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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第41章 王座戦(2016年12月23日金曜)
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253手目 墓参り

 潮風しおかぜの香る公園。

 ベンチに寝そべる宗像むなかたくんを、私たちは4人で取り囲んでいた。

 彼は腕まくらをして、顔を帽子で隠していた。波の音を聞いているようだ。あたりの松の木が、こがらしに揺れる。葉のふれあう音が、あたりにざわめいた。

 私は松平まつだいらを盗み見た。松平は佐田さだ店長の動向をうかがっていた。

 ところが店長はなにも言わず、海のほうへ視線を走らせた。

「……いい景色だ」

 その声にあわせたかのように、宗像くんは右手で帽子をとった。

「これまた迷惑な観光客だね」

 宗像くんは上半身を起こして、そのままベンチに座りなおした。

 どこから話を始めたものか──最初に口をひらいたのは、宗像くんのほうだった。

「なにか用?」

 店長は顔を宗像くんへむけた。

「率直に訊くよ。7年前、僕ときみはどこかで会ったことがあるね?」

 宗像くんは帽子をかぶりなおしながら、

「だったら、どうなんですか?」

 と、間接的に肯定した。

 店長はほほえんだ。

「いや……どうもしない。それだけだ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え?

 私たちは店長をみた。

 店長はこちらの視線をとらえかえして、

「さあ、僕の用事は終わったよ。きみたちはご自由にどうぞ」

 と言った。

 ちょっと待ってくださいな──さすがに困惑する。

 宗像くんはくすりと笑って、

「そっちの3人は、なんにも準備がないみたいだけど?」

 と煽ってきた。

 大谷おおたにさんが一歩まえに出る。

「拙僧も率直にうかがいます。関東に出没中の聖生のえるは、宗像くんですか?」

 大谷さんと宗像くんの視線が交差する。

 私たちのあいだに緊張が走った。

「……僕に瞬間移動の能力はないよ」

「それは否定と受け取ってよろしいのですね?」

「どうとでも。お坊さんだから禅問答は得意なんじゃない?」

 大谷さんはそれ以上追及しなかった。

 ふたたび沈黙が流れる──私は今回のできごとの出発点を思い出した。

「あの……駒込こまごめさんから伝言があるんだけど……」

 宗像くんの表情が変わった。目つきがするどくなる。

歩美あゆみから? ……さがして来いっていわれたの?」

 私はそうだと答えた。

 宗像くんは舌打ちをして、帽子をいじった。

「あいつ、マジで余計なことするな……王座戦なんか知らないって伝えとけ」

 そういうパターンか。

 これは困った。気まぐれでふらふらしているのかと思ったら、意図的にボイコットしているとは。どうしたものか──ここで松平が口をはさんだ。

申命館しんめいかんの内部事情は知らないが、実力では宗像が一番じゃないのか」

「ああ、一番だよ。だから?」

「チームのエースが抜けたら、団体戦に支障が……」

 宗像くんはドンとベンチを叩いた。

「だからそういうのがムカつくんだよッ!」

 あまりの剣幕だったから、松平も一瞬ひるんだ。

 けど、さすがに冷静になって、

「宗像がエースなのも団体戦に支障が出るのも、事実だろ?」

 とたずねかえした。

「俺は都合のいいときに勝ち星をひろってくる将棋マシーンじゃないんだよッ! いつもは煙たがってるくせに、公式戦のときだけちやほやするなッ! 将棋が弱かったら、俺になんか声をかけないだろッ! だったら普段からほっとけよッ!」

 宗像くんはせきを切ったようにまくしたてた。

 私は呆然としつつ……ある記憶を揺さぶり起こされた。

「それって……」

 宗像くんはちらりとこちらをみた。

「なにか言いたいのか?」

 松平が割って入ろうとした。私はそれを押しとどめた。

「おなじことを言ってる男の子がいたな……と思って……」

「おなじ? なにがおなじなんだ?」

「名前は言えないんだけど……ピアニストの知り合いがいるの。最初の友だちもピアノがきっかけで仲良くなったらしくて……その子は、じぶんにピアノの才能がなかったら声をかけてもらえなかったんじゃないか、って悩んでた」

 宗像くんはしばらく黙った。

 じっと海をみつめる。

「俺と似てるって言いたいの?」

 ふだんの私なら流されて、似ている、と答えたかもしれない。

 けど、なぜか本音を言わないといけない気がした。

「……似てないと思う」

 宗像くんは自嘲気味に笑った。

「だろうね。俺に友だちはいないよ」

「じゃあ……」

 私は口をつぐんだ。

「じゃあ、なに?」

「いたらよかったと思う?」

 宗像くんから、さっきまでの険悪な雰囲気が消えた。

 すこしさみしそうな顔になる。

 私はかえって気まずくなった。

「いないんだから、そんなのわかるわけないだろ」

「……」

 宗像くんは、またあざけるような表情になって、

「その友だちとやらは、そいつのおかしな悩みにつきあってやってるの?」

 とたずねてきた。

 私は、あの盆踊りの夜*のことを話した。

 地域や人名は出さないように、慎重に言葉を選んだ。

 宗像くんはとちゅうから目を閉じて聴いていた。

 私が話し終えても、しばらくなんのリアクションもなかった。

「……ようするに金持ちのメンヘラごっこでしょ。海外留学するかしないかなんてさ」

「そういうわけじゃ……」

「どうみてもそうじゃん」

 私はなにか言おうとした。けど、宗像くんが先に、

「いいから俺にかまうなッ!」

 と大声をあげた。

 これは……さすがに交渉決裂か。私は松平と大谷さんに目配せした。

 ふたりとも説得はあきらめているようだった。

 私たちはさよならを言って、駐車場の方へもどる。何度かふりかえったけど、宗像くんはベンチでうつむいているだけだった。

 道中、海岸線沿いを歩いていると、大谷さんは急に海のほうをむいて、手を合わせた。

 私は「どうしたの?」とたずねた。

「これは憶測ですが、宗像くんのお母さまは亡くなられているのだと思います」

 佐田店長はそれを聞いて、

「そうだよ、彼の母親は亡くなっていた。たぶん墓参りに来たんじゃないかな」

 と言った。

 大谷さんは手を合わせたまま、

海女あまさんだったのですね?」

 とたずねた。

 店長は「よくわかったね」とだけ答えた。

 そっか……コンビニのおばさんとの会話は、そういう意味だったのか。

 私は海のほうをみた。大きな島がみえる。

「あそこにお墓があるのかしら?」

 私の問いかけに、大谷さんは目を閉じて、

「海に散骨なされたのかもしれません」

 とつぶやいた。私も自然と手を合わせる。

 松平と店長も手を合わせて、しばらくのあいだ、伊勢湾を拝んでいた。


  ○

   。

    .


 Y日市駅前。

 私たちはバンから降りて、店長とお別れのあいさつ。

 私はちょっと気になってることがあった。

「店長、ほんとうにあれでよかったんですか?」

 店長は運転席から身を乗り出して、

「よかったっていうのは?」

 と訊き返した。

「何年もさがしてたんですよね? あれだけでよかったんですか?」

 店長は「ああ、それか」と笑った。

「いいんだよ。行きのとき、僕は聖生のえると話をしたいだけだって言ったね。でも、宗像くんと会って、はっきりわかった。僕は聖生のえるが気になってたんじゃなくて、彼のこどもが気になってたんだよ。虐待で死んでないかとか、犯罪者になってないかとか、いろいろ……ようするに元気にしてるかなって。彼があのときの少年だと確定して……」

 店長は、そこで言葉を切った。

 それからふっきれたような顔で、

「ほんとうに安心した」

 と言った。

 エンジンをかけながら、店長は先をつづけた。

「さて、これで僕の冒険は終わりだ。聖生のえるはまだどこかにいる。あのときのおじさんなのか、それとも詐称しているやつなのか、それはわからない。けど、僕はもうそのことには興味がない。きみたちだけで追ってくれ」

 松平は運転席の窓に近寄って、

「このまま東京へもどるんですか?」

 とたずねた。

「ああ、じつはこれ、レンタカーなんだよね。1日レンタルだからもう帰らなきゃ」

 佐田店長は最後に右手をあげて、なにやら敬礼のようなポーズをとった。

「それじゃ、健闘を祈るよ……喫茶店有縁坂うえんざかを、これからもよろしく」

 バンは走り去った。

 あとに残された私たちは、とりあえず会場へもどることに。

 1階のホールには、くたびれた観戦者が群れていた。

 時刻は3時。3局目が終わったあたりかな、と思う。

 2階へあがってみると、案の定、4局目の打ち合わせが始まっていた。

 私は歩美あゆみ先輩のところへむかう。

 歩美先輩は私が声をかけるまえに、こっちに気づいた。

「どうだった?」

「えっと……会えたには会えたんですが……」

 私は説得に失敗した旨を伝えた。

 出会った場所はごまかした。

 佐田店長のことも内密にしておく。

「出場しない理由、なにか言ってた?」

「直接は教えてもらってませんが、乗り気がしないんじゃないかな、と……」

「……ほんとにそれだけ?」

 いやぁ、そういうところで勘を働かせないで欲しい。

「個人的なことなので、あまり深入りしませんでした」

「……そう」

 はい、いつものやついただきました。

 歩美先輩、最後の最後で冷めるくせがあるのよね。

 なんだか高校時代を思い出すやりとりだった。

 いっぽう、申命館陣営はかなり深刻なようす。

 藤堂とうどうさんを筆頭に、次の対局の相談をしていた。

 さすがに詳細は聞こえなかった。

 私はその場を離れて、都ノみやこののメンバーをさがす。

 星野ほしのくんを発見──したけど、他大の知らない学生と談笑中。

 ほかには……ララさんはいないっぽいわね……あ、穂積ほづみお兄さんを発見。

 穂積お兄さんは会場のすみっこで、パイプ椅子に座っていた。

 なにやらパソコンをいじっている。

「穂積先輩、おつかれさまです」

 穂積お兄さんはパソコンの画面をみたまま、

「あ、裏見うらみさん、おつかれさま」

 と返してきた。

「いま、どんな感じですか?」

「3連勝が3校、晩稲田おくてだ、帝大、申命館。勝ち星の順だよ」

 申命館が勝ち星で負けてるのか。

 たぶん、宗像くんの穴埋めができてないんでしょうね。

 オーダーはベストな状態で組むから、ひとり抜けるといろいろ支障が出やすい。

 穂積お兄さんはキーを打ちながら、

「申命館は4局目が晩稲田おくてだ、5局目が帝大。この2連戦が山場かな」

 と分析した。古都大も1敗で追っているらしかった。

「宗像くんがいないと、申命館は厳しいですね」

 穂積お兄さんは急に顔をあげて、

「あれ? 宗像くんってほんとに来てないの? どこかに隠れてるとかじゃなくて?」

 とたずねてきた。

 しまった。ここはごまかす。

「あ、たしかに、隠れてるっていう可能性もありますか……」

「他の大学も疑心暗鬼になってるよ」

 私は晩稲田のほうをみた。

 会場の奥隅で、朽木くちき先輩たちがなにやら相談をしている。そっか、第3局までは宗像くんを出してないだけ、っていう勘ぐりもできてしまうわけだ。宗像くん、あちこちに迷惑かけ過ぎでは。

 そんなことを考えていると、八千代やちよ先輩のアナウンスが入った。

「それでは各校、オーダーをご提出ください」

*187手目 だれでもいいということ

https://ncode.syosetu.com/n0474dq/187/

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