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朽木爽太の懺悔

※ここからは、朽木くちきくん視点です。

 病棟のろうかを、グリーンのランプが照らす。

 19時5分前。面会時間ギリギリの時刻で、僕は可憐かれんの病室をおとずれた。

 ドアを開けたとき、可憐は目を閉じていた。

 すぐさま僕の入室に気づいて、こちらを向いた。

「ぼっちゃま、どうなさったのですか? ……部屋で見つからないものでも?」

 可憐は、僕がアパートで探し物をしていると思ったらしい。

 そう勘違いされてしまうくらい、僕は彼女に依存していた。

 僕はドアを閉める。窓のそとを、一台の自動車がとおりすぎた。

「具合を見にきた。どうだ?」

「特には……鎮痛剤も効いております」

 僕は椅子をひき、枕もとに腰をおろした。

 心を落ち着ける。

 これまでの一連のできごとについて、いろいろと考えてきた。

 事件の真相は、ひとつしかない。

 そして、その真相に対する解決策も、ひとつしかなかった。

「可憐……僕たちも今年で二十歳はたちだ。おたがいの関係を、きちんとするときだと思う」

「わかっています」

 可憐の返答に、僕はとまどった。

「わかっている、というのは?」

「ご実家から、縁談の話があったとうかがっています」

 僕は驚愕した。

 思わず身を乗り出す。

「だれから聞いた?」

「……」

 可憐の無言に、僕はすべてを察した。

「そうか……父から聞いたのだな」

「……」

 僕の考えは当たっていた──自殺未遂だ。

 事故死にみせかけて、僕に保険金をのこすつもりだったのだろう。

 この真相に気づいたとき、僕はショックを受けた。ひとつは、可憐を苦しめていた自分の行動に、もうひとつは、彼女が僕を見切ってアパートを出て行くのではないかと、疑心暗鬼になっていたことに。自分が恥ずかしかった。ほんとうに恥ずかしかった。

 僕は心を落ち着ける。

 覚悟は決めてきた。言うなら、今しかない。

「もし……可憐がよければ……僕と籍を入れないか?」

 可憐はしばらくのあいだ、ぼんやりと僕の顔をみていた。

「もういちど、おっしゃっていただけませんか?」

「もし可憐さえよければ、僕の生涯の伴侶になって欲しい……手順がおかしいのはわかっている……おたがいにキスもしたことがないのに……いや、こんどの縁談など、あいての顔も知らないのに話が進んでいるのだ。それよりはマシか……ハハ……どうだろう?」

 可憐は、その美しいくちびるをうっすらと開け、なにも言わなかった。

 そして、天井を見上げた。

「忘れるのが怖いくらいしあわせな夢でも……」

 ふたたび僕を見る。

「目覚めれば、いつかは忘れてしまうのでしょうか……?」

「そのときは僕もいっしょに目覚めて、またおなじセリフを言うよ」

 僕は上体をかたむけた。

 くちびるとくちびるが触れ合う。

 僕の視界には、静かに泣きはらした可憐の顔があった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………最悪なことをしてしまった。

 帰宅した僕は、部屋の電気もつけず、ベッドに身を投げ出した。

 天井に、白い照明カバーがみえる。

 その色は暗闇のなかで、あまりにも非現実的に映った。

 そう、僕がしてしまったことのように。

 可憐と結婚? 僕にその資格があるのか?

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 可憐の両親は、事故死したことになっている。表向きは。

 ITバブル崩壊のとき、父に負債を押しつけられて自殺した、これが真相だ。

 一家心中だった。幼かった可憐は、偶然助かった。

 父は世間体を考えて、可憐を引き取り、僕の付きびとにした。

 可憐はこの事実を知らない。僕だって知らなかった。

 高3のとき、父の話を立ち聞きするまでは。

 僕はそれ以来、父と距離をとっている。生活面でも、経済面でも。

 学友たちは、僕にお金がないとみている。それは事実だ。でも、実家にはある。

 破産? 資金なんて逃がしていたに決まっている。破産したのは法人だ。経営者は簡単に逃げられる。リーマンブラザーズの役員だって、だれも責任はとっていない。

 両親の自殺を知ったとき、可憐は僕をゆるしてくれるだろうか?

 ムリだろう。ほんとうに殺されてしまうかもしれないな。

 黙っておけば、問題はない──不誠実だという、致命的な背徳をのぞけば。

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