236手目 盗まれたコンセプト
杞憂だとは思うんですが──
とりあえず、来てしまいました。
土曜日の朝から、大型ショッピングモールの通路で行列。
念のため、サングラスに帽子というかっこう。
なんか恥ずかしい。
となりには、おなじように変装(?)した松平。
都ノの知り合いにみられると困る、っていうのもあるけど、和泉プロ対策が本命。
さすがに私の顔はおぼえられていると思う。
で、さっきから並んでいるわけなのですが……ぜんぜん進まない。
私は、ひとつまえに並んでいる風切先輩に話しかけた。
「これ、ほんとうに入れるんですか?」
風切先輩は「うーん」とうなって、
「入場制限がかかるかもしれないな」
と答えた。
かもしれない、というのは、先頭がよくわからないのだ。なぜか飲食街のフロアで、列は10メートルほど先を、右に曲がっていた。その先はみえない。ほかのお店に迷惑なんじゃないかしら。まだ10時だし、開いているお店が他にないのは救い。
お客さんの半分くらいは女性。和泉プロ、ほんとに人気があるっぽい。
私は松平と、ちらしを確認する。
「おひとりさま1半荘まで、って書いてあるけど、どれくらいかかるのかしら?」
「わからん。麻雀はやったことないんだよな」
私たちの会話へ、穂積さんがわりこんでくる。
「半荘じゃなくて半荘。だいたい30分から1時間くらいじゃない?」
おおざっぱですね、はい。
どうしたものか。仕方がないので、ありがちな雑談タイムになる。
まず、風切先輩が、
「そういえば、三宅、幹事会のほうはどうなったんだ?」
とたずねた。
「ん? ……ああ、選挙の件か。可決されたぞ。来週の月曜日に告知されて、立候補者の募集が始まる。隼人は準備しといてくれよ」
風切先輩は、めんどくさそうにタメ息をついた。
「選挙演説とかは、いらないんだよな?」
「いらない。立候補届けを出して終わりだ」
「了解」
三宅先輩は、すこし声を落とした。
「隼人が選ばれる可能性は、ちょっとあると思うがな」
「なんだ? 応援しなくてもいいんだぜ?」
「他大の幹事と何人か話したんだが、隼人に入れるっぽいのはわりといた」
風切先輩は、眉をひそめた。
「サンプル数が少なかったら、統計的に意味ないぞ?」
「それはそうなんだが……だれかが圧勝って雰囲気じゃないのは、たしかだ」
風切先輩は、なにもコメントしなかった。
話題を変えて、大学のオモシロ話とか、そういうことを話し始めた。
列がだんだん進んで、ようやくお店がみえた。
私はびっくりしてしまう。
おしゃれな喫茶店が現れたからだ。通路と店舗は、腰の高さほどの、白い石造りの壁で仕切られていた。その仕切りの向こうに、木造で統一した空間がみえる。すこし明るめの色調のテーブル。女性グループやカップルが、軽い食事を楽しんでいた。お店の中央は、バーのようなスタイル。タキシード姿の店員さんたちが、給仕にいそしんでいた。
麻雀要素はどこに?
私は思わず、
「ジャンソウって、こういうお店なんですか?」
とたずねた。
風切先輩は、
「三宅、列をまちがえてるってことはないよな?」
と確認した。
三宅先輩は、
「ディジットの看板が出てるぞ」
と言って、入り口のうえにある、木製のパネルをゆびさした。
流暢な筆記体でDigitと書かれている。
風切先輩は、
「思ってたのとちがうな……ん?」
と、なにかに気づいたようだった。店の奥へ視線をうつす。
「あの白いスモークガラスの向こう、雀荘っぽくないか?」
私たちはそちらをみた。
喫茶店の左奥に、スモークガラスで仕切られたスペースがあるようだった。
ガラスの一部がドアになっていて、Mahjongというつづりがみえた。
風切先輩は、うしろ髪をととのえながら、
「喫茶店に専用の別室……単におしゃれなだけか。俺たちじゃ場違いな感があるな」
とつぶやいた。これには穂積さんが、
「だいじょうぶですって。女子のあたしがいますし」
と言い、撤退を阻止した。
私は疑問に思った。
「あの……3人しかいないのは、いいんですか? 麻雀って4人のゲームですよね?」
風切先輩は、
「こういう店は、店員がメンバーに入ってくれる……はずだ」
と教えてくれた。
んー、ようするに人数合わせをしてくれるってことか。
私が納得していると、男性の店員さんがひとり、通路に出てきた。
「麻雀コーナー、空いておりますので、麻雀コーナーをご利用のかた、どうぞ」
私たちよりもまえで反応したひとはいなかった。
すかさず三宅先輩が、
「あ、ここの3人は麻雀です」
と手をあげた。
店員さんは念のため、三宅先輩よりもまえのひとたちに再確認。
だれも反応しなかったから、三宅先輩たちが先に通されることになった。
3人は「じゃ」とだけ言って、スモークガラスの奥へ消えた。
こうして、私は松平とふたりきりになる。
私は松平のほうをむいて、
「どうする?」
とたずねた。
「そうだな……喫茶店で休むか?」
それがよさそう。ただ、喫茶店のほうは混んでるのよねえ。
1時間くらい待たされるオチでは?
……………………
……………………
…………………
………………ぐぅ、ほんとに待たされてる。
もう30分くらい経ったかしら──25分か。
そろそろ先頭なんだけどなあ、とそのとき、まえの女子ふたりが案内された。
ようやく私たちが先頭。これがまた長い。
松平といっしょだし、じつは半分デートのつもりだったから、いいんだけど。
「うーらみさん」
? 名前を呼ばれた?
小声だけど、男性だったような気がする。
私は周囲をみまわした。
すると、入り口そばの席に座った若い男性が、サングラスをはずした。
「さ、佐田店長ッ!?」
「シーッ……ここ空いてるけど、座る?」
店長は、4人がけのテーブルに腰をおろしていた。
そこにはもうひとり、女性も座っていた。
よくみると、サングラスをかけた工藤さんだった。有縁坂のチーフだ。
私はとまどって、
「な、なにをなさってるんですか?」
と質問した。
工藤さんとデート? いや、なにか違う気がする。
佐田店長は私の質問には答えずに、
「ま、とりあえず座ってよ……店員さん、ここ相席にします」
と、私たちをむりやりひっぱりこんだ。
私と松平は、しぶしぶ腰をおろす。
佐田店長は、松平をみた。
「こんにちは」
「え、あ、こんにちは……おひさしぶりです」
佐田店長は、私にメニューを渡してくれた。
どれどれ……うーん、すごくおしゃれ。
コーヒーと紅茶の種類だけでも、かなりある。
ケーキも自家製らしく、数量限定が多かった。すでに売り切れているものも。
私が迷っていると、佐田店長は、
「このチョコレートとモンブランは、いい感じだね」
とアドバイスしてくれた。
「あ、じゃあ……モンブランで」
「ハハハ、べつにじぶんで決めていいんだよ。松平くんは?」
松平は、ちょっと困惑していた。そりゃそうだ。こんなところで会うとは、まったく予想していなかったもの。私だって、行きつけのカフェの店長じゃなかったら、もっと警戒していたと思う。
松平は、
「あの……ここでなにをなさってるんですか?」
と、あらためて訊きなおした。
佐田店長は、
「喫茶店にいるんだよ。それ以外の理由がいるかい?」
「いえ……ライバル店の偵察かな……と」
佐田店長はこれを質問でかえした。
「きみたちは?」
「知り合いのつきそいです」
「そのひとたちは、どこにいるのかな? 麻雀コーナーで別行動?」
だーッ、なんか詮索されてる。
というか、私がサングラスをしてる時点でバレてるかも。
ここは積極的に反撃しておく。
「このお店、コンセプトが有縁坂と似てませんか?」
佐田店長は、ニヤリと笑った。
「だね。うちよりセンスがいい」
「い、いえ、そういう意味で言ったわけじゃ……」
「皮肉じゃなくて、本音だよ。うちへ偵察に来ただけのことはある」
……………………
……………………
…………………
………………え、そうなの?
「もしかして、和泉プロが、ですか?」
「あのバーみたいなのはいいな。工藤くんはどう思う?」
サングラスごしに、工藤さんは店の中央をみた。
「麻雀店らしいチョイスだと思います」
「そう、雀荘なら飲むひとは多いだろう。客層にマッチしてる」
もぉ、無視しないでくださいな。
とはいえ、私の質問はちょっときわどかったかな、とも思った。
どこでだれが聞いているかわからない。
しかも、見計らったように女性店員さんが来たから、ドキリとしてしまった。
「ご注文はお決まりですか?」
「あ、はい、このモンブランとコーヒーのセットで……松平はどうする?」
「チョコレートケーキ、コーヒーセットで」
「かしこまりました。麻雀をお打ちになられている場合、通常はチケットで100円引きになります。本日は開店記念として、コーヒー代をすべて割り引かさせていただきます。レジで清算いたしますので、お忘れのないようにお願いします」
店員さんは、となりのテーブルへ移った。
佐田店長は感心して、
「麻雀とセットで来店すると、割引きになるわけか。まいったな。かなり本格的だ。ここの経営者は侮れない。裏見さん、どうか今後も有縁坂をごひいきに」
「あ、はい……その……私、麻雀はできないんです」
「そうか、純粋に見に来ただけなんだね。裏見さんのバイト先、駒の音だっけ」
ん? なんで知ってるの?
「それ、どこで知りました?」
「ララさんから聞いたよ」
ぐぅ、ぺらぺらと。
佐田店長は、コーヒーを飲みながら、
「駒の音は、純朴な感じの将棋道場だ。こことは、かぶらないんじゃないかな」
と分析した。
そう思う。ここは小中学生が来られそうにないし、おじさんもどうかな、と思う。
客層は若い男女が中心で、いわゆる麻雀のイメージからかけ離れていた。
つまり、有縁坂のほうが、客層はかぶるのよね。
有縁坂、ピンチ? いや、さすがにジャンルも立地も違うからなあ。
私がそんなことを考えていると、ケーキが運ばれてきた。
大きな栗の乗った、マロンペーストたっぷりのモンブラン。
甘い香りが漂ってくる。
松平のチョコレートケーキも、スポンジが黒くてチョコレートクリームがうっすら、というありがちなやつじゃなかった。スポンジのほうが薄いくらいのクリームの厚さ。上には削ったチョコレートがまぶしてある。
佐田店長はチーズケーキ、工藤さんはミルフィーユ。
4人ともべつべつの注文か……ん? 食べ比べのために仕組まれた?
そんな気がしたけど、私は口には出さなかった。
佐田店長は「いただきます」と言って、さっそく試食を始めた。
私もスプーンで口に運ぶ。
「……んん、おいしい」
甘さ控えめなのに、栗の味はしっかりとしていた。
松平も、チョコレートケーキがおいしかったみたいで、
「これ、スポンジはビターだけど、中のクリームはミルクチョコだな。最初に舌に触れるのがスポンジだから、だんだん甘くなる仕組みか。最後に舌に乗るトッピングチョコは、口直しの塩チョコみたいだ。すごく工夫されてる」
と、妙に感心していた。
佐田店長のチーズケーキもおいしそう。だけど、店長は評価を明らかにしなかった。
工藤さんも黙って食べている。
これはアレですか? 有縁坂、本格的にピンチ?
私は店長と目を合わせないように、視線を通路へぶらした。
すると、列の先頭に、ひとりの女性を発見した。
……………………
……………………
…………………
………………宗像さんッ!?