表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第39章 麻雀荘ディジット(2016年11月23日水曜)
242/487

236手目 盗まれたコンセプト

 杞憂きゆうだとは思うんですが──

 とりあえず、来てしまいました。

 土曜日の朝から、大型ショッピングモールの通路で行列。

 念のため、サングラスに帽子というかっこう。

 なんか恥ずかしい。

 となりには、おなじように変装(?)した松平まつだいら

 都ノみやこのの知り合いにみられると困る、っていうのもあるけど、和泉いずみプロ対策が本命。

 さすがに私の顔はおぼえられていると思う。

 で、さっきから並んでいるわけなのですが……ぜんぜん進まない。

 私は、ひとつまえに並んでいる風切かざぎり先輩に話しかけた。

「これ、ほんとうに入れるんですか?」

 風切先輩は「うーん」とうなって、

「入場制限がかかるかもしれないな」

 と答えた。

 かもしれない、というのは、先頭がよくわからないのだ。なぜか飲食街のフロアで、列は10メートルほど先を、右に曲がっていた。その先はみえない。ほかのお店に迷惑なんじゃないかしら。まだ10時だし、開いているお店が他にないのは救い。

 お客さんの半分くらいは女性。和泉プロ、ほんとに人気があるっぽい。

 私は松平と、ちらしを確認する。

「おひとりさま1半荘はんそうまで、って書いてあるけど、どれくらいかかるのかしら?」

「わからん。麻雀はやったことないんだよな」

 私たちの会話へ、穂積ほづみさんがわりこんでくる。

半荘はんそうじゃなくて半荘はんちゃん。だいたい30分から1時間くらいじゃない?」

 おおざっぱですね、はい。

 どうしたものか。仕方がないので、ありがちな雑談タイムになる。

 まず、風切先輩が、

「そういえば、三宅みやけ、幹事会のほうはどうなったんだ?」

 とたずねた。

「ん? ……ああ、選挙の件か。可決されたぞ。来週の月曜日に告知されて、立候補者の募集が始まる。隼人はやとは準備しといてくれよ」

 風切先輩は、めんどくさそうにタメ息をついた。

「選挙演説とかは、いらないんだよな?」

「いらない。立候補届けを出して終わりだ」

「了解」

 三宅先輩は、すこし声を落とした。

「隼人が選ばれる可能性は、ちょっとあると思うがな」

「なんだ? 応援しなくてもいいんだぜ?」

「他大の幹事と何人か話したんだが、隼人に入れるっぽいのはわりといた」

 風切先輩は、眉をひそめた。

「サンプル数が少なかったら、統計的に意味ないぞ?」

「それはそうなんだが……だれかが圧勝って雰囲気じゃないのは、たしかだ」

 風切先輩は、なにもコメントしなかった。

 話題を変えて、大学のオモシロ話とか、そういうことを話し始めた。

 列がだんだん進んで、ようやくお店がみえた。

 私はびっくりしてしまう。

 おしゃれな喫茶店が現れたからだ。通路と店舗は、腰の高さほどの、白い石造りの壁で仕切られていた。その仕切りの向こうに、木造で統一した空間がみえる。すこし明るめの色調のテーブル。女性グループやカップルが、軽い食事を楽しんでいた。お店の中央は、バーのようなスタイル。タキシード姿の店員さんたちが、給仕にいそしんでいた。

 麻雀要素はどこに?

 私は思わず、

「ジャンソウって、こういうお店なんですか?」

 とたずねた。

 風切先輩は、

「三宅、列をまちがえてるってことはないよな?」

 と確認した。

 三宅先輩は、

「ディジットの看板が出てるぞ」

 と言って、入り口のうえにある、木製のパネルをゆびさした。

 流暢な筆記体でDigitと書かれている。

 風切先輩は、

「思ってたのとちがうな……ん?」

 と、なにかに気づいたようだった。店の奥へ視線をうつす。

「あの白いスモークガラスの向こう、雀荘っぽくないか?」

 私たちはそちらをみた。

 喫茶店の左奥に、スモークガラスで仕切られたスペースがあるようだった。

 ガラスの一部がドアになっていて、Mahjongというつづりがみえた。

 風切先輩は、うしろ髪をととのえながら、

「喫茶店に専用の別室……単におしゃれなだけか。俺たちじゃ場違いな感があるな」

 とつぶやいた。これには穂積さんが、

「だいじょうぶですって。女子のあたしがいますし」

 と言い、撤退を阻止した。

 私は疑問に思った。

「あの……3人しかいないのは、いいんですか? 麻雀って4人のゲームですよね?」

 風切先輩は、

「こういう店は、店員がメンバーに入ってくれる……はずだ」

 と教えてくれた。

 んー、ようするに人数合わせをしてくれるってことか。

 私が納得していると、男性の店員さんがひとり、通路に出てきた。

「麻雀コーナー、空いておりますので、麻雀コーナーをご利用のかた、どうぞ」

 私たちよりもまえで反応したひとはいなかった。

 すかさず三宅先輩が、

「あ、ここの3人は麻雀です」

 と手をあげた。

 店員さんは念のため、三宅先輩よりもまえのひとたちに再確認。

 だれも反応しなかったから、三宅先輩たちが先に通されることになった。

 3人は「じゃ」とだけ言って、スモークガラスの奥へ消えた。

 こうして、私は松平とふたりきりになる。

 私は松平のほうをむいて、

「どうする?」

 とたずねた。

「そうだな……喫茶店で休むか?」

 それがよさそう。ただ、喫茶店のほうは混んでるのよねえ。

 1時間くらい待たされるオチでは?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ぐぅ、ほんとに待たされてる。

 もう30分くらい経ったかしら──25分か。

 そろそろ先頭なんだけどなあ、とそのとき、まえの女子ふたりが案内された。

 ようやく私たちが先頭。これがまた長い。

 松平といっしょだし、じつは半分デートのつもりだったから、いいんだけど。

「うーらみさん」

 ? 名前を呼ばれた?

 小声だけど、男性だったような気がする。

 私は周囲をみまわした。

 すると、入り口そばの席に座った若い男性が、サングラスをはずした。

「さ、佐田さだ店長ッ!?」

「シーッ……ここ空いてるけど、座る?」

 店長は、4人がけのテーブルに腰をおろしていた。

 そこにはもうひとり、女性も座っていた。

 よくみると、サングラスをかけた工藤くどうさんだった。有縁坂うえんざかのチーフだ。

 私はとまどって、

「な、なにをなさってるんですか?」

 と質問した。

 工藤さんとデート? いや、なにか違う気がする。

 佐田店長は私の質問には答えずに、

「ま、とりあえず座ってよ……店員さん、ここ相席にします」

 と、私たちをむりやりひっぱりこんだ。

 私と松平は、しぶしぶ腰をおろす。

 佐田店長は、松平をみた。

「こんにちは」

「え、あ、こんにちは……おひさしぶりです」

 佐田店長は、私にメニューを渡してくれた。

 どれどれ……うーん、すごくおしゃれ。

 コーヒーと紅茶の種類だけでも、かなりある。

 ケーキも自家製らしく、数量限定が多かった。すでに売り切れているものも。

 私が迷っていると、佐田店長は、

「このチョコレートとモンブランは、いい感じだね」

 とアドバイスしてくれた。

「あ、じゃあ……モンブランで」

「ハハハ、べつにじぶんで決めていいんだよ。松平くんは?」

 松平は、ちょっと困惑していた。そりゃそうだ。こんなところで会うとは、まったく予想していなかったもの。私だって、行きつけのカフェの店長じゃなかったら、もっと警戒していたと思う。

 松平は、

「あの……ここでなにをなさってるんですか?」

 と、あらためて訊きなおした。

 佐田店長は、

「喫茶店にいるんだよ。それ以外の理由がいるかい?」

「いえ……ライバル店の偵察かな……と」

 佐田店長はこれを質問でかえした。

「きみたちは?」

「知り合いのつきそいです」

「そのひとたちは、どこにいるのかな? 麻雀コーナーで別行動?」

 だーッ、なんか詮索されてる。

 というか、私がサングラスをしてる時点でバレてるかも。

 ここは積極的に反撃しておく。

「このお店、コンセプトが有縁坂と似てませんか?」

 佐田店長は、ニヤリと笑った。

「だね。うちよりセンスがいい」

「い、いえ、そういう意味で言ったわけじゃ……」

「皮肉じゃなくて、本音だよ。うちへ偵察に来ただけのことはある」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え、そうなの?

「もしかして、和泉プロが、ですか?」

「あのバーみたいなのはいいな。工藤くんはどう思う?」

 サングラスごしに、工藤さんは店の中央をみた。

「麻雀店らしいチョイスだと思います」

「そう、雀荘なら飲むひとは多いだろう。客層にマッチしてる」

 もぉ、無視しないでくださいな。

 とはいえ、私の質問はちょっときわどかったかな、とも思った。

 どこでだれが聞いているかわからない。

 しかも、見計らったように女性店員さんが来たから、ドキリとしてしまった。

「ご注文はお決まりですか?」

「あ、はい、このモンブランとコーヒーのセットで……松平はどうする?」

「チョコレートケーキ、コーヒーセットで」

「かしこまりました。麻雀をお打ちになられている場合、通常はチケットで100円引きになります。本日は開店記念として、コーヒー代をすべて割り引かさせていただきます。レジで清算いたしますので、お忘れのないようにお願いします」

 店員さんは、となりのテーブルへ移った。

 佐田店長は感心して、

「麻雀とセットで来店すると、割引きになるわけか。まいったな。かなり本格的だ。ここの経営者は侮れない。裏見さん、どうか今後も有縁坂をごひいきに」

「あ、はい……その……私、麻雀はできないんです」

「そうか、純粋に()()来ただけなんだね。裏見さんのバイト先、こまだっけ」

 ん? なんで知ってるの?

「それ、どこで知りました?」

「ララさんから聞いたよ」

 ぐぅ、ぺらぺらと。

 佐田店長は、コーヒーを飲みながら、

「駒の音は、純朴な感じの将棋道場だ。こことは、かぶらないんじゃないかな」

 と分析した。

 そう思う。ここは小中学生が来られそうにないし、おじさんもどうかな、と思う。

 客層は若い男女が中心で、いわゆる麻雀のイメージからかけ離れていた。

 つまり、有縁坂のほうが、客層はかぶるのよね。

 有縁坂、ピンチ? いや、さすがにジャンルも立地も違うからなあ。

 私がそんなことを考えていると、ケーキが運ばれてきた。

 大きな栗の乗った、マロンペーストたっぷりのモンブラン。

 甘い香りが漂ってくる。

 松平のチョコレートケーキも、スポンジが黒くてチョコレートクリームがうっすら、というありがちなやつじゃなかった。スポンジのほうが薄いくらいのクリームの厚さ。上には削ったチョコレートがまぶしてある。

 佐田店長はチーズケーキ、工藤さんはミルフィーユ。

 4人ともべつべつの注文か……ん? 食べ比べのために仕組まれた?

 そんな気がしたけど、私は口には出さなかった。

 佐田店長は「いただきます」と言って、さっそく試食を始めた。

 私もスプーンで口に運ぶ。

「……んん、おいしい」

 甘さ控えめなのに、栗の味はしっかりとしていた。

 松平も、チョコレートケーキがおいしかったみたいで、

「これ、スポンジはビターだけど、中のクリームはミルクチョコだな。最初に舌に触れるのがスポンジだから、だんだん甘くなる仕組みか。最後に舌に乗るトッピングチョコは、口直しの塩チョコみたいだ。すごく工夫されてる」

 と、妙に感心していた。

 佐田店長のチーズケーキもおいしそう。だけど、店長は評価を明らかにしなかった。

 工藤さんも黙って食べている。

 これはアレですか? 有縁坂、本格的にピンチ?

 私は店長と目を合わせないように、視線を通路へぶらした。

 すると、列の先頭に、ひとりの女性を発見した。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………宗像むなかたさんッ!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ