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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第39章 麻雀荘ディジット(2016年11月23日水曜)
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237手目 聖生への結節点

 どうして、宗像むなかたさんがここに……? あ、マズい。

 私は、視線を逸らそうとした。

 けど、遅かった。宗像さんもこちらに気づいてしまう。

「……裏見うらみさん?」

 サングラスに帽子だから、無視しても……ダメよね。

「こ、こんにちは……」

「こんにちは」

 それだけ言って、宗像さんは前を向いた。

 あれ? なんか反応薄い? ……あッ、松平まつだいらがいるから、デート中だと思われた?

 いや、半分は間違ってないんだけど、マズいのはそこじゃないのよ。

 風切かざぎり先輩が麻雀ルームから出てきたら、鉢合わせになってしまう。

「あの……」

 私は、宗像さんにもういちど声をかけようとした。

 ふと思いとどまる。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………鉢合わせになると、ほんとにマズいの?

 元カノと元カレの再会──必ずしも悪いわけじゃない。

 というか、ふつうにありえそうだし……それに、風切先輩は、ヨリを戻したがっていると思う。口では否定していても、雰囲気でわかる。

 宗像さんもおなじ想いだったら? ないとは言い切れなくない?

 あ、でも、宗像さんから風切先輩の話をされたことがないし……すっかり吹っ切れてる可能性のほうが高いのか……じつは結婚してるとかも……うーん、さすがに……。

 考えがまとまらなくなった。

 どうする? そろそろ席が空きそうじゃない?

 決断の時間が欲しい。

 ところが、そこで不意をつかれた。

 佐田さだ店長が、宗像さんに話しかけたのだ。

「こんにちは」

 宗像さんは、最初、じぶんが話しかけられたとは思わなかったらしい。

 すこし反応が遅れた。

 それに佐田店長をみても、だれか分からないらしかった。

 そりゃそうでしょ、だって面識ないんだから、と思いきや──

「……有縁坂うえんざかの佐田さんですか?」

「正解です」

 店長はサングラスをずらしてウィンクした。

「お元気そうでなによりです」

 え? 知り合いなの?

 意外すぎて、私は佐田店長と宗像さんを交互にみくらべてしまった。

 宗像さんは、

「道場へ下見にいらしたとき以来、ですか」

 と言った。

 あ、そういうことか。

 佐田店長は笑って、

「すみません。でも、コンセプトは盗んでいませんよ、僕は」

 と答えた。

 宗像さんは、

「じゃあ、こちらのお店のほうは?」

 と、皮肉っぽく尋ねかえした。

「思案中です……ところで、ひとつ質問してもいいですか?」

 宗像さんは、肩をすくめてみせた。

「プライベートなことでなければ」

聖生のえるって知ってます?」

 私は息がとまった。

 佐田店長を凝視してしまう。

 そして、それがミスだった。

 宗像さんの反応を確認するのが遅れてしまった。

 私があおぎ見たときには、宗像さんはごくふつうの表情をしていた。

「のえる……なんですか、それは?」

「うーん、僕もよく知らないんですが、暗号かなにかかな」

「暗号……ゲームでしょうか?」

「そうですね、マネーゲームとか」

 そう言って、佐田店長はじっと宗像さんを見上げた。

 元ホストらしい、女性受けしそうな笑み。だけど、目が笑っていなかった。

 怖いくらいに鋭利なまなざし。なにかをさぐっているような──

「私は、将棋以外のゲームをしないので」

 宗像さんの返答は、あっさりとしていた。

 佐田店長は、急に気の抜けた表情で、

「んー、ということは、やはり味見に?」

 とたずねた。

「ええ、そうです」

 どうしよう。店長の動きもあやしいけど、風切先輩のことがまた気になってきた。

 バーの一席で、明らかに帰り支度をしている女性がいる。

 私がハラハラしていると、ついにその席が空いた。

 

 ヴィーヴィー

 

 ん? 私のスマホ?

 振動音が似ていた。でも、私のじゃなかった。

 宗像むなかたさんが、ジーンズのポケットからスマホをとりだす。

「もしもし……え? 今から?」

 宗像さんは、ちらりと店内のほうをみた。

「今、喫茶店に寄ろうと……いえ、いいわ、まだ案内されてないから」

 宗像さんは通話を切った。

 ちょうど店員さんが、宗像さんに声をかけようとした。

 宗像さんはもうしわけなさそうに、

「すいません、急用ができました」

 と言って、列から離れてしまった。

 代わりに、うしろの女性が案内された。

 私が呆然としていると、佐田店長も腰をあげた。

「さあ、僕もそろそろおいとましようか」

 そう言って、佐田店長は伝票をひろいあげた。

 私はあわてて、

「あ、それは私たちの分も入って……」

 と言い、財布をとりだそうとした。

「いいよ、ここは僕が持つ。その代わり、次のデートは有縁坂でよろしく」

「そ、そういうわけには……」

 佐田店長は帽子をかぶりなおし、レジへ向かった。工藤くどうさんもあとに続く。

 とりつくしまもなく、私と松平だけが残された。

「……ッ!」

 私はハッとなって松平をみた。

「宗像さんの表情、見た? 質問のときの?」

「すまん、佐田さんをガン見してた……裏見は?」

 私は首を左右にふった。

 しまった。宗像さんが【のえる】というキーワードにどう反応したのか、わからない。

 ただ、ひとつだけわかったことは──

「佐田店長、宗像さんをあやしんでるわね……」

 松平もうなずいた。

「ああ、そうでないと、あんな質問はしないはずだ」

 ようするに、店長も私たちとほぼおなじ推理をしてるってことか。

 宗像姉弟が聖生のえるの子どもたち、と。

 ただ、訊き方があまりにも不用心だった。

 それに、私たちのまえで確認した理由も不明だ。

 私は考え込んでしまう。

「……もしかして、佐田店長が助っ人X?」

 私のつぶやきに、松平も反応した。

「ボイスチェンジャーで電話してくる不審者か?」

 私はうなずいた。

 ありえなくはない……気がする。情報網的にも、立ち位置的にも。

 宗像さんと距離をとれ、って忠告されてるのかしら?

 だとすると、店長は宗像姉弟のどちらかが聖生のえると知って──

「おーい、裏見、待っててくれたのか?」

 うわッ!?

 私はびくりとした。

 ふりかえると、風切先輩たちが立っている。

 風切先輩もすこしびっくりして、

「す、すまん……タイミングが悪かったか?」

 と言って、松平と私をみくらべた。

 あ、マズい、勘ぐられる。私はあわてて、

「ケーキがおいしそうだったので、試食してました。麻雀は終わったんですか?」

 とまくしたてた。

 これには穂積ほづみさんが答えた。

「混んでるから、1組1半荘までだってさ。和泉いずみプロと同卓しちゃった」

 穂積さん、ご満悦。

 ところが、風切先輩は晴れない表情だった。

 松平が、

「先輩、負けちゃいました?」

 とたずねた。こらこら、そういうのは訊かない。

「いや、負けてはいないんだが……ちょっと気になることを耳にしてな」

 え? もしかして、宗像さんが来てたの、バレてる?

 どこかのタイミングで、ドアがひらいた?

 ハラハラする私をよそに、先輩は先をつづけた。

「ちょっとここで話せることじゃない……悪いが、昼食をつきあってくれないか?」


  ○

   。

    .


 おなじ飲食店街のお蕎麦屋さん。

 風切先輩は、わざわざ個室を頼んだ。

 土曜日のお昼過ぎだから、お年寄りを中心にお客さんは多かった。

 座敷に通された私たちは、注文を済ませる。

 ケーキを食べちゃったし、お蕎麦の小盛りにしましょ。

 一番奥に座った風切先輩は、温かいお茶を飲みながら、しばらく沈黙した。

 気まずい空気。宗像さんの件だったら、どうしよう。

 私はあれこれと、応手を考えてしまう。

 そんななか、風切先輩はようやく口をひらいた。

「じつはな……和泉プロが聖生のえるを知ってるかもしれない」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………はい?

 ちょ、ちょっと待って、それは斜めうえだった。

 まったく予期していなかった発言に、私はうろたえてしまった。

「ど、どういうことですか?」

「競技麻雀のことはあんまり知らないんだが、和泉プロには中国人の師匠がいるらしい。りゅう衛民えいみんっていう爺さんで、もう70近いんだとさ」

「……聖生のえると、どういう関係が?」

 風切先輩は、入り口近くに座っている穂積さんをみた。

「すまん、俺の代わりに説明してもらえないか? もともと穂積情報だからな」

「いいですけど、あたしは和泉プロと聖生のえるは関係ないと思ってますよ」

「そのほうが、客観性があっていい」

「わかりました……えーと、劉プロは麻雀界の大物で、デジタル派の古参なんです。和泉プロがデジタルなのは、劉プロの弟子だからだっていうひともいます。あたしはちょっとちがうんじゃないかな、と思ってますけど。今の若手はだいたいデジタルなので……まあそれはいいとして、劉プロは10代の頃に日本へ出稼ぎに来て、いろいろ商売をしていたらしいんです。麻雀で稼いでた、っていう噂もあります」

 そりゃプロなのだから、噂もなにもないのでは、と私は思った。

 けど、どうも意味がちがったらしく、風切先輩は、

「裏プロだったってことか?」

 とたずねた。

 穂積さんは、

「という噂もあります」

 とだけ答えた。

 私は会話にわりこむ。

「うらぷろってなんですか?」

 これには風切先輩が答えてくれた。

「ようするに賭け麻雀だ。ヤクザとかの代わりに打つって話もある」

「え……それって違法ですよね?」

「そう、だから裏の世界のプロ、裏プロだ。もっとも、ほとんど作り話らしいけどな……で、穂積、そのあとは?」

 穂積さんはお茶を飲んでから、先をつづけた。

「劉プロは、バブルのあと、急に羽振りがよくなったらしいんです。羽振りがいいというか、かなりの資産家になったみたいで、裏プロの収入なんだ、っていうひとが多いです。ヤクザの組同士で、億単位を賭けてたとかなんとか。でも、そんなはずないですよ。ヤクザからお金をもらって打ってたら、警察か税務署に踏み込まれますし、合法的に稼いだに違いないんです。株で一発当てたっていうのが有力です」

 話がつながった。

 私はテーブルに身をのりだす。

「つまり、聖生のえるからバブル崩壊の情報をつかんだ、ってこと?」

 穂積さんは、なんともいえない表情で、

「っていうのが風切先輩の読みらしいんだけど……先輩、本気ですか?」

 と言い、風切先輩のほうをむいた。

 先輩は右ひじをテーブルにつき、手で口もとを隠していた。

 なにやら考えごとをしている。

「……ダメだ、思い出せないな」

 風切先輩のひとりごとに、ほかの4人は顔を見合わせた。

 代表して三宅みやけ先輩が、

「なにが思い出せないんだ?」

 とたずねた。

「俺の胸騒ぎは、その劉って爺さんよりも……和泉にどこかで会った気がすることだ。顔が初見じゃなかった……ように感じる。だけど、どこで会ったのか思い出せない」

 佐田店長、宗像さん、そして和泉プロ。

 あの麻雀カフェは、まるで聖生のえるにつながるハブ空港みたいだ。

 私たち、どこかへ誘導されてる? だれの手で?

 料理が運ばれてくるまで、私たちの沈黙はつづいた。

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