表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第38章 2016年度秋季個人戦3日目(2016年10月30日日曜)
232/487

228手目 折衷案

 女子の決勝も、ほどなくして終わった。

 室内が騒がしくなる。

 感想戦は、どちらの席でも始まる気配がなかった。

 不思議な余韻よいんがのこっている。

 しばらくして、入江いりえ会長が入室してきた。

 会長は室内を見渡して、

「……終わってるのかな?」

 と、小声で八千代やちよ先輩に確認した。

「はい、女子の優勝は速水はやみさん、男子は風切かざぎりさんです」

 会長はうなずいて、パンと手をたたいた。

「それでは、感想戦のとちゅうですまないが、表彰式に移ろう」

 私たちは廊下に出た。

 3位決定戦も終わり、全員集合していた。

 しかも、なんだかひとが増えているようにみえた。

 わざわざ表彰式だけ見に来たのかしら。それとも──

 エレベーターまえの休憩スペースに、選手が並ぶ。

 入江会長はコホンと咳払いをした。

「狭くてもうしわけない。八千代くん、賞状を頼む。50音順で」

「50音順ですか……風切さんからです」

「俺か」

 風切先輩は、すこし照れくさそうにまえへ出た。

「2016年度、関東大学将棋連合、秋季個人戦男子の部優勝、都ノみやこの大学2年、風切かざぎり隼人はやと殿。あなたは頭書の成績をおさめられましたので、ここに表彰します」

 入江会長は、賞状から顔をあげた。

「おめでとうございます」

 風切先輩は一礼して、賞状を受け取る。

 周囲から拍手がもれた。

 そのまま児玉こだま先輩(男子3位)→たちばな先輩(女子3位)→速水先輩(女子優勝)→氷室ひむろくん(男子準優勝)→三和みわ先輩(女子準優勝)の順で表彰。

 ずいぶんと変則的。大谷おおたにさんは4位だった。残念。

 3位なら、ア行で1番最初だったんだけどなぁ。

 私がしょうもないことを考えていると、入江会長はもういちど手を鳴らした。

「さて、それでは2016年度、秋季個人戦を終わりにしたい。最後まで滞りなく進んだのも、みんなの協力のおかげだ。なにか連絡事項はあるかい?」

 入江会長の問いかけに、三和先輩が手をあげた。

「このあと臨時役員会ね」

「了解」

 入江会長は即答した。三和先輩はすこし不審に思ったのか、

「ずいぶん素直なんだね」

 と牽制した。

 入江会長はにこやかに、

「副会長からの申立てだ。ひらかざるをえないよ」

 と答えた。

「そっか……じゃあ6名そろってるし、会議室へ移動しようか」

「いや、まだそろってない」

 三和先輩は一瞬首をかしげて、それから、

「ああ、やっぱり爽太そうたが来るんだ」

 と言い、エレベーターへ視線を移した。

 すると、示し合わせたかのように、エレベーターが上昇してきた。

 

 13……14……15

 

 あッ、止まった。

 ドアがひらき、案の定──と思いきや、中から4人も出て来た。

 朽木先輩、それから広報の春日かすが先輩。ほかのふたりは知らない男子だった。ひとりはいかにもオタクって感じで、もうひとりはいたって特徴のない、痩せ型の青年だった。

 三和先輩は、ちょっと驚いたみたい。でも、すぐに真顔で、

「あ、ふーん、全員集合ってわけか……入江の入れ知恵?」

 とたずねた。

 入江会長は腕組みをして、

「全員いたほうがいいだろう?」

 と答えた。それどころか、さらにびっくりするようなことを言い始めた。

「移動する必要もない。臨時役員会はここでしよう」

「ここ? ……この休憩スペースで?」

「そう、ここにいるみんなの立会いのもとでね」

 三和先輩はなにか言いかけた。賞状を丸めて、手近なソファーに座った。

「なるほどね、後腐れなしにするってことか。そういう考え、好きだよ」

「光栄だ。会長と副会長の意見がそろったし、出だしは上々だろう。さて」

 入江会長は役員メンバー*を見回した。

「異議はあるかな? ……ないようだね。それでは議題だが、僕から提案があるわけじゃないんだ。役員のなかで、提案したいことがあるひとは、述べて欲しい」

 おたがいに目配せし合う役員たち。

 速水先輩と朽木先輩とのあいだで、アイコンタクトがあった。

 速水先輩が挙手する。

「私から議題があります。次期会長について……」

 ストレートに来た、と思いきや──

「まず、入江会長が現状をどうお考えなのか、それをお聞かせください」

 なるほど、速水先輩らしい質問だ。

 まず相手から動かしにきた。

 入江会長は「ふむ」とうなってから、

「単刀直入に言おう。今のところ白紙だ」

 と答えた。

「交代まで1ヶ月ほどしかないのに、ですか?」

「会長に決める義務があるわけじゃないよ」

「規約の不備を突いてくるわけですね。しかし、規約に書いていないとはいえ、これまでは現会長が次期会長を指名すると、そういう慣行になっていたはずです。慣行破りをわざわざする理由を教えていただけますか?」

「僕としては、今年で指名制をやめるつもりだ。そもそも規約には、『幹事会の多数決をもって選出する』と書かれているのだから、各校の幹事**の仕事ではないのかな。あいにく僕は会長であって、電電でんでん理科りかの幹事ではないんだよ」

「幹事会の司会は会長です。これは規約に書いてあります」

「司会は、ね。議題の提案権は、どの役員と幹事にも平等にある。会長の選出が遅いと感じるなら、だれかが率先して言えばよかっただけだと思うよ」

 速水先輩は、こくりとうなずいた。

 論破されたというよりも、こういう回答を予期していたかのようだ。

「承知しました。では、役員として提案させていただきます。『連合の次期会長は、選挙によって選出する』というのがそれです」

 周囲がざわついた。

 けど、半数くらいは、分かっていたかのような顔をしていた。

 入江会長はとくに反論せず、ほかの役員たちに、

「さて、議題が出た。どうしようか」

 とたずねた。

 八千代先輩が挙手する。

傍目はためくん、どうぞ」

「速水さんのご提案について、選挙制は難しいというのが私の意見です」

 おっと、いきなりの反対票。

 この発言は、三和先輩の口をひらかせた。

「あれ、てっきり八千代ちゃんあたりは、根回しが済んでるのかと思ったけど」

 八千代先輩はメガネをなおしつつ、

「そのようなことはありません。会長選の話も、本日が初耳です」

 と、嫌疑を否認した。

 これは私にも予想外だった。入江会長のようすからして、今年は選挙をやるのが規定路線っぽかったからだ。八千代先輩も事前了承しているのだろうと、私は勘ぐっていた。

 三和先輩は納得したのかしなかったのか、とにかく先を続けた。

「で、反対の理由は?」

「今から1ヶ月半で選挙を実施するのは困難です」

 三和先輩はうなずいて、入江会長をみた。

「と、私も思うね。もう手遅れなんじゃない?」

 入江会長は八千代先輩に、

「1ヶ月半ではムリかな? 可能な気もするけど?」

 とたずねた。

 八千代先輩は理由を答えた。

「まず、規約の改正案を作成し、これを幹事会で議論し、さらに承認を得てから選挙委員会を立ち上げる必要があります。立候補期間と投票期間も必要です。規約の改正には私もタッチすることになるかと思いますが、それだけでも1ヶ月はいただきたいです」

 説得力がありすぎて、反論できないように思われた。

 三和先輩は、

「八千代ちゃんのほうで改正案をじつは作ってあるとか、そういうオチは?」

 とたずねた。

「いいえ」

「そっか……もこっち、どうする? いきなり否定されちゃったけど?」

 速水先輩は動じずに返す。

「私から案を出します。現行の規約では、幹事会の多数決で会長を選出します。この点、幹事会が特定の人物を選出する、とは明記されていません。そこで、これから立候補者を募り、そのなかから幹事の投票数で決める、というのはいかがですか」

 三和先輩は、

「なるほどね、会員じゃなくて幹事に投票権をあげるわけか。規約を改正しなくても、現状の枠内でできるね。その場合、一校一票になるけど、もこっちは、いいの? 日センはマンモス私大だから、部員数多いんじゃない?」

 とたずねた。

「それは今はなにも関係がありません」

「たしかに……入江、どうする?」

「僕はまったく異論ないよ。1回目の幹事会で、速水くんの議題を審議させる。そこから立候補者を募って、2回目の幹事会で投票。ギリギリ間に合う」

「……ほかの役員は?」

 だれも異議を唱えなかった。

 三和先輩は肩をすくめる。ソファーから立ちあがった。

「あっさり決まったね。なんか拍子抜けだ。それじゃみんな、ご苦労さん、と」

 こうして、臨時役員会は解散になった。

 エレベーターが混雑する。

 私たちは遠慮して、最後のほうになった。

 公民館を出たところで、ホッと息をつく。

 夕暮れにさしかかった空。スカイブルーと緋色の共演。

 人の群れは、家路と夜の街とに分かれていた。

 私は、出入り口の植え込みのまえで立ち止まり、

「風切先輩、優勝おめでとうございます」

 と声をかけた。先輩はふりむいて、

「サンキュ……なんか実感が湧かないな」

 と、すこし決まりが悪そうだった。

 その理由を、私も察する。

「あの……もしかして、会長選に出られるんですか?」

「ん……そうだな」

 風切先輩は、これまでの経緯を話してくれた。

 速水先輩から選挙の提案があったこと、朽木先輩からそのことで電話があったこと、そして最終的に了承したこと。ここ1週間くらいのできごとだったらしい。

「相談しなくて悪かったな。俺個人の問題だと思った」

「かまいません。ただ、先輩が会長になると、私たちもサポートが必要かな、と」

 私の返答に、風切先輩は笑って、

「いや、どうせ爽太か、もこっちだろ。俺は選ばれないさ」

 と答えた。

「でも、選挙は水物ですし……」

「そんなに物好きは多くないぜ」

 私は大谷さんと目を合わせた。

 学生将棋界に長くいるのは、たしかに朽木先輩と速水先輩だ。

 でも、氷室くんは、先輩がなることを前提にしていたような気がする。

 でなきゃ、出馬をわざわざ止めるはずがない。

 それとも、会長選に出馬すること自体をイヤがったのかしら。

 よくわからない。

 風切先輩はポケットに手をつっこみ、

「どっかで食べて帰ろう。おごるぜ」

 と言った。

「え、いえ、むしろこっちがおごらないといけないんじゃ……」

「なに言ってんだ。せっかく応援に来てれたし、感謝してる」

 私はそのひとことで、今日の苦労が報われた気がした。

 公民館から、駅の方向へ歩き出す。

 東京の空は、ひとびとを吸い込むように、どこまでも赤かった。

*2016年関東大学将棋連合役員一覧


〔会長〕   入江直哉  (電電理科3)

〔副会長〕  三和遍   (慶長3)

〔会計〕   縦山昭一  (大和3)

〔会計監査〕 朽木爽太  (晩稲田2)

〔渉外〕   土御門公人 (八ツ橋2)

〔渉外〕   速水萠子  (日セン2)

〔庶務〕   傍目八千代 (治明2)

〔庶務〕   別所秀則  (帝国4)

〔広報〕   春日ひばり (東方2)

〔ICT〕  金子孟   (首都工3)


**幹事会

関東大学将棋連合の加盟校を代表する会員で、各校1名。

現在は38校あるので、幹事会は38名で構成されている。

役員は原則として幹事になることはできない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ