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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第35章 2016年度秋季団体戦3日目(2016年10月9日日曜)
210/486

209手目 ダブルエアポケット

 私たちは一礼して、対局開始。

 2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。

 有馬ありまくんのほうから相掛かりにしてきた。

「3八銀」

 ん……銀を先に上がるのか。

「……7二銀」

 有馬くんは2四歩と仕掛けた。

 同歩、同飛、2三歩、2八飛、3四歩、2七銀。

 これは……UFO銀くさいわね。

 だったら、部内で研究していた局面へ。


挿絵(By みてみん)


 有馬くんはこの手をみて、

「へぇ、わざわざ角頭をさらしてくるんだ」

 と言い、1分ほど考えて3六銀とUFO銀にかまえた。

 2二銀、1六歩、9四歩、1五歩、5二玉。

 おたがい慎重になる。

 相掛かりは、うっかりするといきなり終盤になって即死する。

「なるほどね、このままだと2五銀とも4五銀ともしにくいか……7六歩」

 私は8六歩と反応。

 同歩、同飛、3三角成、同銀、8八銀、8四飛。


挿絵(By みてみん)


 浅めに引く。これで3四はガードできる。

 有馬くんは8七歩と打った。さすがに7七桂とかでがんばらないか。

 私は7四歩、7七銀、7三桂と、攻めの態勢を築いた。

「んー、攻めるようにみせてるけど、簡単じゃないだろ。9六歩」

 有馬くんは、攻めるなら攻めてみろ、という手。

 そう来られると困るのよね。開戦の糸口はない。

 私は6二金と一回待機する。

 4五銀、6四歩、6六歩、4四歩、5六銀。


挿絵(By みてみん)


 いかにもUFOチックな、ふらふらとした動き。

 私は6三銀と上がった。

 5八金、8一飛、6八玉、5四歩、7九玉。

 ここで3五歩と突いて、先手の駒組みを制約する。

 とはいえ、私のほうも難しくなってしまった。

 なんか右玉っぽいかたち。部内で研究していたのと、だいぶちがっている。

 8八玉、5三金、4六歩。

「……6二玉」


挿絵(By みてみん)


 うーん、相掛かりの中住まいが崩れて、右玉に変化した。

 有馬くんの駒組みは時間をかけてて、かなり丁寧だった。

 ほかの棋譜も参考にするかぎり、わりと序中盤派なのかしら。

 有馬くんは6七銀引で雁木に。

「……2四銀」

「3三桂の準備か。間に合うかな」

 有馬くんは8六銀と立って、3三桂に7五歩と開戦した。


挿絵(By みてみん)


 先攻してくるのか。

 てっきり私の陣形が飽和するのを待つかと思っていた。

 まあそうなったら、私は王様をうろうろするしかないんだけど。

 千日手指し直し対策で、時間はなるべく残すようにしてきた。

 残り時間は、私が20分、有馬くんが17分。

 とりあえず、これは対応するしかない。

 同歩、同銀、7四歩、8六銀。

 さて、私の番になった。

 有馬くんは2歩持ってる。ここから千日手は期待できない。

「……4五歩」

 仕掛けましょう。

「ん、攻めか……マジで攻め将棋なんだな」

 聖ソフィアサイドも、私たちの棋譜はチェック済みってことか。

 有馬くんは1分使って同歩。

 私は3六歩、同歩、6五歩とたたみかけた。


挿絵(By みてみん)


 さあ、同歩なら5五角で王手飛車よ。

 もちろん、それは期待してないけど。

 有馬くんは1八飛と逃げた。

 私は6六歩、同銀、6五歩で位を確保する。

「ちょっと前のめりなんじゃない? 2歩損じゃん。7七銀引」

 いやいや、これは攻めが繋がるでしょ、どう見ても。

「2七角」


挿絵(By みてみん)


 露骨に攻める。

 4八飛、3六角成と進み、さすがの有馬くんも守り一辺倒ではダメだと察したらしい。

 3四歩と桂頭を狙ってきた。

 私は2五桂と跳ねる。

「4七金」

「2七馬」

 うーん、ちょっと馬が窮屈かな。自陣にも利いてない。

 死に駒にならないことを祈る。

「……さすがに攻め返すか。7五歩」


挿絵(By みてみん)


 むッ、これは……同歩なら同銀、7四歩、6四歩、7五歩、6三歩成、同金として、4四歩と伸ばすつもりかしら。さすがに許容できないわね。

「8五歩」

 有馬くんは無視して7四歩と伸ばした。

 これは取る。同銀、7五歩、6三銀、9七銀。

「3六歩」

 桂交換を挑みましょう。

 ただこれ、3三歩成、同銀、3八歩と受けられちゃうかも。

 有馬くんは長考。

 私も次の手段として、3五銀と出られるかどうかを考え始めた。

「……こうだな」

 有馬くんは持ち駒に手をやった。

 角をビニール盤に打ち込む。


挿絵(By みてみん)


 そっちか……飛車道を2重にふさぐから、あんまり読んでなかった。

 ただ、打たれてみると対処になやましい。

 3七の地点を受けてるだけじゃなくて、6四歩、同金、同角、同銀、7四歩みたいな強攻も秘めている……ただ、即切りはないかな。さすがに先手がもたない。

 それよりも面倒なのは、3五銀の進出を封じられたことだ。

 私は方針を変えて、9五歩、同歩と味つけしてから、5五歩、同角、5四金、4六角、5五歩と遮断した。大駒は近づけて受けよ。

「5六歩」

 これはもうしょうがない。

 私は4五金と出る。

 有馬くんはまた小考に入った。

 角を切る手があるんじゃないかなぁ。2四角、同歩とか。

「……2四角」

 ほらきた。

 私は同歩と取って、次の手を打診する。

 いろいろあり過ぎて、読みの収拾がつかなかった。

 有馬くんはさらに30秒使って、4六金と立つ。


挿絵(By みてみん)


 ん? 金ぶつけ? 同金、同飛狙い?

 ……これ、うっかりじゃない?

 だって、3七歩成にどうするの? 6八飛、4六金は丸損よ?

 私はなにか罠があるのかと思い、盤面全体を見回した。

 けど、なにもなさそうだった。

「3七歩成」

 有馬くんは前髪を押さえ、ややのけぞるようなかっこうで右腕を伸ばした。

「ふぅ……こいつで勝負だ。4五金」


挿絵(By みてみん)


 !? 飛車捨てッ!?

 大駒全部捨て? いや、さすがにこれは成立しないでしょ……するの?

 そんなにこっち薄い? ……そっか、4四金か。

 ここから4八と、4四金とされたとき、5三の地点が空いてる。私は金銀の手持ちがないから補強できない。

 私は動揺した。けど、これはもう4八ととするしかない。

 4八と、4四金、7六歩、同銀、5六歩。

 工夫に工夫を重ねる。まず7六歩と打って、玉のこびんを開けさせる。

 さらに一番速そうな、と金攻めを選択した。

 この5六歩は5五角を狙ってる。だから――

「5三銀」

 そう、この段階で打つしかないわよね。

 私は7一玉と引いた。


挿絵(By みてみん)


 有馬くんはそうとう手応えを感じているらしく、体を小刻みに揺らして読んでいた。

 ノリにノってる、というやつですか。まだまだぁ、これから。

 6四歩に5五角。

 この攻防の拠点でなんとかする。

 7七桂、6四銀、7四歩、5九飛。


挿絵(By みてみん)


「角が思ったよりウザイな……」

 有馬くんはそう言いながら、小指で前髪の位置をずらした。

 駒の組み合わせがよかった。ふつうならとっくに潰れてる局面だ。

「7三……いや、こっちだ」

 有馬くんは6二金をえらんだ。

 8二玉、6四銀不成、同角、8六歩、同歩、8四歩。


挿絵(By みてみん)


 玉頭戦になった。

 私の陣地には馬が利いている。ぎりぎりイケそうな感触。

 ただ、時間がなかった。

 残り時間は、私が3分、有馬くんが2分。

「……9五香」

 王様のふところを広げつつせまる。

「8三銀」

 ぐぅ、やっぱり形勢不利かも。

 私はひとさしゆび一本で、9三玉とあがった。

「7三歩成」

 ん? ……それはさすがにおかしくない?

 私はこれまで読んでいたパターンを組み合わせる。

「……同角」


挿絵(By みてみん)


 チェスクロを押す。

 有馬くんは6二の金をつまんだ。

「7二……」

 え、それは……私は息を飲む。

 駒が着地し、指をはなしかけた瞬間、有馬くんは手をとめた。

 視線が2七の地点に移る。

 有馬くんはハッとなる。

「俺が詰むのかッ!」

 

 ピッ

 

 ここで有馬くんは1分将棋になった。

 あわてて金をもどし、8五銀とあがる。

 いやいや、59秒使いなさいよ。かなり動揺したとみました。

 私は6二角で金を回収。圧倒的駒得。

 有馬くんは7九歩で、いきなり受けに回った。

 私は4四角と出て、金をぼろぼろ取る。この瞬間、私も1分将棋に。

 思ったよりむずかしい。金銀香を渡すと、私が詰んでしまう。

 それを見越したように、有馬くんは8六銀としてきた。9五の香車が危ない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 私は59秒ぎりぎりで8七歩と打った。

 有馬くんは舌打ちをした。

「チッ、うまいな……同玉」

 9九香成で香車をにがす。

 だけど、有馬くんには奥の手があった。

「7五銀」


挿絵(By みてみん)


 〜〜〜ッ! こんどは9四銀上の詰めろか。

 9五金は9四歩、同金、同銀上で受けになっていない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「8三飛ッ!」

 切るしかない。さすがに先手の持ち駒なら詰まないはず。

 同歩成、同玉、5二飛、9八銀、8六玉。

 先手も詰まない。

 私は7二香と攻防に利かせた。

 有馬くんの手は広い。なにかあってもおかしくない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「3二飛成ッ!」


挿絵(By みてみん)


 この手をみて、私の直感に電流が走った。

 ……詰むんじゃない、これ?

 私は詰みをさがす。7筋方面は6六金があるから逃げられないはず。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「8七金」

 有馬くんのようすがちょっとおかしい。

 目をほそめて、怪訝そうに盤を見つめている。

 もしかして、詰みそうなことに気づいた?

 それを証明するように、有馬くんは59秒使わないで9五玉とあがった。

 私はじぶんの持ち時間だけで詰みをさがす。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! これだッ!

 

「8六銀ッ!」

 有馬くんはノータイムで同銀。

「9六金」


挿絵(By みてみん)


「9六金……?」

 有馬くんは同玉と同銀で迷ったらしい。

 でも、10秒と考えないで、同玉を選択した。

 私は8六金で王手を継続する。

 同玉に5三角。

「それは打ち歩で……ッ!」

 打ち歩じゃないわよ。

 9六玉、9五歩、同玉、8六銀、9六玉、9五歩のことを言ってるんでしょうけど、9五歩じゃなくて8七銀不成がある。以下、同金、同銀不成、同玉、8六金、8八玉、7七香成、9九玉、8七桂、9八玉、9七歩、8九玉、7九飛成までだ。

 有馬くんは59秒ぎりぎりまで考えて、9六玉と寄った。

 9五歩、同玉、8六銀、9六玉、8七銀不成、同金、同銀不成。

「これを見落としてるだろッ! 9五玉ッ!」


挿絵(By みてみん)


 ん? 上? ……あ、読んでなかった。

 思考のエアポケットで、私はパニックになる。

 双玉形だから9四金じゃ詰まない。

 うそ……なにこれ? 不詰みだったのッ!?

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「きゅ、9六金ッ!」


挿絵(By みてみん)


 こ、これしかなかった。

 有馬くんはノータイムで同銀。

 同銀成、同玉以下で詰む? 詰まないなら入玉だ。

 9四歩、8五玉、8四歩は打ち歩詰めだし……ん?

 私は盤全体をみた。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「9四歩」

 ノータイムで8五玉が飛んでくる。

 私は盤の反対がわへ手を動かした。

「6三馬」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………勝った。

 有馬くんは悔しそうな顔で、椅子の背もたれに体重をかけた。

「死に駒だった馬に詰まされるのか……将棋ってわかんねぇな……負けました」

「ありがとうございました」

 オオォっと、周囲がわいた。

「C級2枠目、都ノみやこの

「めんどくさいとこ来たなぁ」

 いつの間にか周囲には、観戦者の人だかりができていた。

 ななめうしろにいた大谷おおたにさんは両手を合わせ、

「最後、馬の利きが見えていないのかと思い、拙僧の不動心もわずかに揺らぎました」

 とつぶやき、お経をとなえた。

 はい、もうしわけございません。

 一方、向かって正面の観戦グループにいた火村ほむらさんは、

「し、C級残留……? このあたしが……? あたしの火村ちゃん伝説……うーん……」

 と言って、目を回してしまった。

 明石あかしくんがあわてて担ぎあげる。

 彼は盤面をみて、かるくタメ息をもらした。

「これは言い訳ですが、春とおなじ並びなら、勝っていたかもしれませんね……C級の癖を事前に見抜けなかった私たちの負けですか……昇級、おめでとうございます」

場所:2016年度 秋季団体戦3日目 9回戦

先手:有馬 勇一

後手:裏見 香子

戦型:相掛かり


▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩 ▲7八金 △3二金

▲3八銀 △7二銀 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩

▲2八飛 △3四歩 ▲2七銀 △3三角 ▲3六銀 △2二銀

▲1六歩 △9四歩 ▲1五歩 △5二玉 ▲7六歩 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲3三角成 △同 銀 ▲8八銀 △8四飛

▲8七歩 △7四歩 ▲7七銀 △7三桂 ▲9六歩 △6二金

▲4五銀 △6四歩 ▲6六歩 △4四歩 ▲5六銀 △6三銀

▲5八金 △8一飛 ▲6八玉 △5四歩 ▲7九玉 △3五歩

▲8八玉 △5三金 ▲4六歩 △6二玉 ▲6七銀 △2四銀

▲8六銀 △3三桂 ▲7五歩 △同 歩 ▲同 銀 △7四歩

▲8六銀 △4五歩 ▲同 歩 △3六歩 ▲同 歩 △6五歩

▲1八飛 △6六歩 ▲同 銀 △6五歩 ▲7七銀右 △2七角

▲4八飛 △3六角成 ▲3四歩 △2五桂 ▲4七金 △2七馬

▲7五歩 △8五歩 ▲7四歩 △同 銀 ▲7五歩 △6三銀

▲9七銀 △3六歩 ▲4六角 △9五歩 ▲同 歩 △5五歩

▲同 角 △5四金 ▲4六角 △5五歩 ▲5六歩 △4五金

▲2四角 △同 歩 ▲4六金 △3七歩成 ▲4五金 △4八と

▲4四金 △7六歩 ▲同 銀 △5六歩 ▲5三銀 △7一玉

▲6四歩 △5五角 ▲7七桂 △6四銀 ▲7四歩 △5九飛

▲6二金 △8二玉 ▲6四銀不成△同 角 ▲8六歩 △同 歩

▲8四歩 △9五香 ▲8三銀 △9三玉 ▲7三歩成 △同 角

▲8五銀 △6二角 ▲7九歩 △4四角 ▲8六銀 △8七歩

▲同 玉 △9九香成 ▲7五銀 △8三飛 ▲同歩成 △同 玉

▲5二飛 △9八銀 ▲8六玉 △7二香 ▲3二飛成 △8七金

▲9五玉 △8六銀 ▲同 銀 △9六金 ▲同 玉 △8六金

▲同 玉 △5三角 ▲9六玉 △9五歩 ▲同 玉 △8六銀

▲9六玉 △8七銀引不成▲同 金 △同銀不成 ▲9五玉 △9六金

▲同 銀 △9四歩 ▲8五玉 △6三馬


まで166手で裏見の勝ち

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