213手目 さぐり
6二銀、5六歩、8五歩。
大柴さんは7七銀とあがりながら、
「飛車先を決めるんだね。秘策あり、かな」
とさぐりを入れてきた。
俺はなにも答えずに6四歩と突く。
大柴さんは、メガネをスッとなおした。
「……まさかの後手右四間かい?」
「まあ、いろいろあると思います」
「ひとまず急戦調なのはまちがいないか……2六歩」
先手も間に合わせにくる。
3二銀、2五歩、4二玉、7八金、3一玉、4八銀。
ここで俺は6三銀と立った。
大柴さんは3六歩と突く。
「都ノは攻め将棋が多いね」
「……」
これはアレか、首都工業もBクラスだから、偵察をかねてるのか。
あいてがタメだったら、こっちからもさぐりを入れられるんだが。
先輩相手に答えていると、一方的に情報を抜かれそうだ。
沈黙は金。
パシリ
大柴さんも、この手を見て雑談をやめた。
メガネをなおし、じっと考える。
盤外戦術じゃないが、急戦にしておいてよかったな。
終盤まで緊張感が出る。私語をする雰囲気でもなくなった。
パシリ
大柴さんは5八金。
王様の位置をあいまいにしてきた。6筋に移動しにくいのはわかる。
俺は5二金右と固めて、6七金右に6二飛と回った。
「こうなると僕のほうはしばらく受けか。5八玉」
そこか。けっこうトリッキーな位置だぞ、これ。
とはいえ、俺のほうはもう攻めをストップできない。
7四歩、3七桂、7三桂で増援していく。
「2四歩」
先手も無難に攻めてきた。
同歩、同飛、2三歩、2九飛。
んー、単に飛車先を交換した、ってわけじゃなさそうだな。
右玉に変化してくる可能性も出てきた。
俺は1分ほど念入りに読んで、6五歩と開戦した。
同歩、同飛、6六歩、6一飛、7九角。
先手にもうすこし動いて欲しい。
「……4四歩」
「駒組みのしなおしかい?」
その意味合いもある。ただ、メインで俺が見たいのは先手の対応。
大柴さんは、この手渡しに小考した。
ガッ、ガーッ
ん、この音は……俺がキョロキョロするよりも早く、視界に人影が入った。
足に黄色いローラーブレードをはめている。磐だな。
ほかの対局をみてる余裕があるのか?
局面が変則的だからか、磐はしばらく動かなかった。
気にしてもしょうがないし、俺は読みに集中する。
しばらくして、またローラーブレードの音が聞こえた。
すると、黒板のところでようすをみていた幹事が、
「そこの選手、移動は静かにお願いします」
と注意した。
「はーい」
磐はじぶんの席にもどったらしく、会場に静寂がもどった。
パシリ
俺は背筋を伸ばす。
やっぱ右玉くさいな。イチからやりなおしだ。
俺は4三金とあがる。
4七銀、1四歩、1六歩、9四歩、9六歩。
なかなか寄らないな。
とはいえ、ここから右玉にしないってのはないだろ。
本腰を入れて攻めを考える。先手は主導権を放棄した。
どういう構想を立てるかは、俺次第になっていた。
……………………
……………………
…………………
………………
バックして銀の位置を変える。6三銀。
大柴さんは、ついに4八玉と寄った。
「6四銀」
「松平くんにリードしてもらうか」
大柴さんは8八角とあがった。
……攻めるチャンスだ。
先手は左が凝りがたち。
ここから6八銀〜5七銀とかだろうが、そのまえに俺のほうから動く。
「8一飛」
「6八銀、と。間に合うかな」
俺はそのまま攻めた。
7五歩、同歩、8四飛。
これはポイントを稼げただろ、さすがに。
大柴さんは7五銀を阻止しないといけない。
案の定、7六金と受けてきた。
7四歩の手筋でこじ開ける。
「うーん、止まらないなら……」
大柴さんは6五歩で攻め合いに出た。
8六歩、同金、7五銀。
「5五角」
……なるほど、8六銀とはできなくなった。8六同歩、同飛、8七歩、8三飛、7二銀でメチャクチャになる。
でも、ようするに取らなきゃいいんだよな。
「6四歩」
角筋を遮断する。
「ん? 6四歩?」
大柴さんは小考した。
6四同歩を考えてるっぽいな。その場合、俺は5四歩と突く予定だ。
以下、8八角、4五歩で決戦。
(※図は松平くんの脳内イメージです。)
ただ、微妙なんだよなぁ。先手は、と金ができている。
「……7五金」
おっと、ちがうのか。
俺は1分使って読みなおし、同歩と取った。
「6四角」
「7四金」
大柴さんはあごに手をあてて、
「そういう受けか」
と言った。
パッと見、打ちにくいというか、全体の流れとして亜流なのは分かる。
攻め駒の銀と守り駒の金を交換したあと、すぐ守備に使っているからだ。
が、先手はこの次がむずかしいはず。
「……手がないか。5五角」
俺は5四歩と突いて、8八角と引かせた。
「6五金」
攻めに繰り出す。
大柴さんは、うーんとうなった。
「金が戦線復帰か。先手が悪いとは思わないんだが……」
そこは同感。
やってくるなら2四歩だろうな、という気はしている。
このままだと圧殺になるから、先手はここで動きたいはずだ。
残り時間は、俺が15分、大柴さんが10分。
先手のほうがひねったから、時間差はけっこうある。
大柴さんはそのうちの3分を費やして、2四歩と打った。
ノータイムで取る。
「……2五歩」
継ぎ歩か。俺は30秒ほど使って、3三角とあがった。
2四歩、2二歩。
ここで俺は1五歩を中心に読んでいた。
1五歩、同歩、1三歩で端を突破される可能性が高い。
しばらくは受けだな──ん? 3七の桂馬に手をかけた?
パシリ
大柴さんが選択したのは2五桂だった。
これも……アリか? ただ、2四角と取れるようになった。
角を端の守りに使えるな。
「2四角」
「1五歩」
俺は6六歩と垂らした。
1五歩を手抜けるのは大きい。
7四歩、4五歩、7三歩成、4六歩、3八銀。
「5五歩」
圧迫できた。
じゃっかん後手持ちになった気がする。
「さすがに反撃させてもらうよ。4二歩」
同金直、7四と、同飛。
大柴さんは1三桂成と捨ててきた。
同角、1四歩、4七歩成、同銀。
「6八角成ッ!」
キメる。
同金、4六歩、同銀、4七歩。
「同……いや、取れないか。3八玉」
それでも5六金。
大柴さんは眉間にシワをよせた。
フゥと大きく息をつき、首を左右にひねって鳴らす。
苦しいと思ってる感じだな。
俺は寄せを模索した。
先手が粘るなら5七銀打だろう。
ただ、それは4八歩成と捨てて、同玉、4七銀と打ち返せる。
「……これしかない」
パシリ
んー、駒を節約するのか。
べつにそれしかない、ってわけじゃなかったと思う。
俺は同金と取って、同銀、4八銀(詰めろ)、同銀、同歩成、同玉と清算した。
「4七歩」
玉頭を叩く。
同玉なら4四飛と回って、4六歩、5六金で寄り。
ここで大柴さんは1分将棋になった。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
大柴さんは3七玉とあがった。
4五桂、2六玉、3七銀、1七玉、1六歩、同玉、1五歩、同玉。
俺は2三銀とあがった。
上下から挟む。
「2六桂」
俺は最後の1分を使って読みなおす。
……………………
……………………
…………………
………………寄ったな。
「2四銀」
大柴さんは、突然の銀捨てに「ん?」となったあと、
「そ、そうか……同玉に2六銀成で寄りか……」
と、手の意味を察した。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「負けました」
「ありがとうございました」
ふぅ、2回戦突破。
大柴さんはしばらくあごに手をあてて、盤面をにらんだ。
「……先手がそんなに悪いって気はしなかったんだけど」
「ええ、後手勝ちになったのは最後の最後じゃないですか」
「2五桂と跳ねないで、単に1五歩だった?」
俺たちは局面をもどした。
【検討図】
俺は同歩と取りながら、
「1三歩と打ちますよね?」
とたずねた。
「打つね」
「同香は2五桂で両取りになるので、同桂と取ります」
大柴さんは腕組みをして、
「うーん、なるほど、桂馬で取られるとむずかしいのか……」
「まあ多少先手持ちですが」
そのとき、ふと盤に人影がかかった。
見上げると、レインコートのポケットに手をつっこんだ磐が立っていた。
磐は大柴さんに声をかけた。
「先輩、どうでした?」
「負けた」
「お、松平、なかなかやるじゃないか」
おいおい、先輩のまえだぞ。自重しろ。
それからすこし感想戦を続けて、休憩に入った。
控え室にもどると、三宅先輩と星野がいた。
ふたりともスマホをいじっていた。
が、俺に気づいて顔をあげた。
三宅先輩は、
「お、松平、おつかれ、どうだった?」
とたずねてきた。
「勝ちました」
「そうか、俺は2回戦敗退だ。とりあえずおめでとさん」
これで3回戦は俺だけか。アタリの関係もあるし、仕方がないな。
穂積先輩は1回戦負けだ。
「ところで、今日はだれも応援に来ないんですか?」
俺の質問に三宅先輩は、
「それでいいんじゃないか。そういう約束だったしな」
と答えた。
たしかに、女子とシード枠の男子は、応援に来る義務がない。
これは三宅先輩が言い出したことだった。
とはいえ、なんかさみしいな──あと、裏見には悪いことした。
あとでなにかおごって……ん? 俺のスマホが振動してる?
裏見香子
おお、以心伝心か。
俺は席を立って、ひとけのない廊下へ移動した。
「もしもし」
《もしもし、松平? こっちは無事終わったわよ》
「サンキュー、こんどおごる」
《はいはい、調子がいいんだから。で、そっちはどうなってるの?》
俺は途中経過を伝えた。
《2日目の男子は、最大2名ってことか》
「そもそも4人しか出てないし、健闘してるほうじゃないか?」
《んー、それもそうね》
「ベスト64への進出率50%だ」
《松平はまだ決まってないでしょ。2日目がさみしくならないように、がんばってね》
「ああ、任せろ」
会場のほうから集合の指示が聞こえた。
俺はてきとうに2、3つけくわえて電話を切った。
スマホをポケットにしまう。
よーし、いっちょ裏見にイイところ見せるか。
場所:2016年度 秋季個人戦1日目 2回戦
先手:大柴 俊晶
後手:松平 剣之介
戦型:矢倉後手右四間
▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀
▲5六歩 △8五歩 ▲7七銀 △6四歩 ▲2六歩 △3二銀
▲2五歩 △4二玉 ▲7八金 △3一玉 ▲4八銀 △6三銀
▲3六歩 △5四銀 ▲5八金 △5二金右 ▲6七金右 △6二飛
▲5八玉 △7四歩 ▲3七桂 △7三桂 ▲2四歩 △同 歩
▲同 飛 △2三歩 ▲2九飛 △6五歩 ▲同 歩 △同 飛
▲6六歩 △6一飛 ▲7九角 △4四歩 ▲4六歩 △4三金
▲4七銀 △1四歩 ▲1六歩 △9四歩 ▲9六歩 △6三銀
▲4八玉 △6四銀 ▲8八角 △8一飛 ▲6八銀 △7五歩
▲同 歩 △8四飛 ▲7六金 △7四歩 ▲6五歩 △8六歩
▲同 金 △7五銀 ▲5五角 △6四歩 ▲7五金 △同 歩
▲6四角 △7四金 ▲5五角 △5四歩 ▲8八角 △6五金
▲2四歩 △同 歩 ▲2五歩 △3三角 ▲2四歩 △2二歩
▲2五桂 △2四角 ▲1五歩 △6六歩 ▲7四歩 △4五歩
▲7三歩成 △4六歩 ▲3八銀 △5五歩 ▲4二歩 △同金上
▲7四と △同 飛 ▲1三桂成 △同 角 ▲1四歩 △4七歩成
▲同 銀 △6八角成 ▲同 金 △4六歩 ▲同 銀 △4七歩
▲3八玉 △5六金 ▲5七金 △同 金 ▲同 銀 △4八銀
▲同 銀 △同歩成 ▲同 玉 △4七歩 ▲3七玉 △4五桂
▲2六玉 △3七銀 ▲1七玉 △1六歩 ▲同 玉 △1五歩
▲同 玉 △2三銀 ▲2六桂 △2四銀
まで124手で松平の勝ち