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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第41章 王座戦(2016年12月23日金曜)
261/487

254手目 エース不在

 オーダー交換が終わった。

 中央の列に陣取った晩稲田おくてだ申命館しんめいかん

 7人の代表が対局準備をしている。

 注目カードだから、観戦者は多い。

 私は1番席の朽木くちきvs藤堂とうどうのうしろについた。

 藤堂さんはメガネをふき、それをかけなおした。オールバックの前髪をととのえる。

「王座戦では初対局かな、朽木くん」

「そうだが……宗像むなかたくんはどうした? 病欠か?」

 藤堂さんはチェスクロに腕を伸ばした。

「どういうメンバーを出すかは、各校の自由だと思うが」

「……それについて異論はない」

 これは……いないのがバレたっぽいわね。

 当然といえば当然。前半は実力差があって宗像くんを温存した、という解釈もできた。現に3連勝しているのだから問題ない。けど、晩稲田に同じことをするのは妙だ。

 会場はだんだんと静かになり、咳ばらいの音だけが聞こえた。

 八千代やちよ先輩のアナウンスが入る。

「対局準備はよろしいでしょうか? ……では、始めてください」

 選手は一斉に頭をさげた。

「「「よろしくお願いします」」」


【1番席 藤堂とうどうつかさ(申命館)vs朽木くちき爽太そうた(晩稲田)】

挿絵(By みてみん)


「宗像くんがいないチャンス、さすがに利用させてもらおう」

「申命館の層の厚さをなめるな。宗像抜きでも勝てる」


【2番席 又吉またよし長介ちょうすけ(晩稲田)vs於保おぼかなえ(申命館)】

挿絵(By みてみん)


「いやはや、副会長のお相手とは、我輩、光栄であります」

「今、いろいろと機嫌が悪いの。わかる?」

「ヒエッ……貧乏くじだった気がするであります」


【3番席 御手おてあつし(申命館)vs太宰だざい治虫おさむ(晩稲田)】

挿絵(By みてみん)


「太宰とは高3の全国大会でも指したよなあ。悪いが今回も勝たせてもらうぜ」

「そうだね、パパが応援に来てるもんね」

「ぐッ//////」


【4番席 たちばな可憐かれん(晩稲田)vs駒込こまごめ歩美あゆみ(申命館)】

挿絵(By みてみん)


「あら、メイド喫茶は廃業したの?」

「わたくしのメイド姿は朽木爽太さまだけのものです」

「……あ、ふーん」


 むむむ……どこも白熱(?)している。

 晩稲田の偶数先。1番席はパタパタと進んだ。

 6八銀、3四歩、7七銀、6二銀。

 

挿絵(By みてみん)


 矢倉になった。

 2六歩、4二銀、7八金、3二金、4八銀、4一玉。

 まるで事前了解があったかのように速い。

 6九玉、7四歩、5八金、6四歩、2五歩、6三銀。

 すこし変則的──と思った瞬間、横で女のひとの声が聞こえた。

「すこし変則的ね」

 みると、速水はやみ先輩が立っていた。

 あれ? 速水先輩って選手……じゃないのか。

 日センは出場校でもなんでもなかった。

香子きょうこちゃんから、哀れみのまなざしを感じるわね」

「あ、いえ、そんな……」

「いいのよ、そのぶん七将戦で暴れさせてもらうわ」

 それはそれで怖いんですが。

 触らぬ神に祟りなし。私は、

「ちょっと失礼します」

 と言ってから、ほかの対局も観に行った。


【2番席 又吉vs於保】

挿絵(By みてみん)


 不穏な会話から始まったわりに、正統派。

 となりは、と──

 

【3番席 御手vs太宰】

挿絵(By みてみん)


 んー、角換わりか。

 私がさらに移動しかけたとき、となりの男子とぶつかりそうになった。

「あ、ごめんなさい」

「おっと、わりぃ……あれ?」

 あいては慶長けいちょう日高ひだかくんだった。

 紺色のジャケットに同じく紺色のカジュアルズボンを履いていた。

 大和やまと新田にったくんもいた。新田くんは冬なのに半袖のシャツ。

 寒くないの? あれですかね、筋肉の新陳代謝で自家暖房?

「おつかれさま。ふたりとも、役員の見回り?」

 日高くんは、

「建前上は、な。実質観戦」

 と答えた。ようするにヒマなわけですね。

 新田くんも力こぶを作って、

「これじゃあ体がなまる」

 と言った。

 いや、もともと屋内競技だと思うんですが。

 私は「太宰くんの将棋を観てるの?」とたずねた。

 日高くんは、

「A級目指すなら、観といて損はないぜ。来年度の主将候補だからな」

 と答えた。

 あ、そうなんだ。太宰くんが主将候補なのか──部のイメージ変わるわね。

 ついでに会長も狙ってるのかしら。

 松平まつだいらがそう言ってた記憶。

「日高くんと新田くんは、太宰くんと同世代よね」

 私の質問に、ふたりは怪訝そうな顔をした。

 日高くんは、

「ん? 裏見うらみって浪人してるの?」

 とたずねてきた。

「あ、そういう意味じゃなくて、ふたりは全国大会で当たってるんじゃないの?」

「ああ、そういうことか。俺は当たったことないぜ……新田はあるよな?」

「いや、俺もない」

 私はふたりの返事を聞いて、

「そっか……そうよね、全国大会に出ても、当たるとは限らないし」

 と返した。ところが、日高くんはすこし意外な返答をした。

「俺はそもそも全国大会に出たことないよ」

「え……そうなの?」

「出てないと変?」

「そ、そういうわけじゃないけど……慶長の1年だとトップなのよね?」

「俺は東京出身なんだ。強豪が多過ぎて出られなかった。同学年に氷室ひむろがいたしな」

 あ、そういうパターンか。

 都会は都会でたいへんそう。人口が違う。

 日高くんは「裏見ってどこ出身?」とたずねてきた。

「H島」

早乙女さおとめとか桐野きりのって知ってる?」

 もちろん。私は知ってると答えた。

「男子だと捨神すてがみってやつがいたな、白髪の」

「あ、同郷よ」

「マジ? 世間は狭いね……ところで、宗像のやつを見なかった?」

 ドキリ──私はなるべく平静をよそおった。

「見てないわよ」

「そっか……じつは行方不明ってうわさがあるんだよ」

 会場全体が察しちゃったっぽい。

 歩美あゆみ先輩が私たちのことを漏らしてなければいいけど。

 私はちょっと不安になりながら、盤面を見返した。


挿絵(By みてみん)


 日高くんと新田くんも、将棋のほうに関心をうつした。 

 日高くんは、

「御手のわりにはふつうだな」

 というコメント。

 私はK都で御手くんに負けたときのことを思い出す。

 あのときはかなり変則的な将棋だった。やっぱり舐めプだったのかしら。

 太宰くんはここで少し考えている。

 腰掛け銀しかないかな、と思うけど。

 そう思った矢先、太宰くんのひとりごとが聞こえた。

「んー……右玉くさいんだよね」

 ここから? ……あ、できるのか。

 御手くんはニヤリとした。

「太宰も右玉にするか? 相右玉なんてな」

ってことは右玉なんだね、了解」

 太宰くんは6二金とあがった。

 御手くんは4八玉とする。


挿絵(By みてみん)


 ほんとに右玉だった。

 太宰くんは5二玉。

 日高くんはこれをみて、

「おいおい、ほんとに相右玉かよ。変態すぎるだろ」

 というコメント。

 新田くんはすこし冷静に、

「いや、後手は中住まいだろう。ここからさらに組み直すとは思えん」

 と言った。

 いずれにせよ、かなりの力戦になりそう。

 9六歩、9四歩、7九飛(!)、5四歩、8八金(!)


挿絵(By みてみん)


 え? そんなの成立しなくない?

 ……6六銀〜7五歩ってこと?

 困惑する私をよそに、新田くんは、

「後手の王様は戦場に近いが、2二角で止まる」

 と評価した。

 これには日高くんが、

「いや、むしろ後手に2二角と打たせるのが狙いだろ」

 と指摘した。

 なるほどなるほど、さすがはA級のレギュラー陣、読みが素早い。

 太宰くんは水筒をとりだして、ホットコーヒーを注いだ。

 御手くんは缶コーヒーを飲んで、大きく背伸びをした。

 さすがに4局目だから、だんだん疲れてくるわよね。

 こういう大会は体力勝負なところもありそう。

 

 パシリ

 

 太宰くんは4二銀と固めた。

 6六銀、2二角に、御手くんはあっさりと7七銀。

 やっぱり打たせるのが目的だった。

 そこから8一飛、7八金と手仕舞いして、4四角に2九飛ともどった。

 

挿絵(By みてみん)


 こんなのあり? 先手だけ巻き戻しになっちゃってる。

 日高くんも、

「後手に角を打たせた代償が5手損……角の動きを無視しても3手損か……どうなんだろうな。そこまでして打たせるメリットがあったのか?」

 と懐疑的。

 新田くんは、

「千日手狙いかもしれん」

 と言った。日高くんはこれにも懐疑的で、

「王座戦で先手引いて千日手狙いにするか? しかも序盤から?」

 とたずねた。新田くんは、

「ううむ、御手の思考は読めん」

 とうなった。

 どうやら見守るしかなさそうですね、はい。

 以下、5三角、5九玉、6五歩、4八金、4四歩と進んだ。

 御手くんは5八玉で、中住まいに組み替えた。


挿絵(By みてみん)


 日高くんは「ほんとに千日手なのか……?」と首をかしげた。

 新田くんは、

「もしかすると太宰の暴発待ちかもしれん」

 と言った。

「それなら御手の読み違いだな。太宰に暴発はありえない」

 なるほど、そういう信頼があるのか。

 性格的にも熱くならなさそうだし。

 4三銀、2五歩、3三桂、1八香、1二香。

 太宰くん、ぜんぶ辛抱してる。

 御手くんは缶コーヒーを飲み干して、カランとテーブルのうえにおいた。

「それじゃ、攻めますか。2四歩」

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