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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第37章 2016年度秋季個人戦2日目(2016年10月23日日曜)
221/494

218手目 就活生

 2回戦のあいては、大和やまとの知らない4年生だった。

 ただどっかで見たことはある気がする。

 ロングのソバージュヘアで、なんともゴージャスな髪型。

 顔立ちはおっとりとしていて、すこし口紅が濃かった。

 私たちは着席して、駒をならべなおす。

都ノみやこの裏見うらみさんですよね?」

「あ、はい」

「大和の高橋たかはしです。就活でブランク持ちだから、お手柔らかに」

 就職活動かあ。なんかたいへんそうよね。

 うちの大学でもリクルートスーツであくせくしてる4年生がいっぱい。

 盤外戦術にならないように、この話題は避ける。

「裏見さん、振る?」

「あ、先輩がどうぞ」

「そうね……これが最後かもしれないし、振らせてもらおっかな」

 意味深な発言。

 でも、ちょっと考えたらわかった。

 秋の個人戦が終わったら、もう公式大会がないのだ。

「4年間、おつかれさまです」

「なに? 勝ちました宣言?」

 あ、いえ、そういうわけでは──と、出たのは歩が5枚。

 これを見た高橋さんは、

「縁起がいいわね。私の先手」

 と言って、駒をもどした。

 幹事の八千代やちよ先輩が、会場に指示を出す。

「準備はよろしいでしょうか? ……では、はじめてください」

「よろしくお願いします」

 高橋さんは2六歩と突いた。

 私は8四歩と応じる。


挿絵(By みてみん)


 高橋さんは、ちょっとおどろいて、

「相掛かりか……」

 と言って、手を止めた。

 これはあれですね、事前に仕入れた情報と違ってるパターン。

 2六歩は、振り飛車決め打ちかなにかだったんじゃないかしら。

 乙女おとめ、3日会わざれば刮目かつもくしてみよ、ですよ、先輩。

 2五歩、8五歩、7八金、3二金、3八銀、7二銀。

 序盤はおたがいにとばす。

 2四歩、同歩、同飛、2三歩、2八飛、3四歩。

「2七銀」


挿絵(By みてみん)


 すばやい態度決定。

 高橋さん、このかたちは指し慣れてるとみました。

 私は9四歩で端を打診した。

 9六歩、3三角、3六銀、2二銀、7六歩。

 ここで8六歩からの交換。

 同歩、同飛、3三角成、同桂、8八銀、8二飛。

 高橋さんはこの手をみて、

「深く引くのね……だったら、主導権はとらせてもらいましょ」

 と言い、1六歩と突いた。

 私は4二玉で居玉を避ける。

 1五歩、6四歩。

「復帰祝いの一手。5六角」


挿絵(By みてみん)


 んー、強気。

 相掛かりの本懐ほんかい、攻め潰しを狙っている。

 だけど、これには緩和する手筋がある。

「2四歩」

 3四角、2三銀、5六角、3四歩。

 後手は歩切れ。正確には歩損。ここからまとめる技量が試される。

 高橋さんは4六歩と突いた。

 角と銀を楽にする手だ。

 駒組は慎重に。

 5四歩、8七歩、6三銀、7七銀、5二金。


挿絵(By みてみん)


 ずいぶん変わったかたちになった気がする。

 高橋さんはこれを見て、

「なんていうのかしら……バ○タン星人囲い?」

 とつぶやいた。

 どのへんがですか?

「こっちだけ居玉はムリか……6八玉」

 4四歩、7九玉──このまま駒組みを続けるとマズいかも。

 最終的に歩損が響きそう。一歩いっぷでも駒損は駒損だ。

「……5五歩」


挿絵(By みてみん)


 中央に代償を求めましょう。

「んー、裏見さんから攻めてくるの?」

「まあ、多少」

「角の引き場所がむずかしいわね」

 高橋さんは30秒ほど考えて、3八角と引いた。

 5四銀、5八金、7四歩、4七銀。

 ここからどうしましょ……あ、そうだ。

 私は3一玉と入って、6六歩に4三金右とした。


挿絵(By みてみん)


 どや、左銀冠の完成。

 ちゃんとした囲いになった。

 高橋さんは8八玉と入りながら、

「矢倉vs銀冠か、おもしろいじゃない」

 と言った。

 私も2二玉と入る。

 ここで高橋さんは2七角と上がった。

 6七金右かな、と思ったんだけど。

 この角は、4五歩からの攻めを牽制している。

 6五歩で潰せないかしら?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 同歩……そもそも同銀とできないのよね。

 7五歩、同歩、7三桂で追加する?

 あ、でも、6四歩と伸ばされたときに困るのか。

 んー、2七の角、わりとめんどくさい。

 角筋遮断で4五歩を入れるしかないかも。

 以下、同歩、6五桂……これは繋がってるっぽいわね。

 私は骨子をかためた。

 さらに2分使って、細部を読む。

 最終的に、6五歩〜9五歩〜7五歩〜4五歩の開戦を選択。

「6五歩」

「そうこなくっちゃ。同歩」

 9五歩、同歩、7五歩、6七金右。


挿絵(By みてみん)


 ああ、ここで取らないのか。

 でもこれは読んであった。

 私は7三桂と跳ねて、6四歩に4五歩。予定どおりに遮断する。

 同歩、6五桂、6六銀、4五桂。

「中央に殺到ってわけね……4六銀」


挿絵(By みてみん)


 なんかすごいかたちになった。

 とりあえず7六歩と取り込む。これで右桂の活躍は保証された。

 ただ、左桂が犠牲に。

「4五銀。これで一時的に駒得」

 たしかに。

 4五同銀、同角と進んで、こっちが桂損になった。

 このあだは7筋できっちりかえす。

「7七銀ですッ!」


挿絵(By みてみん)


 単に歩成りじゃなくて、ごりごりの打ち込み。

 高橋さんはここで長考。

 取る順番を考えてるわね。

 同桂、同歩成、同銀、同桂成までは確定で、そのあとに同金直か同金右か。

 どちらで取られても、私は継続手を求められる。

「……」

「……」

 なんか緊張してきた。

 高橋さんからも、さっきまでのお友達ムードは消えている。

「……同桂」

 方針が決まったらしい。

 ここから数手はバタバタと進んだ。

 同歩成、同銀、同桂成、同金直(!)

 私は持ち駒の桂馬をつまむ。

「6五桂」


挿絵(By みてみん)


 これが私の回答。

 金を逃げてくるはず。7八金は7七歩で続くから、おそらく──

「7六金」

 ですよねぇ。

 私は6六歩、同金直と吊り上げる。3九角と打った。

 1八飛、5七角成、6五金直、5六銀。

「そこまでよ。7三銀」


挿絵(By みてみん)


 うッ……すごく単純な銀打ち。

 4二飛……いや、先手は入玉狙いの一手だ。

 飛車を8筋から動かすと、止まらなくなる。

 私はお茶を飲んでリフレッシュ。

 こういうときに慌てちゃダメ。

 わずかに後手がいいはず。だからこそ高橋さんは、入玉を狙ってきている。

「……6五銀」

 入玉阻止を最優先する。

 高橋さんは、すこしばかりくちびるを噛んだ。

 一番イヤな手を指せた感触。

 同金とされたタイミングで、私は飛車を走った。


挿絵(By みてみん)


 これは来たんじゃないの。理想形。

 高橋さんは6六銀と打った。

 私は無視して8六歩。

「5七銀」

 え? 詰み……じゃないか。1八に飛車がいる。7八には角も利いていた。

 以下、8七歩成、7九玉、6五飛、6六銀打。

 のこり時間は5分。私は寄せを考えた。

 飛車と角が邪魔だ。どちらかどかせたい。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………閃いた。

「4四歩」


挿絵(By みてみん)


「え? 4四歩?」

 これは高橋さんにとって意外だったらしい。

 だけど、狙いははっきりしている。

 角が6七か8九以外に逃げたら、6七金の詰めろ銀取り。

 6七角と逃げたら7七金、6五銀、6七金で、先手は受けなし。

「角を逃げられないってわけか……まいったわね」

 高橋さん、ちょっと弱気に。

 のこり1分になるまで考えて、6五銀と飛車を取った。

 4五歩、6八玉、4七角、4四歩、7七金、5九玉、6七金。

 先手は受け駒が悪すぎる。飛角桂しかない。

「……4八飛打」

「5七金」

「4七飛」

 私は飛車を取った。


挿絵(By みてみん)


 高橋さんは盤面を見て、フッと笑みをこぼした。

「私の陣地はカラっぽか……4年生らしくていいわ。やり残したこともないし、投了よ」

「ありがとうございました」

 おたがいに深く一礼。

 しばしの沈黙。

「……7三銀のとき、ちょっと形勢がもどったかな、と思ったんだけど」

「えっと、そこなんですけど、6六銀じゃなくて7六銀じゃありませんでしたか?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 高橋さんは7六銀を指して、小考。

「……なるほどね、飛車を追い回した以上、こっちのほうが一貫してるわ」

「後手は切るしかないと思います。6五飛、同銀、6六馬で」

「うーん、それで私がマイナス1000前後ってところかしら」

 そうかもしれない。ここから一気に入玉される気はしなかった。

 私が間違えなければ、先手玉は捕まえられるはず。たぶん。

「ほかになにかあった?」

「あとは……」

 私たちは中盤もチェックした。

 途中、7六歩と取り込まれたとき、4五銀、同銀、同角じゃなくて、4五銀、同銀、6五銀で、左の桂馬を取ったほうがよかったかも、という結論に。

 

【参考図】

挿絵(By みてみん)


 それから、終盤についてもいくつか検討した。

 後手陣に迫る手はみつからなかった。

 高橋さんは大きく息をついて、

「さて、このくらいにしましょうか。もうお昼だし」

 と言って、駒を駒箱にしまった。

 なんだか名残惜しい気もする。

 席を立った高橋さんは、笑顔でこう言った。

「次は社会人将棋で会いましょう。4年間、がんばってちょうだい」

場所:2016年度 秋季個人戦2日目 女子2回戦

先手:高橋 直美

後手:裏見 香子

戦型:相掛かり


▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩 ▲7八金 △3二金

▲3八銀 △7二銀 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩

▲2八飛 △3四歩 ▲2七銀 △9四歩 ▲9六歩 △3三角

▲3六銀 △2二銀 ▲7六歩 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛

▲3三角成 △同 桂 ▲8八銀 △8二飛 ▲1六歩 △4二玉

▲1五歩 △6四歩 ▲5六角 △2四歩 ▲3四角 △2三銀

▲5六角 △3四歩 ▲4六歩 △5四歩 ▲8七歩 △6三銀

▲7七銀 △5二金 ▲6八玉 △4四歩 ▲7九玉 △5五歩

▲3八角 △5四銀 ▲5八金 △7四歩 ▲4七銀 △3一玉

▲6六歩 △4三金右 ▲8八玉 △2二玉 ▲2七角 △6五歩

▲同 歩 △9五歩 ▲同 歩 △7五歩 ▲6七金右 △7三桂

▲6四歩 △4五歩 ▲同 歩 △6五桂 ▲6六銀 △4五桂

▲4六銀 △7六歩 ▲4五銀 △同 銀 ▲同 角 △7七銀

▲同 桂 △同歩成 ▲同 銀 △同桂成 ▲同金上 △6五桂

▲7六金直 △6六歩 ▲同金上 △3九角 ▲1八飛 △5七角成

▲6五金直 △5六銀 ▲7三銀 △6五銀 ▲同 金 △8五飛

▲6六銀 △8六歩 ▲5七銀 △8七歩成 ▲7九玉 △6五飛

▲6六銀打 △4四歩 ▲6五銀 △4五歩 ▲6八玉 △4七角

▲4四歩 △7七金 ▲5九玉 △6七金 ▲4八飛打 △5七金

▲4七飛 △同 金


まで116手で裏見の勝ち

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