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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第40章 幽霊部員ストーカー事件(2016年12月5日月曜)
250/487

244手目 はじめての役員会

 その日の夕方、部室はそこそこ盛況だった。

 風切かざぎり先輩、三宅みやけ先輩、大谷おおたにさん、ララさん、松平まつだいら星野ほしのくん。

 風切先輩は椅子に座って数学書を読んでいた。

 三宅先輩はパソコンのデータ入力。

 大谷さんは窓から夕焼けをながめていた。

 ララさんはソファーに寝そべって、いつものファッション雑誌。

 松平と星野くんは対局中。

 来ていないのは、穂積さんと穂積お兄さんだけ。

 私はせきばらいをする。

「さて……事件の真相がわかりました」

 どやッ──こら、みなさん、反応してください。

 ララさんは雑誌から顔をあげた。

「シンソウ?」

「ストーカー事件の真相よ」

「É verdade? ……もしかして剣之介けんのすけだった?」

 ちがーう、なんで松平が犯人なの。

 っていうかそこにいるんだから、名指ししない。

「被害者に共通点があるの」

「みんな女の子だよね」

「この部は女の子だけじゃないわよ」

「そっか、じゃあなんだろ……将棋?」

 惜しい。

 ララさんは粟田あわたさんのことを知らないから、しょうがないか。

「麻雀よ」

 私はじぶんの推理を披露した。

 ここまでの被害者は、都ノみやこの将棋部、穂積さん、粟田さん。

 ストーカーが現れた時期は、雀荘ディジットに通ったあと。

「つまり、すべては『麻雀』という共通点を持つわけ」

「Oh, você é inteligente……で、犯人は?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「それはまだ突き止められてないかな」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 なんですか、この空気は。

 私は風切先輩に、

「先輩たち、なにか麻雀でトラブルはありませんでしたか?」

 とたずねた。

 先輩は困ったような顔で、

「トラブル?」

 と訊きなおしてきた。

「ディジットでだれかをこてんぱんに負かしたとか」

「いや、あのときはちょい浮きくらいで……トップは和泉いずみプロだったし……」

 どうも大勝ちしたわけではないらしい。

 私はそれ以上の質問を思いつかなかった。

 すると、三宅先輩が作業を中断して、

隼人はやと、和泉プロの顔に見覚えがあるって言ってたよな? それは関係ないのか?」

 と口をはさんだ。

 風切先輩は腕組みをして、首をひねった。

「んー、思い出せないんだよな……俺の気のせいなのか……」

 他人の空似そらになんじゃないですかね。

 人間の記憶って、けっこうあてにならないし。

 それから三宅先輩は、

「もうひとつ、穂積妹はなんで来なくなったんだ?」

 と質問をかさねた。そこも謎なのよね。

 ストーカーされたんだから、むしろ私たちにヘルプを求めそうなものだけど。

 穂積お兄さんもセットで来なくなったから、三宅先輩は困っているらしい。

 すこし疲れ目なのか、目頭めがしらを押さえた。

重信しげのぶが来ないと、雑用が溜まってしょうがないんだが……」

 ここで大谷さんが手をあげた。

「拙僧、お手伝いいたします」

 けっきょく、みんなで書類作成を手伝うことに。

 やっぱり早めに解決したほうがよさげかな。

 本物のストーカーだと困るし。

 私は領収書の束を検算しながら、そんなことを考えた。


  ○

   。

    .


 有縁坂うえんざか──土曜日の昼下がり、いつものメンバーでお茶。

 私、大谷さん、ララさん、火村ほむらさんの4人だ。

 一番奥の窓際も、だんだんと定席になってきた。

 けっこう常連だから、席取りをするタイミングがつかめてきたのよね。

 私はブレンドコーヒーを飲みながら、ひと息ついた。

「というわけで、どうかしら……火村さん?」

 トマトジュースをグラスで飲んでいた火村さんは、

「なにが?」

 と訊き返してきた。

 今説明したじゃないですか。

「ストーカー事件の犯人よ。ただの変質者だと思う? それとも私の推理が正しい?」

「あのさぁ……あたしは香子きょうこ専用タヌキ型ロボットじゃないんだけど」

 だれがノ○太やねん。

「今回はちゃんと推理してるわよ。それに関してコメントが欲しいだけ」

「そうね……あたしもマージャン関係者があやしいと感じるわ……だけど、マージャンの競技人口って、そうとう多いんでしょ? それこそ雲をつかむような話じゃない?」

 それはそうなのよね。

 よくわかんないけど、知らないお客さんともプレイするようだ。

 犯人が都ノに恨みをいだいたきっかけなんて、特定しようがなかった。

「あとさ、香子の推理、ひとつ気になるところがあるのよね」

「なに?」

京介きょうすけがみた女のストーカーと、夜道に出た男のストーカーって関係があるの?」

 うッ……そこは私も気になっていた。

 じつはかなりのネック。

「それは……なんともいえないかな」

「ストーカーがふたり組って可能性も、なくはないけどね」

 火村さんはすこしだけゆずってくれた。

 けど、それで問題が解決するはずもなく──

 ここで大谷さんがコメントした。

「これは拙僧の憶測ですが……穂積さんは、犯人の正体を知っているのでは?」

 私はびっくりしてしまう。

 理由をたずねた。

「ストーカー被害に遭っただけならば、部室に来なくなる理由がわかりません」

 ? どういうこと?

 私は大谷さんの真意をはかりかねた。

 すると火村さんが、

「ひよこ、けっこう危ない推理をするのね」

 とつぶやいた。

 ますますわからなくなる。

「大谷さん、ごめんなさい、どういうこと?」

「これは裏見さんを信頼してお話ししますが……将棋部の男子が犯人なのでは?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ええええええッ!?

「そ、それはないでしょ」

「可能性はほぼない、と信じておりますが、説明としては一番単純です」

 いやいやいや、部内に変質者がいるとか──ないでしょ。

 信じたくないっていうのもあるけど、該当者が思いつかない。

 三宅先輩? 彼女いるんでしょ。何年も付き合ってるらしいし。

 外見はチャラいけど、けっこう誠実っぽいのよね。いや、この言い方は失礼か。

 風切先輩? 宗像むなかたさんに未練あるから違うような……あ、これも失礼な憶測か。

 穂積お兄さん? ……穂積お兄さんが犯人なら、一緒に帰るわけがない。

 松平はないとして……星野ほしのくん?

 星野くんのこと、あいかわらずよく知らないのよね。

 でも星野くんあいてなら、穂積さんのほうが強く出る気がする。

 該当者なし。私はそう結論づけた。

「やっぱり部外者よ。思い当たらないもの」

「左様ですね……拙僧の勘ぐりすぎでした。失礼いたしました」

 いえいえ、そこまで謝られるとこっちが困る。

 とりま、この話題は中断。憶測が憶測を呼んでよくない。

 しばらくほかのことを話していると、スマホのアラームが鳴った。

「あ、時間ね……それじゃ、火村さん、ララさん、私たちはこのへんで」

 渋谷へ寄ったのはついで。

 本命は、来年の執行役員の顔合わせ。

 私と大谷さんは役員じゃないけど、事務局が都ノになる可能性があるから臨席。

 火村さんは、ちょっとあきれたように肩をすくめた。

「週末に部の手伝いなんて、物好きね。ま、がんばってちょうだい」

「ララも応援してるよ〜」

 私たちは会計をすませて、渋谷から神保町へ。

 治明おさまるめいのリベルタタワーに到着した。

 ここは大会で使ってるし、勝手はよく知っている。

 こっそり忍び込んじゃったこともある*。

 エレベーターで10階へ。

 待ち合わせの教室に入ると、だいたいのメンバーがそろっていた。

 最初に話しかけてきたのは、大和やまと新田にったくんだった。

 ドアのそばで、慶長けいちょう日高ひだかくんと話をしているところだった。

「裏見、ひさしぶりだな」

「おひさしぶり、今日はよろしくね」

「おう、任せてくれ」

 新田くんは右腕でちからこぶをつくってみせた。

 こ、これって力仕事なのかしら。

 となりにいた日高くんも、

「おいおい、おまえは渉外だろ」

 と指摘した。

「なーに、知恵を出すのは土御門つちみかど先輩だ。俺は用心棒みたいなもんさ」

 風切先輩の戦略、びみょうにバレてて笑う。

 さすがに用心棒は言いすぎだけど、いいコンビになりそう。

 私と大谷さんは、三宅先輩をさがす。

 教室の前方、窓際の席にいた。

 私たちもそこへ移動。松平も着席していた。

「先輩、おはようございます」

「おはよう。今日は悪かったな」

「先輩もおつかれさまです……けっきょく、今日はなにをするんですか?」

「俺たちはほんとうに顔見せだけだろうな。投票権はない」

 それなら補助で男女2名ずつ出さなくてもよかったような。

 風切先輩だけっていうのは不安だけど、4人も追加する必要性isナニ?

 そんなことを考えていると、風切先輩と速水はやみ先輩が入って来た。

 どうやらほかで打ち合わせをしていたらしい。

 二、三言葉をかわして、ふたりは教壇のところに立った。

 風切先輩が口をひらく。

「えー、全員そろってますか?」

 先輩は教室内をみた──氷室くんがいないような。

「またあいつか……」

 先輩がスマホをとりだしたところで、廊下から足音が聞こえた。

 まえのドアがひらく。

 氷室くん登場。

「ハァ……ハァ……すいません……乗り過ごしました……」

「っと、ごくろうさん、適当に座ってくれ」

 氷室くんはすぐ近くの席に座って、そのまま伸びてしまった。

 だいじょうぶなんですかね。

 それを尻目に、風切先輩のあいさつが始まった。

「それでは、新役員による1回目の打ち合わせをおこないます。まず、私からのあいさつですが……その……なんというか……あんまり心の準備ができていなかったので、すこし戸惑っているところです……が、選んでもらったことには感謝しています……支えてもらえると助かります……以上です……」

 こっちのほうがだいじょうぶじゃなさそう。

 ベンチャーの立ち上げでこんなあいさつしたら、即潰れるわよ、たぶん。

 速水先輩と交代。

「速水です。本年の役員のかたもいらっしゃるので、この場を借りて、おつかれさまのあいさつをさせていただきます。1年間、ありがとうございました。さて、来年は副会長を拝命することとなりました。前職は渉外でしたので、他の地域との調整役をメインに務めていきたいと考えています。よろしくお願いいたします」

 完璧すぎる。

 そのうち下克上されそう。

 そこからは、あいさつラッシュ。

「朽木です。今年はおつかれさまでした。来年は会計になります。現職の縦山たてやまさんからはいろいろと教えていただいたので、監査の経験を活かしつつ、適正な会計をおこないたいと思います。よろしくお願いします」

「ハァ……ハァ……氷室です……数学の知識を活かして無矛盾な二項演算をおこないたいと思います……よろしくお願いします……」

土御門つちみかど公人きみひとじゃ。こらそこ、またか、みたいな顔をするでない。来年も引き続き渉外なので、よろしく頼むのじゃ。新田には期待しておるぞ」

新田にったげんですッ! 土御門先輩といっしょにバリバリ働きますので、よろしくッ!」

「治明の傍目はためです。本年に引き続き、庶務を務めさせていただきます。関東大学将棋連合の書庫係も兼任する予定ですので、資料整理にも尽力したいと思います。よろしくお願いいたします」

「慶長の日高です。まだ1年目でよくわからないことも多いのですが、傍目先輩に教わりながら運営にたずさわりたいと思います。よろしくお願いします」

「広報の春日かすがです。カメラも新調したし、HPの更新もがんばります。よろしく」

首都工しゅとこうばん一眞かずまでーす。金子かねこ先輩の後任としてがんばりまーす」

 まさに十人十色。

 空中分解しないといいんだけど。

 それに続いて、私たち都ノのメンバーもあいさつをした。

 そこから本格的な議事に入る。

 まずは事務局をどこに置くのか。

 これは治明の現事務局をそのまま使うことになった。

 三宅先輩と風切先輩がこっそり打ち合わせてあったとおり。

 さっそく政治がうごめいている。

 ほかには連絡方法とか、細かい係の担当とか、いろいろ。

 やっぱり治明にぜんぶ丸投げするのはムリらしい。

 いくつかの係は都ノのほうで引き受けることになった。

 正味2時間くらいかかった。つかれる。

 解散後、メンバーの対応はわかれた。

 2年生のほとんどは飲み会に参加らしい。朽木先輩だけ帰宅。

 これはあれですか、かわいい奥様がアパートでお待ちだからですか。

 1年生は1年生で集まる。

 松平が中心になって、

「さて、どうする? 飯でも食って帰るか?」

 とたずねた。

 ここで磐くんが挙手。

「まだ4時だし、それよりも例の件について話し合おうぜ」

 松平は眉間にしわをよせた。

 ほかのメンバーも、なんのことかわからなかったもよう。

 松平は「例の件って、なんだ?」とたずねた。

「都ノのストーカー事件」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 私は松平の肩をつつく。

「しゃべったの、あんたでしょ?」

 松平はあせったような顔をした。

「え、いや、その……はい」

 私は大きくタメ息をついた。

「もぉ、なんでそんなに口が軽いの」

「べつに機密情報でもないかな、と……」

「被害者の個人情報が入ってるでしょ、個人情報が」

 磐くんがローラーブレードを進めて、スーッとあいだに入った。

「まあまあ、夫婦喧嘩はそれくらいに……大学将棋の仲間が困ってる以上、この磐一眞、ひと肌脱ぐよ」

 毎回ひとこと余計だけど、これが大学生の友情? と思いきや──

「ちなみに、解決したら焼肉おごってね」

 そっちかい。あのときの事件で**、すっかり味をしめてるわね。

 松平もあきれて、

「おごるおごらないのまえに、俺たちで解決できるのか?」

 と疑心暗鬼だった。

 磐くんは自信満々らしく、ローラーブレードを履いたままぴょんぴょんする。

「天才発明家、コスプレ坊主ぼうず、筋肉モリモリの変態マッチョマンがそろってるんだぜ、パズルでもバトルでも怪奇現象でもばっちこい……ぐえ」

 新田くん、思いっきりヘッドロック。

「変態は余計だろうが」

「ゴホ、ゴホ……ともかく、犯行現場に突撃だァ! 焼肉ゥ!」

 全員エレベーターに移動し始めた。

 え、ちょっと待って……ほんとに犯人捜しするの……?

 さすがにムリでは……って、置いてかないでぇ。

*56手目 犯人?

https://ncode.syosetu.com/n0474dq/57/

 

**130手目 他人の金で焼肉が食べたい

https://ncode.syosetu.com/n0474dq/130/

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