219手目 ナンバーワン
お昼休み──私たちは近くのファミレスでランチ。
この流れが定番になってきた気がする。
高校生のときは、コンビニのパンとかも多かったけど。
私はラザニアを食べながら、あれやこれやの話題に華を咲かせていた。
将棋の結果は、2回戦でララさんもリタイア。
あと3人(風切先輩、私、大谷さん)しか残っていない。
ララさんはピザを手にとりながら、
「んー、なかなか勝てないねぇ」
と、ひとりごと。
これをひろった穂積さんは、
「人数少ないんだから、3回勝負とかにして欲しくない?」
と言った。
たしかに、それはありかも。リーグ戦方式。
3人1組で回して2勝したひとが抜けるとか。
ただ、全員1勝1敗になったときの処理がめんどうだし、幹事はイヤがりそう。
……あちちち、チーズの熱い部分だった。
ララさんは水のピッチャーを持って、
「飲むぅ?」
と聞いてきた。
「あひあほ……だいじょうぶ、水ならあるから」
「そっか……ところで、女子は午後1局だけだよね? 応援いる?」
あ、その件か──私は風切先輩をみた。
先輩は、パスタを巻き巻きしていたフォークをとめて、
「各人、自由に判断してくれていいぞ」
と告げた。
そう、午前で負けたひとは抜けていいルールなのよね。
これもみんなで話し合って決めたことだった。
ただし、持って来た道具は必ず持ち帰ること、という条件付き。
あとかたづけを残りのメンバーに押し付けるのはダメ。
ララさんはピザにタバスコをかけながら、
「んー、途中で出たり入ったりするのは?」
とたずねた。
風切先輩が答える。
「それでもいい。応援はどっちかっていうと終盤にして欲しいしな」
それはある。
序盤からジーッと観られてても、あんまり応援という感じがしない。
やっぱり白熱したところでドドッとひとが集まるのがいいわよね。
私はそんなことを考えながら、ラザニアを頬張った──あつぅ!
○
。
.
いやはや、みっともないランチになってしまった。
私たちは女子の会場へ集合。のこり8人。
ここを抜ければ、目標のベスト4だ。
用意された抽選箱から、順番にカードを引いていく。
1
むッ、ナンバーワン。縁起がいいじゃない。
大谷さんは、私の番号を横からのぞきこんだ。
「1番ですか」
「そうよ。大谷さんは?」
大谷さんは、黙って番号をみせてくれた。
2
……………………
……………………
…………………
………………げげッ!?
「どうやら裏見さんとのようですね」
そんなあ。
同校対決じゃないですか。
運営の陰謀だぁ、というわけにもいかず。
八千代先輩は淡々と司会を進める。
「人数が少ないので、4組ともこの会場でおこないます。着席してください」
1番・2番のシールが貼ってあるのは、窓際の席だった。
とりあえず着席して駒をならべる。
んー、どうしましょ。知らないひとと指すよりもやりにくい。
「そういえば、裏見さんと公式戦で指すのは初めてですね」
なんでそんなプレッシャーをかけてくるんですかッ!?
この仏教系女子、じつは圧が強い。
最後の駒をならべ終えた大谷さんは、
「振り駒はいかがいたしましょうか?」
とたずねた。
「大谷さんでいいわよ」
「では、お言葉に甘えまして」
カシャカシャ ポイ
結果は歩が2枚。私の先手。
八千代先輩は、閑散とした会場をみわたした。
「準備はよろしいでしょうか? ……では、始めてください」
「よろしくお願いします」
おたがいに一礼して、対局開始。
私は気を取りなおす。7六歩、と。
8四歩、2六歩、8五歩、7七角、3四歩。
うーん、角換わりのお誘い。
大谷さんとは、部室でかなり指している。
がっぷり四つにするかどうか。
「……6六歩」
この手を見た大谷さんは、ひとこと──
「ほぉ、ムリヤリ矢倉ですか」
いやいや、まあまあ、ここは一局。
「拙僧も矢倉はキラいではありません。6二銀です」
2五歩、3三角、6八銀、4二銀、7八金、3二金、4八銀、4四歩、4六歩。
ここまではスムーズに進行する。
大谷さんは、これを妙に思ったらしい。
「なにか用意されている気がします」
まあね。さすがに無策でムリヤリ矢倉にはしないわよ。
ちょっと温めていた構想を披露する。
来年度まで温めると、流行が変わって腐っちゃう可能性がある。ここで使っておく。
「拙僧もすこし工夫いたしましょう。4三銀」
むッ……雁木ですか。
いやはや、じつは私も雁木なのよね、これ。
ムリヤリ矢倉雁木、みたいな?
とりあえず組み上げる。
4七銀、7四歩、6七銀、7三桂、3六歩、6四歩、5八金。
なんか同型になりそう?
6三銀、6八玉、5二金、7九玉、9四歩、9六歩。
「1四歩」
「1六歩」
ほぼ同型か……ただ、後手のほうがちょっと積極的な構えだ。
居玉のまま右桂を跳ねている。
この差を利用したいかな、という気持ち。
大谷さんは30秒ほど考えて、4二玉とあがった。
なるほど、ここで居玉を解消──私も動きますか。
5六銀右、5四銀右と見合って、飛車にゆびをそえる。
「3八飛」
大谷さんの手が止まる。
「右桂を活用せずに単騎……ですか」
単騎というか、反動待ちなのよね。
ここまでの後手の指し方からして、攻めてくる気でしょ。
そのあたりの呼吸は、部でのつきあいが長いからわかる。
大谷さんは長考した。
明らかに攻め筋をさがしている。
私はペットボトルを開けて、食後のお茶。
なんか紙コップが支給されていたので、私はそれを1個もらった。
天窓から秋風が吹き込む。
室内には、対局の細やかな音だけ。
ゆっくりと時間が流れる。
「……3一玉です」
一手溜めましたか。
私は3五歩と突いた。
同歩、同飛、3四歩、3八飛。
ここから大谷さんは攻めに転じた。
「6五歩」
よし、これは読んである。
同歩、7五歩、同歩、6五桂、8八角。
ここで7七歩と8六歩の分岐点。
大谷さんは後者を選んだ。
8六歩、同歩、同飛、8七歩、8一飛。
「6六歩」
清算を要求する。
「桂馬の打ちなおしが利かない、というわけですか」
はい、そうです。
私はお茶をすすった。
大谷さんは7七歩で清算に応じた。
同桂、同桂成、同角。
収まったかしら。
「9五歩」
あ、そうきたか。
私はコップを置いた。
……………………
……………………
…………………
………………ん? この端攻め、ほんとに成立してる?
9五同歩、9七歩、同香、8五桂の予定かもしれない。けど、9七香と取る必要があるのは、後手から9五香と走られる可能性があるときだけだ。今は7七に角がいるから、9五香と走られる心配はない。
となると……歩の入手?
9五同歩、同香、同香としたあと、別の筋に手をかけるつもり?
私は、歩が2枚必要な攻めがないか調べた。
……………………
……………………
…………………
………………9五同歩、同香、同香、7六歩、同銀、6四桂?
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
これかしら……6七銀左に7六歩、8八角、5六桂?
以下、同銀、7七銀だとめんどくさい。
あ、でもちょっと待って。6四桂に9二香成なら無問題?
さすがに飛車取りは放置できないでしょ。かと言って縦に逃げるのも難しいから、6一飛、6七銀左、7六歩、9五角、5六桂、同銀、7七銀……受かってるっぽいわね。これを取らなければいいだけな気がする。
ただ、大谷さんが指してきた以上、私の見落としの可能性も──
いかん、疑心暗鬼になってきた。
のこり時間が15分を切る。
私は覚悟を決めた。じぶんの読みを信じるのが一番。
「同歩」
「作麼生」
……………………
……………………
…………………
………………はい?
「えーと、説破?」
「これをどうお受けになられますか?」
パシリ
え? 単打ち?
……………………
……………………
…………………
………………単打ち?
どう受けるもなにも、これは両取りじゃない。
私は見落としがないか確認する。
「ふつうに逃げるわよ。4七銀」
「4五歩」
角道を開けてきた。
「……同歩」
「6五歩」
……6五同歩、7七角成、同金、5五角、6六角?
そこから1九角成、1一角成、2九馬のほうが速いって読み?
私はじっくりと形勢判断をした。
たしかに後手のほうが速いのかもしれない。
っていうか、3八馬、同銀、3九飛まで進むと、ちょっと厳しい。
私は入玉模様で指すことになる。
後手陣に迫る方法もないし……ん?
ちょっと待って……ああしてこうして……あれ? ふつうに止まってない?
4四歩、同角、3六桂、5五角、1八飛を考えてるんだけど、気のせい?
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
次に3五歩で桂馬は死ぬ。でも、4四歩の打ち返しがあるから駒損にはならない。
以下、3六歩、4三歩成……同金右?
ここでがっちり受ければ、受かるのでは?
私は読みなおした。途中で7六歩、8八角を入れるかも、くらいの修正。
変化の余地はそんなにない。
チェスクロを確認。のこり10分を切りそうだ。
「……4四歩」
私は読みどおりに指した。
大谷さんはこの手を見つめる。
「それが裏見さんのご回答ですか」
ですね、はい。説破、説破。
大谷さんは1分ほど考えて、同角と取った。
3六桂、7六歩(入れてきたか)、8八角、5五角、1八飛、3五歩。
うーん、順調に進行してる。
あんなに時間を使わなくても、よかったかしら。
時間配分ミスだったかも。
「4四歩」
私は銀桂交換を要求した。
大谷さんは、4三の銀にゆびをそえる。
「3四銀です」
……………………
……………………
…………………
………………なぬッ?