表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
218/486

太宰治虫の計略

※今回は太宰だざいくん視点です。

 東西とうざい線の駅を出る。夜のとばりは、すでに降りきっていた。

 繁華街からみる街並みは、どこか殺風景。

 東京の夜空には、星がない。ただぼんやりと明るいだけだ。

 ひとごみが小道具にみえてくる。

 なぜだろう? こんな気持ちは、以前もどこかで感じた。

「いやぁ、なかなか手強いメンツでありましたな」

 又吉またよしはメガネをなおしながら、ニヤニヤしていた。

 着古した学ランが、夜風にゆれた。

「して、太宰殿、だれが対抗馬になりそうでありますか?」

「又吉は、だれだと思った?」

 僕は質問を質問でかえした。

 又吉は笑って、

「あいかわらずの韜晦とうかい趣味でありますな。吾輩の見立てでは、松平まつだいら殿ですぞ」

「なるほど、ね……第一印象だとそうかも」

「と、もうしますと?」

「たしかに、松平くんは求心力がありそうだよね。あの場ですら、もう松平派っぽいひとがいたし……とくにばんくんかな。だけど、松平くんは高校で地区の役員をしたことがないんだ。県でも市でも、ね。これは調べてある」

 又吉は、「ほうほう」と、古びたあいづちを入れて、

「さすがは太宰殿ですな。高校で幹事をやったことがあるかどうかは、会長えらびの条件になっている、というわけですか。しかし……」

 と、言葉をにごした。

 僕は又吉の言いたいことを察した。

「もちろん、風切かざぎり先輩も役員経験はないよ。風切先輩が会長にえらばれたら、これまでの伝統はくつがえされるわけだ。それでも、対抗馬は松平くんじゃないと読んでる」

 又吉はうで組みをした。

 ああでもないこうでもないと、首をひねる。

「……では、だれが対抗馬でありますか?」

大谷おおたにひよこさん」

 又吉は、ぽかんと口を開けた。

「大谷殿でありますか?」

「大谷さんが不適切な理由って、なにかあるかな? 一人称が『拙僧』だから? 衣装が変わっているから? でも、そういうところしかないよね。彼女は冷静沈着だし、T島の幹事長も経験しているし、適任だと思うよ。顔もひろい」

「では、なぜ松平殿を呼んだのでありますか?」

「風切先輩が今回の騒動を部員に話しているかどうか、さぐりを入れたんだ。松平くんの反応からして、話していないみたいだね。風切先輩は、あんまりひとと相談しないタイプなのかな。もしそうなら、僕が会長にえらばれるのは、すごくむずかしくなると思う」

 又吉はうんうんとうなずいて、

「やはり朽木くちき殿を会長に推したほうが、よろしそうですな」

 とコメントした。

 んー、それは一見、もっともらしいんだけど──

「先輩が会長になることに、僕は反対なんだよね」

 又吉は、すこしばかり動揺した。

「……理由を教えていただけますかな?」

「朽木先輩は、リーダー職に向いてないと思う……あ、そこの理由から説明が必要かな。朽木先輩は、たちばな先輩がなにかコメントすると、必ず『考えておく』って返すだろう。アレはダメだよ。部員ひとりひとりの発言権は平等なんだ。部全体で総意が固まりかけているときですら、橘先輩がなにか言うと、急に考慮されるよね」

 又吉は困惑しきりだった。

「まあ……その……御台所みだいどころサマなどと呼ばれているのは、事実でありますが……」

「主将選のときだって、雲行きがあやしかったらしいじゃないか」

 朽木先輩は、晩稲田おくてだの現主将だ。

 でも、選挙のときには、反対派がかなり押していたらしい。

 僕はまだ高校3年生だったから、詳細は知らない。

 けど、橘先輩に対する反発だったという証拠が、いくつかあった。

 又吉はようやく冷静になった。

「つまり、太宰殿はこうお考えなのですな。朽木会長になった場合、再来年度の人事は、橘殿の意向で決まってしまうのではないか、と?」

「指名はさすがにムリだろうね。でも、候補をしぼらせるのは簡単だよ。リストアップのときに、橘先輩はかならず口出しする。賭けてもいい」

 どこかで怒鳴どなるような声が聞こえた。

 学生街ではありがちな光景だ。僕たちはスルーした。

 又吉は近道をやめて、大通りを歩こうと言い始めた。

 こういうときに性格が出るよね。

「帰るまえに、僕は大学へ寄るよ」

「こんな時間に、でありますか?」

「部室に用事があるんだ」

 さっきまでの会話もあったからか、又吉は腰が引けていた。

「わ、吾輩は用事がありませんので、もうしわけないのですが……」

「いいよ、ここで分かれよう。それじゃ、またあした」

 僕はコンビニのまえを通って、いくつかの飲み屋をスルーする。

 しばらく歩くと、学生会館の正門がみえた。

 守衛さんは本を読んでいた。

 こんばんは、とあいさつしておく──ん? 部室の明かりがついてる?

 だれだろうか。もしかすると、大会からもどった部員がいるのかな?

 僕は東建物へ入って、エレベータで5階にあがる。

 文化部がひしめきあっているフロアだった。

 念のため、ノックしたほうがいいかな。

 

 コンコン

 

 すると、意外な人物から返事があった──橘先輩だった。

「どなたですか?」

 もういちど声が聞こえた。

 さて、どうしたものか。

 といっても、入らないほうが不審だよね。

 僕はドアをあけた。

「こんばんは、太宰です」

 和風の部室。将棋の本と盤駒が、たたみのうえに散らかっていた。

 橘先輩は、本棚のまえに立っていた。いつものメイド服。

 コスプレイヤーと勘違いされるんじゃないかな。

 守衛さんには顔をおぼえられてるらしいけど。

 橘先輩は、ぶ厚い棋譜ファイルをひらいていた。

 プラスチック製で、A4書類なら500枚は閉じられるタイプだ。

「個人戦の予習ですか?」

「ええ……太宰さんは、どうしてこの時間に部室へ?」

「大会の見学に行ってました。勝ち残りメンバーの棋譜でも見ようかな、と」

「どなたが残ってらっしゃいます?」

 僕は手帳をひらいて、めぼしいところをあげた。

 それを聞き終えた橘先輩は、

「ぼっちゃまの敵ではありませんね」

 とコメントした。

 んー、なんかこう、的確にヘイトを買う発言をしてくる。

 なんでだろうね。

 彼女の性格なのか、前のめりな忠誠心なのか、それともほかの原因なのか。

 心理学をかじってる僕は、シロウト診断をしたくなる。

 個人的には、【転嫁性攻撃行動】か【ストレス障害】だ。

 転嫁性攻撃行動というのは、いわゆる八つ当たり。

 ストレス障害というのは、イライラや不安で攻撃的性格になること。

 まあ、シロウト診断だけどね。当たるも八卦、当たらぬも八卦。いずれにせよ、橘先輩の性格がもとからこうだとは、思えなかった。仮にそうなら、朽木先輩専属のメイドにはなれなかったはずだ。大学に入るまえのどこかで、こじれたんじゃないかな。その原因、気になるね、僕は。

「太宰さん、棋譜をごらんになられないのですか?」

「あ、そうですね、だれのにしようかな、と……ところで、主将は?」

「ぼっちゃまはアルバイトです」

 なるほどね。

 僕はドアに手をかけた。

 橘先輩は、この動作をみとがめた。

「どちらへ?」

「ようするに、主将のあがりを待ってるわけですよね。邪魔しないうちに帰ります」

「……」

 僕は橘先輩の表情をみずに、そのまま退室した。

 うしろ手でドアを閉める。

 エレベータに向かい、ボタンを押した。

 待機時間のあいだに、さきほどの手帳をみる。

 挟んであったコピー用紙をひらいた。



 【昭和六十三年度 関東大学将棋連合 日誌】

  

  九月二十六日(月)

  

  夏休みの郵便物を整理

  

 ・暑中見舞い 別表

 ・大会会場の利用料金請求書(一通)

 ・関西将棋連合会長の御手様から親書

   王座戦の準備について打ち合わせしたし

    幹事会に提出すること 済

 ・匿名の手紙 甲

   三部制移行に対する反対意見書

    幹事会に提出すること 済

 ・匿名の手紙 乙

   大会交通費の一律不支給決定に関する異議申立

    幹事会に提出すること 済


  以上  


    付記 匿名での異議申立は認められない旨の決議

        同年十月一日(土)の臨時総会にて



 正直、これじゃあ分からないんだよね。

 と、エレベータが来た。

 僕は乗りこむ。エントランスのある2階のボタンを押した。

 すぐに到着する。ラウンジで、知り合いの学生ふたりがしゃべっていた。

 僕は手だけふって、そのまま建物から出た。

 秋風が心地いい。でも、視線は古い日誌に釘づけだった。

 執行部の部屋にはこっそり忍びこんだから、この年度しかコピーできなかった。

 聖生のえるに関する手がかりはゼロ。

 おかしくないかな。変な暗号が送られてきた、という記録すらない。

 もしかして、年度に関する情報がまちがってる?

 そんなことがあるんだろうか?

 だとすれば、ほかのファイルも総ざらいしないといけない。

 そのためには、執行部にもぐりこむ必要がある。

 どうやって? 会長になる?

 僕は、それよりも簡単な方法を考えた。

 会長になりたいふりをして、べつの立候補者と妥協すればいい。

 会長はあきらめるから、会計でもやらせてくれとかなんとか。

 今日は、そのための仕込みだった。みんな引っかかったかな?

 大谷さんが会長で、僕が会計か──悪くはないなぁ。不安はあるけど、ね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ