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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第41章 王座戦(2016年12月23日金曜)
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249手目 伊勢へ

 新幹線の車窓に、富士山があらわれた。

 周囲のお客さんたちは写真を撮る。

 私はそれをよそに、目のまえのトランプをにらんでいた。

 ララさんの残りは2枚。どっちかはたぶんジョーカー。

「……こっち」

 右を抜いてひっくり返す。ピエロのイラスト。

 だぁあああ、ジョーカーだった。

 ララさんは笑って、

香子きょうこ、このゲームへなちょこだね」

 と言った。

 ぐぬぬぬ、たしかに負け越してる気がする。

 けっきょくその回も負けて、私はギブアップした。

 車内を見回す。

 私が座っているのは4人掛けのシート。

 ララさん、大谷おおたにさん、穂積ほづみさんといっしょ。ようするに女の子の席。

 男子は4人掛けが取れなくて、分散していた。

 穂積お兄さんは知らないおじさんのとなり。なにやらパソコンをいじっていた。

 風切かざぎり先輩と三宅みやけ先輩は2人掛けの席でおしゃべり。たぶんスケジュールの相談かな。

 松平まつだいら星野ほしのくんは、べつの4人掛け。知らない中年夫婦といっしょ。

 将棋を指してるっぽいわね。目立つのでは。

 というわけで、ストーカー事件は無事解決、したのかな。

 したんでしょうね。あのあとなにも起こってないし。

 ふふふ、香子きょうこちゃん、僕のかわいい妹を困らせたね?

 なーんて展開にもならなかったから、一件落着。

 いざ、お伊勢参りへ──


  ○

   。

    .


 さてさて、ホテルに荷物をおいて来ました。

 伊勢神宮の最寄駅に到着。

 冬場だけど、観光客は多かった。

 表参道から小さな橋を渡って、外宮げくうに入る。

 あたりは林になっていて、ところどころ青空がみえた。左手に大きな池があった。

 手水てみずをして鳥居とりいをくぐると、なんだか神聖な雰囲気。

 ララさんはキョロキョロしながら、

「ふーん、これがジングウなんだ。ひよこはこういうとこ来ていいの?」

 と質問した。

 大谷さんは、

「日本には神仏習合もありますので」

 と、あいまいな回答。

 宗教の話はやめておきましょう。

 しばらく進むと、販売所のような建物がみえた。

 御朱印ごしゅいんを売ってるところかな。

 ララさんはそれをみて、

「日本のジンジャって商売してるよね。なんか変な感じ」

 と言い、教会はちがうという話をし始めた。

 ララさんはカトリックらしいのよね。

 まあ日本人のお墓が仏式とか、そういうレベルの話だと思うけど。

 まずは一直線に進んで正宮しょうぐうへ。

 大勢の参拝客にならんで、順番待ち。

 ようやく先頭になったところで、お賽銭さいせんを投げた。

 二拝二拍手して、と。

 ララさんも私の真似をしながら、

「これってお願いしてもいいの?」

 とたずねてきた。

「もちろんよ」

「そっか……ブラジルレアルの為替かわせレートが悪くなりませんように……」

 す、すごく現実的。

 私もお願いごとをする。内容はヒミツ。

 ちらりと横をみたら、松平が真剣な顔で拝んでいた。

 もしかして私のことかな//////

 なんて思っていると、大谷さんが、

裏見うらみさんから、強烈な煩悩ぼんのうを感じます」

 とつぶやいた。

 こら、そこで変なセンサーを発動させない。

 ララさんが聞きとがめて、

「なに? 香子、エッチなお願いしてたの?」

 と言った。

 してませーん。もう、雰囲気が台無し。

 そのあとは順番にやしろを回ってから、バスで内宮ないくうへ移動。

 そこでも手水をして、正宮、別宮べつぐう、そのほかのやしろを順番にまわった。

 ちょうど3時になったところで、参集殿さんしゅうでんという休憩所に到着。

 風切先輩はようやくひと息ついて、

「ハァ……つかれたな」

 とつぶやき、腰をおろした。

 2時間ほど歩いただけですよ。だいじょうぶですか。

 しかたがないので、すこし休むことに。

 15分ほどして、風切先輩はようやく立ち上がった。

「よし、ホテルにもどるぞ……三宅みやけ、Y日市までは電車か?」

 三宅先輩はスマホを操作しながら、

「そうだな。私鉄で直通になってる」

 と答えた。

「駅はどこだ?」

「まずは境内けいだいを出て……」

「ご案内しましょうか?」

 聞きおぼえのある涼しげな声に、私たちはふりむいた。

 おしゃれな服を着た、前髪に赤いラインのある少年──わきくんが立っていた。

 さらに火村ほむらさんもいた。ふりふりの黒いワンピースを着ていた。

 風切先輩はおどろいて、

「なんでここにいるんだ?」

 といぶかった。

「僕の出身地、お忘れですか?」

 あ、そっか、脇くんはM重出身だ。

 でも火村さんは?

 まさかデートシーンにばったり……というわけでもないらしく、脇くんは、

「勘当されてるから、実家には帰れないんですけどね。火村さんがどうしても王座戦を観に行きたいっていうから、案内することになったんです」

 と教えてくれた。

 ほ、火村さん、それはどうかと思う。

 とはいえ渡りに船ということで、脇くんと合流することになった。

 駅に案内してもらって、そのままY日市へ。

 地元の隠れた名店も紹介してもらえた。そこで夕食。

 すこし古びたテーブルに、山盛りのキャベツと、厚切りの豚肉。

 ニンニクとラードの香り、濃いめのソース──豚テキ!

 ララさんは、

「日本料理なのにワイルドだねぇ」

 とコメントした。

 私たちは小皿にとりわける。

 テーブルは、お酒を飲める席と飲めない席にわかれた。

 飲める席は風切先輩、三宅先輩、穂積お兄さん。

 3人ともビールを注文していた。

 火村さんはなぜか別行動。ホテルに帰っちゃったのかな。

 のこりは1年生テーブル。

 風切先輩がジョッキを持って立ちあがった。

「えー、それでは、乾杯を……なにに乾杯する?」

 都ノみやこの大学将棋部のA級を祈願して……というわけにもいかないわね。

 みんなが様子見していると、脇くんは澄まし顔で、

「僕たちの未来に」

 とアドバイスした。ナイス。

「よし、俺たちの未来に、乾杯ッ!」

「かんぱーい」

 それでは、ひと切れ……おいしぃ~。

 脂身あぶらみがとろけて、ソースとまざった肉汁が舌のうえにひろがる。

 このお肉、すごくやわらかい。ニンニクもほどよく効いていた。

 これがまた新鮮なキャベツとあう。

 ほかのメンバーも大満足。

 松平は、

「さすがは脇、いい店知ってるな」

 と褒めた。

「地元のクラブの先輩が、DJをやめてひらいたお店だよ」

 脇くんはそういって、グラスの氷をカランと鳴らした。

「都ノはどうして、王座戦を観に来たの?」

 私たちは目配せしあった。

 ごまかすのは簡単なんだけど──松平が口をひらく。

「役員の顔合わせがあるんだ。俺たちは観光でついてきた」

「それだけ?」

「ああ……なにも疑うような点はないだろ? 俺たちはただの大学生だぞ?」

 脇くんはくすりと笑った。

「18にもなれば、銃を持って政府と戦うことだってできるだろ」

 私たちはどきりとした。

 松平も困惑する。

「それは……なにかの比喩か?」

「アフリカでは反政府軍がこどもを誘拐して、少年兵に育てるのさ。彼らは僕たちよりも若くて、ひとを殺したこともある。だったら僕たちにもできる……ちがうかい?」

 脇くんはそういって、目を閉じた。ジンジャエールのグラスをかたむける。

 私たちは脇くんの話を理解できなかった。

「おっと、ごめん、この場にはふさわしくない話題だったね。ところで、王座戦には初日から張りつきっぱなしなの? それとも1年生は観光オンリー?」

 とりあえず全員で会場入りする予定だと、私たちは答えた。

「そっか、もしよければ……」

 脇くんはポケットからチケットを数枚とりだした。

 松平に渡す。

「明日の夜、知り合いのクラブでセッションがあるんだ。もしよければ観に来てよ」

 松平は一瞬、あっけにとられた。

 受け取ったら了承したことになると思ったのか、すぐには手を出さなかった。

「べつに義務は発生しないよ。チケットはどうせかないといけないから」

「……サンキュ」

 そのあと私たちは、思い思いに歓談した。

 アルコール組はだいぶ盛り上がっていて、三宅先輩の彼女の話になっていた。

 風切先輩にめちゃくちゃつっこまれてた。

 お腹もいっぱいになり、お会計を済ませてそとに出ると、すっかり暗くなっていた。

 入り口のところで、脇くんと別れることになった。

 脇くんはこのお店の2階に泊まるらしい。

 さよならをしておたがいに背を向けかけたとき、脇くんが、

「広い日本でこれだけの将棋指しが集まってる……これって偶然なんでしょうか?」

 とたずねてきた。

 丁寧語だったから、風切先輩あてかな、と思った。

 案の定、風切先輩が答えた。

「学生チームの最高峰を決める大会だからな」

「選手や関係者だけじゃありません。僕や火村さんや……それに都ノのメンバーも」

 風切先輩は「なにが言いたい?」とストレートにたずねかえした。

「いえ、特には……そうだ、これをさしあげます」

 脇くんはなにかを放り投げた。

 風切先輩は暗闇のなかでうまくキャッチした。

 街頭にかざしてみる。

「……ブレスケア?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ああッ! 大会前にニンニク食べちゃったッ!

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


いよいよ王座戦編に入りますが、そのまえにすこしばかり雑談を。本作では麻雀プロが何名か登場しています。じつは香子ちゃんたちよりもずっと古株です。小説家になろうへ投稿を始めるまえ、趣味で麻雀小説の構想を練っていました。本作で登場するプロはその一部になっています。


天才中学生、不破煌と、出版社を脱サラした男性がプロ試験に合格するところから始まる物語で、青龍位、朱雀位という春秋のリーグ戦と、玄武杯、白虎杯という夏冬のトーナメント戦の4大タイトルを争います。くわえタバコおばさんこと南原プロも最古参のキャラのひとりで、こち駒シリーズで登場してもらえたのはたいへんうれしかったです。ちなみに、くわえタバコおばさんは『むこうぶち』に出てくる樹村潤子プロのイメージチェンジまえの雰囲気に似ています。ほかにも、解説役だった平山プロは万年2位の男と呼ばれていたり、南原プロと不破プロの師匠が同一人物(桜庭道春という老人)で劉プロの元ライバルだったり、紅孔雀先生はアダルト小説作家だったり、いろいろと設定があるのですが、本編を書く機会があるかどうかわからないので、ここに記録しておきます。


こち駒シリーズは、Outsidersと大学編が完結したところでひと区切りつきます。もっともこのペースでは、あと数年連載が続くと思います。大学編のラストは現時点で明確に決まっていますので、ご安心ください。Outsidersは日日杯後、少なくともふたつの大きなイベント(囃子原グループ人工島落成式と将棋大運動会)、そして香子ちゃんの中国地方一周編がある予定です。


なお、初代こち駒の冒頭数話を完全にリメイクしました。話の流れは変わっていないのですが、おヒマなときにでも再読していただけるとうれしいです。今後ともよろしくお願いいたします。

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