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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第39章 麻雀荘ディジット(2016年11月23日水曜)
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235手目 ピンチヒッター

 というわけで、知り合いを紹介することになったわけですが──

穂積ほづみさん、どう?」

 夕方の部室で、私は穂積さんに話しかけた。

 雑誌を読んでいた穂積さんは、顔をあげて、

「なにが?」

 とたずねた。

 さっきから説明してたじゃないですか。

「将棋道場のバイト。私の話、どこから聞いてなかったの?」

「ごめん、あたしを誘うと思ってなかっただけよ。話は聞いてた」

 穂積さんは雑誌を閉じた。

 表紙に、見なれない絵柄。

 麻雀の雑誌っぽい。

 穂積さんはそれをカバンにしまいつつ、

「っていうか、あたしでいいの? 将棋道場のバイトとか、したことないけど?」

 と確認してきた。

「接客業のバイトはしたことある、って言ってなかった?」

「麻雀サロンのバイトは、ね」

 ん、変わったところでバイトしてたのね。

 将棋道場に似てるのかしら。行ったことがないから、わからなかった。

 ただ、バイト経験があるのは助かる。

「私はそこの道場が初バイトだったし、穂積さんならだいじょうぶだと思うわよ」

「そっか……でも、なんであたしなの? ララに声かけて断られた?」

 んー、そういうわけじゃないのよね。

 対応力では、ララさんもかなりありそう。

 ただ、宗像むなかたさんの道場の雰囲気とちょっとちがうかな、と感じる。

 ララさんは、渋谷の有縁坂うえんざかで働いているほうが似合っている。

「穂積さんが最初の声かけ」

「そっか……2週間だっけ?」

「くらい、かな。前任のたちばなさんがもどってくるまで、っていう条件」

「了解。大学から近いのは助かるし、時給もよさそうだからオッケーしちゃお」


  ○

   。

    .


 こうして、穂積さんとの二人三脚バイトが始まった。

 穂積さんは初日こそ戸惑ってたけど、2回目以降はテキパキしていた。

 いつもよりちょっとおとなしいくらいかな、というイメージ。

 あれですか、社会人モード?

 お客さんは指せるあいてが変わって、ちょっと気分転換になったみたい。その証拠に、いつも来ている小学生たちは、穂積さんと指したがることが多かった。穂積さんもこどもの相手は苦にならないらしく、的確にあしらっていた。

 こうして、代理のチョイスは成功──だったはずなんだけど、橘先輩が復帰する、という連絡が入った当日に、そのお客さんはやってきた。

こまは、こちらですか?」

 すらりとした好青年。肩まで伸びたうしろがみ。センター分けで、切れ長の目が特徴的なひとだった。年齢は……かなり若い。大学生、あるいはもしかすると高校生。うっすらと男性用の化粧をしている。ただ、アクセサリーのようなものはつけていなくて、服装もいたってふつうだった。ダークグレイのコートに、黒のスニーカー。ズボンは、すそから判断するかぎり、黒のストレッチ。

 どこかで会った気がする。都ノみやこのの学生? 思い出せない。

 宗像さんは、いつもどおりの接客をする。

 道場を開けたばかりで、まだほかのお客さんは来ていなかった。

「はい、将棋道場、駒の音です」

「予約はしていないのですが……」

「予約は不要です」

「初心者ですが、インストラクションを受けられますか?」

 ん、ちょっとむずかしい流れになってきた。

 表情には出さなかったけど、宗像さんもすこし間をおいた。

「……指導対局は、やっていません。ルールはおぼえてらっしゃいますか?」

「駒の動かしかたがわかる程度です」

 ほんとに初心者ね。

 宗像さんが迷っていると、ふたたび入口のドアがひらいた。

 厚着した穂積さんが顔を出す。

「おはようございまーす。すみません、バスが遅れちゃいました」

 穂積さんが靴を脱ごうとしたとき、先客の青年と目があった。

 穂積さんは数秒ほどみつめて、いきなり大声を出す。

「い、和泉いずみプロ!」

 いずみぷろ……?

 私は、お客さんをもういちど観察した──ああッ!

 麻雀大会に出場してたひとだッ! 既視感デジャヴの原因はそれか。

 宗像さんだけは事情を知らないから、

「穂積さん、お知り合いですか?」

 とたずねた。

「え、えーと、知り合いというわけではなくて……ファンと言いますか……」

 と、しどろもどろ。

 和泉プロのほうが助け舟を出した。

「すみません、いちおうプライベートなので……インストラクションはなさっていないとのことで、承知しました。では、1回だけ指させてください」

 宗像さんは、回数は決まっていないから何局でも、と答えた。

 和泉プロは、これを不思議がった。

「規定回数ごとに精算ではないのですか?」

「いえ、そういうシステムではありません」

「そうですか……すこし忙しいので、1回でけっこうです」

「料金は変わらないのですが……」

「問題ありません」

 和泉プロは、あっさりと1000円払った。

 わりと太っ腹なのね。1回指すだけなのに1000円だなんて。

 宗像さんは、私と穂積さんを見比べた。

 穂積さんは先制攻撃で、

「あたしが指します」

 と挙手。

 これは私情が入ってるっぽい。ファンって言ってたし。

 まあ、今日で穂積さんも最後だし、宗像さんもそう思ったのか、あっさり許容した。

「では、穂積さん、よろしくお願いします」

 そのあと、和泉プロは1局だけ指した。飛車落ちで。

 ほんとうに初心者だった。15分くらいで終了。

 穂積さんはもうしわけなく思ったのか、それとも麻雀のプロと会話がしたかったのか、ずいぶんと熱心に感想戦をしていた。おかげで私のほうは、あとから来たお客さんのあいてにてんてこまい。約30分におよぶ感想戦が終了し、和泉プロはようやく腰をあげた。

 穂積さんが和泉プロを拘束した、ってかたちじゃなければいいんだけど。最終日ということで、穂積さんにもサービスを、かな。そのあと、バイトは無事に終わった。宗像さんの評価も上々で、めでたしめでたし。

 そして、翌日のお昼休み──

香子きょうこ、いるッ!?」

 部室でサンドイッチを食べていたところへ、穂積さんが乱入した。

 息を切らしている。ほかのメンバーもびっくり。

 私はすこし心配して、

「ど、どうしたの?」

 とたずねた。

「これよ、これッ!」

 穂積さんはテーブルのうえに、カラフルなちらしをおいた。

「……雀荘すずめそうディジット?」

雀荘じゃんそう。和泉プロのお店よ。次の土曜日、立川たちかわにオープンするんだって」

 さいですか。私はあんまり関心を示さなかった。

 ところが、パソコンで作業をしていた三宅みやけ先輩が、

「裏見、ついに麻雀はじめたのか?」

 と訊いてきた。

 ちがいますぅ。私は事情を説明した。

 それを聞き終えた三宅先輩は、

「ん? それって偵察されたんじゃないのか?」

 といぶかしんだ。

「偵察?」

「ボードゲーム同士だから、客層がかぶってないか、確認しに来たんじゃないか?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、そういうことか。

 穂積さんはその可能性に思い至っていたらしく、

「やっぱり先輩もそう思いますか?」

 と言って、腕組みをした。ちょっと怒っているっぽい。

「プロとはいえ、許すまじ」

 私は意外に思った。ファンだって言ってたのに。

 穂積さん、法学部だけあって、正義感が強いのね。

 そう思いきや、ぜんぜんちがっていた。

「偵察したなら、招待券くらい置いてってもらわないと」

 だぁ、そういうオチか。

 私はあきれてしまった。

 穂積さんは、「土曜日、タダにしてもらえないかな?」と言い出した。

 ムリでしょ、さすがに。

 ところが、これに興味を示したひとがいた。

 風切かざぎり先輩だ。

 風切先輩は奥のソファーで寝ていたけど、むくりと起き上がった。

「なんだ、新しい雀荘ができたのか?」

 穂積さんは、

「ですです……先輩、行きます?」

 と誘った。

「んー、初日だと満員御礼で入れないんじゃないか?」

「あッ……たしかに」

「まあいいや……おい、三宅、立川へ飲みにいくついでに、寄ってくか?」

 三宅先輩は「いいぞ」と答えた。

 だいじょうぶなんですかね、単位のほうは。

 風切先輩は指折り数える。

「俺と穂積妹と三宅と……裏見は麻雀できないんだよな?」

「できません」

松平まつだいらは?」

「……できるって聞いたことはないです」

 風切先輩は、結ったうしろ髪をなおした。

重信しげのぶはできないって言ってたな……ララは?」

 テーブルに寝そべってスマホをポチポチしていたララさんは、顔もあげずに、

「おじいちゃんとパパはやってたけど、ララはできないよぉ」

 と答えた。

 風切先輩はタメ息をつく。

星野ほしの大谷おおたには……ちょっとムリそうだな。将棋部なのに4人集まらないのか?」

 麻雀部じゃないので。

 とはいえ、将棋関係者って、けっこう麻雀ができるっぽいのよね。

 あと大谷さんは、こっそりできてもおかしくない気がする。万能だし。

 あんまり巻き込むともうしわけないから、口には出さなかった。

 とりあえず、他大のひとに声をかければいいんじゃないですかね。

 慶長けいちょう三和みわ先輩とか。

 私は話題から離脱、と思ったところで、穂積さんに話しかけられた。

「ねぇ、香子も見に行ったほうがいいんじゃない?」

「なにを?」

「ディジット」

「だから麻雀はできないってば」

「そうじゃなくて、()()行ったほうがいいんじゃない? 偵察ってやつ」

 ん、どういうこと?

 私は意味がわからなかった。

「ごめん、どういう意味?」

「和泉プロに偵察されたんだから、ライバル認定されてる可能性があるでしょ」

「駒の音が? 将棋と麻雀だから、ジャンルがちがうじゃない」

「それはそうだけど、和泉プロはデジタルの貴公子って呼ばれてるくらいだし、本気で客をとりにくるんじゃないかなぁ」

「デジタル……?」

 パソコンに強いって意味かしら。

 私が首をかしげていると、穂積さんは、

「あ、麻雀やってないと、デジタルって言ってもピンとこないか……合理主義者」

 と言い換えた。

 えぇ、そんなことあるかしら。

 私は半信半疑のまま、サンドイッチを頬張った。

 いくらなんでも、将棋道場を潰しにはこない……わよね?

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