表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第38章 聖生の濡れ衣?(2016年11月1日火曜)
235/486

230手目 不穏な検索窓

 翌日、ランチタイムのキャンパス。

 私と松平まつだいらは、喫茶店の片隅でひそひそ話。

 松平は本気で困った表情を浮かべつつ、

「その……クリスマスデートはキャンセル……ってことか?」

 と、小声でたずねてきた。

 私も小声で返す。

「部で王座戦観戦ならどうしようかしら……ってだけで、お願いはしてないわ」

 松平は右腕をテーブルに乗せて、目を閉じた。

「この話題の時点で、お願いになってると思うんだが……」

 うーん……それは否定できないのよね。

 私は食後のコーヒーを、マドラーで掻き混ぜる。

 どう返したものか。悩む。

 そもそも、大谷おおたにさんに付き合う義理があるのかどうか、そこも分からない。

「……そうね、私の意志があいまいなのに切り出したのは、よくなかったわ。ごめん」

「いや、謝らなくてもいい。部で行くことになった場合、どうするか事前に考えておいたほうがいいな。同伴するにせよ、抜けるにせよ」

 たしかに、まだ1ヶ月あるのは、むしろ助かったかも。

 とりあえず、ララさんと大谷さんは、行くことが決まっている。

 三宅みやけ先輩も、部長として偵察する必要があるな、とか言いそう。

 穂積ほづみ兄妹はわからない。星野ほしのくんは微妙かな。

 風切かざぎり先輩は……どうだろう、選挙の結果次第な気もする。

 会長に選出されたら、行かないといけないんじゃないかなぁ。

 私がそんなことを考えていると、スマホの振動音が聞こえた。

 テーブルに放ってある、松平のスマホだった。

 画面をみた松平は、眉間にしわをよせた。

太宰だざいから電話……?」

 松平は、私のほうを見た。

 どうぞ、と私は手で合図する。

「もしもし……ああ、松平だ。今か? まあ、ちょっとなら……」

 太宰くんの話を、松平は黙って聞いていた。

 だんだん表情が険しくなる。

聖生のえる晩稲田おくてだに現れた……? ちょっと待て、どういう意味だ?」


  ○

   。

    .


 夕方、私たちは晩稲田のT山キャンパスに到着した。

 太宰くんの電話から5時間後。ふたりとも講義があったのだ。

 あたりは暗くなりかけていた。

 ゲートから出てくる学生も、すでにまばらになっていた。

 敷地内の建物は、コンクリート造りのザ・校舎というイメージ。

 正門のところでMINEを入れると、太宰くんはすぐにあらわれた。

 いつものハンチング帽に、ベージュのチェスターコート。

 下はカーキのテーパードパンツで、ずいぶんおしゃれ。

「ごめんごめん、いきなり呼び出しちゃって」

 松平はスマホをしまいながら、

聖生のえるが晩稲田にあらわれたって、どういうことだ?」

 とたずねた。太宰くんは「シーッ」と言って、警備員さんをチラ見した。

「とりあえず、部室へ行こうか」

 私たちは、学生会館のエレベーターをのぼり、5階へ。

 降りるときに学生とすれちがって、ちょっぴり緊張してしまう。

 部室は、右手→右手と進んで、わりと奥まったところにあった。

 太宰くんは鍵を開ける。

 松平は、

「俺たちが部室に入っていいのか?」

 と、心配そうにたずねた。太宰くんは、

「ぜんぜん問題ないよ。王座戦の利害関係もないし」

 と言いながら、ドアを開けた。

 ごちゃごちゃとした和室が、目のまえにひらけた。

 王座戦の準備なのか、それともこれが平常運転なのか、棋譜が散らばっていた。

 太宰くんは、いきなり部室の鍵を閉めた。

 松平といっしょじゃなかったら、声をあげててもおかしくないシチュエーション。

 太宰くんはそのまま、窓ぎわのパソコンに歩み寄った。

 エンターキーを押す。スクリーンセイバーが解除された。

 ブラウザが立ち上げられていた。

「これなんだけど……」

 太宰くんは、デフォルトの検索窓に【事故】と打ち込んだ。


 事故死 自殺扱い

 事故死 警察 調査

 事故死 保険金

 事故死 みせかける


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え、なにこれ。

 私はゾクリとしたものを感じた。

 いっぽう、太宰くんは冷静に、

「どう思う?」

 と、感想を求めてきた。

 松平はちょっとイヤそうな顔をして、

「いや、どうって……正直、見なかったことにしたいレベルなんだが……」

 と答えた。

 ほんとそれ。

 だってこれ、保険金殺人について調べてたひとがいるってことでしょ。

 どういう意図なのか知らないけど、あんまり触れたくなかった。

 それに、内容が衝撃的だったから反応が遅れたけど、これって──

聖生のえると関係なくないか?」

 松平のひとことに、太宰くんもうなずいた。

「うん、そうだね。これだけじゃあ、単なる晩稲田のちょっと怖い話だ。でも……」

 太宰くんは【聖生】と入れた。


 聖生 事故死 みせかける

 聖生 死亡説

 聖生 死亡

 聖生 行方不明


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………私は、松平と視線を合わせた。

 松平も意味がよくわからなかったらしい。

「これが、どうかしたのか?」

 太宰くんは「なにか気づかない?」と質問で返した。

 松平はパソコンの画面を凝視する。

「……一番上が、さっきのやつとかぶってるな」

 太宰くんはパチリとゆびを鳴らした。

「正解。途中で検索ワードを変えるとき、前のやつを消し忘れたんだよ」

「……一応納得のいく解釈だな。この検索履歴は降順か?」

「降順だね。上のほうほど新しい」

 松平は画面からはなれて、じっと考え込んだ。

「……つまり、聖生のえる→事故死と検索ワードを変えたわけか。しかし、聖生のえるとどういう関係があるんだ? むしろ検索者は聖生のえるじゃないってことだろ?」

 太宰くんもうなずく。

「かもね。ちょっとふたりの推理を聞いてみたいかな、と」

「太宰から披露するのが、筋だと思うがな」

 太宰くんは肩をすくめた。

「たしかに……じゃあ、僕から。これって保険金殺人の準備じゃない?」

 ズバリ危ない観点から攻めてきた。

 太宰くんらしいと言えば、らしいんだけど。

 松平はびみょうな顔をする。

「まあ……そう読めなくはないよな」

聖生のえるが戻ってきたのをいいことに、だれかを殺害して、聖生のえるに濡れ衣を押し付ける。そういうパターンだよね。すくなくとも、一番最初に思い浮かぶシナリオだ」

 うーん、考えたくないけど、もっともらしいシナリオだ。

 太宰くんは、もういちど私たちにたずねた。

「で、松平くんと裏見うらみさんの推理は?」

 松平はしばらく逡巡して、

「リアルでやるために検索してる、ってわけじゃないと思うがな」

 と、穏当なことを答えた。

「たしかに、検索ワードで【自殺】を調べたから自殺する予定になってる、ってわけじゃないよね。大学の課題とか、それ以外の調べ物もあるし……裏見さんは?」

「私も松平に同意よ。【聖生】の検索と【事故死】の検索は、関係ないんじゃない?」

 太宰くんは黙ってしまった。

 ほんとうにそれでいいの?という顔をしている。

 ここは飲まれないことが肝心。私は念入りに、

「とりあえず、部外の私たちがどうこういう問題じゃないと思う」

 とコメントしておいた。

 松平はさらにべつの理由づけをする。

「それに、犯罪の検索を部のパソコンじゃやらないだろ。せめて履歴は消すはずだ」

「あ、そこはちょっと違うんだよね。履歴は消してあったんだ」

 松平は眉をひそめた。

……? どういう意味だ?」

「そこは理系の松平くんのほうが、詳しいんじゃないかな?」

「……リカバリ用の拡張機能か?」

「ま、そのへんは想像にお任せするよ」

「いや、待て、呼び出しておいてそれは……」

 そのときだった。ガチャガチャと、ドアを開けようとする音が聞こえた。

 さらに、男の声がする。

「おかしいな……鍵は借り出されていたはずだが……」

 朽木くちき先輩だッ!

 私と松平はあわてた。ところが、当の太宰くんは冷静で、

「あ、主将、すぐ開けます」

 と言って、解錠した。

 ドアがひらき、朽木先輩があらわれる。

「どうしたのだ? なにか……ん」

 朽木先輩は、私たちの存在に気づいた。

「きみたちは……裏見くんと松平くんか。部になにか用かな?」

 太宰くんが、すぐさまフォローを入れた。

都ノみやこのも王座戦に興味があるそうなので、会場とかルートを説明していました」

 いや、さすがにその言いわけは苦しくない?

 っていうか、パソコンが立ち上がりっぱなしなわけで。

 朽木先輩もそれに気づいて、視線を走らせた。

「……路線検索か」

 え? 私がふりかえると、パソコンには路線検索サイトが出ていた。

 しかも東京−M重間のものが。

 あ、あらかじめ準備してあったってこと? さすがすぎるというか、かえって怖い。

 朽木先輩は納得したらしく、話題を変えた。

「都ノも来てくれるのなら、関東は応援団がいて助かる」

 私はちょっと口ごもって、

「あ、えーとですね……まだ本決まりというわけでは……」

 とあいまいに返答した。

 決まってないのは事実だし、嘘は言っていない。

「そうか、年末の宿は埋まりやすい。決めるなら早めに……ん」

 朽木先輩は、パソコンのキャスターに目をとめた。

 そこには、生命保険のパンフレットがあった。

 私は心臓が止まりかけた。だれの? まさか犯人の置き忘れ?

「これは……きみたちのものか?」

 いいえ、と答えかけた瞬間、太宰くんが、

「あ、僕のです。アパートの郵便受けに入ってたんで、捨てようかな、と」

 と答えた。

 朽木先輩は腕組みをして、

「そうか。保険選びに絶対の正解はないが、明確に残すあいてがいないなら、生命保険はやめておいてほうがいいだろう。インデックス投資でもしたほうがいい」

 と言った。

 さすがは証券会社の元おぼっちゃん、という感じのコメント。

 太宰くんは、さも感心したようにうなずいた。

「さすがは主将、お詳しいですね。生命保険には入ってらっしゃらない、と」

「いや、僕は入っている」

 朽木先輩は、あっさりと答えた。

 太宰くんは、「あ、そうなんですか」と言ってから、

「もしかして……たちばな先輩が受取人だったりします?」

 とたずねた。

 朽木先輩は、すこし感慨深げに目を閉じた。

「ほんとうは給料を払わないといけないのだが、今はこのありさまだ。出世払いしないまま僕が死んだら、申しわけないと思ってな……可憐かれんにはナイショにしておいてくれ。可憐は、じぶんが受取人だと知らないのだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ