二金 ▲4八玉 △5二玉

▲9六歩 △9四歩 ▲7九飛 △5四歩 ▲8八金 △4二銀

▲6六銀 △2二角 ▲7七銀 △8一飛 ▲7八金 △4四角

▲2九飛 △5三角 ▲5九玉 △6五歩 ▲4八金 △4四歩

▲5八玉 △4三銀 ▲2五歩 △3三桂 ▲1八香 △1二香

▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩 ▲2九飛 △2一飛

▲1九飛 △1一飛 ▲9五歩 △同 歩 ▲9三歩 △6四角

▲6六歩 △同 歩 ▲9五香 △9七歩 ▲6五歩 △同 桂

▲6六銀 △7三角 ▲6四歩 △同 銀 ▲8三角 △9八歩成

▲7四角成 △6三歩 ▲6九飛 △8九と ▲6五銀 △5五銀

▲4九玉 △6六桂 ▲7七金 △8八と ▲6四歩 △7八と

▲同 金 △9五角 ▲9九飛 △9三香 ▲9六歩 △7三角

▲7七金 △4五歩 ▲6六金 △同 銀 ▲5六桂 △4二玉

▲6三歩成 △4六歩 ▲6二と △同 角 ▲6四馬 △5三金

▲4六馬 △4五歩 ▲8二馬 △4四香 ▲同 桂 △同 銀

▲2六桂 △5五桂 ▲5六銀上 △3五歩 ▲6三歩 △7一角

▲4三歩 △同金寄 ▲6四馬 △5三角 ▲5五銀 △同 歩

▲3四桂打 △4一玉 ▲6二歩成 △6四角 ▲同 銀 △3一玉

▲5二と △2二銀 ▲4二金 △同金引 ▲同 と △同 金

▲同桂成 △同 玉 ▲3四桂 △4三玉 ▲2二桂成 △6七角

▲3九玉 △4二金 ▲1一成桂 △3六歩 ▲6三飛 △3四玉

▲5四金 △3七歩成 ▲同 金 △4三桂 ▲4四金 △同 玉

▲6二角 △3四玉 ▲4四銀


まで159手で御手の勝ち

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