218手目 就活生
2回戦のあいては、大和の知らない4年生だった。
ただどっかで見たことはある気がする。
ロングのソバージュヘアで、なんともゴージャスな髪型。
顔立ちはおっとりとしていて、すこし口紅が濃かった。
私たちは着席して、駒をならべなおす。
「都ノの裏見さんですよね?」
「あ、はい」
「大和の高橋です。就活でブランク持ちだから、お手柔らかに」
就職活動かあ。なんかたいへんそうよね。
うちの大学でもリクルートスーツであくせくしてる4年生がいっぱい。
盤外戦術にならないように、この話題は避ける。
「裏見さん、振る?」
「あ、先輩がどうぞ」
「そうね……これが最後かもしれないし、振らせてもらおっかな」
意味深な発言。
でも、ちょっと考えたらわかった。
秋の個人戦が終わったら、もう公式大会がないのだ。
「4年間、おつかれさまです」
「なに? 勝ちました宣言?」
あ、いえ、そういうわけでは──と、出たのは歩が5枚。
これを見た高橋さんは、
「縁起がいいわね。私の先手」
と言って、駒をもどした。
幹事の八千代先輩が、会場に指示を出す。
「準備はよろしいでしょうか? ……では、はじめてください」
「よろしくお願いします」
高橋さんは2六歩と突いた。
私は8四歩と応じる。
高橋さんは、ちょっとおどろいて、
「相掛かりか……」
と言って、手を止めた。
これはあれですね、事前に仕入れた情報と違ってるパターン。
2六歩は、振り飛車決め打ちかなにかだったんじゃないかしら。
乙女、3日会わざれば刮目してみよ、ですよ、先輩。
2五歩、8五歩、7八金、3二金、3八銀、7二銀。
序盤はおたがいにとばす。
2四歩、同歩、同飛、2三歩、2八飛、3四歩。
「2七銀」
すばやい態度決定。
高橋さん、このかたちは指し慣れてるとみました。
私は9四歩で端を打診した。
9六歩、3三角、3六銀、2二銀、7六歩。
ここで8六歩からの交換。
同歩、同飛、3三角成、同桂、8八銀、8二飛。
高橋さんはこの手をみて、
「深く引くのね……だったら、主導権はとらせてもらいましょ」
と言い、1六歩と突いた。
私は4二玉で居玉を避ける。
1五歩、6四歩。
「復帰祝いの一手。5六角」
んー、強気。
相掛かりの本懐、攻め潰しを狙っている。
だけど、これには緩和する手筋がある。
「2四歩」
3四角、2三銀、5六角、3四歩。
後手は歩切れ。正確には歩損。ここからまとめる技量が試される。
高橋さんは4六歩と突いた。
角と銀を楽にする手だ。
駒組は慎重に。
5四歩、8七歩、6三銀、7七銀、5二金。
ずいぶん変わったかたちになった気がする。
高橋さんはこれを見て、
「なんていうのかしら……バ○タン星人囲い?」
とつぶやいた。
どのへんがですか?
「こっちだけ居玉はムリか……6八玉」
4四歩、7九玉──このまま駒組みを続けるとマズいかも。
最終的に歩損が響きそう。一歩でも駒損は駒損だ。
「……5五歩」
中央に代償を求めましょう。
「んー、裏見さんから攻めてくるの?」
「まあ、多少」
「角の引き場所がむずかしいわね」
高橋さんは30秒ほど考えて、3八角と引いた。
5四銀、5八金、7四歩、4七銀。
ここからどうしましょ……あ、そうだ。
私は3一玉と入って、6六歩に4三金右とした。
どや、左銀冠の完成。
ちゃんとした囲いになった。
高橋さんは8八玉と入りながら、
「矢倉vs銀冠か、おもしろいじゃない」
と言った。
私も2二玉と入る。
ここで高橋さんは2七角と上がった。
6七金右かな、と思ったんだけど。
この角は、4五歩からの攻めを牽制している。
6五歩で潰せないかしら?
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
同歩……そもそも同銀とできないのよね。
7五歩、同歩、7三桂で追加する?
あ、でも、6四歩と伸ばされたときに困るのか。
んー、2七の角、わりとめんどくさい。
角筋遮断で4五歩を入れるしかないかも。
以下、同歩、6五桂……これは繋がってるっぽいわね。
私は骨子をかためた。
さらに2分使って、細部を読む。
最終的に、6五歩〜9五歩〜7五歩〜4五歩の開戦を選択。
「6五歩」
「そうこなくっちゃ。同歩」
9五歩、同歩、7五歩、6七金右。
ああ、ここで取らないのか。
でもこれは読んであった。
私は7三桂と跳ねて、6四歩に4五歩。予定どおりに遮断する。
同歩、6五桂、6六銀、4五桂。
「中央に殺到ってわけね……4六銀」
なんかすごいかたちになった。
とりあえず7六歩と取り込む。これで右桂の活躍は保証された。
ただ、左桂が犠牲に。
「4五銀。これで一時的に駒得」
たしかに。
4五同銀、同角と進んで、こっちが桂損になった。
この仇は7筋できっちりかえす。
「7七銀ですッ!」
単に歩成りじゃなくて、ごりごりの打ち込み。
高橋さんはここで長考。
取る順番を考えてるわね。
同桂、同歩成、同銀、同桂成までは確定で、そのあとに同金直か同金右か。
どちらで取られても、私は継続手を求められる。
「……」
「……」
なんか緊張してきた。
高橋さんからも、さっきまでのお友達ムードは消えている。
「……同桂」
方針が決まったらしい。
ここから数手はバタバタと進んだ。
同歩成、同銀、同桂成、同金直(!)
私は持ち駒の桂馬をつまむ。
「6五桂」
これが私の回答。
金を逃げてくるはず。7八金は7七歩で続くから、おそらく──
「7六金」
ですよねぇ。
私は6六歩、同金直と吊り上げる。3九角と打った。
1八飛、5七角成、6五金直、5六銀。
「そこまでよ。7三銀」
うッ……すごく単純な銀打ち。
4二飛……いや、先手は入玉狙いの一手だ。
飛車を8筋から動かすと、止まらなくなる。
私はお茶を飲んでリフレッシュ。
こういうときに慌てちゃダメ。
わずかに後手がいいはず。だからこそ高橋さんは、入玉を狙ってきている。
「……6五銀」
入玉阻止を最優先する。
高橋さんは、すこしばかりくちびるを噛んだ。
一番イヤな手を指せた感触。
同金とされたタイミングで、私は飛車を走った。
これは来たんじゃないの。理想形。
高橋さんは6六銀と打った。
私は無視して8六歩。
「5七銀」
え? 詰み……じゃないか。1八に飛車がいる。7八には角も利いていた。
以下、8七歩成、7九玉、6五飛、6六銀打。
のこり時間は5分。私は寄せを考えた。
飛車と角が邪魔だ。どちらかどかせたい。
……………………
……………………
…………………
………………閃いた。
「4四歩」
「え? 4四歩?」
これは高橋さんにとって意外だったらしい。
だけど、狙いははっきりしている。
角が6七か8九以外に逃げたら、6七金の詰めろ銀取り。
6七角と逃げたら7七金、6五銀、6七金で、先手は受けなし。
「角を逃げられないってわけか……まいったわね」
高橋さん、ちょっと弱気に。
のこり1分になるまで考えて、6五銀と飛車を取った。
4五歩、6八玉、4七角、4四歩、7七金、5九玉、6七金。
先手は受け駒が悪すぎる。飛角桂しかない。
「……4八飛打」
「5七金」
「4七飛」
私は飛車を取った。
高橋さんは盤面を見て、フッと笑みをこぼした。
「私の陣地はカラっぽか……4年生らしくていいわ。やり残したこともないし、投了よ」
「ありがとうございました」
おたがいに深く一礼。
しばしの沈黙。
「……7三銀のとき、ちょっと形勢がもどったかな、と思ったんだけど」
「えっと、そこなんですけど、6六銀じゃなくて7六銀じゃありませんでしたか?」
【検討図】
高橋さんは7六銀を指して、小考。
「……なるほどね、飛車を追い回した以上、こっちのほうが一貫してるわ」
「後手は切るしかないと思います。6五飛、同銀、6六馬で」
「うーん、それで私がマイナス1000前後ってところかしら」
そうかもしれない。ここから一気に入玉される気はしなかった。
私が間違えなければ、先手玉は捕まえられるはず。たぶん。
「ほかになにかあった?」
「あとは……」
私たちは中盤もチェックした。
途中、7六歩と取り込まれたとき、4五銀、同銀、同角じゃなくて、4五銀、同銀、6五銀で、左の桂馬を取ったほうがよかったかも、という結論に。
【参考図】
それから、終盤についてもいくつか検討した。
後手陣に迫る手はみつからなかった。
高橋さんは大きく息をついて、
「さて、このくらいにしましょうか。もうお昼だし」
と言って、駒を駒箱にしまった。
なんだか名残惜しい気もする。
席を立った高橋さんは、笑顔でこう言った。
「次は社会人将棋で会いましょう。4年間、がんばってちょうだい」
場所:2016年度 秋季個人戦2日目 女子2回戦
先手:高橋 直美
後手:裏見 香子
戦型:相掛かり
▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩 ▲7八金 △3二金
▲3八銀 △7二銀 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩
▲2八飛 △3四歩 ▲2七銀 △9四歩 ▲9六歩 △3三角
▲3六銀 △2二銀 ▲7六歩 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛
▲3三角成 △同 桂 ▲8八銀 △8二飛 ▲1六歩 △4二玉
▲1五歩 △6四歩 ▲5六角 △2四歩 ▲3四角 △2三銀
▲5六角 △3四歩 ▲4六歩 △5四歩 ▲8七歩 △6三銀
▲7七銀 △5二金 ▲6八玉 △4四歩 ▲7九玉 △5五歩
▲3八角 △5四銀 ▲5八金 △7四歩 ▲4七銀 △3一玉
▲6六歩 △4三金右 ▲8八玉 △2二玉 ▲2七角 △6五歩
▲同 歩 △9五歩 ▲同 歩 △7五歩 ▲6七金右 △7三桂
▲6四歩 △4五歩 ▲同 歩 △6五桂 ▲6六銀 △4五桂
▲4六銀 △7六歩 ▲4五銀 △同 銀 ▲同 角 △7七銀
▲同 桂 △同歩成 ▲同 銀 △同桂成 ▲同金上 △6五桂
▲7六金直 △6六歩 ▲同金上 △3九角 ▲1八飛 △5七角成
▲6五金直 △5六銀 ▲7三銀 △6五銀 ▲同 金 △8五飛
▲6六銀 △8六歩 ▲5七銀 △8七歩成 ▲7九玉 △6五飛
▲6六銀打 △4四歩 ▲6五銀 △4五歩 ▲6八玉 △4七角
▲4四歩 △7七金 ▲5九玉 △6七金 ▲4八飛打 △5七金
▲4七飛 △同 金
まで116手で裏見の勝ち




