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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第37章 2016年度秋季個人戦2日目(2016年10月23日日曜)
219/487

216手目 同郷対決

 というわけで、秋の個人戦2日目。

 都ノみやこのからの参加メンバーは、女子4人、男子2人。1日目に敗退した三宅みやけ先輩と星野ほしのくん、それに最初から辞退の穂積ほづみお兄さんの姿はなかった。個人戦では、じぶんの出番がない場合は欠席してよし。このルールは、2日目以降も適用される。

 三宅先輩は「部長なのにいいのか?」と気にしていた。風切かざぎり先輩はOKを出した。

 だいぶ忙しそうだったものね。ここは休憩して欲しい。

 会場は治明おさまるめいのリベルタタワー。ガラス張りの綺麗な高層ビル。

 私たちは9階の大教室にあつまっていた。

 対局会場は、ひとつうえの10階。2フロアも使ってぜいたく。

 私たちは早めに来て、見晴らしのいい窓ぎわを占拠した。

 準備をしていると、聖ソフィアの火村ほむらさんが話しかけてきた。

「あら、香子きょうこ、なかなかいい席をとってるじゃない」

 こらこら便乗して席取りは禁止。

 風切先輩も、

「おーい、火村、このへんはもうほかの大学で埋まってるぞ」

 と注意した。

 火村さんはすねたように腕組みをして、

「そんなの、見れば分かるわよ」

 と答えてから、

「だいたい、あたしは明るいところ、そんなに好きじゃないしぃ」

 とつけくわえた。UVカット系?

 どうやら単に話しかけただけらしい。ここは私が対応。

「女子も開幕だし、おたがいにがんばりましょうね」

 火村さんはするどい爪を立てて、わなわなとふるえた。

速水はやみ萠子もえこには、春のおみまいをたっぷりしてあげるわ」

 私怨だと思うんですけど。

 っていうか、トーナメントで特定の選手を狙い撃ちするメリットなし。

 火村さんは思い出しおこりをやめて、あたりをキョロキョロした。

「そっち、人数すくなくない?」

 私は事情を説明した。

 火村さんは、あんまり納得しなかったみたいで、

「それって応援はどうするの?」

 とたずねてきた。

 それはですねぇ、部内でもちょっと議論があった。

 最終的に風切先輩の「将棋は個人競技」という意見がとおった。

「将棋は個人競技、ねぇ。まちがってはないけど、応援はだいじでしょ」

 それはそう。理由づけとしては微妙な気がする。

 ただ、私たちは大学生だ。じぶんの時間はじぶんで決める。

 そういうモットーでいこうというのが、都ノのスタイル。

「ま、香子たちの決めごとに、とやかく言う気はないわ。じゃ、またあとで」

 火村さんは、きびすを返しかけた。ふと立ち止まる。

「できれば決勝で会いましょ。あたしは1回戦シードだから、そこんとこよろしく」


  ○

   。

    .


 抽選が始まった。

 私は女子の会場でクジを引く。

 3番だった。お相手は──なんと、冴島さえじま先輩。

 応援団服に身をつつんだ、ボーイッシュな女性に声をかけられた。

「よぉ、裏見うらみ、ひさしぶりだな」

「すみません、春にあいさつしたっきりで……」

 冴島先輩は笑った。

「いいって。オレも応援団でいそがしかったからな」

 冴島先輩は駒桜こまざくら市出身。私と同郷だ。1コ上。

 高校卒業後は晩稲田おくてだに進学して、そこの応援団に所属している。

 あいかわらずゲンキに日焼けしてますね。

 2年生だからたいへんなんじゃないかな、と予想。体育会はとくに。

「雑談ってわけにもいかねぇから、とりあえず座ろうぜ」

 ですね。

 席番号が決まったひとから、どんどん座っている。

 私たちは入り口付近の席に座った。

 駒をならべる。

「来期からBなんだろ」

「え、あ、はい」

 将棋の話題から入ってくるのか。

 もうちょっとカジュアルな話かと思った。

 先輩らしいといえば、らしいけど。

「冴島先輩はAですよね。Aってどんな感じですか?」

 先輩はうしろ髪をかいて、

「オレじゃあレギュラーはムリなんだよなぁ」

 と苦笑いした。

 んー、冴島先輩が14人のレギュラーになれないのか。

 晩稲田のレベル、かなり高い。

「オレが振り駒でいいか?」

「あ、どうぞ」

 冴島先輩は豪快にふった。

 オモテが3枚で、先輩の先手。

 幹事の八千代やちよ先輩から指示が出る。

「対局準備は、よろしいでしょうか? ……では、はじめてください」

「よろしくお願いします」

 一礼して、私はチェスクロを押した。

 冴島先輩はモミ手をしながら、

「いやぁ、マジでひさしぶりに裏見と指すなぁ」

 と言い、2六歩と突いた。

 3四歩、2五歩、3三角、7六歩。


挿絵(By みてみん)


 先手が手損する角換わりか──受けて立つ。

 2二銀、7八金、8四歩、3三角成、同銀、6八銀。

 すこし組み立てがむずかしい。

 先手の方針がみえてこない。

 私はどうとでも対応できるように、7二銀と上がっておいた。

 4八銀、3二金、4六歩、6四歩、3六歩。


挿絵(By みてみん)


 ん? ……先手の態度があいまい。

 腰掛け銀とは断定できないかも。

 私は7四歩と突くかどうか迷った。7三銀の可能性について考える。

 けど、ここから後手が棒銀っていうのは、ちょっと。

「……6三銀」

「3七桂だ」

 まさかの右四間? ……なわけないか。このかたちで右四間はムリ。

 私は、4七銀〜5六銀と出てくる方向で決め打った。

 かたちをあいまいにしてるのはブラフだと予想。

 最終的に腰掛け銀になるはず。

 4二玉、4七銀、7四歩、4八金、7三桂。

「2九飛」


挿絵(By みてみん)


 んー、居玉のママか。

 後手から攻めてこい、ってこと?

 私は8五歩、7七銀としてから、8一飛と引いた。

 部分的には同型になりつつある。

 1六歩、1四歩、9六歩、9四歩、6八玉、6二金、6六歩。

「5四銀」

「5六銀」


挿絵(By みてみん)


 私はここで小考。口もとに手をあてて考え込む。

 4四歩と突けば同型。6五歩と突けば開戦。

 4四歩なら、先手から4五歩かな、と思う。

 せっかくだから攻める順を考えましょう。

 6五歩、同歩、同銀が第一感。

 なんだけど、このかたちだとマズい。

 以下、6五同銀、同桂、6六銀、6四歩に6三歩の打ち込みがある。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 よって、6五歩、同歩、同桂の一択。

「6五歩」

「そうこなくっちゃな。同歩」

 以下、同桂、6六銀、6四歩、5八玉、3一玉、7七桂。

 いきなりぶつけてきた。

 同桂成だと、こっちの主張がなくなる。

 私は4四歩と突いた。先手から6五桂なら便乗できる。

 ここで冴島先輩は長考。

 私はお茶のペットボトルをあけた。一服する。

 4五歩が本命かしら。攻め合いを読む。

 ところが、冴島先輩の手はちがっていた。

「6九飛」


挿絵(By みてみん)


 うーん、積極果敢。

 私は読みを白紙にもどす。

 これは次に6五桂、同歩、同銀以下の清算を狙ってるわよね。

 最後に6三歩で止めることは可能。6筋を突破されることはない。

 となると、そのほかの先手の動き……こんどこそ4五歩かしら。

 私はじっくりと手順を追う。

 対局会場は静まりかえり、駒とチェスクロの音だけが聞こえた。

「……8六歩」


挿絵(By みてみん)


 ここを突き捨てておく。

 冴島先輩はこの手をみて、

「同歩、同飛、8七歩、8一飛の手渡しか」

 と読んだ。

 それもある。それもあるんだけど──

 冴島先輩はすぐに8六同歩と取った。

 同飛、8七歩、8一飛、6五桂。

 先手は攻勢に出た。

 同歩、同銀直、同銀、同飛、6三歩。

「2四歩」

 先手も突き捨てを入れてきた。

 こちらの方針に影響なし。

 私は同歩と取る。

「4五歩」

 たたみかけるような歩突き──これを待っていた。

 私は持ち駒にゆびをのばす。

「4六桂」


挿絵(By みてみん)


「ん?」

 冴島先輩の手がとまった。

「7五歩じゃないのか……」

 冴島先輩は椅子にもたれかかった。腕組みをしてうつむく。

 読みなおしている雰囲気だ。

 4六桂に代えて7五歩も、じっさいに考えた。

 同歩なら7六角で王手飛車。

 本譜は4九玉と逃げないかぎり、この筋はなくなっている。

 でも──

 冴島先輩の長考はつづいた。

 6八玉だと思うのよね。4七玉は2九角、4六玉、4五歩となったとき、先手の飛車が角のラインに入ってしまっている。収拾がつかないはず。

 冴島先輩はのこり15分を切ったところで、6八玉と寄った。

 私は1分使って7五歩。


挿絵(By みてみん)


 冴島先輩はあたまをかいた。

「マジでそれかぁ」

 単に7五歩ではなく、4六桂を入れてからの7五歩。

 王手飛車のスジをわざと消してある。

 でも、こっちのほうが強烈だと読んだ。

 一番のポイントは、王様が8筋に接近していることだ。

 8七飛成からの挟撃になれば勝ち。

「……」

「……」

 冴島先輩は1分ほど考えた。

「こいつはオレっぽくないから、あんまりやりたくないんだよなぁ……6六飛」

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