表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第41章 王座戦(2016年12月23日金曜)
259/487

252手目 ナンバープレート

 私たちはY日市を出たあと、高速道路で志摩半島へ向かった。

 カーナビをみるかぎり、目的地までは100キロ近くあるっぽい。

 高速は海沿いじゃなくて、内陸部を通っていた。

 左右に建物と畑がひろがる。

 バンだから中は快適で、3列シートの8人乗りだった。

 私と松平まつだいらが2列目、大谷おおたにさんが3列目に座った。

 ちょうど運転席のうしろに松平がいるかっこう。一応、用心のため。

 インターチェンジを入ってから10分ほどして、佐田さだ店長は、

「さて、どこから話そうか」

 と口をひらいた。

 松平はすこし警戒して、

「話ってなんですか?」

 とたずねた。

「僕が真相にたどりついた理由だよ……っと、その顔は信用してないね」

 バックミラー越しに、店長はほほえんだ。

 松平は数秒ほど思案した。

「俺たちのほうは情報を出せないんですが……」

「出せない理由は?」

「俺たちには話す権限がありません。ほかの部員の許可がないと……」

 なるほどと、店長はうなずいた。

「べつにいいよ。そもそも、僕と君たちの動機は少しばかり違うからね」

「……どういう意味ですか?」

「僕は純粋にお礼が言いたかったんだよ……あ、また信じてないね。これくらいは信じてくれてもいいと思うけどなあ。ま、いいや。バブル崩壊で儲かる銘柄をもういちど教えて欲しいとか、そういう気はないんだ……まあ、お礼が言いたいだけっていうのは、かっこつけ過ぎたか。ただ、なんというか……」

 店長は、そこで言葉を区切った。

「……もういちど、あのひとと話をしたかったんだ」

 車は大きな公園にさしかかった。

 1台の対抗車とすれちがう。

 松平は私たちのほうを盗み見て、それからこう答えた。

「佐田さんが話したいなら、俺たちは聞きます……が、すこしアンフェアですかね」

「いや、それでかまわないよ。で、どこから訊きたい?」  

聖生のえるの正体は、宗像むなかた恭二きょうじだと思ってるんですか?」

「正確には聖生のえるのこども、だね」

 やっぱり私たちとおなじ推理だった。

 松平は、

「どうやってその結論にたどりつきました?」

 と質問した。

 ちょっと単刀直入すぎるんじゃないかな、と思ったけど、店長は笑って、

「さて、どうやってでしょう?」

 と、質問を質問で返してきた。

 松平はふたたび私たちのほうをみた。私は肩をすくめてみせる。

 店長はこのようすをバックミラー越しに見ていて、

「んー、ヒントは出したつもりなんだけどね」

 とつぶやいた。

 松平は眉をひそめた。

「ここまでの道中で、ですか?」

「いや、熱海あたみでだよ」

「……気づきませんでした」

「僕が聖生のえると出会ったとき、彼の車は故障してたんだ」

 松平はなにかを察したようで、身を乗り出した。

「車のナンバーですか?」

 店長は左手をハンドルから離して、親指を立ててみせた。

「正解」

 松平は口もとに手をあて、すこしばかり猫背になった。

 どこか納得していないのは、私にも伝わった。

 そして案の定、

「……ずいぶんと時間がかかったんですね。たしか2009年だったと思いますが」

 と、つっこみを入れた。

「ナンバーだけじゃ個人情報はわからないんだよ」

「……そうなんですか?」

「ナンバーだけで照会しても、所有者の情報は教えてもらえない」

「じゃあ、なんで突き止められたんですか?」

 店長は、あっさりとタネを明かしてくれた。ナンバーだけでは、所有者の情報は教えてもらえない──けど、それはあくまでも通常のケース。特例で教えてもらえる方法があるとのことだった。そのひとつが、長期的に違法駐車をしている車両を撤去するとき。

 店長は仕組みを説明しながら、

「ほんとうに偶然だったんだよ。ナンバーから車両を追って行ってね。とうとう去年見つけたんだ。廃車になって、S賀の工場に放置されてた」

 S賀──佐田店長が、エンジニア時代に働いていたところだ。

 ということは、そのツテで見つかったのかもしれない。

 松平は、

「工場に放置されてたってことは、違法駐車じゃないですよね?」

 と、細かいところにつっこみを入れた。

「もちろん、そのままだと違法駐車じゃない」

「……? どういうことですか?」

「その工場のすみっこに空き地があってね、たまたま僕が買ったんだよ。その車はなんの手違いか、そこに放置されてしまった。だから撤去した」

 松平はようやく納得した。

「違法駐車になるように調、ってことですか」

 店長はかるく笑った──けど、それ以上の弁解はしなかった。

 ここで大谷さんが割り込んだ。

聖生のえる本人を追いかけなかったのは、なぜですか? なぜ恭二くんを?」

「……なぜだと思う?」

 大谷さんは、バッグミラー越しに店長の顔を直視した。

聖生のえるは亡くなっていた……からでは?」

 車内に沈黙が流れた。

 店長は、さっきと打って変わって、マジメな調子になった。

「……かもしれない」

「かもしれない、とは? 本名は判明したのではありませんか?」

「いや、しなかった」

 後部座席の私たちは、おたがいに顔を見合わせた。

 そして、答えを当てたのは大谷さんだった。

「つまり、名義が別人だったのですね……聖生のえるの本名はわからないまま、その子を当てることができる……離婚後の配偶者のものでしたか?」

「きみ、なかなかやるね。だったら宗像むなかたという姓の謎も解けるんじゃないかな?」

「母方のもの、ということになります」

 なるほど、そういうことか。

 聖生のえる本人の個人情報はわからなかった。

 けど、聖生のえるの配偶者の氏名はわかった。そしてそれが宗像だった。

 だから佐田店長は宗像くんをあやしんだ、と。

 私もひとつ気になることがあって、質問をしてみた。

「宗像くんと会ったのは、そのできごとの前ですか、あとですか?」

「あとだね……ああ、ひとつだけ弁明させてもらうよ。僕は宗像くんが聖生のえるのこどもだと思ったから近づいた、ってわけじゃないんだ……宗像くんのほうから近づいてきた」

 私は「どういうことですか?」とたずねた。

 店長は複雑な表情をして、

「それが僕にもわからないんだよねぇ。聖生のえるが『困ったら佐田に泣きつけ。あいつは俺に恩があるからな』って言ったのか、それとも……」

 と言い、そこで言葉を区切った。

 なぜか気まずい空気が流れる。

 店長は、なにかを疑っているように感じられた──なにを?

 それは分からない。

 車は走り続ける。

 とちゅうで会話もなくなり、私たちは志摩半島の自然をながめていた。


 1時間後──

 

 私たちは、T羽駅の近くにある、海沿いの駐車場に到着した。

 空はすこしばかり明るくなり、雲間に青空が見え始めた。

 そこから射す光が、海を照らしていた。真冬の太平洋。

 向こうには、島がいくつか見えた。船の姿はほとんどなかった。

 私はコートをしっかりとまといながら、

「ここが宗像くんの生まれ故郷なんですか?」

 とたずねた。

 店長はポケットに手を入れて、海をながめていた。

「夏に来たら、さぞかしいい風景なんだろうな」

「……あの、店長?」

 店長は「なんだい?」と訊き返した。

 私は質問をくりかえした。

「ああ、そうだよ。僕の予想では、ね。ハズレならそこまでだ」

 ハズレだと困る。もうN古屋へ移動する時間はない。

 店長は「さて」と言ってから、

「手分けしてさがすほうがいいけど、バラバラになるのはよくないな。宗像くんとなにかあったときに困るし……ふたり一組ひとくみになろうか」

 と提案した。

 どう分かれるか──ここで松平が一歩前に出た。

「俺と佐田さん……ってことになりそうですね」

「そうだね。さすがに僕と女の子ひとり、というわけにはいかないか」

 店長は私と大谷さんのほうをむいた。

「それじゃ二手に分かれよう。宗像くんの居場所を突き止めたら、まずは連絡を取り合うこと。抜け駆けで交渉するのはナシだよ。じゃ、またあとで」

 松平と店長は、港のほうへ移動した。

 どうも店長はアテがあるっぽかった。

 あとに残された私と大谷さんは、作戦会議。

「大谷さん、どうする? レストランをさがしてみる?」

「ランチタイムではありますが……まずは駅前を押さえるのが得策かと」

「駅前?」

駒込こまごめさんは3000円をお貸しになられたそうですね。電車賃という推測は正しいと思います。ならばT羽駅で降りたはず」

 そういうことか。

 私たちは駅前へ移動した──と言っても、なにもないような……そもそも駅がそんなに大きくなかった。食べるところも限られてるっぽくて、お寿司屋さんが一件、それから観光地によくあるショッピングモールがひとつ、道路をはさんで建っていた。

 私たちは駅に入って、営業所で声をかけた。

 高齢の男性駅員さんが出てきた。

「どうしました?」

「あの……ここで待ち合わせをしてるんですが、そのうちのひとりと会えなくて……」

 私たちは観光に来た学生グループをよそおった。

 けど、駅員さんからは、

「改札口はあんまり見てないんですよ」

 という回答。それもそうか。

 ここで大谷さんがべつの質問をした。

「この駅で降りたあと、地元のひとが最初に行くところはどこですか?」

「最初に行くところ? ……観光地のことですか?」

「いえ、例えば帰郷したとき、最初に寄るところです」

 駅員さんはすこし面食らったみたいだった。

 けど、まじめなひとらしく、

「だったら商店街のほうですね。駅を出て、右に曲がってください。しばらく歩けば飲食店がみえてきます。その先が住宅地になってて、みなさんそちらに住んでますよ。ただの商店街ですからね、あんまり期待しないでください」

 と教えてくれた。

 私たちは駅を出て、商店街へむかった。

 駅員さんが言ったとおり、ほんとうにただの商店街だった。

 けど、すこし目立ったのは、真珠を売っているお店がたくさんあることだ。

「そういえば、伊勢湾って真珠の産地だっけ」

 私がショーウィンドウのひとつをのぞきこんでいると、大谷さんが、

裏見うらみさん、先を急いだほうがよろしいかと」

 とうながした。

 おっとっと、見惚れてる場合じゃない。

 私たちはさらに奥へと進んだ。

 どんどんふつうの田舎町っぽくなってくる。

 コンビニが見つかり、大谷さんはそこへ入った。

 私もあとにつづく。

 大谷さんは暖かい飲み物をひとつレジへ持って行って、

「つかぬことをお伺いしますが、このあたりに宗像というかたはお住まいですか?」

 とたずねた。

 ナイス、こういうお店って、地元のひとがそのままやってるケースが多い。

 私が期待していると、店員のおばさんは、

「むなかた……知らないねぇ」

 という返事だった。

 残念。大谷さんが支払いを済ませて出ようとすると、出口のところで、

「お嬢ちゃんたち、もしかして観光?」

 とたずねてきた。

 私たちはふりかえって、そうだと答えた。

「さっき男の子がひとり来たけど、お連れさん?」

 私は特徴をたずねた。

「茶色のベレー帽みたいなのをかぶってて……なんだか今どきの子だったよ」

 ベレー帽……たぶんニュースボーイキャップのことだ。

 茶色だから色も合っている。

 私は、

「知り合いだと思います……どこに行ったかご存知ですか?」

 とたずねた。

真珠島しんじゅしまじゃないかしら」

「真珠島?」

「あら、お嬢ちゃん、知らないの?」

 おばさんの話によると、真珠の養殖に初めて成功したひとの記念施設らしかった。

 だけど、どうしておばさんがその島の名前をあげたのか、これがわからなかった。

「どうしてそこだとお考えなんですか?」

「『真珠島は今でも海女あまさんのショーをやってるの?』って訊かれたもの」

 海女さん……そうか、真珠は貝から取れるんだっけ。

 私はおばさんに島の場所をたずねた。すごく近かった。

 私たちはお礼を言って、その島を目指した。

 すこしもどったところを海岸沿いに歩くと、島への連結部がみえた。

 ん? ふつうの橋じゃないっぽい?

 連結部には建物があって、中にチケット売り場があった。

「……もしかして有料?」

 私は大谷さんに、

「入る? それとも先に松平たちを呼ぶ?」

 とたずねた。

 あせる私に対して、大谷さんはいたって冷静だった。

「お待ちください……ここではないような気がいたします」

「どうして?」

「宗像くんは駒込さんから3000円を借りています……が、これはY日市とT羽を往復するのにぎりぎりの金額です。おそらく500円程度しか余裕がありません」

 私は料金をみた──高校生以上が1650円。ぜんぜん足りていない。

「だけど、宗像くんには手持ちがあったかもしれなくない?」

「入島料だけ用意していた、というのは奇妙に思えます。それに、宗像くんが海女さんを観に来たとも思えないのですが……」

 たしかに、言われてみるとそうか。

 私は右手のほうをみた。

 リゾート地らしく、海岸沿いにたくさんの船が浮かんでいた。

 ペンションみたいな白い建物もある。だれかの別荘かもしれない。

 この先を捜索するのは、絶望的だと思うんだけど──

裏見うらみさん」

 大谷さんに呼ばれて、私はふりかえった。

 大谷さんは、左手のほうに目を凝らしていた。私も目を凝らす。小さな公園がみえた。コンクリートでできた海岸線の突出部に、松の木が植えてある。そのベンチのひとつを、大谷さんはゆびさした。

「あのひとかげ……宗像くんではありませんか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ