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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第36章 2016年度秋季個人戦1日目(2016年10月16日日曜)
216/487

214手目 実力勝負

 教室へもどると、3回戦の抽選は終わっていた。

 確認のために黒板へ近づく。すると、ポンポンと肩をたたかれた。

 ふりむくと、日センの奥山おくやまが立っていた。

「ん、なんだ奥山……って、まさかおまえとか?」

 奥山は笑って、

「そうだ、と言いたいところだが、俺じゃなくてうちの今田いまだだ」

 と答えた。

 今田……ああ、日センのレギュラーか。

 3回戦になるとさすがにレギュラーしか残ってないよな。

 奥山はおやゆびでじぶんをゆびさし、

「俺ほどじゃないが、今田も強いぜ。がんばれよ」

 と、なぜか俺を応援してくれた。

「おいおい、いいのか? チームメイトを応援しろよ」

「もちろん今田も応援してる。けどな、俺は『強いやつが勝つ』のが正当だと思ってるのさ。剣之介けんのすけのほうが、わずかに強いと思う」

「変わった理屈だな」

「ハハハ、よく言われる。それじゃまたあとで」

 奥山はそう言って、べつの対局場へ移動した。

 俺は席をさがす。17番だから、窓際のここだな。

 黒縁メガネに黒いTシャツの男子がさきに座っていた。今田だ。

 ひげが濃いのか、午後になってうっすらとゴマ塩になっている。

 俺は椅子を引きながら、

「春の合同練習で話して以来か?」

 と気軽に声をかけた。

「そうだね。あのとき一局指したっけ?」

「いや、今田とは指してない。話をしただけだ」

 駒をならべる。

 振り駒は俺の先手になった。

 幹事もつかれているのか、くだびれた声量で指示が入る。

「対局準備はととのっていますか? ……それでは始めてください」

「よろしくお願いします」

 俺は初手2六歩と突いた。

 今田は、

「うーん、相掛かりのおさそい?」

 とつぶやいて、8四歩と指した。

松平まつだいらくん、相掛かりを指すようになったの?」

「ん、まあ、うら……」

 俺はそこまで言って、ふと疑心暗鬼にかられた。

 これ、日センから偵察が入ってるか?

 考えすぎかもしれない。今田はそういう性格じゃないんだよな。

 ただ、速水はやみさんからは指示が出てる可能性……あるか。

「どうしたの?」

 俺は2五歩と伸ばしながら、

「裏芸みたいなもんだ」

 と答えた。

 今田は納得したみたいで、

「そういうのだいじだよね。戦法ひとつだと決め打ちされちゃうし」

 と言ってから、8五歩と伸ばした。

 ノッてくるのか。だったら話ははやい。

 7八金、3二金、3八銀、7二銀、9六歩、3四歩。

「2四歩」


挿絵(By みてみん)


 同歩、同飛。

 今田は2三歩と収めないで、8六歩と突き返してきた。

 同歩、同飛、8七歩、8四飛、2八飛、2三歩。

 ま、最終的にはこうなるよな。

「4六歩」

 この手に今田は小考した。30秒ほど使って、7四歩と指した。

 7六歩、7三桂、4七銀、6四歩、5六銀、5二玉。


挿絵(By みてみん)


 そのかたちか。

 俺は6八玉とあがる。

 9四歩、5八金。

 ここで今田は角交換してきた。

 8八角成、同銀、2二銀、7七銀、6三銀、1六歩。

「うーん、速攻できそうでできないなあ」

 今田はうんうんうなった。

 俺はペットボトルのコーラを口にする。

 ひらいた窓から、秋風が吹き込む。

 さわさわという街路樹の音。

 今田はしばらく動かなかった。

「……6二金」


挿絵(By みてみん)


 これは8一飛と引く準備だな。

 ということは、俺から仕掛けてこいってことか。

「1五歩」

 俺は端を伸ばした。

 8一飛、6六歩、3三銀、3六歩、5四歩。

 後手のほうが手待ちのパターンは多い。

 さて、どうしたものか。

「7九玉」

 まずは王様を安全な場所へ。

 今田は4四銀と出た。

 このままだと3七桂と跳ねられないから、4七金とあがっておく。

「5五銀」


挿絵(By みてみん)


 ありゃ、そっちから攻めてくるのか。

 ちょっと予定変更になるが、これはかえって助かった。

 俺は同銀と取って、同歩、4五歩と攻勢に出た。

 今田は9五歩で継続手をはなってくる。

 同歩、9七歩、4四歩。

「さすがに放置できないか……同歩」

「4五歩」


挿絵(By みてみん)


 さあ、どうだ。

 同歩なら4四歩と垂らして、次に4三角、同金、同歩成、同玉、2三飛成だ。

 これは先手の勝ちルート。

 今田も困ったらしく、

「あ、うーん、こんな手が……」

 と言い、頭をかいた。

「ま、こうなったら行くしかないか。9五香」

 4四歩、4二歩。

 ここでどうするか、俺はちょっと迷った。

 端が危ないといえば危ないんだよな。破らせると、8七飛成があるかもしれない。

 俺は1分ほど使って、9六歩と打つ。


挿絵(By みてみん)


「……9七桂と取る準備か」

 んー、さすがにこのへんのレベルだとバレるな。

「と言っても、取るしかないね。同香」

 9七桂、7五歩、6七角。

 この角でなんとかする。

 今田は5六歩、同角と誘い出してから、7六歩と取り込んだ。

 同銀、7七歩、同金、7五歩、6七銀、9七香成、同香。

「8五桂。両取り達成」

「……7八金」

 今田は9七桂成とした。

 俺は香車を打ち返す。


挿絵(By みてみん)


 どうだ? これで止まるんじゃないか?

 今田はこの手を予想していなかったらしく、

「あ、9二角成じゃないんだ」

 とつぶやいた。

 それも考えたんだよなあ。どっちがいいか微妙だった。

 ただ、8七成桂から飛車を成られる順が一番イヤだった。

 今田はここでも考える。

 のこり時間は、俺が11分、今田が9分。

「……4一飛」

 そこか。

 俺は1分使って、2二歩と打った。

 今田はこれを見て、

「ん? 2二歩? ……じゃあ、これはいいってこと?」

 と言い、5五桂と打った。

 

挿絵(By みてみん)


 さすがに見落としじゃない……が、ちょっと不利な気がしてきた。

 俺は2一歩成とする。

 4七桂成、3四角、5一玉、5五桂。

 ぐッ……どうみても俺のほうの攻めが不自然だぞ。

 今田もじぶんがいいと思っているらしく、長考し始めた。

 5四銀とされるくらいでキツいかもしれん。以下、2二と、同金、4三歩成、同歩、4二歩みたいな攻めだ。繋がってるよな?

「……7七香」


挿絵(By みてみん)


 ??? これは……まさか俺の見落としで、寄ってるってオチか?

 いやいや、そんなバカな。同金……8八銀? ……寄らないな。

 ただ、寄りそうではある……いずれにせよ取るしかないか。

 俺は同金と取った。

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 ……詰めろか。8八角、6九玉、7九金、6八玉、5九銀までだ。

 が、この詰めろ、ちょっとムリヤリすぎる気がする。

 俺も読みなおす。

「……8八銀」

 敵の打ちたいところに打つ。

「5七成桂」

 端を放置? ……そうか、壁銀になるからいいと読んだのか。

 俺は慎重に考える。

 9七銀には6八銀だよな、たぶん。以下、8九玉……ここでどうくる?

 すなおに7七銀成か? これが第一候補。

 俺は背筋を伸ばし、ひと息つく。

 いろいろパターンを読んでみて、完全に寄った局面はなかった。

 だが、完全に助かってる局面もなかった。

 最善でも3四の角は抜かれてしまう。

「……」

 俺はコーラのキャップをあけた。チェスクロを確認する。

 残り3分か……これ以上は使えないな。

 ひとくち飲んで、9七銀と取った。

 今田はもっと時間がないから、ノータイムで6八銀と打ってくる。

 8九玉、7九金、8八玉、7七銀成、7九玉。

 

挿絵(By みてみん)


 ギリギリ耐えろ。

 今田はここでのこり1分を切っていた。

 が、局面に自信があるらしく、

「よし」

 とつぶやいて6八成桂と入った。

 8九玉、7八角、同銀、同成銀、同角、7九金、9八玉、7八金。

 

挿絵(By みてみん)


 ん? ……これって「よし」なのか?

 今田のほうは、あいかわらず自分ペースだと思っているようだった。

 腕組みをして、なんどもうなずいている。

 だが、俺の評価はちがった。逆転した気がする。

 先手は8九銀と打たれても詰まない。

 俺は残り1分のうち30秒を使って、6三桂不成と跳ねた。

 同金、5七香、5三桂。

「8九桂」


挿絵(By みてみん)


 今田の動きがとまった。

「……」

「……」

 気づいたか? 先手は寄らないぞ?

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「9六歩ッ!」

 それは悪手だ。

 俺は9五角と打ち返す。


挿絵(By みてみん)


「あ……9七歩成とできない……」

 そう、成ったら同玉で二度とつかまらない。

 そもそも9五角は王手だ。

 今田はそわそわし始めた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「え、あ、ちょ、6二角ッ!」

 俺は冷静に5三香不成と王手して、同金に7三銀で角を殺した。

「し、しまった、角が死ぬのか……」

 そのうえに馬ができるオマケつきだ。

 以下、7三同角、同角成、6二銀、9五馬、9一香、9四歩と進んだ。


挿絵(By みてみん)

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 今田は8九金とした。

 これは詰めろじゃない。

 俺は7四桂で詰めろをかける。

 2一飛、6二桂成、4一玉、9六馬、3一玉、4一銀。

「さ、3四銀」

 んー、上部脱出か?

 俺は59秒ギリギリまで考える。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「8九玉」


挿絵(By みてみん)


 今田はこれをみて、タメ息をついた。

「カラい……投了」

「ありがとうございました」

 一礼して終了。

 今田は納得がいっていないらしく、

「えーッ、俺のほうがよくなかった?」

 と言いながら頭をかいた。

「途中は俺のほうが悪かったな」

「どこで逆転したのかな……寄せに行ったのが悪かったとか?」

「そうだな……もうちょっと手厚く……」

 俺たちが会話していると、急に太宰だざいがあらわれた。

「あ、そこ終わったんだ。どうだった?」

 俺はじぶんの勝ちを告げた。

「そっか、途中は今田くんがよかった気がしたけど」

 今田はこれに乗っかって、

「だろ? どこが変だったかな?」

 とたずねた。太宰は、

「ごめん、中盤の入り口くらいしかみてない」

 と答えた。俺たちは局面をもどし、一手ずつ検討をはじめた。

 太宰も加わって、3人でああだこうだと検討していく。

 すると、ある局面で太宰がストップをかけた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「これ、寄らなくなってるよね?」

 今田はまた嘆息して、

「んー、やっぱり寄らないのか……手順ミス?」

 とたずねた。

「むずかしい局面ではあるけど、寄せるまえに5四銀とかしとくんじゃない?」

 俺も同意する。

 一回受けられたらキツかったと思う。

 今田もようやくその発想になったらしく、

「ああ、そうか……5五桂と打たれたところで銀を逃げときゃいいのか……」

 と頭をかかえた。

 ま、こういうのってあるよな。

 攻めてるときに受けの手が見えにくいとか、そういうの。

 そのあと俺たちは終盤まで検討して、席を立った。

 幹事があとかたづけをはじめている。

 初日はベスト64を決めるだけだから、閉会式もなにもない。

「……なあ、太宰、なんでさっきからついてきてるんだ?」

 太宰は、俺が廊下に出てからも、なぜかあとをついてきた。

「あ、ごめんごめん、ストーキングしてるわけじゃないよ」

晩稲田おくてだの控え室は、べつの教室だっただろ?」

 太宰はグレーのハンチング帽のしたで、いつもの能面を浮かべた。

「じつはさ、このあとちょっと付き合って欲しいんだよね。時間ある?」

場所:2016年度 秋季個人戦1日目 3回戦

先手:松平 剣之介

後手:今田 義規

戦型:相掛かり


▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩 ▲7八金 △3二金

▲3八銀 △7二銀 ▲9六歩 △3四歩 ▲2四歩 △同 歩

▲同 飛 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲8七歩 △8四飛

▲2八飛 △2三歩 ▲4六歩 △7四歩 ▲7六歩 △7三桂

▲4七銀 △6四歩 ▲5六銀 △5二玉 ▲6八玉 △9四歩

▲5八金 △8八角成 ▲同 銀 △2二銀 ▲7七銀 △6三銀

▲1六歩 △6二金 ▲1五歩 △8一飛 ▲6六歩 △3三銀

▲3六歩 △5四歩 ▲7九玉 △4四銀 ▲4七金 △5五銀

▲同 銀 △同 歩 ▲4五歩 △9五歩 ▲同 歩 △9七歩

▲4四歩 △同 歩 ▲4五歩 △9五香 ▲4四歩 △4二歩

▲9六歩 △同 香 ▲9七桂 △7五歩 ▲6七角 △5六歩

▲同 角 △7六歩 ▲同 銀 △7七歩 ▲同 金 △7五歩

▲6七銀 △9七香成 ▲同 香 △8五桂 ▲7八金 △9七桂成

▲8三香 △4一飛 ▲2二歩 △5五桂 ▲2一歩成 △4七桂成

▲3四角 △5一玉 ▲5五桂 △7七香 ▲同 金 △5八歩

▲8八銀 △5七成桂 ▲9七銀 △6八銀 ▲8九玉 △7九金

▲8八玉 △7七銀成 ▲7九玉 △6八成桂 ▲8九玉 △7八角

▲同 銀 △同成銀 ▲同 角 △7九金 ▲9八玉 △7八金

▲6三桂不成△同 金 ▲5七香 △5三桂 ▲8九桂 △9六歩

▲9五角 △6二角 ▲5三香不成△同 金 ▲7三銀 △同 角

▲同角成 △6二銀 ▲9五馬 △9一香 ▲9四歩 △8九金

▲7四桂 △2一飛 ▲6二桂成 △4一玉 ▲9六馬 △3一玉

▲4一銀 △3四銀 ▲8九玉


まで135手で松平の勝ち

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